題詠マラソン2003





単行本発売

題詠マラソン2003 (2003.2月~11月) 会場


001: 月     
月末の冷蔵庫にはよく冷えた卵が優しさを並べてゐる

002: 輪     
少年の眼をもつ馬の哀しみは車輪の下にたおれたアザミ

003:さよなら  
本当の「さよなら」の意味が知りたくて沈んだ船の錨をはずす

004: 木曜  
ひいやりと貝釦が顎に触れる 木曜島は満ち潮らしい

005: 音
梅一輪ほころび始めいづこかでストップウォッチの動きだす音

006: 脱ぐ
再会に貴腐ワイン 概念を脱いだ葡萄はおそろしく甘いな

007: ふと
ガンバルヨ。ふと答へたくなるやうな二月の朝は氷のにほひ

008:足りる  
君の名は音符に変へて五線紙にのせてものせても足りないところ

009: 休み
ひと休み出来ないひとが集まつて春一番を明日に決めた

010: 浮く
たいへんな嵐だつたとひとりごと そして海月は浮かんでばかり

011:イオン  
指先にダンデライオン微笑みは空からこぼれてくる人でした

012:突破
水葵 水菜 水仙 水明り やさしきものを突破は出来ず

013:愛
あしたには自分の羽で風をよむ子よひとつだけ持つて飛べ 愛

014:段ボ-ル
段ボールと同じ色でやつて来た仔犬も老いてしづかなさくら

015:葉
とどかない言葉だらけだ嘘つきな人差し指を持つてしまつた

016:紅
この色を目に焼き付けて僕たちは生まれて来たと思ひ出す 紅

017:雲
空の上そのまたうへを思ふとき私の雲はちつぽけなもの

018:泣く  
風中を走りつづける弟の絵葉書に泣く「僕はここだよ」

019:蒟蒻   
根性を少しは持てと蒟蒻は震へて怒る、まだまだ怒る

020:害  
おだやかに薬害うけて笑ふ君ムーンフェイスを少しくづして

021:窓
君は外わたしは窓の内側でときをり同じ鳥をみてゐる

022:素
ぬばたまの闇の素粒子ほろんほろん 浅き眠りに鳴る鳩時計

023:詩
箱庭でまた遊ばうか詩のやうなRES.からRES.へ海がうまれる

024:きらきら
見てごらん風の隙間のきらきらは明日こぼれる言葉たちだよ

025:匿う
透き通る君を匿ふそのために歌はう「世界に一つだけの花」

026:妻
歌も詩も語ることなき夫より妻とふ一首詠まれてもみたし

027:忘れる
あざやかな君の夢見るきみのゆめ忘れむとしてふたたびの夢

028:三回
ひさかたの空の青さに薔薇は白 君の三回忌元気でをります

029:森
秋の日のこぼれるものを集めては森へ帰らうかへらうもりへ

030:表
雨なのか乱数表のその中の0でも九でもよい日々なれど

031:猫
本能をこれみよがしにねり歩く牝猫の尾を踏みたる痛み

032:星
どの星に行かうかいづれいつの日かたわいなきこと済ませたるのち

033:中ぐらい
中ぐらいまでも届かぬことばかり重ねて来たが海を忘れぬ

034:誘惑
誘惑は閉ぢたディオネアムスシプラ微風のなかに旧姓はあり 

035:駅
おすすめは鳥の名前の駅ですよ徒歩二十分コンビニあります

036:遺伝
味噌、醤油、豆腐、納豆、につぽんの比喩として大豆遺伝子はも

037:とんかつ  
かつカレーかつ丼まい泉カツサンド けつこう八方美人なとんかつ

038:明日
明日には明日としての僕なんだ練習曲は何度でも弾く

039:贅肉
オリーブは裸婦のあふるる贅肉を宿したる実ぞ オーギュストの樹

040:走る
ひたむきに走るしかない兄さんは南の島で野球をしてゐる

041:場
落ちてきた場所を選ばぬものたちの蒼きこころの惑星である

042:クセ
送信と削除くりかへす君のクセとんとんからりと羽を抜きつつ

043:鍋
白菜もゆきひら鍋も冬の夜は生ひたちなどを語りてねむる

044:殺す
第四十四番目には「殺す」とふ題詠、さても困りはてたぞ

045:がらんどう
存分にがらんどうなる秋天へ向かひ合はせの笑はぬ赤子

046:南
花の芽は南の風にのつてゐる すれ違つたり追ひかけてみたり

047:沿う
朝焼けの浜辺に沿つてハーネスも首輪もつけぬお前と歩く

048:死
なほ夢に会ふ夜もありて死はいまだその半分の訪れしのみ

049:嫌い
嫌ひでもいた仕方なく食むことはやめた 嫌ひはたうていきらひ

050:南瓜
「順番だ仕方がない」とじいちやんは畑(はた)に馬鈴薯、南瓜をのこし

051:敵
餌をまくわたしの影もきみたちの敵なのか雀 なにもしないよ

052:冷蔵庫
長身をかがめて覗き込むひとよ冷蔵庫のあをい仄明かり

053:サナトリウム
一生のはじめとをはりを思ふとき十一月のサナトリウム

054:麦茶
ひといきに飲み干す麦茶くちづけは麦の見てゐた大空となる

055:置く
指先にかならず月を置くひとであつたけれどもあいにくの雨

056:野
六本木ヒルズの窓のひとつから関東平野のひときれを見る

057:蛇
結局は蛇行しながら辿り着く高速道にころがる無念

058:たぶん
けふは雨たぶんあしたも雨だらうさうして天(そら)は足跡も消す

059:夢
生きてきた時とこれから見る夢のどちらの嘘もいとほしむべし

060:奪う
ちつぽけな私のひざを奪ひあふ子のにほひして炬燵布団干す

061:祈る
ひつそりと祈つてくれる声はある花舗に今年のシクラメンの鉢

062:渡世
容赦なく自動改札閉ぢるときどの渡世でも不器用である

063:海女
「抱きしめてごらんよ海の生き物を」海女のささやく夕暮れとなり

064:ド-ナツ
ドーナツは天使のお菓子ころころとグラニュー糖のかそけき純音

065:光
好ましきひとの胸には光蘚ふかくなるほどさやかに笑ふ

066:僕
走るのは僕の両足掴むのは僕の両手だ 迷ふなこころ

067:化粧
晩秋の化粧柳のくれなゐに天もひととき筆を休みぬ

068:似る
似てゐるが同じではない 朝顔のかろき憂鬱夕顔の鬱

069:コイン
もう会へぬ犬の残した足跡のひとつひとつにコインが光る

070:玄関
玄関につよく香れる百合は咲き眠らせておく今日の断念

071:待つ
もろもろの形にならぬものばかり拾ひてひと日歌ひとつ待つ

072:席
空席の目立つ車両がごろごろと瞼のうらを横切つてゆく

073:資
家康の思惑のそとに残りたる人生は資料館の恒温

074:キャラメル
キャラメルのおまけの箱に詰められて昭和 しづかな午睡は並ぶ

075:痒い  
ごめんね君のせいぢやない痒いかごめんよアトピーは奇妙なこと

076:てかてか
黄緑の蛍光ペンでてかてかと好きな言葉は発色させて

077:落書き
堂堂と落書きしてもかなふまい茫茫とナスカの地上絵はや

078:殺
解のない方程式や完璧な数式へ抱きつづける殺意

079:眼薬
眼薬を差してあげようこんな日は魚の視野にて暮らすのもいい

080:織る
透明な糸をくはへて鳥たちは自分の空にストールを織る

081:ノック
青空をたしかに飛んできたのだよ受信トレイをノックする鳩

082:ほろぶ
鳩尾に落ち葉のつもる音がする ほろびゆく種の末裔なれば

083:予言
たいそうなことはちつとも出来ないが予言どほりに目覚めて眠る

084:円
青春の苦悩は具体的だつた円周角の求め方とか

085:銀杏
落陽はほろ苦き味ややさめた茶碗蒸しの底から銀杏

086:とらんぽりん
とらんぽりん鳥のこころの高さまで鳥になれずともとらんぽりん

087:朝
こひびとの朝を歌へばおのづから淡紫に薄荷草の花

088:象   
印象をたとへるとして通草より郁子それよりもなほカラスウリ

089:開く
あたたかき部屋にたちまち開く薔薇 無実の嘘はどこにでもある

090:ぶつかる  
ぶつかつてゐてはたうてい生きられぬ孑孑は正直なものだな

091:煙
日の暮れはだれしも煙からつぽの壺を抱へてなかぞらをゆく

092:人形
空気までおもくなる夜はひとしきり八百屋お七の人形振りで

093:恋
日常のあはひにひそむ恋なれば一輪挿しをもとめてやまず

094:時
離れすむ子の部屋に風をとほす時ミッフィーちやんを膝のへにのせる

095:満ちる
満ちてくる時節を待たう焼き上げるパンにもベンチタイムのあれば

096:石鹸
さみどりのよもぎ石鹸泡立てて草のかをりは家族のかをり

097:支
生きてゐるひとりひとりの物語りつぶやきながら支流は延びる 

098:傷    
蝋燭の抜けた穴には何もなくあたらしい傷をたす誕生日

099:かさかさ
かさかさのフランスパンをかじりつつ雨でも晴れでもよいではないか

100:短歌
「短歌とはえらく長いな」俳人の夫は余剰の思想をもたず





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