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君といつまでも
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この物語は、フィクションです
登場人物や現場設定はすべて架空のもの
です
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君といつまでも
1 案内状
「前略、新緑の候、同窓生の皆様方には、ご健勝のこととお慶び申し上げます。さて、私たちも卒業して、早や20年の年月が経ちました。母校静波小学校は、本年3月末をもって廃校となり、この夏には校舎も取り壊されることになりました。そこで、昭和59年度の卒業生が一堂に会し、旧交を温めるべく、来る5月5日午後1時から、旧静波小学校講堂において、同窓会を開催することにいたしました。皆様は、家庭に職場にそれぞれ責任ある立場で活躍されており、ご多忙とは存じますが、是非この機会に・・・・・」
私のところに、懐かしい小学校の同窓会の案内状が届いた。故郷を出て14年、私はこれまで、同窓会には一度も出たことがなく、いつの間にか故郷との便りは途絶えていた。一体どうして私の住所が分かったのだろう。
2 ハーモニカ
「五郎ちゃん、五郎ちゃんやろ?」
懐かしい呼び方で振り返ると、小柄な男が笑いながらビールを持って立っていた。
「・・・・進・・・ちゃん?」
「そうや。進や。憶えててくれた?」
進は、忘れようにも忘れられない男だった。
進は、私の実家から、自転車で10分位の所に住んでいた。
進は小さい時に父親と死別し、母一人子一人の貧しい家庭に育ち、スポーツはどちらかというと苦手で、本を読んだり音楽を聴いたり楽器を奏でるのを好んだ。
当時、私の父は、建設業を営んでおり、大勢の従業員を抱え、地元では名士であった。
私は、どちらかといえばやんちゃくれで、あまり勉強は好まず、秀才の進とは対照的だった。
しかし、私と進とはなぜかウマが合い、いつも一緒に山の中に探検に行ったり、虫捕りや魚釣りに行ったものだ。
小学校1年の時、進はハーモニカを持っておらず、いつも先生のを借りて吹いていた。
彼は、自分の楽器がないにもかかわらず、誰よりも上手で、引きかえ、私はいつまで経っても上達しなかった。
私は、彼が自分のハーモニカを持っていないのがかわいそうで、自宅から姉がもう吹かなくなったものを、持って行って彼に渡した。
「ええのん?ほんまに貰うてもええのん、五郎ちゃん?」
彼は、うれしそうに、また同時に困ったような表情で言った。
「ええねん、どうせ姉ちゃんは、もう使わへんねんから。その代わり、オレが上手に吹けるように、進ちゃん、オレにハーモニカ、教えてくれへんか?」
「なんぼでも教えるわ、おおきに、五郎ちゃん!」
それから、進は、外に出る時は、私があげた小さなハーモニカをいつも首からぶら下げていた。
進は、私の父によくなつき、可愛がられた。家に来ては、ハーモニカで色々な曲を吹き、それに合わせて一杯気分の従業員が涙ぐみながら合唱する場面もよくあった。
3 転落
私は、中学のサッカー部での活躍が認められ、サッカーで名をあげていた高校に推薦入学した。
仲の良かった進と私であったが、高校2年になってまもなく、状況が一変した。
いわゆるバブルがはじけ、建設業は、超のつく不況に転落したのだ。
大手の下請けをしていた父の会社は、真っ先に仕事の注文が来なくなり、倒産した。
父は家で昼間から酒を飲むことが多くなった。
景気にまかせて抱え込んだ負債は、到底返済の見込みがなかった。
そしてある日、父は、誰にも言わず家を出てしまった。
決まっていた姉の縁談は破談となった。
母は、かつての同業者の道路工事の作業員として、毎日慣れぬ力仕事に明け暮れ、顔は土色に変わっていった。
私は、未明に起きて、朝刊の配達、朝食をとって朝練、授業が終わるとすぐに夕刊の配達、その後学校に戻りサッカーの練習、自宅に戻るのは10時11時。
そんな中、進は、奨学金を受けながら屈指の進学校に進み、建築工学の大学を目指していた。
何もこんな時に当てつけがましく、国の奨学金を貰って、建築なんかの勉強をすることは、ないじゃないか。私の胸の内では、進に対して、憎しみに近いものを感じていた。
やがて、父は、私の知らない女性の家で病死したと知らせが入った。
私の中の父は、既に憎しみの対象以外の何ものでもなかった。
父の葬儀はひっそりと営まれた。私は葬儀に出たくはなかったが、「最後くらいは、送ってあげて」と母に泣いて頼まれ、やむなく母の隣に座った。
4 決別
進と私の仲が決定的になったのは、父が死んでしばらくしてのことだった。
私が、海を望む、父が眠る墓地の近くを通りかかった時のことだ。
寺の方角から、ハーモニカの音が聞こえてきた。父の好きだった「君といつまでも」という曲だった。
私が墓地に入っていくと、父の墓の前で進がハーモニカを吹いているのが見えた。
進が、こっちをみて笑顔を浮かべ、「ああ、五郎ちゃ・・・」と話しかけようとした時のことだ。
私は、完全に自分を見失った。
「進!なにが『君といつまでも』じゃい!オレとお袋は、こいつのおかげでどれだけしんどい思いをしてると思ってんねん!オレらが、いちばんいて欲しい時に、こいつは女と遊んどったんじゃ!死ぬんやったら保険をかけて、もっと早よ死にゃあ、よかったんじゃ!何じゃ、お前は!うれしそうにへらへらこんなもん吹きやがって!」
私は、殴った。倒れてぐったりとなっている進の顔といい、腹といい、至る所を殴り続けた。
その後、自分がどうやって自宅に戻ったのかは、よく憶えていない。
ただ、進の眼の下から血が流れ、顔は原型をとどめてなかったことだけはよく憶えている。
間もなく、進と小母さんは、引っ越したと聞いた。
それから、私は二度と進に会うことはなかった。
やがて、我が家は破産宣告をうけ、借金取りも来なくなった。
私は、狂ったようにサッカーに没頭した。
5 夢の中で その1
全国大会で準優勝し、大学でもゴールキーパーとして全国選抜にも選ばれた。
しかし、大学4年の冬、確か、阪神大震災からまもなくの頃の事だった。私は、社会人チームでの練習中、ゴールで頭部を強打してしまったのだ。
それから、1週間私は意識がなかったらしい。
その時、私は不思議な夢を見た。
夢の中で私は、実家の近くで自転車をこいでいた。
どうやら、父の眠る墓地に向かっているようだった。私の心の中は、とても穏やかで、父に、何かの挨拶をしようとしているらしかった。
墓の前でしばらく手を合わせた後、私は学生服の内ポケットからある物を取りだした。
私の学生服は、自分の通っていた学校のそれではなく、進が通っていた進学校のもので、ポケットから出したのは、子供の頃、私が進にあげたハーモニカだった。
私は、夢の中で、父に向かって
「ありがとう。ありがとう」
と言う言葉を、繰り返していた。
私は、憎いはずの父にどうして礼を言うのか、夢の中の自分の行動に合点がいかなかったが、なんだか自分の心が感謝で満たされてくるのが分かった。
夢の中の私は、父に向かってハーモニカを吹き始めた。
曲は、父が大好きだった『君といつまでも』だった。
ワンコーラス目が終わり、間奏を吹いていると、なんと私の隣には、いつ来たのか、父が座り、昔のようにごつごつした人差し指で、鼻の下をこすりながら
「しあわせやなあ~。ワシはおかあちゃんといる時が、いっちゃん幸せやねん・・・」
と、生前、一杯加減で母に言っていたのと同じように、相も変わらず下手くそな台詞をしゃべった。
その時、墓地の入り口に、仁王立ちしている男の姿が見えた。
6 夢の中で その2
仁王立ちしていたのは、何と、あの時の私だった。どうやらハーモニカを吹いていた私は、あの時の進に違いない。
進になった私は、この時、とても私に会いたかったようで、仁王立ちしている私に向かって
「ああ、五郎ちゃん」
と話しかけようとした。
仁王立ちしていた鬼のような形相の私は、こちらに向かって
「進!なにが『君といつまでも』じゃい!オレとお袋は、こいつのおかげでどれだけしんどい思いをしてると思ってんねん!オレらが、いちばんいて欲しい時に、こいつは女と遊んどったんじゃ!死ぬんやったら保険をかけて、もっと早よ死にゃあ、よかったんじゃ!何じゃ、お前は!うれしそうにへらへらこんなもん吹きやがって!」
仁王立ちの私の拳は、いきなり進の私の顔面を襲った。
親友だと信じていた私に殴られる気持ちは、言葉では説明できなかった。ただ、痛みと悲しみと、無念さで心が一杯になった。
仁王立ちの私は、進を殴った後、自転車に飛び乗り、立ち去った。
7 後悔
次の瞬間、私は殴った側の私の体の中に入っていた。しかし、心はあの時の怒っていた自分ではなく、今の私だった。
すぐに進を介抱し、謝らなければならない。私は、自転車を反転させ、墓地に向かった。
しかし、進はそこにおらず、はるか先を自転車で走っているのが見えた。
私は、全力で追いかけた。
「進ちゃん・・進、進ちゃん!ごめんやで!堪忍やで!」
すると、進は自転車を停めた。
不思議なことに、進は、何事もなかったようなきれいな顔をしていた。そして、笑いながら
「五郎ちゃん、こっちこそ堪忍な。五郎ちゃん、これ、返すわ」
と、言いながらポケットからあのハーモニカを出して私に渡した。
「進ちゃん、何でや?怒ってんのやろ?そやさかい、これ返すんやろ?」
「ちゃうねん、怒ってんのとちゃう。ボク、これから行かなあかんところあるねん。当分吹かれへんから、返すんや。今度会うまでに、練習しときや!」
「どこ行くん?進ちゃん?」
「しっかりした橋を架けなあかんから、行くねん?どこかは、いずれ分かるって。五郎ちゃん、がんばってや!」
進は、そういうと自転車に乗り、細い細い橋を渡り始めた。橋は、進ちゃんの自転車が通った部分から後ろは消えていった。
8 生還
その時、私は、集中治療室のベッドで色んな機材に身体を囲まれ、目を覚ましたのだ。
それにしてもリアルな夢だった。
いや、あれは夢なんかじゃない。目覚めた私はその手に、進から渡されたハーモニカを握っていたのだから。
私は、左手に軽い障害が残ったが、その代わり、父に対する憎しみは嘘のように消えていた。
私はサッカー人生を断念し、以後は、恩師の計らいで、中学の教壇に立つことになった。
思えば、事故に遭うまでの私は、他人のことなどを思いやることがない、冷たい人間であった。
しかし、自分からサッカー選手という立場を除いた時、残ったものは一個の弱い人間性だけであった。
教師になってからの私は、事あるごとに、生徒たちに暴力の無意味さ、後に残る心の傷を話して回り、今では、「いじめバスターズの先生」として、テレビにも顔を出すようになっていた。
だが、どこかで進がテレビを見て、冷ややかな視線を送っているのではないかと、心の内で怯えていた。
9 進の話
「五郎ちゃん!おっちゃんそっくりになったなあ」
ビールをつぎながら進は笑った。
「進ちゃん、・・・お前、あの時・・・・・ほんまに・・」
まるで、喉にボールが引っかかったみたいに、言葉が出なかった。
「五郎ちゃん!もうええやん!」
私は、ポケットからある物を取り出して、進に見せた。
「進ちゃん!これ!」
「五郎ちゃん、これって、あのハーモニカやんか?」
「何であの時、これをオレに返したんや?」
「何ででもええねん!五郎ちゃんにこれを貰うて、ボクほんまに嬉しかってん。これがあったさかい、ボク今まで頑張れたんやと思うねん。テレビいつも見てるで」
「進ちゃん、怒ってるやろ?恨んでるやろ?オレのこと」
「何言うてんの?・・・・感謝してるよ、ずっと。そりゃあの時は、訳分からへんかったけど、今から思うたら、何であの時までに、五郎ちゃんの力になって恩返しできひんかったんか、心残りやってん」
「進ちゃん、お願いや。オレを殴ってくれ。そやないとオレ、いつまでも・・お前に・・」
「あかんやんか?五郎ちゃん。五郎ちゃんは『暴力では何も解決できひん、後悔しか残らへん』言うて説いて回ってるやん。ここでボクに殴らせたら、言うてることがウソになるで・・・。それともひとつ、すごいこと教えたろか?」
「何や?」
「ボク、今五郎ちゃんのおっちゃんと、一緒に仕事してるねん。ボクは設計の専門家や。おっちゃんは建築の専門家や。2人で力合わせて、ものすごいもん、作ってんねん。それは、誰でも絶対に1回は渡らなあかん、大事な大事な橋やねん。今度見せたるさかいな!」
「何やて?親父は・・」
そこで、私は目が覚めた。なんだ、夢か・・・。それにしてもリアルな夢だった。
なんだか、心の中に熱いものが流れていた。
翌5月5日の朝、私は西へ向かう新幹線に飛び乗った。
10 その後の進
20年振りの校舎は、昔よりも少し小さくなったように感じた。
同窓会の様子は、夢で見たそのままだった。ただ、進がいないことを除いては・・・。
担任の永井先生のあいさつが始まった。
「遠いところから、よう帰ってくれた。みんな、それなりの顔になったやないか?この前みんなに会うたんは、進のお葬式やったなあ・・・」
何だって?進は死んだのか?
皆の話では、進は、建設省への就職が内定していた。
「でっかい、でっかい橋を架ける」
というのが、口癖だったと・・・。
そのような中で、あの大震災が起こり、進は、ボランティアとして震災の復旧事業に参加することとなった。
連日、不眠不休で被災地を回り、家屋の安全性の診断、復旧するか取り壊すかの判断などを行っていたが、その最中、過労で倒れ、帰らぬ人となった。
その時は、ちょうど私が、生死の境をさまよっていた時期と一致する。
散会後、私は進の実家を訪ねた。
「五郎ちゃん、五郎ちゃんやんか!まあ、立派にならはって」
進のおばちゃんは、嬉しそうに私の肩だの腕だのを何度もさすった。
「おばちゃん、オレ、進ちゃんのこと何にも・・・・」
「ええんよ、ええんよ・・・。よう来たってくれたなあ」
私は、ポケットからあのハーモニカを出した
「あれまあ!やっぱり五郎ちゃんのところにあったんや!そやないかと思うてたんよ」
おばちゃんの話は、こうだった。
進は、高校に進学してから、私の父の会社の倒産そして父の蒸発と相次ぎ、何か力になりたいと思いながらも、私が妙によそよそしくなってしまったことに、心を痛めていた。
私の父の死後、おばちゃんの病気療養のため、ここを離れなければならなくなり、慕っていた父に最後のお別れを言いに墓参りに行ったのだと。
しかし、私があんなに殴ったのにも関わらず、進はかすり傷のひとつもなく、満足して帰ってきた。本当に怪我などしていなかったのだと。
進はその後も、あのハーモニカを大事に大事にし、震災の復興で回りながら、時々被災者の前で、色々な曲を吹いて慰めていた。
死んだ時も、ポケットに入っており、おばちゃんはそれを棺に納めた。しかし、火葬の後、ハーモニカはどこにもなく、不思議に思っていた。
進の死後、おばちゃんは進がいちばん好きだったこの町に戻ってきたのだ。
11 君といつまでも
私とおばちゃんは、進の墓に向かった。なんと進の墓は、父のそれの隣にあった。
「五郎ちゃん、お母さんはお元気?」
「母は、5年前に亡くなりました。墓は東京にあります」
「そう、五郎ちゃん。けど何で、一緒のお墓に入れたげへんの?」
「やっぱり、お袋は怒ってるんとちゃうかなあと思うて、別にしてるんです」
「進はなあ、五郎ちゃん。あんたのお父さんみたいになりたかったんよ。最期の言葉も、『橋を架けるんや、心の中に他の人には絶対に出来ひんような立派な橋を架ける』って言うたらしいわ。あんたのお母さんも、死んでまで憎むような人と違うよ。今頃、お父さんと仲良うしてはるんとちゃう?」
「進ちゃん・・・心の中に橋を架ける・・・・親父と一緒に・・・」
「おばちゃん、おおきに。僕・・・今度、お袋のお骨を親父の墓に入れよかな?」
「そうしたげなさい、ああこれで安心やわ。五郎ちゃん、それ吹いてんか?」
「けど、僕下手くそやで」
「ええやんか、お父さん、お母さんと進に聞かせたげて・・・」
私は、ハーモニカを口に当てた。
なぜか、あれほど嫌いだった『君といつまでも』のメロディーが、自然に流れた。
「五郎ちゃん、お父さんがお母さんに言うてはるわ・・
『幸せやなあ、オレはお母ちゃんといる時が、いっちゃん幸せやねん。オレは今度こそお母ちゃんを離さへんで。ええやろ?』
って・・」
そう言いながら、おばちゃんは遠くを指さした。
そこには、雨上がりの空に、まるで橋のように、大きく、はっきりとした虹が架かっていた。
<おしまい>
パパの作ったものがたり
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