こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

武田秀夫氏の文章から

あけび

(未完成これから文章を書くための資料です)

立原道造1987or1988

「僕は自分のかんがへを色鉛筆で辿らうとする。
あの黒い線を紙の上にのこしてゆく普通の鉛筆がなんとなくきらひなのだ」

 そう書いたのは、詩人の立原道造です。
つづけて彼は、「黒い字でかんがへた思想と緑の字や青い字でかんがへた思想とは
自然にどうしてもちがつてるやうにおもはれる」と書いていますが、
私はこういう考え方をするひとが好きです。

 学習塾を五年もやっているうちに、登校拒否のこどもの何人かとも出会いました。
友だちがみんな学校に行っている午前にやってきて、
トランプをしたりテープをきいたりして帰っていきます。
その子たちは、勉強しようとはまず言いませんし、私も言いません。
いつのまにか学校に行くようになった子もいますし、行かないままの子もいます。

 そんな私のやり方を甘いと言うひともいるでしょう。
海にほうりこみ山にほうりだせぱ登校拒否はなおる。
そう言うひともいるでしょう。
私も、そういうやり方でなおる子がずいぶんいるんだろうなあ、と思いもします。
が、「黒い字」できっちり書いたような「なおり方」「なおし方」は、どうも私の性に合いません。
登校拒否という事態に、やわらかな色鉛筆でつきあう。そのほうがどれほどよいことか。

 たたかれてなおった者は、次の者をたたいてなおそうとするだろう。
菅理によって「正常化」した学校に学んだ者は、次の世代をそのやり方で教育しようとするだろう。
この悪しき連鎖をどうしても断ち切らねばならない。
生徒をずいぶんたたいたことのある元中学校教師の私は、つらい悔恨のおもいをもって、そう考えているのです。  
「失敗は黒い鉛筆にあるのではなからうか」

 死の前年、立原道造は、黒鉛筆で書いてきたノートを
ある日突然青鉛筆に変えて書き継いでいきます。
この青い鉛筆--何といふ美しい静物なのだらう……なぜこれのあることに早く僕は信頼しなかつたか」
 私たちだってまだ遅くはないはずです。青い鉛筆で、字を書いてみたらどうでしょう。



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