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ジェイク・シマブクロの登場を見ようと思い、結局、全部見てしまった第57回NHK紅白歌合戦、大ハプニングが起きてしまいました!!白組、DJ OZMAのパーフォーマンス。大勢のバックダンサーたちが、リオのカーニバルのような衣装を着て踊っていたのだが、歌えや踊れやの大騒ぎの終盤、あれっと思ったら女性のダンサーたちがおっぱいぽろりと出しちゃいました。え、え、ええ~~、NHKでこんなことやっていいの?と思ってよく見ていたら、フィギュアスケートで着るような薄い肌色のボディースーツに、本物のおっぱいと同じ位置に乳首が書いてあるようなのです。なんだ、こりゃ、と思っていると、最後にはパンツ(ビキニの下のような)を脱いで、バタフライというんですか(最近、聞かないな今言葉)、ようするにアソコをぺこっと隠しただけの姿になってしまいました。男性も脱いでましたから、何名がそんな格好をしていたか、わけわかりませんでした。で、これはNHKがよくこの演出・企画を許したなぁ、と思い、もし、事前にNHKがOKを出していたのなら、「あっぱれ!」と思いました。しかし、赤組司会の仲間由紀恵が、唖然としていてフォローする言葉が出てきませんでした。少なくとも、彼女は事前には知らなかったと思います。また、すこしたってから曲の合間にNHKの男性アナウンサーは、「ボディースーツのようなものを着ていたので、決して裸ではありませんでした」と弁解の言葉をはなしました。じゃあ、ひょっとしてDJ OZMAが、「やっちゃえ、やっちゃえ、どうせ俺たち今年しか出られないし、だったら、やったもん勝ちだぜぇ~~!」と考えて、リハーサルではみせなかった演出をしたんではないだろうか、と思いました。だったらDJ OZMA、快挙!!だと思いました。NHK紅白は、いつもアーティスト側の意向を軽視した強引な演出をやるので、いわゆる大物は敬遠して出てこないのですが(例えば、ユーミン、例えばサザン、彼らは自分たちが特別待遇のように意味ある演出がされる場合以外、出てきません)そんなNHKに一発かましてやった、という感じです。お笑い芸人も、あたえられた時間を目いっぱい使って、どうやってアドリブするか苦心しているようで、昨日も、ナイナイの岡本隆史が、打ち合わせにないことをちょっとやりましただ、まあたいしたことではありませんでした。で、今朝、NHK紅白のサイトを見たら、出てました、出てました。http://www3.nhk.or.jp/kouhaku/『DJ OZMAのバックダンサーが裸と見間違いかねないボディスーツを 着用して出演した件について、NHKではこのような姿になるということは 放送まで知りませんでした。 衣装の最終チェックであるリハーサルでは放送のような衣装ではありませんでした。 今回の紅白のテーマにふさわしくないパフォーマンスだったと考えます。視聴者の皆さまに不快な思いをおかけして誠に申し訳ないと考えております。』NHKは一切知らなかった、ということですね。やったじゃないか、DJ OZMA!!快挙!快挙!もしかしてこの瞬間が最高視聴率だったら面白いのになぁ、と思います。パスタさんは、どうしてそんな下品なパーフォーマンスを支持するの、と言われるかもしれませんが、理由は下記のとおり(1)民放、または世の中の常識的には、それほどたいした露出ではない(だて裸とは違うことがわかるのですから)(2)表現の自由のほうがNHKの都合より重要(3)NHK紅白は、時間と表現、演出に制約が非常に多く、力の弱い出演者がいつもへんてこな演出を押し付けられている。例えば、早い時間帯に出ていた男性演歌手の鳥羽一郎が「兄弟船」を歌う後ろにウルトラマンが出てきたりするのです。これって、歌手のファンにも、ウルトラマンのファンにも失礼じゃないですか?どちらにとっても違和感のある演出、というか意味不明です。そんな演出がここかしこでみられました。で、問題のDJ OZMAの事前のコメントを調べてみると、ありましたありました。『「小林幸子さんの後で歌うと知ったのは今朝。これはまずいことになったと思った。」とOZMAさん。開き直ったのか「衣装じゃかなわないからステージでTake offしちゃうよ。NHKの人は俺を選んで後悔するよ。」と爆弾発言?。きらきら衣装で始まりだんだん、、、、していくとか。DJ OZMAのステージから目が離せない!? 』ちゃんと、書いてあるじゃないですか、そのままのことが事前に!!確信犯、確信犯、そりゃあ、誰だって、小林幸子の大衣装パノラマ・ショーみたいの後に出演順が決まったら、一発かましてやるしかないですよね。いいじゃないですか、年に一度のお祭り騒ぎ、このくらいのハプニングがあっても、とパスタは思うのですが、不快に感じるひともいるんでしょうね、きっと。さて、本命のジェイクの登場ですが、夏川みりと一緒に彼が出てくる流れは、上記のハプニングとは違ってよく考えられた流れだったと思います。まず、Orange Rangeが沖縄のライヴ・ハウスからの中継で歌いました。彼らがインディーズ時代に出演していたライブ・ハウスでした。ギターの音など、いわゆるライブ・ハウスの箱らしい音響で、ロックしてました。次に、渡辺謙がゲストで登場(審査員でもありますが)、白組司会の仲居くんが、「『硫黄島からの手紙』に出演してみてどう感じられましたか?」、と質問すると渡辺謙が、「平和の意味を、このように年末に素晴らしいイベントができるという平和の大切さを普段から考えていかなきゃならないと思いました」とこたえました。次に、沖縄出身の赤組司会 仲間由紀恵が、「次は夏川りみさんです」と紹介して「花~すべての人の心に花を~」の歌詞を少し読み始めました。この曲は、「すべての兵器を楽器にかえて!」と平和を訴え続ける、沖縄の喜納昌吉の歌で、いまやアジアの多くの国で親しまれている曲です。その平和のメッセージが織り込まれた歌を夏川りみが張りと艶がある素晴らしい声で歌う横で、ジェイクがウクレレを弾いていました。ジェイクもやっぱり沖縄出身の日系4世(だったかな)です。津軽三味線の上妻 宏光(あがつま ひろみつ)は、藤あや子だったかな、女性演歌歌手のバックで三味線を弾いていましたが、彼を紹介する字幕は出ませんんでした。しかし、ジェイクは夏川みりのよこに椅子に座って、思い入れたっぷりにウクレレを演奏していました。しかも、画面には字幕で縦に ジ ^ ェ ウ イ ク ク レ ・ レ シ マ ブ ク ロと、出ています。扱いが上妻 宏光より大きいじゃないですか。よかったね。ジェイクの演奏ですが、残念ながら私のところは普通のテレビなので、あんまりはっきり聴こえませんでしたが、仲間由紀恵の朗読の時から、「ぴよ~~ん」というジェイク独特の音色(映画『フラガールズ』のなかの旋律に似た綺麗な音色)が聞こえてきました。夏川りみが歌うよこで、身体を大きく動かしながら弾いているフレーズも、番組の視聴者に対する音響バランスでは、綺麗なメロディのところがあまり聞こえず、アタックを強く弾いているフレーズ、フレーズの最初の部分だけが、よく聞こえました。もう少し、ウクレレの音量のバランスを大きくしてくれればよかったのに、と思いましたが、5.1chなどのいいテレビで見ていた人にはよく聴こえていたのかもしれません。その後、白組からキムタクが出てきて、ジョン・レノンの「Imagine」の歌詞の意味を日本語で朗読しました。そして「Imagine」を歌ったのは、布施明です。英語でちゃんと歌いました。最後には、外国人が大勢の合唱団が出てきて、布施明も、おそらく得意の高いキーに変調して、歌い上げました。そういうことだったのか、布施明が「イマジン」を歌うって書いてあったけど、まさかジョン・レノンの「Imagine」じゃないよね。ちょっと唐突だよね、と思っていたのですが、Orange Range~仲間由紀恵~夏川りみ~ジェイク~喜納昌吉は沖縄つながりです。そして沖縄は第2次世界大戦で大変な犠牲者がでたところです。渡辺謙の「硫黄島からの手紙」~喜納昌吉の「花~すべての人の心に花を~」~ジョン・レノンの「Imagine」は、戦争の意味を考え、世界に恒久的な平和がおとづれるのを願う歌です。最初は、へんてこな順番だなと思っていましたが、このパートの流れだけは、そのメッセージが明確に伝わってきました。とてもよかったと思います。さて、あと面白かったのは審査員の女子プロゴルフの横峯 さくらにむかってステージから呼びかけた細川たかしが、歌詞を間違えてしまいました。さてなぜそうなったのでしょうか。下記のうちからふさわしいと思われる番号を選びなさい。(1)横峯 さくらの美しさに、思わずうっとりとしてしまったから(2)横峯 さくらの斜め後ろの席に、さくらパパがいたから(3)応援ゲストのベッキーの前髪が黒柳徹子していたから(4)上記のいずれでもないさて、何番でしょうか。正解は。。。。ご想像におまかせします☆その2に続く
2006年12月31日
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最初にステージに登場したのは、Keiko Matsui and Special Bandだ。ステージ向かって左から、エレキ・ギターアコースティック・ギターパーカッションドラムスが配置されステージやや前方、やや左にピアノステージ前方、中央にキーボードが置かれている。バンド・メンバーが配置に付いたところで、長い髪を、髪留めでアップして、黒をベースに赤や金銀の色使いのたてのピラピラがついたオシャレなドレスを着て、松居慶子が登場し、ピアノの前の椅子に座った。演奏が開始される。1曲目は、「A Great Romance」だ。最新アルバム『Moyo』からの曲で、いきなり、アフリカ風というかボーダレスなリズムに、ピアノがメロディを弾く。不思議な感触。ピアノの世界観は、ニューエイジ風。リズムはアフリカ。途中で、アコースティック・ギターがフィーチャーされる。なかなか、興味深い音楽だ。1曲目が終わると、松居慶子はステージ前方、センターのキーボードに移動。2曲目がはじまる。エレピを弾いて、「Doll」がはじまる。(注;アルバム『Doll』から)6弦ベースがうなる。アコースティック・ギターは退場し、ソプラノ・サックス・プレイヤーがソロをとる。後日の放送用に、カメラが何台もある。クレーンを使ったカメラ。ハンディ・カメラ。2階席からズームでとらえるカメラ。ステージ左右のスクリーンに演奏の様子が映しだされる。2曲目が終わって、松居慶子がマイクを持ってしゃべった。南アフリカ、東ヨーロッパ、アメリカをツアーしてやっと日本に来ました。今回のメンバーは国際色豊かです。メンバー紹介します。ベース:南アフリカから。ルーカス・セニャーツォ!ドラムス:同じく南アフリカから。ロブ・ワトソン。パーカッション:南アフリカから。ティラレ・マケネギター:南アフリカから。ローレンス・マチーサもうひとりのギター:ブラジルから。グレコ・ブラト。サックス:USAから。ジェオキム・ジョイナー。なるほど、南アフリカのメンバーを中心にインターナショナルなバンドだ。3曲目は、「カッパ (Water Elf)」(注:アルバム『No Borders』から)「かつて、「カッパ」という曲を録音しましたが、今回は、このメンバーでの演奏です。どんな演奏になるか、楽しみです。」そういうと松居慶子は、シンセサイザーを弾きだした。ステージ横のミキサーに返しのモニターの音を上げるように指示を出している。シンセのオーケストレーションからエレピの演奏に変る。カッパとは河童のことだから、やはり日本的なものを意識しているのだろう。エレピの音は、何か竹を叩いているような感触だ。底流には、アフリカン・グルーブともいうべきリズム感がある。エレキ・ギターが雄たけびをあげる。色彩感のある演奏だった。松居慶子がまたMC。「2年ぶりの日本です。次の曲は最新アルバムのタイトル曲。「Moyo」です。Moyoとは、アフリカのスワヒリ語で「Heart and Soul」という意味です。今回のレコーディングでは、ヒュー・マサケラ(トランペット)リチャード・ボナ(ベースとボイス)ジェラルド・オルブライト(サックス)など、多くの方に協力してもらいました。今回のツアー・メンバーもその時のレコーディング・メンバーたちの一部です。4曲目の「Moyo」が始まった。この曲は、アルバムでは、ポスト・ジャコ・パストリアスの超強力ベーシストのリチャード・ボナがベースとボイスで演奏しているが、今日は、ツアー・メンバーでの演奏。コンガの音に、パーカッシブなピアノ。ベースがリズムを刻む。誰かがスキャット風にボイスを発する。ピアノがメロディを弾き始める。ベースが歌い始める。ピアノは、しかし全然、アフリカしていなくて、クラシック調に流暢に流れる。ボイスともスキャットとも言える声がする。なるほど、これはアフリカの音楽を取り入れたアプローチで、渡辺貞夫が長い年月をかけて、アフリカのミュージシャン達と共演してきたのに似ている。また、先日亡くなった、ジョー・ザヴィヌルがライフ・ワークとして世界音楽、またはユートピア音楽を構築してきたのにも近いアイディアだ。しかし、松居慶子の独自さは、やはりそこにクラシック調のピアノを取り入れたことだろうか。ジョー・ザヴィヌルの音楽のクラシック音楽からの影響は、キーボードそのものには現れず、音楽全体の構成、構築美にあらわれていたので、やはりそれとも少し違う。松居慶子がまたMC。ステージ時間のあいだに目いっぱいに沢山しゃべるほど、いいたいこと、伝えたいことがあるようだ。「次の曲は、最新アルバムの中からの、ファースト・シングル。いま、アメリカでヒットチャート上昇中で、今でも伸びています。」5曲目は、「Black River」しかし、これはアフリカ色は薄い。ピアノが始まり、打ち込みリズムに、本物のドラムスがフィルインし、ベースも入っていく。スムースJazzそのものの、軽いサックスが流れる。残念かな、いまのアメリカでジャズ・カテゴリーで売れるには、スムースJazz的にならざるおえないのだろう。意外かもしれないが、ジャズやフュージョンのCDマーケットを支えているのは日本だ。ミュージシャンのライブの場はNYなどに沢山あるが、ことCDマーケットに話を変えると、スムースJazzまたはニューエイジ風なものでないと、なかなかチャートに昇るほど売れない。FMラジオ局がかけないからだ。アメリカのFM局の影響力は大きくて、FM局で、ヘビーローテーションされないと、CDは全く売れない。それでも、ベースやドラムスはそれなりに強力なので、スムースJazzしちゃっているピアノとサックスでも、全体としては案外、楽しめたが。松居慶子はしゃべり続ける。「ツアーでロシアの極寒の町で、2,000人規模のオペラハウスに行くと、満員のお客さんたちが待っていてくれて、寒さなんか忘れて演奏できるんです」「そして満員のお客さんが、私たちの演奏に惜しみない拍手をしてくれたとき、国境や、宗教や、歴史の違いを超えて、音楽はひとびととコミュニケーションできるんです。素晴らしい音楽の力。。。。。。」「では、私のデビュー・アルバムから」「Light Above the Trees」(注:アルバム『Drop of Water(水滴)』から)このアルバムは、1987年、アメリカにわたった松居慶子が自主制作したアルバムで、これがきっかけで、全米に注目され、アメリカで最初に人気が出て、数年遅れて、いや10年くらい遅れて、日本でも人気、知名度が上がってきた、という経緯があるのです)繊細で、かつ力強いピアノ。彼女の思いいれの深い、この曲を聴きながら、ふと、(ライブ・レストランのジャズもいいが)大ホールのジャズもいいなぁ、ジャズ・フェスティバルってやっぱりいいなぁ、なんて思って聴いている。雰囲気もいいし、正直言って、お目当てではなかった松居慶子の演奏が、ことのほかよかったので、そう思った。ピアノの演奏にサックスが加わりドラムスがたたみかけ、エレキ・ギターが、いわゆる泣きのギターのソロをとる。松居慶子の音楽は、何かテイストの違うJazzがまざりあっている。これをジャズというのだろうか。いや、いろんなエッセンスが混ざっているのも、ジャズならの自由さがあるから可能なのではないか、などと思ってしまう。クラシックとジャズ、彼女の基本には、間違いなくクラシック音楽のベースがある。ニューエージ・ミュージックとジャズ。そして、和(日本)と西洋音楽としてのジャズ。そんなミクスチャーが彼女の音楽を、魅力あるものにしているのだと思う。そして、今回のステージでは、そこにアフリカ音楽のねばっこいリズムと、ブラジル音楽の肥沃なメロディというか、ニュアンスみたいなものが入っている。そして、その音楽は、マイルスやザビヌル・シンジケートがめざした「混沌とした」音楽ではなく、多くのひとがわかりやすい音楽、になっている。どっちが優れている、とかいう問題ではないが、この分かりやすさもまた、ジャズ・フェスティバルで広い客層に聴いてもらうには、とてもいいことだとおもった。7曲目は最後の曲。「みなさん、また何かの場所で、どこかの国でお会いしましょう」ふたたび、最新アルバム「Moyo」から、「An Evening in Gibraltar(ジブラルタル)」アフリカのうねるベース、ドラムスの上に、松居慶子の流暢なピアノのメロディが流れる。アコギを(ウクレレの親戚)カバキーニョに持ち替えたブラジル出身のグレコ・ブラト。(注:ウクレレもカバキーニョもポルトガルから海を渡ってやってきた楽器が原型)曲全体がアップ・テンポになる。サックスのメロディ。パーカッションのティラレ・マケネの激しいコンガのソロ。バーン、と一気に曲が終わる。大きな場内からアンコールを求める大きな拍手。松居慶子がステージに戻ってきた。よく見ると、ドレスの裾はシースルーというのか、オーガンジーというのか知らないが、切りかえしになっていて、黒い生地が透けている。シルバーの厚底、ピンヒール。ステージ衣装にかなり凝っていて、オシャレだ。CDジャケットの写真より、今日のステージのほうが魅力的な外観だ。生き生きと演奏していたからかもしれない。アンコールに応えて、「Forever, forever」ピアノ・ソロだ。しっとりと、余韻を残して彼女のステージは終わった。「私、世界中をまわって演奏して」頑張ってます感が出すぎていたのと、そのわりには、英語の発音が非常に悪くて、曲名、メンバー名が聞き取りにくかったのが、おあいにくさまだが、それ以外では、かなり楽しめたし、いい演奏だったと思う。最新CD『Moya』も、他にリチャード・ボナがベースを弾き、スパニッシュ調のボーカリストをフィーチャーした「Um movo Dia」などの曲もあり、かなりオススメだ。松居慶子/MOYO~ハート・アンド・ソウル【送料無料選択可!】MOYO~ハート・アンド・ソウル / 松居慶子《送料無料》松居慶子(p)/MOYO~ハート・アンド・ソウル(CD)【Aポイント+メール便送料無料】松居慶子 / MOYO~ハート・アンド・ソウル (CD)
2007年09月17日
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また、あの日がやってきた。今から、もう28年前、1980年12月8日。ジョン・レノンがNYの自宅コンドミニアム、ダコタ・ハウスで凶弾に倒れた日。世界中のファンが、悲嘆にくれた日。しかし、平和を愛し理想を掲げたジョンの志は、今も多くの人に受け継がれている。 レノン・レジェンド~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン~ / ジョン・レノンジョン・レノン/レノン・レジェンド(期間限定生産)(CD)ジョン・レノン / レジェンド JOHN LENNON / LEGEND東芝EMI ジョン・レノン/レノン・レジェンド~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン~【送料無料】◆ジョン・レノン ~レノン・レジェンド~武道館では、『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ』が開催された。2001年、オノ・ヨーコの呼びかけで始まって今年で8年目。今年は、奥田民生やトータス松本などの常連や、渋いところでは、Char、ゆず、斉藤和義の参加。若いアーティストでは綾香、他のイベントにはめったに出てこない、LOVE PSYCHEDELICOなどが出てきたようだ。収益金の一部は、世界中の子供たちのための学校作りに使われているらしく、すでに、アジア・アフリカ18か国に75校の学校建設を支援してきたらしい。オノ・ヨーコの呼びかけで、日本のアーティストたちが、毎年、こうしたイベントに参加して、ジョンの志を次世代につないでいく、そこで得られた収益金は、アジアやアフリカの子供たちのための学校作りに役立てる。素晴らしいことだと思う。でも、ぼくは、このイベントには一度も参加したことがない。このイベントの意味は、とても大きいし、これを続けていくことはとても大切なことだと思う。でも、ぼくは、やっぱり12月8日はもっと少人数の集まりで、ジョンや、ジョンの残してくれた数々の音楽や言葉、行動を思い出していきたいと思う。そこで、前から、都内の某所で約20名がはいっただけで、いっぱいになってしまうほどの小さなお店で、「ジョン・レノン追悼コンサート」に参加してきた。ひとり、2曲まで、ジョン・レノンかビートルズの曲しか演奏したり歌ったりしてはいけない、という集まりだ。僕は、ウクレレを持って参加し、弾き語りやソロを演奏してたりした。しかし、ここ1-2年は、いそがしくて12月8日の夜の予定が立たず、昨年は、すでに参加希望者の予約が満杯で、参加できなかった。ことしも、12月8日の仕事のめどが立ったころに、連絡をいれたが、3名のキャンセル待ちだといわれた。普通なら、3名ぐらいのキャンセルまちは、当日までに参加可能になる場合が多いのかもしれないが、「ジョン・レノン追悼コンサート」だけは、様子が違うようだ。予約のお客さんは、みな熱心なファン。キャンセルするようなひとはいなかった。そして、今年も、僕は「ジョン・レノン追悼コンサート」に参加できなかった。でも、キャンセル待ち3名、といわれた時点で、ぼくは、万が一、参加可能になる場合にそなえて、曲を練習していた。ビートルズ関連の曲として、ポール・マッカートニーの「My Love」のウクレレ・ソロジョンの曲で、「ジェラス・ガイ」と「(Just Like)Starting Over」の弾き語り。特に、「(Just Like)Starting Over」は、ジョンが亡くなった1980年に40歳になったジョンが、ひさしぶりに活動を再開し、「Double Fantasy」というアルバムを発売した、そのアルバムの中の代表曲だ。前には、この都内某所の「ジョン・レノン追悼コンサート」で、何の、リハーサルも打ち合わせもなく、ぼくのボーカルに、お店のマスターとお客さんが、ベース、キーボード、ギターで伴奏をつけてくれた曲。今回は、自分のウクレレの弾き語りでやってみようと思った。ギター用の楽譜を買ってきて、コードをウクレレ用に移し変える。6弦のギターから4弦のウクレレにコードをかえる場合、自動的に、ウクレレのコード譜をあてはめればいい、ということではすまないことがある。そこで、ウクレレの弦を左手で押さえて、半音あげたり、下げたり、ずらしたりして、ふさわしいコードを手探りで見つける。そんなこともやってみた。今年も、残念ながら、みんなと一緒に、ジョンの歌を歌うことは出来なかったけれども、そのための準備をしながら、ジョンのメッセージを噛みしめる、という行為は、それだけで、ジョンへの追悼になった気がする。たとえ、12月8日にみんなと一緒でなくても、ジョンの残してくれた音楽と言葉は、その志で、僕たちをひとつにしてくれる。「ジョン・レノン追悼コンサート」では、きっといつものように最後は全員で、「Imagine」と「Happy Xmas (War Is Over)」を歌っているのだろうなあ。その歌声が、ぼくにも聴こえる気がした。
2008年12月08日
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前に日記に書いた、サニーD のウクレレの改造計画、4月3日のお祭りでは、結局、ウクレレを持ち替えている時間がなかったので使わなかったのですが、また4月の末にライブがある予定なので、今のうち、ちゃんと改造してもらおうと、御茶ノ水の某楽器店に持って行きました。そう、あのIWAO さんがコアロハの5弦ウクレレを微調整するために持ち込んだお店。そこで、8弦のテナー・ウクレレを発見。普通、8弦ともなると、ウクレレのヘッドが大きくて、全体にサイズも大きくて扱いにくいのですが、ぼくが生まれてはじめて買ったうくれれ、Keli’i の旧バージョンの8弦ウクレレで、ヘッドは先が細くなっていてデザインはいいし、弾きなれたぼくのソプラノのKeli’iと同じ世代(ロゴマークがまだ小さい)のウクレレなので、ちょっと気になって、試弾させてもらいました。ボディの大きさも、そんなにばかでかくなくて、扱いやすい感じでなかなか好感触でした。でも、まずは、今のサニーDくんをちゃんと改造することだ第一、次に、ローGでソロ用に、ソプラノサイズでロングネックをカスタムメイドしたいな、とねらっているものがあるのですから、当分は8弦ウクレレは見果てぬ夢か、などと思いながら、そのお店をでました。それで、なんとなく別の楽器屋さんにいくと、今度はカマカ の8弦テナー・ウクレレが置いてあるではないですか。カマカもヘッドの先が細くなっていて、デザイン的には好きな形。ボディはKeli’iより少し大きめですが、バカデカイということもないので、やっぱり試弾させてもらいました。ウクレレは普通、(手に持った時に上に来る弦=4弦、一番下が1弦なのですが)チューニングなのですが、4弦―3弦―2弦―1弦をハイG(ソ)―C(ド)―E(ミ)―A(ラ)とチューニングします。ローGというのは、4弦を1オクターブ低いG(ソ)にチューニングして、少しでも音域を広げるために使われています。8弦ウクレレというのは、この4弦が、すべて複弦で非常に接近して弦が張ってあります。カマカの8弦テナーを弾かせてもらったら、(ハイG:ローG)-(ハイC:ローC)―(E:E)-(A:A)と弦が張ってありました。8弦ウクレレは、もともとは伴奏用に大きな音で、倍音を美しく聴かせるために出来ているのですが、これが素晴しく綺麗な音で、頭の先からジーンとしびれるような倍音が聴こえます。コードをストロークすると本当に、デカイ音がします。でも、ソロもある程度弾けるんですよね。ふつうの4弦ウクレレと違って、弦全体のテンションが強いですから、左手で的確に弦を押さえるのと、右手で、間違って、よこの弦をはじいてしまわないように気をつけないといけないので、8弦で弾くのにふさわしい曲とふさわしくない曲があると思ったのですが、ためしに、スティービー・ワンダー の「Lately」を弾いてみると、これがことのほか気持ちよく弾けるんです。複弦ですから、ひとつの音を(単音)をひいても、2つの弦がなるわけで、これがとっても気持ちいいんです。これは、なかなかいけるな、と思いました。また、8弦の弦の共振・共鳴は、いかにもハワイアンなサウンドを聴かせてくれるのですが、ロックやポッポスを4弦で普通に弾くより、ハワイアンのニュアンスがあるロック、ポップスが弾けて、これはなかなかオリジナリティがあっていいかも、と思ってしまいました。ローGのソロ用に、ピックアップマイクをつけたマホガニー のウクレレをカスタム・メイドしたいのですが、それよりもお安い値段で、Keli’iもカマカも8弦テナー・ウクレレが手に入っちゃうんですよね。どうしようかなぁ、と思いながら、衝動買いはいけません。もっとリサーチしてから。まずは、サニーDくんをちゃんと改造してから、などと自分を納得させ、かえって来ました。多分、両方のお店とも、もうあの値段では売っていないか、売れてしまったと思うのですが、楽器との出会いは、恋人との出会いと一緒ですから、ものすご~くピンと来た時に買えばいいかな、と思って、後ろ髪ひかれながら帰ってきました。どこのメーカーのモノがいいかわからないし、一通り、各メーカーの8弦テナーを弾いてみてから考えてもいいかな、と思います。ところで、余談ですが、IWAOさんが使っているコアロハ の5弦や、ダニエル・ホーというプレイヤーが最近使っている6弦ウクレレは、こうした複弦方式ではなく(複弦方式では、弦が2本ずつ非常に接近して張ってあり、同時に弾くことが多いのですが)5弦目、6弦目がそれぞれ、等間隔ではなれて張っているようです。IWAOさんのは、ちゃんと本人とお話をして確認したので、本当です。ダニエル・ホーの6弦も、同じように、5弦目、6弦目が等間隔で離れていると思うのですが、これはまだ確認できていません。IWAOさんは、5弦ウクレレは、結構弾くの難しいですよ、と言っていました。複弦方式ではない、5弦ウクレレ、6弦ウクレレは、これからその奏法を含めて発展していくのかもしれないですね。それにしても、最近のコアロハさんは凄いですね。4弦=Herb Ohta Jr.5弦=IWAO6弦=ダニエル・ホー に持たせて(エンドースメント契約させて)あらたに開発、改良を進めているみたいで、今後楽しみです。コアロハのウクレレも1本欲しいなあ、などと、ウクレレのブランド収集みたいで、いやですが、ウクレレをやっている人にはその気持ちがよくわかると思うのですが、楽器は1本、1本がみな違っていて、いいウクレレに出会うと、今まで何本持っていたかは関係なく、新しくまた欲しくなっちゃうんですよね♪ウクレレ欲しい欲しい病にかからないように気をつけなければ。
2005年04月14日
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Hideo NOMO,ぼくはあなたの勇姿を決して忘れない。1995年に海を渡った男、野茂英雄は、アメリカでの13年目、日本から通算して19年目のプロ生活に自らピリオドをうった。プロ野球の1年目、近鉄の野茂は、新人ながら、最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率と主要四冠を独占。さらに、ベストナイン、新人王、沢村賞、そしてMVPを獲得。しかし、1994年に、近鉄との間で、今は普通になった代理人契約や複数年契約の問題でもめ、当時のプロ野球規約である、「日本のプロ野球界に属するものは、勝手にメジャー・リーグと契約できない」という拘束を逆手に取り、日本プロ野球界を脱退。単身、アメリカにわたり、LAドジャーズと契約。その年に、独特の体をねじるトルネード投法と名づけられたフォームから繰り出される、伸びと重みのあるストレートと、大きくおちる切れ味あるフォークボールで、メジャー・リーグの人気復活の立役者となる。オールスター戦では、先発をまかされ、2イニング無失点。1年目は結局、13勝6敗、236奪三振という素晴しい成績を残し、新人王、奪三振王のタイトル獲得。その後、1996年ロサンゼルス・ドジャースで、 9月17日の対ロッキーズ戦で日本人初のノーヒット・ノーランを達成。リーグを変わって、2001年ボストン・レッドソックス 4月4日のボルチモア・オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーランを達成。両リーグで、ノーヒット、ノーランを達成し、メジャー史上4人目の快挙を成し遂げた。通年の成績が悪くても、あくまでも、現役、先発にこだわり、さまざまなチームを渡り歩き、マイナー契約から、メジャーにあがってきて再び活躍するなど、なんども挫折しながら、そのたびに復活してきた野茂。しかし、今年、「悔いは残る、まだまだ投げたいが、これ以上、周りに迷惑をかけたくない」として、ついに現役引退を表明した。日本で通算78勝46敗。メジャーリーグでは7球団に所属し、通算123勝109敗。日米通算200勝も達成している。こうした、数々の記録もすごいが、やはり、今と違い、何の保障や後ろ盾もなく、単身でアメリカに乗り込んで(もちろん代理人はいるが)、日本人プロ野球選手が、メジャーリーグで、十分活躍できることを、みづから身をもって示したこと。そのフロンティア・スピリットとパイオニア精神、まさにそこに敬意と感謝の意を表したい。今でこそ、イチロー、松井秀喜、松坂大輔など、メジャーで活躍するひとは多いが、彼らは、球団の力を借りて、球団から球団への移籍金を払ってもらってメジャーに行った。つまり、まわりが全部、お膳立てをしてくれるわけだ。野球、ベースボールがまったく出来なくなるかもしれない、というリスクは負っていないのだ。その点、野茂の場合は、日本のプロ野球界を去って、退路をたってアメリカに渡った。その勇気とリスクをとる志は、ほんとうに尊敬に値する。いくら、イチローが、8年連続200本安打に挑戦し、もう少しで日米通算3000本安打を達成するだろうとしても、松坂大輔がレッドソックスで活躍しようとも、野茂英雄のなしえた偉大で先駆者としての存在感には、かなわないと思う。野茂英雄、はからずも、HIDEOという名前が、英語で「HERO」という意味。アメリカで1995年、トルネード投法とともに、大旋風を巻き起こした男。私は、メジャーリーガーをばったばった三振にとってきった、彼の勇姿、目に焼きついた彼の姿を一生、忘れない。野茂英雄、いままで、お疲れ様でした。そして多くの勇気を与えてくれて、ありがとう!
2008年07月17日
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フィギュアのエキシビジョンが行われた。アイス・ダンス、ペア、男子シングル、女子シングルのメダリストや上位入賞者たちが、競技と違って、楽しげに、優雅に、工夫をこらして演技していた。いろんな演出もあって楽しかった。でも、やっぱり荒川静香の演技が、一番、優雅で気品があり美しかった 。彼女は、スケートを純粋に楽しんでやりたい。自分の演技を喜んで見てくれるお客さんのために滑りたい、 といっていたので、今後は、競技ではなく、こういうアイススケート・ショウのようなもので、おもいっきり自分の持ち味を生かした、滑りの美しい演技をしたいのではないふだろうか。荒川選手が金をとったことは、日本のメディアだけでなく、各国のメディアがとりあげたらしい。「成熟した女性の美しさを表現した完璧な演技」「まるで、ドガの絵(踊り子)のようだ」 彼女のめざした、技術とアートの融合は大成功だったみたいだ。今日、NHKの特集で、彼女が新得点制度が導入されてから、高得点を得るために、最後の最後まで必死の調整と挑戦をしているのが描かれていた。昨年の10月、11月の時点では、まだ新得点制度では、高得点に評価される技術を習得するのには間に合っていなかった。モスクワで、インターネット・カフェでファンの声を読んでいた彼女が、めから鱗の言葉があった。「高得点を得られる演技よりも、あなたの美しい演技を観たい」と。荒川選手は、気持ちを完全に切り替えたようだ。何人もの金メダリストを生み出してきたロシアの女性コーチをくびにして、あらたに、男性のコーチに切り替えた。そして、やっぱり得点には結びつかなくても、自分らしさを表現するイナバウアーをプログラムに入れようと決心したらしい。この、メーッセージを書き込んだファンは本当に素晴しい声を彼女に届けたことになる。調整は、ぎりぎり1月まで続いたらしい。オリンピック開催のわずか1ヶ月前だ。新コーチはいっしょにリンクで滑って、実際に手本を見せてくれる。彼女の美しいスピンやスパイラルの優雅さを失わせずに、技術レベルを「4(最高難度)」にあげるにはどうしたらいいか。後半のジャンプは、各選手疲れが出るため、得点が1.1倍されて評価される。後半に難易度の高いジャンプを組み入れた。曲も思い切って、2004年み優勝した時の曲に変えた。プッチーニの「トゥーランドット」 だ。その曲をなんと、開会式にパバロッティが歌った。 全くの偶然だが、荒川選手は何か運命的なものを感じた らしい。【音楽CD】《パヴァロッティ・イン・セントラルパーク》パバロッティの歌う誰も寝てはならぬ(プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》)収録まあ、もうテレビなどで、いろいろな解説や背景が報じられているから、これ以上はいうまい。荒川選手は、新しい採点システムで高得点をあげる技術的努力をする一方で、自分らしさをうしなわずに、美しく優雅に演技する。この両方をあえて追い求めた。そのため、コーチも変えた。直前に、曲も変えた。1ヶ月前でもまだ完成していない、ぎりぎりの調整をしてきた。そして、オリンピック会場にいったん入ったら、不思議に、ふだんどおり、ゆっくりと、オリンピックの雰囲気選手村の雰囲気、モールのお散歩なるべく普通に過ごした。メダルを意識せず、フリーの演技の時は、直前のコーエンの演技をはじめ、誰の演技も見なかった。ヘッドフォンをして、他の選手に対する観客の声援さえ聞こえないようにした。ただ、ひたすら、自分がやってきたことをいつもどおり、自分らしく滑るために。その結果が「金」。だが、ぼくは、それ以上に外国のメディアが彼女を評した言葉こそが、彼女への最高の評価だったと思う。 「成熟した女性の美しさを表現した完璧な演技」「まるで、ドガの絵(踊り子)のようだ」 まさに、これは荒川選手が目指してきた世界ではなかっただろうか。美しくなければ、フィギュアではない。優雅でなければ、フィギュアではない。 今後、女子フィギュアの世界は。新採点制度がふたたび変わることがなければ、高得点がもっとも効率よく獲得できる、ジャンプ競争の時代 に入ると思う。そして浅田真央選手のような、小柄で低年齢の選手が、どっと入ってきて、軽業師 のように、くるくるクルクルと、4回転ジャンプを連発して、メダルをとっていくかもしれない。その時には、ぜひ思い出して欲しい。2006年には、高得点と優雅さをかねそなえた、最高に美しい演技をした荒川静香選手がいたことを。 おそらく、彼女は、女子フィギュアの歴史の中で、最も美しく、もっとも優雅に、もっとも気高く、もっとも気品がある演技をした選手 であったことを。ひとは、その美しさに感動したのであって、得点の高さに感動したわけではない。株式時価総額の最大化をめざして粉飾決算をくりかえした某企業があえなく崩壊したように、今の時代だからこそ、数字とか、利益の極大化とか、効率とか、点数とかではなく、美しさで人々を感動させた女子フィギュア選手がいたことを、ぼくは、永遠に記憶に残しておきたいと思う。 関連日記荒川静香 無欲の金 ! 女子フィギュア 荒川静香 会心のSP!! デビッド・フォスターの秘蔵っ子フィギュアで♪♪ 男子銀は「You're Beautiful」の曲♪
2006年02月25日
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紅白、なんやかんやいっても、結局家族で見てしまう。とくに、最近は、あんまりJ-Popを聴かないので、いろいろ出てきて楽しかった。暗い出来事が多かった2008年で、「ポニョ」は、あかるく楽しく、かつ「生物多様性」をうたった深い映画だった、と思うし、東方神起は、歌が上手くて、ぜんぜんSMAPなんか、めじゃなくて、むしろそのボーカル・ワークは、ハイトーンのゴスペラーズと言ったほうがいいほど、素晴らしかったし、紅白でこその力ある歌を聴かせてくれたミュージシャンがいっぱいいたが、やっぱり、ハイライトは、ミズチルの『GIFT』SUPERMARKET FANTASY <CD+DVD>/Mr.Children年越しポイント3倍!〔1/6am09:59まで〕【1225news03】【即納】【送料無料】Mr.Children待望の...◆メール便は送料無料◆ Mr.Children(ミスターチルドレン)/SUPERMARKET FANTASY ≪通常盤≫...【送料無料】(CD)Mr.Children/SUPERMARKET FANTASY【通常盤:CDのみ】【送料無料選択可!】SUPERMARKET FANTASY [通常盤] / Mr.Children《送料無料》Mr.Children/SUPERMARKET FANTASY(通常盤)(CD)【Aポイント付+メール便送料無料】ミスター・チルドレン Mr. Children / SUPERMARKET FANTASY...【送料無料】 Mr.Children / SUPERMARKET FANTASY(通常盤)ミスチルは、紅白のような番組に興味がなく、出たことがなかったけれども、今年は、NHKの北京オリンピックのテーマ曲を歌ったことで、初出場となった。ミスチルはNHKホールではなく、別のスタジオで、オーディエンスに囲まれて、周囲360度に北京オリンピックの日本人選手の活躍したシーンを映し出した中で演奏していた。映像は、やがて、今年の株価の下落などの象徴的なシーンを映し出すが、やがて、スタジロはぱっとあかるくなり、映像は消え、オーディエンスと思った人たちがいっせいに歌いだした。ちょっとした演出だったが、今年の紅白の中では、最高の瞬間だったと思う。ミスチルの歌って、社会性や時代性を含んだ歌詞を歌いこみながら、結局は、「僕」=「みんな}への、人生の応援歌で、それは、デビューした時から、変わっていない。一度もぶれていない。桜井さんが苦しそうに顔をゆがめながら歌うその姿に、結局、引きこまれ、説得されてしまう。そんな歌。だから好きなのだけれども。また、NHKが推し進める『Save The Future』の趣旨に賛同したエンヤが、アイルランドの古城のようなところから衛星生中継で歌った。エンヤのケルティック系の癒しのボーカルは、こうしたアイルランドのちょっと寒く、でも美しい草原や野山、古い建物、こうした風景の中から生まれてくるんだなあ、と妙に納得しいた。昨日、レコード大賞をとったEXILEは、札幌ドームのライブ会場からの参加。ワンセグ審査員に登録したぼくは、やっぱり、前半も後半も白組に投票してしまった。そして、結果はその通り、白組の4連覇。女性にもいい歌手がいっぱいいたけれども、やっぱりミスチルに登場されては、しょうがないかな。来年は、明るい年になりますように。
2008年12月31日
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グラミー賞はのがしたけれども、2004 グラミー・ノミニーズ -CD-〔送料無料キャンペーン中〕今度のマイケル・マクドナルド のモータウン・カヴァー集のvol.2はなかなかいいぞ!マイケル・マクドナルドというと、元ドゥービー・ブラザーズ のボーカリスト(キーボード・作曲も)として有名だが、ドゥービーと言えば、初期のサウンドは、「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」 (72年)や「ロング・トレイン・ランニン」 (73年)にみるように、イーグルスと並ぶウエスト・コースト・サウンドの代表格で骨太のロック・サウンド でもあった。しかし、オリジナル・メンバーのトム・ジョンストン(ギター、ヴォーカル)が病気で療養中に、代役として呼ばれたマイケル・マクドナルドのボーカル・スタイルがことのほか、ツアーで評判になり、正式メンバーとして、作曲もするようになった。その後マイケル・マクドナルドが主導するドゥービーへと変化して行き、復帰したトム・ジョンストンの居場所がなくなり脱退していった。一方、ドゥービーブラザーズはアルバム「ミニット・バイ・ミニット」 (78年)からのシングル「What A Fool Belives」 は大ヒットしグラミー賞4部門を受賞するなど快進撃を続けた。しかし、その頃のサウンドはもはや初期のドゥービーのサウンドとは全く違っており、どちらかというと、時代の流れにそくしたAOR的路線のサウンド になっていった。だから、マイケル・マクドナル というひとの評価は、真っ二つに分かれると思う。初期のドゥービー・サウンドが好きな人は、マイケル・マクドナルとは、ドゥービーブラザーズをダメにした男として記憶しているんじゃないだろうか。一方、「What A Fool Belives」の頃からドゥービーブラザーズが好きになったひとには、マイケル・マクドナルとは、ひげをはやして、ちょっとこもったような独特の声で、歌唱力のあるミュージシャンとして好かれているのではないだろうか。じゃあ、ぼくはどっちかというと、実は、両方とも好きなだ。ずるい答えですか?でも、本当にそうなのだからしかたがない。さて、そのマイケル・マクドナルが、2003年に、モータウンのヒット曲をカヴァーしたアルバムを出した時は、正直、ぎょっとした。ええ、マイケル、おまえもか?まあ、今、いろいろなカヴァーが録音され売れているというのは、新しいオリジナリティのある曲をなかなか作れない時代背景というものがあるだろうし、一方で、60年代、70年代、80年代と、いい曲はいつまでたってもいい、ということで、昔の曲にスポットをあてていて、音楽の楽しみ方の選択肢が多くなった、というのは歓迎されることかもしれない。そこで、最初のモータウン・カヴァー集「モータウン」 は、ちょっとCDショップで試聴しただけで、食わず嫌い(聴かず嫌い)のところがあったのだが、今度の「モータウン2」 は、CDショップで、全曲、徹底的に試聴した。その結果、実は、意外なようで必然だったのかもしれないが、マイケル・マクドナルドの声は、モータウン・サウンドにぴったり合うのだ!これは、もう買いだ!ということで、先月末、日本盤が出たところで、そく買ってしまった。主な収録曲は、I was Made to Love her スティービー・ワンダー のオリジナル曲だが、なんと、スティービー本人がハーモニカ・ソロを演奏している。なかなか、ファンキーなイントロではじまる。マイケルの声も実に曲になじんでいて、バック・コーラスも素晴しい。最近のスティービーは、ハーモニカだけのゲスト出演というのが多いなァ。でも、ありがたいことです。Reach Out, I’ll Be There フォートップスのヒット曲。女性ボーカル・コーラスとのかけあいで、どんどん、心が浮き立つようなメロディ。オルガンはビリー・プレストン 。ちょっと今風に、スクラッチっぽい音が、ブレイク・ポイントで何度か入る。マイケルのボーカルが、曲の後半で、どんどん乗ってくる。Baby I Need Your Lovin’ これもフォートップス 、マービン・ゲイ、シュプリームスも取り上げたヒット曲。女性のコーラスとハミングとマイケルのしわがれ声の組み合わせが面白い。Loving You is Sweeter Than Ever スティービー・ワンダーがフォートップスに提供した曲。このへんの各曲の流れは実にスムーズで、楽しくなってくる。リズム・ギターのカッティングとピアノの後追いの入り方が気持ちいい。What’s Going On とMercy Mercy Me この2曲が入っているだけで、もうこのCDは買いだ!と思う。それは、マービン・ゲイ のオリジナル曲がいいというだけではない。これをマイケル・マクドナルドが、どう歌いこなすのか。What’s Going On音を少し後ろにひっぱりながらの、マイケルの歌いっぷりは見事だと思う。サックス・ソロも聴き所。Mercy Mercy Me出だしは、打ち込み風の今風のアレンジでありながら、全体的には、6-70年代のアナログ的な印象を残す。これは、全曲に通して言える特徴で、このアルバムの成功の一要因かもしれない。What’s Going Onとは、すこし違って、すこし抑え目に、感情を丁寧に歌いこむマイケル。ナイロン弦のギター・ソロも印象的。I Second That Emotion イントロは、すごく今風、と思った瞬間、ちょっと違った感じで、ボーカルとファンキーなシンセと打ち込みビート。曲の終盤では、むしろベースが目立つ。何が起こったのかと思う、一瞬のマジック。スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ のヒット曲。Nowhere to Run ビリープレストンのオルガンが大活躍の、ノリノリの(表現が古いねえ)曲。マーサ・&ザ・ヴァンデラスのオリジナル曲、後にアイズレー・ブラザーズ 、タワー・オブ・パワーらがカヴァーしてヒットした曲。Tuesday Heartbreak スティービー・ワンダーの傑作3部作のひとつ「トーキング・ブック」 からの1曲。ここまで、あえて書かなかったが、ベースは全体を通して、ネーザン・イースト 。ネーザン・イーストは、長い間、エリック・クラプトン のツアー&レコーディング・メンバーである一方、Fourplay というフュージョン・バンドの活動も続けている。そこからもわかるように、マイケル・マクドナルドの「モータウン」カヴァーにはうってつけの人物だったのだと思う。言い方は悪いが、適度に黒っぽく、ソウルフルで、適度に白っぽい。 そんなところが、エリック・クラプトンがここのところ、ず~っとネーザン・イーストと行動をともにしている、というか、バンドに欠かせない中核メンバーにしている理由だと思う。マイケル・マクドナルドも、そうしたネーザンの強みがやはりほしかったんだと思う。ネーザン・イーストのおかげで、この「モータウン」カヴァー集2は、へんな白人ぽさがなく、適度にソウルフルでいて、マイケル・マクドナルドの唯一無二のボーカルの魅力を引き立てていると思う。 まあ、とにかく、これは、ひさびさに気持ちのいい、モータウン・カヴァー集だ。最後の曲Baby I’m For Real は、最後の曲にふさわしく、ちょっと夜の感じで、Hな感じで、このまま○○○に流れ込むのにちょうどいい雰囲気のバラード。あとは、みなさん、好きな人と一緒に聴いてみてね。マイケル・マクドナルドの「モータウン2」 オススメです。
2005年03月03日
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ロシアの俊英ピアニスト、ニコライ・トカレフ、23歳。彼が、13歳の時に日本の紀尾井ホールでコンサートを行ってから10年。23歳の彼が、今度は初台の東京オペラ・シティ コンサートホールでリサイタルを開催したので行ってきた。そもそも、ぼくは彼を最近まで知らなかった。いつものごとくCDショップの店頭で、彼のメジャー契約デビュー作の『トカレフ・デビュー!』というCDを聴いていたら、なかなかよくて、しかも近々に来日すると知って、CDを買って帰り、さっそくチケットを予約した。【送料無料選択可!】トカレフ デビュー! [通常盤] / ニコライ・トカレフ(Pf)■送料無料■通常盤■ニコライ・トカレフ CD【トカレフ デビュー!】07/6/27発売《送料無料》ニコライ・トカレフ(p)/トカレフ デビュー!(通常盤)(CD)【ポイント2倍】トカレフ デビュー!/トカレフ(ニコライ)[CD]●Nikolai Tokarev“トカレフ デビュー!/ニコライ・トカレフ”<通常盤>2CD(2007/6/27)だから、彼が、4歳で音楽をはじめ、12歳でモスクワでリサイタル・デビュー、翌年に日本に来て以来、頻繁に日本に来ていたことも、モスクワ・フィルハーモニー交響楽団やチェコのプラハ管弦楽団、ウィーン室内管弦楽団、BBCフィルハーモニー管弦楽団など多くの有力オケとの協演をしていたことも、一切しらなかった。しかし、試聴したCDに、なにか得も言われる力強いエネルギーを感じて気に入ってしまったというわけだ。さて、東京オペラ・シティ コンサートホールは、初台という場所が、オフィスから行くにはちょっと行きにくいのがたまにきずだが、とてもいいホールで音響もいいと思う。ニコライ・トカレフのリサイタルのプログラムはモーツァルト『ピアノ・ソナタ ヘ長調 KV.533』ショパン『ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調「葬送」op. 350』休憩シューマン『子供の情景 op. 15』ムソルグスキー「フドレイ編曲」『禿山の一夜』ローゼンブラット『パガニーニの主題による変奏曲』会場が暗くなると、黒のレザー・パンツに黒の長袖シャツ、金髪の短髪のニコライ・トカレフがステージに登場。なにか非常に緊張感があふれ、ストイックな雰囲気もかもし出している。何度も、椅子の高さを調整しなおし、おもむろに右手からピアノを弾き始めた。モーツァルトの『ピアノ・ソナタ ヘ長調 KV.533』である。モーツアルトの華麗な感じを表現しながらも、とても力強い演奏。拍手のあと礼をしていったんそでにひっこむ。再び登場して、礼をして椅子に座る。今度は、下をむいて目をつむり、さっきよりも長い時間、そうしている。きっと集中力を高めて、曲のイメージを作っているのだと思う。今度は、いきなり左手から力強く鍵盤をたたき、ダイナミックな演奏に発展していく。ショパンの『ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調「葬送」op. 350』だ。途中、何度も椅子から腰を浮かし、中腰の状態で鍵盤に向かってエネルギーをたたきつける。そうした展開のあと、今度は落ち着いた感じで低音を奏でる。有名な『第3楽章 葬送行進曲:レント』だ。バンバーンと言う感じで、第4楽章を終わる。こんなに力強いショパンははじめて聴いた。先日聴いた小菅優の演奏も力強かったが、彼女の場合、力強さよりも、情感豊かな音楽性が印象に残った。また、5月に聴いた、同じロシアの中堅のボリス・ベレゾフスキーは、巨体を駆使した体の動きも含めた豪快さが印象に残ったが、ニコライ・トカレフの場合は、なにかとぎすまされた集中力と研ぎ澄まされた身体からほとばしる力強さなのだ。同じ、力強い演奏といっても、それぞれ全く個性が違う。しかし、ピアノってこんなに力強く弾く楽器なのだろうか。今は、そういう演奏が主流なのだろうか。そんなことを考えているうちに、第2部がはじまった。シューマンの『子供の情景 op. 15』だ。トカレフは、時に首をかしげるようにしながら、ショパンの時の前傾姿勢ではなく、今度は背筋をぴんと伸ばして演奏している。時に、楽しげに、子供の好奇心を表現しているかと思うと、時に、ロナンティックなメロディが出てきたり、時に、子供が忙しく駆け回るような感じに曲想が変化していく。しかし、ピアノというのは完成度の高い楽器だと思う。まあ、ぼくがウクレレ弾きだからそう思うのかもしれないが、ピアノは、メロディも伴奏も、両方の手で表現できるし、音色の変化や音の強弱、音域の広さ、とにかく非常に表現の幅が広い楽器だなぁ、と思う。もっともそうしたピアノの楽器としての特性をおもいっきり引き出すことが出来るのは、彼のような練習と鍛錬を積み上げてきた人でなければ出来ないことなのだと思うが。次の演奏曲は、ムソルグスキーの『禿山の一夜』だ。この曲をはじめて聴いたのは、お恥ずかしながらプログレッシブ・ロックのトリオエマーソン・レイク&パーマー(ELP)のアルバム『展覧会の絵』か、学校の音楽の授業で聴いた、リムスキー=コルサコフのオーケストラ版かよく思い出せないが、トカレフがピアノで弾く『禿山の一夜』が、スリリングで不穏な感じや不安な感じとともに、時々、明るい曲想になったり、爆発するように大きく展開するのを聴いていて、なぜ、ロック・バンドのELPがこの曲をロックで演奏しようとしたかが、少し分かったような気がした。トカレフ自身、非常にのって演奏できたようにみえました。最後は、超絶技巧といわれたヴァイオリニスト、パガニーニが自分のために書いた曲の主題旋律を、リスト、ラフマニノフなどいろんなひとが変奏曲にアレンジしたそうですが、ローゼンブラットの『パガニーニの主題による変奏曲』は、一味違いました。トカレフは、この曲は、座るとすぐにすぐにピアノを弾きだしました。すぐに、その世界に入っていったような感じです。いきなり、ジャズ的なリズムやシンコペーションが出てきます。クラシック・ピアノのリサイタルで、こういうジャズ的な要素を感じるのは初めてです。非常に早いパッセージから、最後は、ダン!!と終わりました。会場からは割れんばかりの拍手。拍手にこたえて何回もステージに出てきたり下がったりしましたが、結局、熱烈な拍手にこたえて、4回もアンコール曲を弾きました。アンコールの1曲目は、かれがピアノ親善大使に選ばれたという映画『ピアノの森』の主題歌でした。楽しい、親しみ感のある曲です。一回下がって、再びアンコールにこたえて弾いた曲は、リストの『ラ・カンパネラ』右手の小指による高音の鍵盤の反復音が非常に印象的で、激しくも素晴らしい演奏です。3回目のアンコールは、うってかわて、ショパンの『練習曲「別れの曲」 op.10-3』ゆくりと、甘い音から、いったん激しくなり、またゆっくりとなって行きます。アンコールの4曲目は、シューベルトの『シューベルトの「楽興の時 第3番』ちょっと今までの感じとはがらりと変えて、たらんたらん、とちょっとおどけたような感じで曲は終わりました。終演後、サイン会です。ぼくは、いつものごとく、ミュージシャンと話せるわずかなチャンスなので列にならびました。ぼくより2人前に並んだ小さな女の子に、とても可愛らしい笑顔を見せていました。演奏中は、誤解をおそれずにいえば、ちょっとロシアのプーチン大統領のような緊張感をかもしだしてのですが、演奏が終わった今は、別人のようにニコニコしています。ぼくがプーチンのように感じたのは、ひとつにその緊張感ですが、もうひといつには、プーチンのもつ柔道家としてのみのこなしというか、オーラが、トカレフにも感じられたからです。トカレフが柔道やほかの武道をうやるかどうかはわかりませんが、身体を非常に研ぎ澄ますように鍛錬していることは、その体つきをみてわかります。サイン会の時は、長袖のシャツを脱ぎ、半袖のTシャツを着ていましたが、Tシャツの下には、鍛錬された肉体があるのを感じることが出来ました。さて、サインがぼくの順番になったときに、「素晴らしい音楽でした。信じられない演奏でした、ありがとうございます」と言うと(英語ですが)ほんとうににっこりとして「Thank You」と言ってくれました。サイン会のときに、こんなににこやかに、屈託のない笑顔を見せるアーティストは初めてです。今日は、ほんとうに初めてづくしです。日本のファンが好きなんだなぁ。音楽がほんとうに好きなんだなァ、ということが伝わってきました。【こちらは、初回限定盤で、20Pのカラー写真集がついている】《送料無料》ニコライ・トカレフ(p)/トカレフ デビュー!(初回生産限定盤)(CD)メジャー・レーベルでのCDは今回がデビュー作ですが、すでにインディーズで7枚のCD出しているそうです。これからの活躍が楽しみな、好青年(という言い方をしてもいいと思う)です。オススメです。
2007年07月03日
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トリプル・ギターで来日中のエリック・クラプトンの全国ツアー。今回のバンドでの演奏は、史上最強だと思う。もっとも、ぼくは1970年代のクラプトンの演奏をみたことがないけれども、80年代、90年代と何回もみてきたクラプトンの演奏は、今回のツアー・エンンバーでのステージが史上最強だと思う。満員の武道館、いきなり場内が暗くなった、とおもったらメンバーがぞくぞくとステージに入ってくる。で、いきなりはじまったのが「Tell The Truth」だ!ロックの歴史的金字塔、デレク&ドミノスのアルバム『いとしのレイラ(Layla)』のDisc 2枚目の最初の曲だ。いきなり、デュアン・オールマン並みのスティール・ギターの音がする。はっきり言って、今回のクラプトンのライブ、絶対に遅刻してはいけない。最初の曲から、いきなりエネルギー全開なのだ!メンバーは、ステージ左から右に向かってティム・カーモン(key)ドイル・ブラームホール(g)デレク・トラックス(g)エリック・クラプトン(g)ウィリー・ウィークス(b)クリス・ステイトン(key)後列は、女性2人のコーラスそして、クラプトンのちょうど後ろあたりに、スティーブ・ジョーダン(ds)クラプトンは、黒のシャツにブルージーンズ、スニーカーというラフな格好。3人のギタリストが繰り出す強烈な、ギター・サウンドに誰がどのパートを弾いているのか、と思っている間に最初の1曲が終わる。観客も、私もすでにハイのスイッチが入ってしまった。強烈なスティール・ギターとブルージーなギター・サウンドだ。そのまま、なんの説明もなく曲は2曲目に続く。「Have you ever loved a woman?」クラプトンが♪Have you ever down the street♪ と歌っている。クラプトンのソロに続いて、ドイル・ブラームホールのブルース・ハープ(ハーモニカ)が炸裂する。デレク・トラックスのボトルネック・ギターだ。彼が左手の指にボトルネックを入れ、右手で弾いているが、ピックを一切使っていない。親指の腹と、人差し指から薬指の3本の指で、直接弦をはじいている。その手の加減で、音をコントロールしている。1曲目の「Tell The Truth」でも、強烈なスライド・ギターを弾いていたのは彼だったのだ。とにかく、クラプトンも負けそうなほど、ブルージーで強烈なソロを弾く。続いて3曲目、「Got to get better in a little while」スティーブ・ジョーダンの強烈なドラムスに続いて、ティム・カーモンのワウワウ・ギターが炸裂する。ティム・カーモンは、左利き、サウスポーでギターを構えている。このふたりの若いギタリストの素晴しい演奏に、クラプトンがあおられて、自分の世界に入っていくのに時間はかからなかった。クラプトンがやはり強烈なギター・ソロを弾く。凄くノッているのがわかる。クラプトンがノッテいるな、とうのは今までのライブでも何回か目にしたが、かなりステージの終盤でのことが多く、こんなにのっけからノっているクラプトンは、はじめてだ。続いて、ウィリー・ウィークスのうねうねソウル・ファンク・ベースのソロだ。続いて、ティム・カーモンのワウワウ・ギター・ソロそしてデレク・トラックスのすさまじいスライド・ギター・ソロとなって3曲目が終わった。ここではじめて、クラプトンが「こんばんは!Thank You」と口を開いた。オープニングの曲順は、大阪とは違うみたいだ。どうやら場所によって、または公演によって曲順や選曲をかえているようだ。」強烈なあたま3曲ではっきりしたのは、今回のバンドがとても特別だということ。80年代後半、90年代、2003年の来日公演と、クラプトンは、ネーザン・イーストをベーシストにむかえ、フュージョンからロックまで、フィールドの広い彼をバンドのかなめとして使い、さらに最近では、ネーサン・イーストのジャズ・フュージョン人脈で、ドラムスをスティーブ・ガッドにしていたが、今回は、あっさりと朋友ネーザン・イーストを切り捨てた(という表現はちょっと悪いが)そのかわりに、リズム隊には、大ベテランのウィリー・ウィークスをベースにスティーブ・ジョーダンをドラムスにむかえて、よりソウル、ブルース・フィーリングを安定してた叩きだす布陣に変えた。ウィリー・ウィークスは、古くは、故ダニー・ハザウェイと演奏をしているし、ローリング・ストーンズ、スティービー・ワンダー、リッキー・リー・ジョーンズなど名うてのビッグ・ミュージシャンとの演奏・レコーディング歴を誇る、マイスターなべーシストだ。一方、スティーブ・ジョーダンは、渡辺香津美やジョン・スコフィールド(g)演、レコーディングなどフュージョン・フィールドで活躍する一方、ストーンズのキース・リチャーズとアレサ・フランクリンの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」を共同プロデュースしたり、ドン・ヘンリー、ボブ・ディランなどとの共演など、幅広いフィールドで活躍。特に、最近はプロデュース作も多く、どちらかというと、ロック・フィールドでの活躍が目立ってきているベテラン。ギタリストと組むのがうまいドラムスかもしれない。この2人で、リズムをばっちり固め、フロントに若手のドイル・ブラームホールとデレク・トラックスを抜擢し、自分と3人でのトリプル・ギターにした。今回のバンド編成でクラプトンの意志は明らかだ。この3人出なければ出せない音楽をやろう、ということ。サウスポー・ギタリストのドイル・ブラームホールは、クラプトンのアルバム「レプタイル」や「ミー&Mr. ジョンソン」にも参加、クラプトンの「バック・ホーム」では、曲も提供している。最近のクラプトンにとっては、非常に重要な若手ギタリストだ。しかし、今回の来日公演の最大の目玉は、やはりボトルネック・ギターをたくみにコントロールし、非常にブルージーなギターを弾くデレク・トラックスの参加だ。彼は、近年のオールマン・ブラザーズ・バンドに参加する一方、自分のバンドでも活躍している。で、この布陣でしかやれない音楽とは何か。それはすなわち、故デュアン・オールマンが存在しなければ生まれなかったであろう歴史的な大傑作デレク&ドミニクスの『いとしのレイラ』が生まれた頃の演奏を、21世紀によみがえらそうということだ。クラプトンの意志ははっきりしている。彼は、「新顔のミュージシャンをむかえたことが、ずっと過去の作品への挑戦を可能にしてくれた」といっている。新顔のミュージシャンとは、すなわちデレク・トラックス(g)であり過去の作品はアルバム『いとしのレイラ』の頃のサウンドだ、ということだ。そしてくしくも、デレク・トラックの演奏は、まるでそこにデュアン・オールマンがいるんじゃないかと思うような演奏をするのだ!クラプトンのそっけないほど短いMCのあとすぐに4曲目の演奏に入っていく。「Old Love」だ。クラプトンが、ぐぅっと世界に入り込み、♪I can feel your body♪と歌い、素晴しいギター・ソロを弾く。まるで、歌い上げるようなギター・ソロだ。左サイドのティム・カーモンがキーボードでソロをとる。途中、誰がギターを弾いているんだろうと思わせるような、ミニ・ムーグのソロを弾く。ミニ・ムーグそのものだったかどうかは、ステージが遠いのでわからない。ただ、そのキーボードのサウンドは、たとえばハービー・ハンコックがアルバム「フィーツ」などで弾くようなギターサウンド志向のシンセの音だ。わざわざ、アナログ時代にシンセでギター音を出そうとしたような、そんな時代の音を選んでいるに違いない。最後に、クラプトンがふたたびソロをとる。クラプトンのギターが雄たけびをあげる。これぞ、クラプトンの音だ。これが、今の俺だ。これがロックだ。クラプトンがそういっているように感じた。息つくひまもなく、5曲目に突入。「Motherless Children」スティーブ・ジョーダンのドラムス・ソロから入り、ギターのユニゾンへと展開。トリプル・ギターのユニゾンは迫力が違う。ものすごいスリリングなギター・サウンドだ。スティーブ・ジョーダンは、録音されたCDの演奏からは、もっと豪華なドラムセットを組んでいるのかと思ったが、わりとシンプル。スネアやタムタム、バスドラ、シンバルと最小限のセットだ。もしかしたら、これもやっぱり40年前のサウンドをクリエイトするのに、わざと今の豪勢なドラムセットを組まず、シンプルにしたのかもしれない。そんなシンプルなドラム編成で、ばしっとエッジが効いている硬く重たいサウンドが、ここぞ、というタイミングででてくる。さすがスティーブ・ジョーダンだ。その2へ続く
2006年11月21日
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32名による、湧き上がる圧倒的な響きバリ島の民衆芸能でもあり、宗教的な意味もあるガムラン音楽 を、32名の大編成による竹製の楽器を中心とした演奏と踊りと歌と叫びを聴いてきた。場所は、サントリーホールである。満席、チケット・ソールド・アウト とのこと。ジュゴクというそうだ。ジュゴクとは、 バリ島 の村人の祝いの行事で演奏されるそうであり、日本では初演奏とのこと。以前、バリ島に行って、ガムラン音楽や、ケチャ(KECAK DANCE)を聴いたことがあるが、今回のライブはスケールも大きく、ほんとうに圧倒されるライブだった。席は、運良く前から2列目、真ん中付近。ステージには、小、中、大、特大の竹を筒状に切って、木琴のように叩いて弾く楽器がところせましと置かれている。楽器の装飾も、おそらく、大地の神々をあらわした装飾がほどこされている。てっきりステージから音楽が始まるだろうと思っていたら、客席の後ろから大勢の綺麗な民族衣装 のような服をきたひとたちが、小さなシンバルのような楽器をシャン、シャン、シャーンとならしながら出てきた。日本のつづみ、アフリカのトーキングドラムス、南米のコンガのようなものをクビから水平にさげて、手とバチのようなもので叩いている人もいる。綺麗な衣装を着た女性が2名、踊りながら入ってくる。全員がステージに上がっていき、シンバルのようなもの、水平なコンガ(?)を叩きながら踊る。女性は、目を大きくくるくる見開き 、首を動かし、腰をくねらせ、手と身体と顔の表情全体で、踊りを表現しながら動く。なぜか、化粧をほどこされた男性たちと、化粧をしていないその他大勢の男性達の演奏、そしてリーダーと思われる年長の長い白髪を後ろ頭で結わえた男性が、激しく、しかし優雅に演奏し、踊っていく。僕はまだ、バリ島で見たことがある音楽と踊りの延長のようなものを聴いているつもりでいる。やがて、シンバルを叩いていたひとたちが、竹製の楽器の位置に付き、竹、シンバル、タイコ、おどりが展開していく。いわゆるポリリズム というやつだ。ポリリズム、だけではない、変拍子 、楽譜ではとらえきれない、リズムだと思う。まさに身体が、あるストーリーを理解しながら覚えたリズムだと思う。ある人たちは、例えば、タン・タン・タターン を延々と弾く、別のグループはタタターン・タタターン・タッタッタ を延々と弾く。また、途中でブレイクがあったり、おのおののグループのリズムパターンが変わっていく。何グループにわかれてリズムをつむぎ出しているのかさえわからない。このように何種類ものリズムが重層的に折り重なって、音が 位相 をずらしながら、やがてながーい、リズムの中でそろう瞬間があり、また位相がずれていく。とても気持ちがいい。誰がどのリズムを叩いているのか、一生懸命見極めようとするが、よくわからない。全体として、うねりのような、大地から湧き上がるような音がする。パーカッションだけではなく、小、中、大、特大の木琴のような竹製楽器があるので、音程の変化もあり、ふーっと寝てしまいそうな心地よさもあった。前半の部が終わり、20分間の休憩。まだ、わたしは、そのあとおこる大饗宴のことには思いもゆかず、まだ、バリ島でみたものが大型化しただけだと思っていた。ところが、私はかなり甘かった。後半の部が始まって、しばらくして、青い衣装 を着た、年配を含む男性軍が、ステージ向かって、左側の竹製楽器につき、はじめはしずかに、やがて激しく、竹筒を叩く。かなり激しくなってきたな、と思ったら、ステージ右側の竹製の楽器に、若手中心の赤い衣装 を着た男性たちが「ワーわーー」という叫び声をあげながら入ってく。これに答えて、青軍団が、さらに激しく竹製木琴のようなものをがんがん叩く。これだけでも、すでにポリリズムになっている。すると赤い若者軍団が、それとは違うリズムで竹製木琴を叩く。それは、やがてリズムの応酬となり、叫び声や、はだしの足を踏み鳴らす音で、会場内は、ものすごいうねりに飲み込まれていく。興奮したた巨大竹筒の演奏者たちが、楽器の上に立ち上がり飛び降りながら竹を叩き始めた。青の攻勢に対し、赤軍団も負けていない。掛け声と、叫び声と、左右それぞれのポリリズムと変拍子が折り重なって場内を圧倒する。激しい叩き方に、竹を固定している紐のようなもんがゆるんだり、切れたりし始める。バチが折れたり飛んだりしている。ステージ上は一種の 騒乱状態 だ。まるで、青と赤の軍団が、やぐらを組んで、騎馬戦のようなものをやっているような感じがしてくる。青が攻めれば、赤が攻め返す。赤が雄たけびをあげれば青が応戦する。これはまさに戦いだ。そのとき、赤軍団や、青軍団の若者が、ひきつけのような、一種 トリップ しちゃったというか、錯乱状態、いっちゃった状況になり、楽器から飛び降りわけわかんなんくなっている。あわてて、スタッフが数人、走ってきて取り押さえる。ひとりがとりおさえられると、今度は別の若者がトリップ状態になりいっちあっている。またスタッフ数人が飛び出してきて取り押さえてステージの外に強引に押し出す。赤組の若者が突然、となりの演奏者にぶつかりながら、わけわかんなくなってしまった。 完全にステージ上に走り出したかと思うと、からだを激しく痙攣させている。一種の宗教的な儀式における、陶酔状態に入っている。 観客は、わけわかんなく、あぜんとして見守っている。小、中、大、巨大と何列にも設置されていた竹製楽器だが、赤軍団は、陶酔していちゃった若者達が大暴れして、まるでやぐらが崩れるかのように、壊れ崩壊 してしまった。青軍団の「ウォー」という勝利の雄たけびのようなものがあり、赤軍団はステージから逃げるように引き下がっていった。戦いは終わった。ポリリズムと変拍子の応酬による戦いは、ベテラン組みの青軍団が買ったのだ。まさか、こんな展開になるとは、予想もしていなかった。いったい、これは何なんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あのトランス状態に入ってしまった若者達は、ほんとうにいってしまったのだろうか。でもとてもやらせには、見えなかった。村で、こういう祝いの行事で、かならず何人かいっちゃうひとがいるのと同じように、ほんとうにいってしまったのか。。。だが、これで、終わりではなかった。冷静さを取り戻した青軍団と赤軍団は、仲良くステージに戻ってきて、こんどは、すごく小さい、竹製楽器、タイコ、笛、ミニ・シンバルのようなもの、を演奏しながら歌い、声をあげ、やがて観客にも一緒に拍手や歌による参加を求めてきた。だが、拍手といっても複雑に位相をずらしながらうねるポリリズムに観客の拍手がついてこれるはずもない。と、こんどは、女性の踊り手も出てきて、左右の手を交互に上げ下げしながら振るのを観客にも参加を求めた。そして、何回か、アンコールというか一種のカーテンコールをおこない、最後は、全員(といっても、いっちゃった若者たちが復活したのかどうかは、まったくわからない)楽しげに、それこそ、ケチャのように、声で、ダッダッダ、ダダッダ、ガガガガガ、左右のひとにおでこをくっつける、ダッダッダ、ダダッダ、ガガガガガ 、なんていうことをくりかえしながら、ステージから去っていった。こんなライブは観たことがない。これは、ライブなのか。伝統芸能なのか。その現代版なのか。民衆芸能なのか、宗教的な儀式なのか。わけわからず、圧倒され、うねり大地からのドドドーと沸き起こる響きを共有し体感して、ステージは終了した。プログレ・ファンへの補足 キング・クリムゾン のロバート・フィリップが、ギターの位相をずらしていく演奏方法は、あきらかにこのバリのガムランの音楽に影響されている、少なくともヒントになっていると思った。実際、クリムゾンが 「Discipline」 「の頃、来日して(なぜか)浅草で演奏したとき、演奏開始前になっていたのは、ガムラン音楽だった。また、今回の演奏を聴きながら、これは、クリムゾンの「Larks’ Tongues in Aspic, Part One」 で、激しい演奏に入るまでの、鐘などの音は、まさにガムラン音楽そのものといってよく、早い時期から、ロバート・フィリップはそうした関心を持っていたのだろうなァ、と思った。プログレ・ファンは要チェックだと思う。でも、ジェゴクというバリ島の音楽行事、体験するしかないんだよなぁ。ライブCDを聴いても、あの異様な興奮は伝わらない、と思う。
2004年08月06日
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話題の、ノマディック美術館に行ってきた。ノマディックというのは、「遊牧民の」というような意味で、建築家の坂茂(ばん しげる)が手がけた移動式美術館で、今までに、NYのピア54(マンハッタンのハドソン・リバー側にある防波堤のひとつ)や、サンタモニカで仮設されてきた美術館。で、お台場のノマディック美術館は、世界で3箇所目になる。それぞれの国で、貨物用コンテナを組み立てて、天井が高く大きなスペースを作り、そこにアートや映像の展示を行う。今回のアート・プロジェクトは、カナダ出身のアーティスト、グレゴリー・コルベールの写真や映像を展示している。「Ashes and Snow」と題されたこのプロジェクトは、現在も進行中のようで、グレゴリー・コルベールが15年間かけてやってきた作品、インド、エジプト、ミャンマー、トンガ、スリランカなどなどに長期遠征し、自然の中で、人間と動物が一体となった瞬間を写した写真と映像がみられる。人間と動物が一体になった、というのは簡単だが、どの写真作品も、デジタル画像処理や合成などをおこなっておらず、人間と動物が一体となる瞬間を、おそらくねばりずよく待って撮影したものと思われる。あるいは、撮影する前に、被写体となる人間と動物が、緊張感なく自然に交われるように時間をかけて、ここだ、という時までは撮影という行為を全く行わないのかもしれない。ポスターになっている、「像と少年」の写真が一番有名だが、そのほかにも、水中の象と男性、水中で、お互いのからだを密接にまじわらせながら泳ぐ、くじらと男性老婆や女性とさる、鳥と少女、豹と少女などほんとうに両者がそこに存在するのに、なんの違和感も緊張感もなく、ごく自然に共生しているような写真だ。写真は、日本の和紙に焼き付けられており、1枚1枚、手で作っているらしく、セピア色に焼き付けられた写真の数々は、まさに和紙にこそふさわしい表現になっている。また、写された人間はみな、瞑想しているのか、心地よいのか、ある種の境地の心境になっているのか、みな目をつむっており、動物とよりそうその姿が、一種、東洋的なものを感じさせる。ノマディック美術館の中では、常時、癒し系の音楽が流れており、美術館に行くこと自体が、見るものの心を癒してくれる装置となっている。お台場の、りんかい線「東京テレポート」駅のすぐ近く、6月24日(日)まで、開催しているので、時間と興味のある方はぜひ観にいってもらいたい。
2007年04月21日
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ジャズ・バーで「いちむじん」のライブがあったので行ってきた。「いちむじん」とは、土佐弁で「一生懸命」という意味だそうだが、高知出身の男性ギター・デュオ。高校の時に、いっしょにクラシック・ギターをやっていて、桐朋学園芸術短大の時に、ギター・デュオを組んだらしい。クラシックの演奏技法の裏づけを持ちながら、レパートリーは、クラシック、映画音楽、オリジナル、Pops、日本の歌と幅が広い。僕は、ビールやワイン、カクテルを飲みながら1st Stageと2nd Stageの両方を楽しんだ。少し酔ったせいもあるかもしれないが、CDの演奏よりも迫力があり、目の前でのギター・デュオの演奏をとっても気持ちよく聴いた。【ポイント5倍★3日am9:59まで】Rui/いちむじん[HybridCD]【送料無料選択可!】Rui [SACD Hybrid] / いちむじん《送料無料》いちむじん/Rui(CD)Ruiいちむじん/Rui【送料無料】Rui / いちむじん演奏曲目は、まず1st Stageから紹介する。1. ギター・ソロ2. 砂漠の石(かれらの2nd CD「ハルモニア」から)3. AME(2nd CD)4. ショパンのピアノ・ワルツ第7番のギター・アレンジ(2nd CD)5. ロンドンデリーの歌(2nd CD)6. Jongo(1st CD「Rui」から)7. Rui(1st CD「Rui」から)8. あじさいいちむじんは、宇高康人(うだか やすひと)と山下俊輔(やました しゅんすけ)のふたり。宇高くんが、いつもステージの左側に座る。1st Stageは、まず、宇高くんがひとりでステージに上がり、客席からみて左側の椅子にすわり、ギター・ソロを演奏した。クラシカルなソロ演奏で、たぶん、「亡き王女のためのパヴァーヌ」かなんかをモチーフにしてアレンジしたものだと思う。「ああ~、緊張した」と宇高くんが言っていると、右側の椅子に山下くんが座っった。2曲目の「砂漠の石」では、激しいストロークを弾くなど、クラシック音楽の中にとどまらない演奏。ふたりとも、ギターをラインでつなぎながら、マイクでも音を拾っている。小さいお店だが、おおきなPAがあり、なかなかバランスがいい。弦をチューニングしなおしながら、次の曲を紹介。「ショパンのワルツ第7番」。ウクレレ程ではないいしろ、ギターもやっぱり、スポットライトをあびながら演奏していると、チューニングが微妙にくるってくるんだなと思った。曲のあいまの、ふたりの会話というかMCは、饒舌では全然なくて、ぼくとつというか素朴で、ゆったりとしていて二人の人柄が出ていていい。たまに、土佐弁が出るが、イントネーションや語尾がかわるだけで、それもいい味のひとつとなっている。アイルランド民謡の「ロンドンデリーの歌」(のちに、イギリス人が歌詞をつけて「ダニー・ボーイ」という曲名でも有名になった)を演奏。6曲目の「Jongo」7曲目の「Rui」は、1st アルバムでもハイライト的な曲で、かなり盛り上がって聴いた。休憩をはさんで、2nd Stageへ。(その2へ続く)
2008年01月30日
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