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Mar 17, 2006
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カテゴリ: 書評
現在形の批評 #22(書籍)

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貴志哲雄 『喜劇の手法 笑いのしくみを探る』(集英社新書)

喜劇の手法



距離を取ってから始まる認識


昨今の「お笑いブーム」は息が長い。


かねてより劇団ひとりは自らそれを終焉させる発言を自虐的な笑いとして生み出している。しかし、それは芸人としての将来性の危惧と自戒の意味として機能し、常にパースペクティブを見据えて戦略的にならなければ渡り歩けない、芸能界の一端を示す「笑い」として象徴的だ。


「笑わせてみろ」と高所に構えている視聴者を笑わせるため、お笑い芸人は日々1ステージ500円という世界から夢を目指す。興味のない人間からすればこれほど馬鹿で無駄なことはない。しかし、ブームの先頭を行く芸人を見れば分かるように、「笑い」は今やファッションとして、モテる男のファクターとして、そしてもちろん人気者の絶対条件として認知され、若者の憧れの職業の一つでもある。


本書はそんな「笑い」を、演劇における「喜劇の手法」を構造的に解き明かす。「1 だます・2 迷う・3 間違える・4 語る・5 考える」の章から成り、即したテーマについての手法をシェイクスピア、モリエール、二ール・サイモンといった作家達の作品を具体的に分析することによって導いていく。貴志哲雄は、「笑いとは、事件の当事者ではなくて事件とは無関係な―少なくとも、事件からある程度距離を保った―者にのみ可能な反応である」と書く。つまり、笑いとは対象に一定の距離を保ち、客観的な立場にあることで引き起こされるのである。その限りでは、自己客体化すれば当事者でさえも笑いの対象となる。「ある状況において笑いが生じるかどうかは、やはり、その状況で起こった事件に対して自分がどんな立場にあるか、どんな関係をもっているかによって、決まる」。それが貴志による笑いの定義である。それに習えば、冒頭に挙げた劇団ひとりの笑いとは、「お笑いブーム」があるからこそテレビに出ていられるという己についての自虐的な笑いと、「お笑いブーム」そのものの虚構性を笑いにしているという2つの意味が存在していることが分かるのである。


「笑い」は蔑み、パロディ、風刺、スラップスティックという性格を持つ以上、同化ではなく異化的なのである。そして、異化であるからこそ、劇構成は複雑で知的ゲームのようなものへと転化しやすく、時に観客に思いもかけない現実のアイロニーを提示することがある。ブラックユーモアはその典型であろう。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』で妖精パックの台詞に含まれる言葉から、俳優と役、見る者と見られる者、劇中劇が含まれていることから観客自身はいつしか見られる者へと化す可能性を示唆する部分は圧巻である。(199~206頁)笑いがブラックな点は、この無限展開を示唆する所にあるだろう。得てしてそのような笑いには、人間の機械化、主体性への疑義、社会構造全体の虚構性といった人間と世界の根源的な部分を立ち表すことがある。だから、『ゴドーを待ちながら』も『桜の園』も喜劇と呼ばれるだ。燐光群が1月に上演した『スタッフ・ハプンズ』が喜劇的であるのもメタシアターという劇構造であるからである。そうすることにより、我々の記憶にも新しい9.11イラク戦争についての考察を推進させるのだ。(詳しくは拙稿 「現在形の批評 #18」 参照)


たかが笑い、されど笑い。本書は単なる笑わせる台詞や状況を設定するにろ、作家がいかに緻密な伏線と効果考えているのかを教えてくれる。したがって笑いだけでなく、戯曲の作法という側面も本書は持ち合わせている。平田オリザが演劇的効果をもたらす登場人物と場所設定、そして「人は、お互いがすでに知っている事柄については話さない。話をするのは、お互いがお互いの情報を交換するためであり、そこから、観客にとっても、物語を理解するための有効な情報がうまれてくる」適切な情報量を持ち、説明的にならない台詞とは何かを述べた『演劇入門』(講談社現代新書・1998)を思い出した。併せて読めば戯曲の構造は理論的に理解できるだろう。


しかし、貴志自身述べるように、喜劇を演じる俳優からの笑いは一切触れられていない。いくら戯曲として完成度が高くとも、観客にたいして行われるものである以上、間とタイミング、台詞回しを備えた演者でなければ噴飯ものになってしまう。俳優が、シェイクスピアやモリエールの喜劇を古典作品というだけで意固地になり、高尚な姿勢で臨めば、リアリズム的な演じ方になってしまう。


ネタの完成度とキャラクター性は常に新しく、新鮮なのものを提供してくれるが、演技の上達の必要性をお笑い芸人に求めたい。





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Last updated  Mar 18, 2006 01:57:52 AM


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