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むずむず脚症候群」なる病気があるらしい。4/29の朝日新聞に載っていた。ウェブで調べると、結構ある。http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%80%E3%81%9A%E3%82%80%E3%81%9A%E8%84%9A&ei=UTF-8&fr=ush-jp_quotes脚がむずむずして眠れなくなるそうで、相当苦しいらしい。私もよく、脚がむずむずする。むずむずして、思わずシャーペンの先で突き刺したくなる。(実際に突き刺したこともあるw 血が出てその痛みで、少し安らぐ^^;)だが、私の場合、必ず日中で、夜になることはないので、この病気とは違うんだろう。私の場合、必ず起きる条件が決まっている。・寝不足である・授業や会議などで座っていて、自由に動けないむずむずが始まると、確かに苦しい。両手で思い切り脚を掴んで、指が脚に突き刺さるくらい力を入れて、もう、ほんとに脚に全部の指が脚に突き刺さってしまえばいいのに、と思うw最大限の力で脚を握りつぶそうとするのだが、無論つぶれるわけもなく、むずむずも収まらないので、最後はシャーペンの先で刺す(笑)原因はドーパミンの異常にあるそうな。そんなら、むずむず脚症候群と、私の症状と、根っこは同じだろうなと思って、なんだかちょっと親近感^^まぁ、生きる上で支障はないので、別に症候群でもなんでもない……
2010.04.29
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キャバクラというか、おさわりバーというか、女の子と話して触って抱きついて、そんな店に連れて行かれた。もちろん自分は、女の子に触ったりはしない。別に触りたくないからじゃなくて、それによって得られるもの(性的な満足)と、失われるもの(疲労とか、自尊心とか。自分の意志で来たわけでもない店で、そのような行為をするのは納得できない。自分の意志で来たのなら別だが)を比較して、失われるものの方が大きいと判断したからだ。しかし、相手の子はこちらをずっと見つめて話しかけてくる。非常な違和感を感じる。何をしゃべって良いやら、頭はフル回転。こちらが相手の女の子を接待しているような、そんな苦痛な数時間を過ごしました。(しかも金まで払ってよ……あほか……)そして疲労困憊した後に、アスペルガー症候群のことを思い出した。--------------------最近、テレビでも何かと話題のアスペルガー症候群。「アス君」とか名付けて呼んでる本もありますね。テレビでは、「アスペルガー症候群なのかそうでないかの境界なんて明確にはありません」、と言っておった。ま、ADHDにしても、その他のそれ系にしても、ようは可能性として、「限りなく近い人」と、「そうじゃない人」がいるだけでしょう?病気ではない。一種の脳の障害だ。その障害度合いが「個性」で済むレベルなのか、そうでないかの大小だけだ。んで、試しにチェックシートみたいなので調べてみると、(ウェブでも書籍でもたくさんあります)私も相当アスペルガー症候群には近いという結果になる。もちろん自分でも自覚があって、中学生の頃くらいからかな、頭がおかしいのは分かっていた。子どもは障害児のことは「ガイジ」と呼びますから(今は知らんよ)、言葉が話せる障害児は「ハンガイ」(半分障害児)。私くらいになると「クォーター」かな?と思っていたw(↑差別的な表現ですが、子どもの世界の真相です。 健常な子どもは、障害児に対し、万死に値するような行為を行ってましたよ。 純粋な大人が、「子どもは天使だ」と言うことがありますが、 子どもは想像を絶する悪魔的な行為を行うことを、私は知っています。 ここでは割愛)そんなこんなで、社会で生きていくのに困難が伴うだろうことは、子どもの頃から分かっていたのです。……ただ、私は運が良かった。「たまたま」頭が良かった。常に学校での成績はトップクラス。大して勉強しなくても。これは自分にとってはプラスだったのか、マイナスだったのか……学校では、やはり頭のいい子はみんなから一目置かれるんですよね。だから、ちょっとくらい奇妙な行動をしても、誰も何も言わないわけです。教師に対しては、そもそも尊敬の念を持ってない(これは小学校の先生が、あまりに物を知らないので、教師すべてが賢いわけではないんだなと、そういう目で見るようになっていた)ので、テキトウにあしらったり、反発してみたり……だから教師の側も、こちらを少し遠ざけてる感はありましたね。もちろん、こちらも遠ざけてもらった方が、居心地がいいのですが。。。誰も何も言わないのだから、自分で気付くしかない。自分のやること為すことが、今生きている世界で奇妙なのか否か。……無論、殆ど気付けないわけですが^^;--------------------高校までは友達に恵まれ、いつもみんなに囲まれている生活でした。しかし、大学に入ると一転して、人といるのが面倒になってきた。文化が全く違った感じで……次第に、人から遠ざかるようになって行きました。一人でいるのが心地よい、一人でいるのが一番落ち着く。そんな生活を何年も続けていました……そして就職し、また社会と関わらねばならなくなりました。自然体で社会に通用するわけがないのは、明白なのです。どうしましょうね。考えて、考えて、そして出した結論は、「ピエロになろう」でした。自然体で振舞って、社会から受け入れられる可能性は0%なわけです。人の気持ちや、場の空気を読むなんてことは、もちろん出来ません。とすると、そういうことが出来なくてもある程度許される位置を、会社の中に自分で作ってしまう他ありません。それが私にとっては「ピエロ」だったのです。これは非常にうまく行きました。「変わった子」として、よく可愛がってもらいました。同じ部署に、いい先輩が多かったからでしょう。いい部署に所属できたと、それは嬉しかったものです。ただ、ずっと頭を使って、自分の行動を逐一決めているので、非常に疲れました。特に飲み会なんかあった日には、家に帰るとグッタリです。人と仕事以外の会話をするなんて、1時間、いえ30分が限度です。しかし、毎日そんな頭を使っていれば、だんだんに慣れてくるもので、10年かけて2時間は持つようになりました。(2時間以上は、今も死ぬ。すごく苦しい)アスペルガー症候群の人は、人見知りも、ものすごいですよね。これはおそらく、転生のものではなく、幾多の苦い経験から、人見知りになってしまうのだと思います。「私は人見知りがすごい」なんてことを言っても、誰も信じてくれません。もちろん、人見知りじゃないように振舞ってるから、無理して。だから、時に素の自分を出すと、「こんな人だっけ?」と思われます。--------------------上司・先輩や後輩、他社の人と接する時は、きちんとお互いに距離を取りますから、仕事上での付き合いは、特に苦にはなりません。しかしながら同期入社と接するのは、非常にうざったいですねぇ。同期ってだけで、ためぐちだったり、距離を縮めて来たり……(何故同期だと、なれなれしいの? ばかじゃないの?)なので、入社してすぐ、殆どの同期との関係を切りました^^これも非常に功を奏した。今は会社で同期と接する時も、敬語でいいんですから。あくまで、ビジネスの付き合いでOKです。すばらしい。かなり社会生活に支障を来たすと誰からも思われていた(自分も当然思っていたのですから^^;)私ですが、そのようにして、何とかやっていってます。---------------------何度も言いますが、それは、「たまたま頭が良かった」からです。たとえ空気が読めなくても、「頭で考えれば空気が理解できる」のです。人の気持ちを察せなくても、「頭で考えれば人の気持ちが説明できる」のです。……ものすごい労力を伴いますがねwしかし、自分で自分が許せなく思えてくるのです。「たまたま頭が良かった」から、大した努力もせず、まぁまぁ良い生活を送っているこの自分が。大企業に入って、まぁまぁ良い給料をもらって、それなりの評価を得て、家も買って、結婚もして、子どももできて……世間的に見れば、幸せな生活をしているのではないでしょうか……何の努力もせずに……本来世間からはみ出すべき人間が、何の努力もせずに……これが、無性に許せないのです、最近特に。例えば私が、たまたま頭が悪くて、しかも今のようにアスペルガー症候群っぽい感じで、世間的に言って不幸せな生活をしていたとします。その私が、今の私を見たら、ものすごく許せないと思います。何故、努力もせずに……と。----------------------うちの会社の人間には、嫌な人間も結構います。(私の部署にはほとんどいないのですが)腐ったエリート意識を持つ人間です。一流大学に入って、一流企業に入れたからでしょうかね。そうでない人を明らかに下に見た言動を、はばかりもなくする輩がいます。そういう輩ほど、大した努力をしてません。自分では、努力しているつもりなのかも知れませんが、鼻くそのような努力です。彼らは分からないんでしょうか。君たちが、たまたま頭が良かった、つまり勉強が出来たから、良い地位につけただけのこと、ということが。彼らはわからないんでしょうか。たまたま要領が良かったから、少し周囲より勝っているように見える。しかし、あくまでどんぐりの背比べ。芽も出てなければ、大木から見たら何と愚かしい優越に浸っているのか、ということに。彼らはわからないんでしょうか。たまたま頭が悪かったら、君たちや私のように努力を怠ったものは、敗者として地を這う生活をしなければならないのです。しかし本当に許せないのは、そのことに気付いていながら、なおも努力を怠る自分なのです。気付きもしない阿呆どもより、もっとたちが悪い。------------------------一生の内で一番努力したのは、大学院に入る試験の前でした。約2ヶ月間、毎日12時間ほど勉強を続けました。自分の中では、努力したと思いました。しかし、私と一緒に勉強をしていた友人は、毎日私より数時間多く勉強していました。私は、私の努力は、努力と呼ぶにふさわしくないものだと、そう思います。どうして私は、彼よりも楽をしていたのか、楽なほうに流れるのか、それが許せないのです。だからでしょう。自分で自分を尊敬することが出来ません。何も、成し遂げてない自分を、軽蔑することしか出来ません。------------------------20歳のときに、「10年後の自分へ」という詩を作ったことがあります。確かその詩の中に、こんな一節がありまいた。「10年後の自分へ 君は、今の私を完膚なきまでに説き伏せることが出来るようになっているかい?」と。これについては、私は「なった」と言えるでしょう。二十歳の自分を、完膚なきまでに説き伏せることが出来るくらいの知恵は付きました。口は、相当狡猾になりました。ですが、二十歳の自分は、今の私を見て、こう言うでしょう、「何で生きているんですか? 何のために生きているんですか?」と。「あなたは社会のために役に立ってるんですか?」と。今の私はこう言う、「もちろん役に立っている。一生懸命仕事をしている。 誰かから求められた仕事をするのは世の中の役に立つことだ。 きちんと納税もしている」と。彼はこう言う、「それは、あなたでなくては出来ないことですか? あなたじゃなくてもいいんじゃないですか? あなたが生きている意味はどこにあるんですか?」それに対して……私はもちろん言い返すことが出来る。二十歳の彼を説得し、反論が一切出来ないような切り替えしもできる。……しかし、彼は私を軽蔑するだろう。彼の中の「何で生きているんですか?」を私は消し去ることは出来ないだろう。何故なら、私が努力をしていないから……------------------------40歳の私は、どんな風になっていればいいのだろう。……答えはもう出ている。二十歳の彼が、尊敬できる人間になることだ。そのために何をすればよいか。……その答えも、あまりにも明白だ。努力をすればいいのだ。------------------------しかし私は努力をしていない。アスペルガー症候群に近い性質を持ち、ともすれば社会不適合の烙印を押されかねない人間であるにもかかわらず、それを挽回するための努力をしていない。たまたま天から与えられた知能という資源に胡坐をかいて、のうのうと社会を泳いでいるだけだ。こんな人間は、私の世界には必要ない。こんな人間は、人間とは呼べない。こんな人間は、軽蔑すべきであり、唾されるべきであり、許されるべきではないのだ。よくも恥ずかしくも、私の世界で生きている。よくもぬけぬけと……この人間は……この……
2010.04.28
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久しぶりに東京散歩です^^暖かくなって来たから。今日は世田谷公園に行きましょ~♪http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00004239.html三軒茶屋から歩くのが近いんだけど、電車で行くのが遠いのよね(渋谷で折り返す)で、祐天寺から歩くことにしました。祐天寺……地図がないと100%迷う。大きい道が駅前にないという(;´Д`)<テキトウに行ったらだめ!祐天寺駅です。普通しか止まらないので、自由が丘で乗換えね^^愛ちゃんは、眠そうですが、眠りません。今週もまださくらが見ごろですー。はい、到着しましたーテレビではミニSLがあると言っていたので、探しましょー!噴水ですよ~。愛ちゃんも噴水は大好き^^退役した汽車も置いてありました。スケボーやる場所は、子供で大人気(もちろんスケボーやってない)滑り台と勘違いしているようで^^;すっぽり体が入るタイプのブランコがありました。愛ちゃんを乗せて、ぶら~って揺すると、怯えてブルブル(+д+)<ひーブランコが嫌いになりましたとさwミニSLありました~^^すごい列。だけど、順番すぐ来ます。水土日だけやってます。小学生以上30円、大人70円と、笑える値段設定^^SLは、2分くらい?で一周です。子供は大喜び。愛ちゃんは……微妙……というか、むしろ喜んでない……タイムカプセルの丘というのがあります。1982年に埋めて、2032年にあける模様。その他、焚き火が自由に出来る場所(自由に食べ物も焼ける)や、プールもあるみたいで、とても楽しい場所です。隣にある自衛隊中央病院では、カワイイ子が出入りしてました。うーん、誰? 看護婦さん???帰りは祐天寺へは帰らず、まっすぐ歩いて都立大学駅へ。行きもこっちから来れば(ちょっと遠いけど)、道に迷わないはず。今日はいい天気で、散歩も楽しい日でした。
2010.04.10
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