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すい工房 -ブログー
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競技にまともに参加していないのだから、疲労などないはずなのに、体は重く、家へ帰るとそのままベットに倒れるように横になった。
なぜこうも体を重く感じるのか。
答えなど、考えるまでもない。
橋川とのやりとりに、精も根も使い果たしたのだ。
……考えると、橋川とまともに話などしたことなどなかった。
必要最低限の会話以外、私に向けられる橋川の声を聞いたことがない。
だから余計、なぜ彼が、ああも私を疎んじているのか、理由がわからなかった。
私が何をしたというのか。
私の何が気に入らないのか。
うつぶせていた体を仰向けにころがして、視界に広がる白い天井をぼんやり眺めていた。
さっきの教室の出来事だって、よくよく考えれば、橋川が非難するほどのことはしていないはずだ。
瀬口先輩と谷川先輩の関係も彼等の想いも、全学リレーの走順に関して起きていた出来事も、何も知らなかった。
知るはずがないのだ。事情を知っているのは、全学リレーの練習に参加していた生徒だけなのだから。
知った上での、圭介への態度を非難されたなら、まだわかる。
橋川の非難は、私が青団、白団の団長の事情を圭介から感じ取り、圭介の考えも知った上で、冷たい反応をとった。その考えが根底に根付いている。
考えれば考えるほど理不尽だ。
あとから考えれば、矛盾点にも気づくのだけれど、その場となると、そうもいかない。
思考も息も体の動きも。
橋川が側に来ると全てが硬直する。
何もできなくなる。
それでそのまま、よく考えれば理不尽な橋川の言葉に、反論もできないのだ。
私は……もしかしたら、幼い頃の橋川を知っているのかもしれない。
その想いは、今もずっと胸のうちに残っている。
中学の、橋川が転校してきたころから考えていた。
小学校低学年の頃だったら、同小学校出身者も覚えているけれど、そんな話はカケラも耳にしない。
と、なると、小学校に入学する前のことだ。
同級生の中には、保育園にも幼稚園にも通っていない子もいたから、橋川もそうかもしれない。
だとしたら、顔見知りがいないのもわかる。
私が祖父母の家に遊びに来ていた頃。
そのころ、どこかで会ったのではないのか。
あのころは子供の特権で、名も知らぬ子等と遊んでいることも度々あった。
おまけに私は放浪癖も持っている。
親の知らぬところで知人ができてもおかしくない。
その頃の私は、周囲の状況に無頓着だった。
ただ、目の前にある出来事を、そのまま受け止めていた。
名も知らずとも、初対面でも、気負いなく声をかけていた。
橋川とはそのころ知り合ったのでは。
確信に近い想いには、根拠がある。
いつだったか、祖父が自分のアルバムを見せてくれたときに、橋川らしき子供が移映っていたのだ。
祖父母が両側に立ち、恥ずかしそうにはにかんだ顔をした男の子。
側には、カメラ目線をはずした、犬のタロも映っている。
その時、中学三年だった私は、一目見て橋川だと思った。
祖父にこの子は誰かと聞くと、祖父は写真を眺めて考え込み、長い時間をかけてようやく思い出した。
「タロを飼ってたころにな、よく遊びに来ていた子だなぁ。……名前? ……さあ。『しらいし』……だったかなぁ」
タロとは、以前飼っていた柴犬の名だ。
祖父がはっきりしないので、祖母に聞くと、祖母はよくその子のことを覚えていた。
「そうそう。タロに遊びに来ててねぇ。……まあ、懐かしい写真。撮ってたんだねぇ。……名前? 『白石』……なんだったかしらねぇ。『ぼうや』って呼んでたからねぇ」
苗字を覚えているのも、その子を迎えに来た親から聞いたのだという。
「橋川じゃなかった?」
「そんな名前じゃなかったよ」
似ている子がいると告げると、祖母は「その子に聞いてみたら」と簡単に言う。
そんなに簡単に聞けるわけがなかった。
姓が違うというのは、両親の離婚、再婚など、何かしらの事情があったに違いないのだから。
そんな話を、親しくもないクラスメイトに、どう聞けばいいというのか。
私にも、心あたりはある。
小学生になる前の記憶はあやふやなものが多いけれど、白く霞がかった情景の中で、写真に映る子と、そっくりな男の子と遭遇したことがあった。
あのクチナシの庭に迷い込んだ、あの家の側で。
その子の面影が、あのクチナシの庭で見た女の子と似ていた。
後になって気づいたけれど、その時、縁側に立っていた女の子は、なぜか男の子用の着物を着ていた。
写真に映る、橋川とおぼしきこの子と、クチナシの庭で会った女の子は兄妹なのではと、ひそかに考え続けていたのだ。
一時期は、それを確かめたくて、圭介や小学校の同級生に聞いてまわっていた。
『しらいし』という名と、クチナシの庭の咲き誇る家屋を知らないかと。
どちらも、みな首をひねるばかりで、なんの情報も得られなかった。
あれほど気になって仕方なかった写真も、クチナシの庭についても、今はあの時の情熱は消え去ってた。
橋川に近づくことさえ……怯んでしまうのだから。
彼と関わりに、足を踏み出せずにいた。
ベットに寝転んで体を休めていると、部屋のドアをノックする音がした。
「お母さん?」
壁掛け時計を見ると、もう六時を過ぎている。
「ごめん。今日は晩御飯いらない」
重い吐息を吐きながら告げると、カチャリと音を立ててドアが少しだけ開いた。
「……俺。圭介だけど」
思いもしかなった声に、私は慌ててベッドの上に飛び起きた。
眠りかけていた意識から、一気に目が覚めた。
「な、なに? どうしたの?」
「入ってもいい?」
「……いいけど……」
了承を得て、圭介は部屋に入ってきた。
Tシャツにジーンズと、私服姿に着替えている。
対して私は、帰った頃のままのジャージ姿だ。
私は改めて時計を見た。
六時といえば、まだ部活をしている時間ではないのか。
訊くと「練習にならないから、みんなで強制終了」と答え、円卓の前に腰を下ろした。
私には、耳に痛い話だった。
圭介の変動的な人気の産物である、周囲をとりまく女の子の状態は、これまで幾度か目にしている。
今回はこれまでに例のない、騒ぎっぷりになるだろうとは思っていた。
圭介の打開策を断ってるだけに、何だか悪い気がしてならない。
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