こんなところに、ラボ・パーティの小さな公園がある

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海外赴任・学校選び



こどもをどの学校に通わせるか
日本人学校、現地校、インターナショナルスクールといろいろあります
結論を見つけるのはとっても難しいですね

先日ある方から相談を受けて
現地校に通うことによって
現地のことば、現地の文化に触れることができることは
凄いチャンスだと思いますとお話ししました
その後自分の考えを確かめるためにインターネットで調べてみました

ご参考まで・・・
  ■はもったいないことだと思ったところです

●ミラノ日本人学校
http://web.micronet.it/sgm/
様子がだいたいわかりますね

●前に同校の先生だった人の報告書から
http://crie.u-gakugei.ac.jp/reports/zaigai/23/takahashi.pdf
【児童・生徒の結果】
1イタリア人の友だちはいるのだが 「つき合っていない」が67%いる。■
2イタリア社会・イタリア人に対する心情は,概ねよい印象を得ている。
 しかし,とらえ方は固定的・断片的である。
3学校生活については,小学部を中心に円満な一面がうかがえる。
 しかし 「最近困っていることがある」と答えた児童・生徒が30%である。
【保護者の結果】
1約半数の家庭が親しく交流するイタリア人を得ている。
 しかし,日常のつきあいは,70%を越える家庭は日本人家庭である。■
 また,地域の行事の参加率は低い。
2イタリアでの生活で子どもに期待することは 「国際感覚を身につけてほしい 」
「のびのびと生活してほしい」が83%である。
3ミラノ日本人学校に期待することは 「豊かな情操を育てること 」「学力をつけること」の順である。
 また,ミラノ日本人学校を選んだ理由は 「日本の教育を受けさせられる 」
「日本語力を含めた学力が保証される」である
「国際理解教育 「現地理解教育」にも関心を寄せている。

●私たちの海外赴任イタリア、ミラノ市
http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Green/1078/milano.html 
のなかから・・・・ちょっと前の体験


90年8月から97年3月 (6年7ヶ月)
教育関係  
長女 小1 から 小6までミラノ日本人学校。中1からドイツ桐蔭学園、中2に帰国。
長男  年中 から モンテッソリー幼稚園 小1から小5までミラノ日本人学校、小6に帰国。

ミラノ日本人学校は、1990年代当時、小学生約160名、中学生約30名通学していた。
1学年1クラス。
イタリアで現地校へ行くことは、まったく考えなかった。

日本人学校以外、アメリカン・スクール、ブリティッシュ・スクール、
インターナショナル・スクールがあり、
編入を考え、見学や先生に面接をしたこともあった。
しかし、当時イタリアはEC統合を控え、英語系の学校には、イタリア人の子女が4割超えて
いると言われていた。そのため授業は英語であっても、休み時間はイタリア語で遊ぶことになり、
英伊日3ヶ国語すべてが
中途半端になるのではと考え、結局日本人学校に最後まで通学した。


<日本人学校での心構え>
日本人学校では、週2時間イタリア人によるイタリア語の授業があるだけで、■
あとは日本の学校とほとんど同じである。■
転入、転出が当たり前の毎日で、1年間で4分の1の人数が入れ替わる。
子供たちは、イタリアで日本の空間を過ごしてしまう。■
先生、授業、勉強、友達、ゲーム、ビデオ、テレビ、音楽、本、マンガ。
結局、日本と同じ生活をして、イタリア語も挨拶程度で帰国してしまう。■
どの国でも現地校に通った経験のある人なら、親も子も必死になって、
現地に溶け込もうと戦ったことだと思う。

しかし、日本人学校に通った場合はまったく必要ない。
当時、衛星放送が始まり、日本と同じ番組が見ることができた。 
ビデオ、ゲームソフト、マンガ雑誌も、
日本から毎週のように送ってもらう、そんな日本人家庭がほとんどだった。■

しかし、我が家には、衛星放送もビデオもTVゲームもマンガもなかった。 
ニュースは、イタリアのテレビでなんとか理解し、
朝日新聞の高い欧州サテライト版を購読していた。
TVゲームやマンガが無いので、遊びは近所のイタリア人とよく遊んでいた。
子供たちが、習っていたヴァイオリンの先生は、イタリア人だった。
お陰で、イタリア語は、完璧に理解できるようになり、帰国後、
中学入試の外国語作文は、イタリア語で受けた。
地中海のエルバ島で出会った同じ年の姉弟とは、ひと夏よく遊んだ。
ナポリから遊びにきた家族だが、今でも連絡しあっている。

日本人学校に通う場合、現地にこころして溶け込むこと、現地の友達を大切にすること。

<帰国して>
帰国して3年半が経つ。日本人学校だったし、カルチャーショックは少ないだろうと思っていた。
しかし、知らない単語、習慣が多かった。給食、上履き、集団登校、台風、地震、梅雨。
知らないと言うと、 笑われて大騒ぎになった。
日本人は、知らないことは恥ずかしいことだと大人も子供も思っているのだろうか。
そして、知らないのは、頭が悪いからだと考えるようだ
しかし、海外で生活したことのある人なら誰だって知っている。世界は広いのだ。
日本の常識は通用しないこと。知らないことが当たり前であること。
日常のこまごましたことまで、頭を下げて尋ねなければならないこと。だから謙虚になる。
外国では、「できないこと」と「知らないこと」を区別する。
日本では一言、「できない」で終わってしまう。
日本で久しぶりに生活して、日本語が変わったと感じ、こころも変わってしまった気がする。


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