こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

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 SHOAHショアー


Claude Lanzmannクロード・ランズマン
作品社1995/2800円

SHOAHはまず映画である
第二次大戦期のヨーロッパ・ユダヤ人絶滅政策を主題とする
ノン・フィクションの作品である

1985年に完成、映画館での上映ととテレビ放映がおこなわれ、
世界的に衝撃的な受け止め方をされた

日本では上映されず1995年にやっと上映された
テレビでも放映された 
テキストの日本語訳も1995年に出版された

私はテレビでそのほんの一部だけを見る機会があった
この映画がずっと気になっていたが、その後見る機会もなかった
テキスト日本語訳が1995年に出版されていることを知らなかった
最近テキストを偶然みつけてさっそく読んだ

映画は1976年から1981年にかけて撮影された
全部ランズマン自身による実際に関わった人間たち、
生存者へのインタビューで構成されている
350時間のラッシュフィルムから9時間半の作品に編集されている

ということは抽象化された文字ではなく
今生きている生身の体が、記憶を探り、
ことばにならない過去をやっとの思いで浮かび上がらせ、
語り出すのである

だがそれは過去から切り離された老人の思い出話のドキュメンタリーではない
監督の考え
「ヨーロッパ・ユダヤ人絶滅政策は
今日伝説的・神話的次元の知識の対象になってしまっている
伝説に思い出を対置しても、伝説を打ち破ることはできない
伝説に止めを刺すためにはただ伝説を、
できるならば、想像を超える現在と伝説の源泉ともなっている現在とを
突き合わせる方法しかない
そして、そこに至る唯一のやり方とは、過去を現在としてよみがえらせ、
過去を非時間的なアクチュアリテ(現代性)の中に復元することである」

私たちは写真やフィルムで、記述でいやというほど
ユダヤ人絶滅政策について知らされてきた 知っているつもりでいた
おぞましい事件としてナチを弾劾してきた
そしてそれで終わりだった

だがこの映画は写真も、フィルムも、ナレーションも使わない
音楽すら使うことを拒否している
今なおその記憶を抱えて生きている人々への
直接のインタビューを通して、過去を今によみがえらせてゆく
また現実にそれが起こった場所の現在がが映し出される
その時のにおいや、寒さ、飢え、恐怖、叫び声がよみがえる
目の前にいる彼が、彼女が見たこと、見させられたことなのだ

私たちが知っているつもりだったことは
ただ知っているというだけではなかったのか
何も知ってはいなかったのだ

「私が製作する作品は、反神話の作品であり、
すなわち、ホロコーストの現在についての調査である」

テキストは語りの忠実な再現である
その後映画の全体を見る機会はなかったが、
テキストを読むだけでもすさまじい力があり
ことばが突き刺さってくる体験をした

この映画を見、テキストを読む体験は、まさに
自分にとって、ホロコーストとは何であるのか
の調査に他ならない

「アイシュビッツ以後、詩を書くことは可能であろうか」は、
よく知られたアドルノの言葉だということであるが
私にとって SHOAH 以後言葉はいかなる意味を持つのか
重い意味を持つ本であった
しかし真実に迫ってゆくという意味で美しい本である


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