iの物語

iの物語

2024.09.17
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職員の家は高層階に住んでおり階段で往復して大変だと連絡がありました。また、非常口が停電で開かなくなっており外に出ることができないという報告もありました。
病院の先生には電動のシャッターが開かずに車に乗れないという人もいたそうです。
水も止まっている地域もあり、近くに来たトラック?で水をもらい運んでいるという職員もいました。

グループホームの形態がアパートタイプであったため自分である程度の食糧は備蓄している人も多く助かりましたが、冷蔵庫とIHが使えないため調理は難しかったです。
ガスが使える就労支援のところで作ってくれた唐揚げや野菜炒め、ごはんをいただき協力してもらえました。昼は何とかできそうでしたが夜はどうなるのかを考えることになりました。
1人1人懐中電灯で過ごしてもらうことになります。アパートの階段はランタンなどで照らすことにしました。
近くのスーパーでは店の前でパンを売っていると近所の人に教えていただき、入居者の人に声をかけて行き並んで2個ずつ購入できました。

夜の食事はデイケアで食べてくる人もいたので、昼に購入したパンや就労支援からもらったもので何とかできそうでした。
午後からの職員が2名来ることができたので引継ぎし、宿直者が来れないかもしれないため私が一旦帰ってから再度来る予定にしました。
入居している人は思ったよりもずっと落ち着いており、普段そわそわして落ち着かない人が近所のお店情報を聞いてきてくれたりしながら静かに過ごしてくれていました。

コンビニは照明なども点かない中で開けてくれたり、近くの蕎麦屋ではガスで作れるのでお店を開けてくれたりしていました。
パチンコ屋さんは店の前に景品なのか菓子パンやお菓子など道行く人に配ってくれたり、多くの人ができることを協力をして過ごしていた1日でした。

家に帰り車の中でカーナビについているテレビで情報を取ったりしていました。
少し経つと我が家は17:30頃に電気が復旧しました。
宿直者も車で来ることができるとのことで明日の朝に出勤することで良くなりましたが、グループホームは変わらず停電のままだと報告がありました。

その夜はみんなの朝ごはんを何とかしたいと思い、18人に2個ずつあたるようにおにぎりを作りました。おかずも家にあるもので作り全員に行きわたるように、ソーセージを焼いたり卵焼きを作ったりして過ごしました。

地震2日目はあちこちの信号は復旧しているところも多く、車で出勤することができました。
地震の翌日になってもグループホームは停電が復旧していませんでした。
おにぎりとおかずとお茶で朝ごはんをとってもらい、体調も崩している人もいないと確認をとることができ一安心でした。

地下鉄やスーパーは2日目も動かず、コンビニにも食品はほとんど無くテレビも見れず過ごしました。
近所の方がガスが使えるから困っていたら言ってねと声をかけてくださりありがたかったです。

他のグループホームから大きな炊飯器に入ったごはんや、ガスで温めたものが届いたりしながら食事は何とかできましたがシャワーと冷蔵庫が使えなかったのが困ったことでした。

2日目はデイケアも無く、入居者のみなさんは部屋で過ごすか街の様子を見に行ったり、集会室で話をしたりするくらいでした。入居者のみなさんはゆっくり過ごすことには特に問題なく焦ったりすることなく時間を使っていました。職員のほうが焦っていたような気がします。

夜は非常食をカセットコンロで温めたりしながら食べてもらうかなーと出勤している職員1名と相談しながら昼を過ごしていると1つ道路をはさんだ地区では電気が点いたと報告があり、もう少しで平常に戻る…と安心していました。もう少しと思うと「まだかまだか」という気持ちになるのか少しグループホーム内がザワザワしてきました。

その日夕方6時くらいに電気が復旧しました。
翌日から通常通りになりましたが、地下鉄やスーパーは翌日も通常通りには戻っていませんでした。
地震でブラックアウトになった前例がなく北海道中が驚いた数日でした。
それでも1~2日で復旧してくれてよかったです。
電気があることにありがたさをみんなが感じた期間でした。






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最終更新日  2024.09.17 01:51:53


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