ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2005.06.06
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黒い大きなコートを体を隠すかのように羽織り、頭にはつばの長い黒いハットを被っている。

「やぁ。」

帽子とコートの間から見え隠れする口が動く。

「ジョンレノン」

「僕はジョンレノンだ。」

彼は動きもせずそう言う。

僕は言う。

「ジョンレノンには到底見えない。
僕の知ってるジョンレノンはもっとスマートで、黒めがねをかけて、髪はボザボザで、それでいてオノヨーコとなんかと結婚してる不思議な男だ。
君も不思議なところは変わりは無いけど」

「君がなんと言おうが、僕はジョンレノンだ。
そこに意味なんか無いよ。
君が言うかのような概念も僕には存在しない。
僕はジョンレノンでしかないんだ。
君はこれまで扉を開き続けただろう。
それと同じさ。
僕はこれまでもジョンレノンであり、これからもジョンレノンなんだ。」

カチ、カチ、と彼の額の時計の秒打つ音が部屋に響いている。

「わかった。
僕は君をジョンレノンと認めるよ。
君は存在した瞬間からジョンレノンなんだ。
僕がどんな概念を持っていたとしても君はジョンレノンでしかない。
そこに、いくら反論を並べたからといって君を否定することは出来ない。
キリストだろうが、神だろうが、君を否定できない。
それはキリストや神を否定できないのと同じように。
そういうことだろう。」

彼はうなずいた。

帽子が少しずれたのか、手を頭に乗せなおした。

「君は物分りが早いね。
存在と言うものをかなり理解している。
ドーナッツでも食べるかい。
それともクッキーが良い。
どちらもカリッと焼けていて、中はしっとりしているよ。


そう言い終わると、恐ろしく長い手がコートから抜き出てきた。

彼は中央にいるが、四方の壁に余裕で手が届くほどの長さだ。

右手にはドーナッツ、左手にはクッキーの束が握られていた。

「どっちが良い。
選びな。
どちらもこの世とは思えない味だよ。」

コートからもう一本手が出てきて―その手にはクッキーが握られている―口に運ばれていった。

「悪いけど、クッキーもドーナッツも今はいらない。」

バリバリとクッキーを食べる音が聞こえる。

「そうか。
それはしょうがないね。」

三本の腕は一瞬にしてコートの中に吸い込まれていった。

「本題を話そうか。」

時計の音が止んだ。

「どうしたんだい。」

と、僕は聞いた。

「時間を止めたんだ。
これから話す事は、時間が必要ないから。
そして此岸では話せないことなんだ。」

「此岸。」

「この世のことさ。
僕ら今まで此岸に存在してきた。
君は扉を開き続けてきたし、僕はここで君をずっと待っていた。
狭間に迷い込むものはいたけど、恐ろしく低い確率でしかありえなかった。
君はもう気づいているけど、ここには扉が無い。
これがどんな意味かわかるかい。 」

彼の顔はコートの中に埋もれて行く。

僕はその意味はわかっていた。

来るべき時にだけ存在する理由だ。

「そう、君に存在理由がなくなったんだ。」

そう言うと、彼の口元が緩んだ。









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Last updated  2005.06.06 18:40:02
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