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小説「クチナシの庭」 (9ページ目)24~25

 ほどなく、呼ばれた圭介と連れ立って教室を出ると、ひそめいた声が、教室中に広がった。
 人の噂話は気にしないほうだけれど……敵意丸出しの感情に触れると、すこし胸がいたい。

 もう少し騒がれるかと思ったけれど、圭介がそれなりにフォローを入れてくれているようだ。
 ……どのように告げているのかは、不明だけれど。

 私も圭介も、人とすれ違うたびに、ひそやかな声で囁かれるのに、少々うんざりしていた。

「すごい人気ね……」
 圭介の提案にのったのに、後悔を感じ始めた。
 昨日、今日の一日で、私の顔は知れ渡ったろう。
 目立つのは、好きじゃないのに。

 こうなることはいくらか覚悟してたけれど、ちょっと、想像の範囲を超えていた。

 自分のクラスに戻ったときだって、私を見て囁く女の子が何人かいた。
 カエがわざとらしく、私に圭介の質問をなげかけ、何の関係もないのだと、答えさせて疑問にこたえさせたほどに。

「欲しいなら譲るけど」
「遠慮する」

 人と会うのがわずらわしくて、もう一度、視聴覚室に行くことになった。
 空いている教室の1つだったし、お昼過ぎにも人の通りがないに等しい状況だったから、今度も人気がないだろうと判断した。

 思ったとおり、視聴覚室に人の姿はなかった。
 紙パックのジュースを飲みながら、前庭を通る子たちを眺め、たあいもない話を圭介と興じる。

「帰り、どうする?」
「……下校時間、遅らせていい? 人が引いてから帰るよ」
「部活は? いいの?」
「今日は休むって言ってる。……しばらくはそれどころじゃないって、先輩たちもわかってるし」
「……有名になるのも大変だね」
「まあ、リツのおかげでマシにはなるだろうけど。やっぱり効果あったよ。リツが隣にいると、勝手に勘違いして、声かけてくるヤツ大分遠ざけたし」

 私は気づかなかったけれど、圭介に話しかけようとしていた女子は多かったらしい。
 それも、私を見て、踏みとどまっていた。

「よく見てるのね」
「気づかないほうがおかしいっての。……リツって、ほんとに周りのこと気にしないのな」

 呆れる圭介に、私は首をすくめるに留めた。

 文化祭は、終焉がきっちり定まっていない。
 生徒会の、終了のアナウンスが流れた後、ホームルームも全校集会も開くことなく、それぞれが散っていく。

 西の空に赤い夕陽が沈むころ、生徒会の、終了を知らせるアナウンスが流れた。

 圭介の希望通り、帰宅する人の波が一段落するのを待っていると、「圭介!」と慌てた声が投げかけられた。

 陸上部の同級生だ。
 彼は圭介に「ちょっと頼む!」と部室に来るよう頼んでいる。

「今日、休みだって……」
「わかってるよ。道具が見つかんないのがあって。昨日、圭介が片付けたろ? 田村先生のホイッスル。あれ、どこ? 先生が待ってんだよ」
「……備品箱に入れたのになぁ……」

 しかたがないと、圭介は立ち上がって「ちょっと行ってくる」と断った。
 田村先生はせっかちな性格で、待たされるのを嫌っている。
 口で説明するより、自分が探したほうが速いと、圭介は判断したのだ。

「どうする? 教室、行っとく? 終わったら帰るけど」

 ちょっと考えて、ここで待つことにした。
 教室にはまだ、誰かしら残っているはずだし、また囁きを聞くのも気が滅入る。
 おまけに、圭介が呼びにくるとなると、噂の火種に油を注ぐようなものだ。

 かけていく足音を聞きながら、窓辺に肘をついて、ぼんやりと外を眺めていた。
 空は赤い夕焼けから、夜の闇に変じようとしている。
 赤とも青とも黒ともいえない、この微妙な色合いの空が、私は好きだった。

 ずっと眺めていても飽きない。

 前庭に視線を落とすと、緑の小山に咲く、白い花が目に付いた。
 ……あれは、なんという花だろう。

「クチナシは……蔓科だしね……」

 あの庭のクチナシも、他の常緑樹にまきついて咲いていた。

 ……本当にあるのだろうかと、最近は存在自体、疑うようになった。
 これだけ聞いても、地元の人間が知らないというのだから。
 夢か何かを見たのだろうか。
 それにしては、芳香付きの珍しい夢だこと。

 しばらく一人でぼんやりたたずんでいると、カタンと足音がした。

「圭介? お帰り――」

 言いながら振り返って、それ以上、言葉が続かなかった。
 驚いて大きく目を見開き、こくん、と、息をのんでしまう。

 橋川が、私と同様、驚いた顔で立ち尽くしていた。

「……圭介は?」

 水を打った静けさの中、橋川がぽつりとつぶやく。
 橋川の声は良く通るので、離れている私の耳にもはっきりと聞こえた。

 声に反応して、わずかに身震いした。
 凍り付いていた鼓動が、今度は緊張で高鳴っている。

「……陸上部の、子に、呼ばれて……探し物が、あるとかで……」

 声が上ずっていると、自分でもわかった。
 かすれた声ながら、たどたどしく、それでもどうにか答えを返した。

 橋川は圭介を探しているようだ。

「……そう。なら、しばらく来ないな……」
「え?」

 橋川がぽつりとつぶやいた言葉に、私は思わず目をしばたたせた。
 まさかと思っているところへ、橋川は一歩、足を進めて――視聴覚室の中に入ってきた。

 そのまま距離を詰める橋川に、私は自然と後ずさりし、窓際に背が当たった。
 どうしようもない不安にかられ、胸がざわめいている。
 鼓動が跳ねるように高まり、耳元で大きく聞こえた。

 どうして。なぜ。
 疑問しか思い浮かばず、近づいてくる橋川を、ただ凝視するしかできない。

「圭介と、なに話してた?」
「……なにっ、って?」

 2、3メートルの距離になって、橋川が聞いてくる。
 聞きながらも歩みは止まらない。

「たとえば……クチナシの庭、とか」
「…………」

 さっき視聴覚室で出くわしたときの話が、聞こえたのだろうか。
 なぜ、橋川がそんな話をしてくるのか、まるっきりわからない。
 クチナシの庭について、知っているのだろうか。

 いや……知っているとすれば、それこそ奇妙だ。
 橋川は私を嫌っている。
 嫌っている人間に、喜ぶ情報を与えるだろうか。
 橋川なら、知っていても素知らぬフリをするはずだ。

 橋川は、私の正面に来て、ようやく歩みを止めた。
 距離にして数十センチ。
 私でも橋川でも、どちらかが手を伸ばせば相手に届く距離だ。

「あの庭を探して、どうすんの」
「……知ってるの!? どこにあるか――」

 反射的に、言葉が出ていた。
 誰に聞いても知らなかった答えが、目の前にある。
 私はその相手が橋川ということも忘れて、嬉々とした笑みを浮かべ――。

 それを見た橋川は、怒りに顔をゆがめ、力任せに私の側の壁を蹴りつけた。

 ダン!
 と、激しい音と、衝撃を感じ、浮かんだ笑みはすぐに凍りついた。

「とぼけんなよ」

 苦々しく吐き捨てながら、橋川は私の顔の両脇に腕を伸ばしてくる。
 橋川の両腕に挟まれて、逃げ場がない。
 腕の檻の中で凍りつく私を、橋川は怒りと憎しみに燃えた瞳で見下ろしていた。



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