きらきらひかる

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シーサイド8229 @ Re:気が付けば・・・(10/22) 久しぶりですね。あなたに失礼なコメント…
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*ひかる* @ Re[1]:残業(03/17) まっちゃんさん コメントありがとうござい…
2008年02月24日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ようやく少し落ち着きました。



火曜日に仕事を終え、旦那と共に田舎へと行きました。
葬儀の会場は夏に行った時にその前を車で通った時に祖父が
『お葬式は家でやるのは大変だからここで出来るように
積み立てをしているんだ』と言っていた場所でした。



その時は旦那と二人で「そんなのおじいちゃんは
まだまだでしょ!」って言ったのを覚えています。
プラス、そこまで最期の事を考えている祖父を偉いというか
可哀相というか何だかとっても複雑な気分になりました。



安置室があり、そこには父と母がいて、別室に父の兄である伯父が寝ていました。
そこで母とどうしてこんなことに、、、と話すだけ話してて
おじいちゃんとの対面を避けてました。
白い布がかけてあり、寝ているおじいちゃん。
その白い布を取るのがめちゃくちゃ怖かったんです。
祖父の死を認めてしまうって感じで。



でも、見ないわけには行きません。
どんなにショックだろうかと思いましたが
白い布をめくってみるとただ普通に寝ている祖父がいました。
ホント、生きているような感じだったんです。



母が「おじいちゃんにお水をあげてちょうだい」って言われたので
綿棒の特大版のようなものでお水を含まし、祖父の唇をぬらすようにしました。
そこで祖父の唇が氷のように硬くなっているのが分かりました。



涙が出てきました。
自分でもびっくりしましたが祖父が本当に安らかな顔で寝ているので
対面時には驚くほど落ち着いていたんです。
もっと自分では大泣きするかな?って思っていたのですが
祖父に会えてほっとしたというか、、、



ここにずっといるわけにも行かないので一時間ほどいて、
それから祖父の家に帰ることになりました。
帰るとき、そっと祖父のほっぺたにキスしました。
私の結婚式でも祖父にキスしたんですよね。
ありがとうって意味をこめて。



信じられないくらい冷たかったです。
ずーっと私の唇が冷たくなってて。
あぁ、おじいちゃんは本当にもうここにはいないんだなって思いました。



家に行くといとことおばが迎えてくれましたが
その時のおばの顔が本当に怖かったんです。
頬がこけ、目が落ち窪み、鬼みたいな顔をしていたんですね。



着いたのは12時前。
伯父から聞いていたんですが祖父の遺影に使う新しい写真がないと。
私はおじいちゃんの棺おけに入れようと思って
その時の写真を持ってきていたので1枚、対面した時に
伯父に渡したんですがもう作ってしまった、、、難しいかもと言われたんです。



それと同じ、私が夏に行ってたくさん撮った写真を
私がアルバムに入れて送ったのにそれが見つからないと言うんです。



私が探そうと思って、探しているとおばから夜中に辞めてくれと言われました。
私も探したのに見つからないんだから無理だみたいなことと。。。
新しいものが無かったら10年近く前の団体旅行での集合写真しかないっていうんです。
あんまりじゃないですか??去年の夏に私がたくさん写真を撮ったのにですよ。
きつくそう言われてしまったのでいとこには明日探そうねと言い、休むことにしました。



この日、泊まる客は母と私と旦那。
しかし、用意してくれた布団は2組。
隣の部屋にはたくさんの布団があるのに用意してくれませんでした。
母もおばが怖くて何も言えません。
次の日も妹が加わり、4人なのに布団は2組のまま。。。



おばはいつもは寝る離れではなく、私たちが寝ていた部屋の隣で
布団も引かずコタツに入り寝ていました。
きっと私が妙な動きをしないか見張っていたのだと思います。
裏に行けば自分の布団があるのにコタツで寝るなんて。



翌日、いとこと朝から祖父の部屋を探してました。



寒いので祖父のセーターを適当に着ていたら
『自分の服も持ってきてないのか?』といやみを言われました。
まだ探しているのか?とも言われましたが私としては
いい写真を遺影にしたかったし、
その写真の存在を伝えたかったので探したかったんですよね。



朝からおばは私に命令するように自分の頭をセットするように言いました。
娘がいるのにどうして私がしなければならないんだ?と思いましたが
するしかないのでしたら、もっと下の方にまとめろとか色々うるさく言われました。
やって当たり前、何でもあごで使われる有様にホント腹が立ちました。



昼ぐらいから母と旦那と斎場に行き、お通夜の準備をしました。
棺おけにいれるものも帽子1つだっていうから
それはあまりにも寂しすぎると思ったんでいとこに頼んで
セーターやひざかけを探して持ってきてもらいました。
私は祖父宛に手紙を書いてそれを持ってきた写真と一緒に入れました。



本当に安らかな顔で祖父がいるので何度も顔を見てしまいました。
ナンカ見てると安心するんですよね。
祖父の近くにいるっていう。。。



通夜にはたくさんの人が来てくれました。
旦那も色々と手伝ってくれて本当に良かったです。



うちの妹はアメリカの彼氏のところに行っていたそうで、、、
お葬式には間に合うらしいが通夜は間に合いませんでした。



お通夜の前後もおばに意味も分からずあごで使われ、
自分は頭痛がするからどうのこうのとギャーギャー言われて
あぁ、この人は本当に自分中心なんだと思いましたね。



おばを見ていると祖父には申し訳ないのですが
本当に眠るように祖父が逝ってくれて良かったと思いました。
祖父はおばにいじめられていましたし、それが私は
ずっと気がかりだったんですが距離があるのでどうすることも出来ず、
本当に心配で仕方なかったのです。



もし祖父がボケてきたら、体が動かなくなったら、
入院してしまったら、、、そう思うだけで辛かったんです。
祖父は88歳でしたが自分でご飯も作り(作ってもらえないから)、
洗濯もして、買い物にも自分で電動車いすで行っていたんです。
全部自分のことは自分でしていたんですよ。



亡くなったきっかけも土曜日くらいから少し体調が悪かったようで
日曜日に雪が降ったそうなんですね、おじが出かけないようにと注意したにも関わらず
祖父は雪の中、電動車いすに乗り、いつも行くスーパーに出かけていったそうなのです。
そこで気分が悪くなり、おじに連絡が行き、迎えに行ったそうです。
おじは祖父に病院に行くか?と何度もきいたそうなんですが祖父は
『大丈夫だから』と言い、寝ていたそうです。



月曜日の朝もおじは聞いたらしいのですが同じ返事で大丈夫と。
そして、おじは出勤したらしいのですがその後、
容態が急変し、おばが救急車を呼んだそうです。
その時点で危篤状態。
レントゲンを撮ったら、肺は真っ白で医師から今夜が山だと言われたそうです。
祖父はそこから意識が回復することは無く、夕方息を引き取りました。



祖父の部屋で写真を探していると健康の為のサプリメントや
今後の予定表や料理のレシピなどたくさん出てきました。
あぁ、まだまだ祖父は生きる気満々なんだなって。
家の庭には柿の木にかかったはしごがあったんですが
祖父が体調を崩すまで自分ではしごに登って木の剪定をしていたそうなんですよ!
本当にすごいおじいちゃんだと思いました。



葬儀も終わり、祖父との別れ、祖父は棺の中でたくさんの花に囲まれてました。
本当に、本当にきれいな死に顔でした。



おばが横で何度も祖父の顔を見て泣いていたんですよ。
全く、意味が分からなかったですね。
普段会話もなく、あったとしても吐き捨てるような感じだったようですし。
うちの母がうれし泣きかって言っていたぐらいでした。
ホント、腹が立つ!!



この春、祖母の13回忌でした。
祖父母はめちゃくちゃ仲が良かったんですよね。
祖母が祖父を呼んだのかも知れませんね。
今頃、久々に再会しているんだろうなって思いますね。



葬儀の後、母と妹、旦那は帰り、私と父が一泊しました。
葬儀の後処理や何か遺品が欲しかったし、写真をどうしても見つけたかったので。



おじがいるところで色々探していたし、いとことも探していたんですが
ある時、一人で探している時におばが来たんですね。
「私がいないところでこそこそとよくそんなことができるね。
普通は私にも断るべきなんじゃないのか?」



他にも「ずうずうしい人は自分では全く気がつかないね」
「四十九日の法要には来なくていいからね」
「どうしてそんなに常識が無いの?お母さんの育て方が悪い・・・」
と散々な言われようでした。
私たちが横にいるの分かってて、『常識がない人が・・・』って電話してたり。



私は一緒には住んでないけど祖父とは仲良くしていたし、
祖父も私と会うのを楽しみにしていてくれたし、
葬儀の時とかもいとこよりもうちの旦那(おばから赤の他人だから家に泊めないと夏に言われた)
の方が色々と動いていたりしたのにあごで使われ、
ギャーギャーと文句だけ言われて、本当に、本当に腹が立ちました。



口は悪いけど、ホントくそばばあですね。
こんなに根性のひねくれた人は見たことがないってくらい。
ろくな死に方はしないなって本当に思いました。



そんな中、おじに声をかけて、何点か形見分けしてもらいました。
あと写真も探しました。
するとですよ、ここしかないだろうと思っていた引き出しにあったんです。
おばもそこを探したけど無かったって言っていたんですよ。
どんだけ適当に探していたんだ?!って思いました。
普通に落ち着いて探せばあった場所なんですから。
もう、めっちゃくちゃ腹が立ちましたね。



もう祖父も亡くなってしまいましたし、あの家に行くこともほとんどないと思います。
祖父の家は農家でしたが今の母屋は100年以上の立派なもので
家には蔵もあり、本当に昔ながらの家って感じです。
祖母が生きていた頃は本当にきれいにしてて家も明るい感じだったのですが
祖母が亡くなってからは部屋もトイレもどこも汚くって陰気な感じでした。
おばがもうちょっと気立てがいい人だったら、、、って本当に思います。



いとこである内孫は2人いるんですが長男は外に出てるし、戻ってくる感じもない。
妹の方もまだ結婚はしてませんがどうなるか分からない。
彼女も早く家から出たいと思っているみたいで、、、
私は昔の明るい家を見ているので何だか寂しく思ってしまいます。



跡継ぎとかそういうのって当事者じゃないと分からない部分ってあると思いますが
本当にお嫁さんがしっかりして盛り立てていかないと難しいんだなって思いました。
私は外にいて中にいないから色々と言えるのかも知れませんが
ちょっとでもいいから優しいお嫁さんだったら、、、って思います。
祖父も祖母が亡くなってからの晩年、幸せだったんだろうか?って思うんですよね。



祖父の死は本当に突然で悲しかったですが今回、
ちゃんとお通夜、葬儀に出席でき、
ちゃんと見送ることが出来て本当に良かったと思います。
一年前だったらアメリカにいましたからね。



去年の夏に祖父と買い物、温泉、観光、マッサージと
色々なことを一緒に出来て本当に良かったです。
祖父も本当に喜んでくれていましたし。
あの時、写真も撮ったし、ビデオも撮っていたんですよね。



長引く病気や事故で亡くなるよりも、おばにいじめられながらよりも、
何でも自分で全部出来ている元気なうちに眠るように
亡くなってくれて今は本当に、本当に良かったと思っています。
もう一緒に話したり、遊んだりは出来ませんが、
おばにいじめられているんじゃ?って言う心配はなくなりましたもん。
今は天国で祖母と仲良くしていると思います。
またいつか天国で私も祖父に会いたいなって思います。



ホント、大好きな、大好きな、おじいちゃんです。





たくさんの心温かいコメントありがとうございました!
ちゃんと見送り出来たので思い残すことはありません。







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Last updated  2008年02月24日 23時07分20秒
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