ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2005.06.22
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



見たものを全て落胆させるような、古く、錆びれたアパートの一番奥の部屋に僕は居た。

「原宿第一アパート」

山手線が駅に入ってくるときの音が窓を越えて僕の耳に届いく。

開け放した窓からは夏夜の風が静かに入り込む。

部屋の中は暗いが、空は青い。

とてつもなくダークブルーな空。

その青さには不気味ささえ漂う。

古代の人がこの空を見たのならば、恐怖によっておののめくだろう

空とは打って変わり、町は賑やかに色づいている。

ざわざわとした人が集まると出来る声の集合体。

薄手の服を着て町を歩く若者たち。

最高に楽しいのだろうか。

少なくとも楽しいことには変わりない。

しかし、僕は部屋に居た。

僕は畳の上で仰向けになって寝ていた。

何をするわけでもなく僕はここに存在していた。

あても無く天井のシミを数え、模様を目でおい、それに飽きたら目を閉じた。

町の声は華やかで、それは僕の部屋を寂しくさせる。

部屋の隅にあるダイヤル式のテレビを点ける。

何も写らない。

当たり前だ。

アンテナに繋げていないんだから。

ただ僕が捨ててあったのを拾ってきたもの。

それをゴミ捨て場で目にしたときに、僕はそれがメッセージのように受け取れた。

僕はそれを部屋に持ち帰り、今電源を入れている。

虚空の真っ黒な画面には僕の顔しか映らない。

カーテンが揺れる。

風が入ってくる。

そして、歌も入ってくる。


サザンオールスターズの「真夏の果実」


懐かしくもあり、それで居て古くならない不思議な歌。

今は夏なのだ。

桑田佳祐の、音程によって変わらないハスキーで渋い歌声は、確かに夏を連想させる。

彼は今何をしているのだろうか。

相変わらず洋楽、して言えばエリッククラプトンでも聴いているのだろうか。

それも、聴くのはジャケットつきのレコードだ。

コーラを片手にジャケットとレコードを見比べながら聴いているのだろうか。

まぁいい、僕には関係ない。

また仰向けになる。

やることは一つだけだ。

時を待つしかない。

その時がくれば、僕が急ごうが何をしようが、それは起こるのだ。

玄関と六畳一間のこの部屋に居たとしてもそれは起こる。

だから体力を極力使わないようにする。

寝よう。

そして「真夏の果実」を静かに聴こう。


























見事に夏の寂しさを表している。

見事だ。

僕の気持ちを和らいでくれる。

あと、数分でこんな安らぎは吹き飛ぶだろう。

だが、これは僕にとって意味のある歌だ。

とても気持ちがいい。

山手線の駅のホームに入るときの音が聞こえてくる。

女にでも電話しようか。

何の意味も無いく、楽しい話をとりとめもなく話し、お互いに触れることなく、お互いを傷つかせること無くただ電話をするだけだ。

彼女が誰と付き合おうが、何に憧れていようが僕には関係ない。

要は話すことなんだ。

ただ話し、そして切る。

相手の迷惑も考えず、電話をかけ続け、話したいことだけ話したら、後は相手の話に適当に対応して切ればいい。

それだけの機械だ。

実に能率的で効率的で人間的で。

僕は女なんて知らない。

知り合いさえ居ない。

だから取り敢えず自分の好きな数字を押してかかった番号が女だったら話せばいい。

もちろん男でもいい。

ただ、男は持論を話したがるやつが多いから、意味の無い話が出来る女のほうがいいのだ。

それだけの理由さ。

なんて言って電話をかけようか。

「夜分遅くにすいません。唐突ですが、僕と意味の無い話を、とりとめも無く話してみませんか。」

だめだ。

どこかの宗教法人に間違えられて終わりだ。

「僕は今無性に女の人と話したいんです。どうでしょうか、話してみませんか。」

キャッチだこれは。

だめだ、僕にはちょうどいい台詞が浮かばない。

村上春樹の本の主人公ならそんなもの朝飯前に考えてしまうだろう。

彼らは理性と知性に満ち溢れ、それでいて感性を持て余すほど持っているのだから。

だが、僕には浮かばないんだからしょうがない。

部屋の中央に置かれた電話を僕はにらみつける。

黒いダイヤル式の電話。

ローカルでマニュアル的な部屋だ。

そんな部屋の黒い電話がけたたましく鳴ったのは、それから数分のことだった。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.06.22 22:19:41
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: