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熊本地震から1か月過ぎて、ロアッソ熊本は 自らのホームスタジアムでの開催が未だできない苦闘が続いています。そんななかで、水戸戦は 柏のホームスタジアムを使っての ホーム開催試合として行われました。ホーム開催ですが 熊本でないためサポーターはすぐには 駆けつけらません。そのかわり?と言っては 変ですが 熊本支援にのために 他チームサポが 続々と 熊本の応援のため続々とかけつけ、色々なユニを着たさまざまなチームのサポーターが 熊本コールするというまさに Jの絆 を目の当たりにする光景が繰り広げられたようです。超ロアッソ熊本掲示板http://bm.best-hit.tv/rosso/を読んで それが分かりました。それで・・・明日の わがヴィッセルのホームであるノエビアスタジアムでの 熊本対町田も 熊本のホーム開催試合。ということで 19時半というちょっと遅いキックオフですが、同僚誘っていくとことしました。で、掲示板のぞいていると・・・ガンバサポで 神戸在住で 21年前の震災を幼稚園の頃に体験した女性の書き込みがありました。同じ 被災者、被災地に生き続ける 同じサッカーを愛する 若い仲間の言葉として胸を打ちました・・・。あす 神戸のスタジアムで どこかで 同じように熊本コールをしているのかなと思いつつ。以下に 転載させていただきます。☆(掲示板名)ゆき女性 (タイトル)チケット買いました! 先ほど、チケット買いました。ゴール裏にお邪魔します! 他サポ来るの嬉しいと言って下さった方もいらっしゃり、安心しました。ガンバサポも応援してますよ、ということで、ガンバのユニも持って(着て?)行きます。端に寄るなど配慮はしますが、青いの浮きそうですし、当日それはちょっと…と思われている方が周りにでもいらっしゃれば、すみませんが指摘して下さい>_<私はずっと神戸に住んでいて、阪神淡路大震災を経験しました。幼稚園に上がるくらいだったので、暗闇に響く轟音と悲鳴、水を手に入れるための長い行列、くらいしか記憶はありませんが、地震が何をもたらすのか、少しくらいは知っているつもりです。 被災地で諍いが起こることもあります。街の復興にはすごく時間がかかります。街が直ったとしても、地震のせいで大事な人・宝物・慣れ親しんだ生活環境などを奪われて、2度と同じものは戻って来なくて、ずっと悲しい気持ちを抱えて生きていく人たちがいますよね。 被災地のこと、すごく心配です。 皆さんと、被災地に想いを馳せられればと思います。ロアッソ熊本の応援は初心者ですが、よろしくお願いします!(iPhone ios9.0.1) 2016/05/26 20:56以上が 掲示文です。うちの娘たちは 震災の時 小学生でしたが、幼稚園児だった彼女は幼いなりに いや幼いからこそ 覚えていて いまも・・と思いました。そして、ガンバサポの中には わざわざ神戸のスタジアムまで 神戸讃歌にブーイングしに行く とツイッターで公言する信じられない アンポンタンもいたりして・・万博スタジアムには かつてはフーリガンを気取った?荒くれさんもいたりして 決していい印象ばかりでなかったのですが・・いや やはりガンバサポも 同じ Jの仲間だなと!思っています。
2016.05.27
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26日は久方ぶりのユニバースタジアムでした。結果は4-0という快勝やはり森岡選手が復帰したというのが大きいのでしょうか?ユニバでの記憶は なんといっても2006年の最初のJ2時代に バクスター監督の離日前の最後のホームでの試合 対ヴェルディ戦の記憶です。また、今回の福岡は その年の入れ替え戦のお相手でありました。2006年8月26日にヴェルディ戦があって 暑い夜だったと記憶(そうそう、今回はユニバでは風があって涼しく感じました)0-1だったのを、河本ちゃんが1-1にして ヒデが2-1にして勝利したんですね。あれから8年、ヒデ頑張ってますねえ。河本ちゃん早く怪我から復帰してほしい。丹羽竜平(いま鳥栖にいます)が退場になって10人。でも負ける気がしなかったです。バクスター監督に勝利をプレゼントしなければならないという選手の意気込みやサポーターの願いがあって・・それをひしひしと感じていたからかも。震災の復興とJ1復帰がイメージとしてだぶっていましたので、手負いのヴィッセルが負けるはずがない、いや一人いないからこそ勝つのだと。今回は福岡のGK神山が退場。神山選手の言動(レッドカードが出た後のボールけっとばしや その後 神戸サポへの仕草など)について福岡サポのブログなど拝見すると チーム自体の防御システムについて課題があってキーパーとして相当ストレスが溜まっていたのではと。それはともかく、替わって入ったキーパー笠川永太結構よかったんじゃないですか? 小生の座席の後ろの方も 同感だったようです。敵ながらあっぱれみたいな感じでいっしょに来られた方と話されていましたが、なんかの きっかけで 私も話しの輪に入って・・。後ろの方は あとできくと姫路から来たと。車で1時間くらいだそうです。JFL時代からのオールドファンで、息子さんがサッカーしていた時代にはよく見に来たそうです。ユニバでの試合がもっと多かったというので・・・帰ってから調べると なるほど2000年までは ウイングスタジアムが建設中(改築)ですべての試合がユニバー、2001年は1試合だけウイング。最終戦の横浜戦がウイングの こけら落としだったのですね。いっしょの方に「カズもおったんやで」で言われてましたし、「キーパーで掛川おったでしょう」とわたしにきかれてましたから 2005年くらいまでかな?(掛川誠は神戸在籍2000年から2005年まで)終わりかけに お相手の人が もう出るかみたいな感じになると「いや、二次会があるはずや。ヒーローインタビューの後二次会がな」と。終わってから「二次会はどんな具合ですか。長いですか?」ときかれるので 野球で勝利した後 応援団とファンで盛り上がる例の「二次会」のこととわかり「いえ、それほど長くないです。でもヒーローインタビューがあったあと選手みんなで神戸讃歌を歌います。ご存知ですか?(ご存じなかったようで)それはきかれた方がいいですよ」と。神戸讃歌をご存じないということ、ユニバーでの試合数の多さ、掛川やカズの在籍年代からJ2の後半くらいからは観戦されていないのかも。神戸讃歌の後「これはあつい!」握手してお別れしました。あとユニバというと ヴィッセルとボルトンの試合ありました。2005年、カズの神戸での最後の試合でもあったと記憶。※HPから 2006年8月のユニバーでのヴェルディ戦後のバクスター監督コメント抜粋採録し掲載します。「最初このチームの監督に就任したときは、ご存知の通り(阪神大震災という)サッカー以上のことがありました。最初にユニバー競技場に来たのはサッカークリニックでした。それは震災で被災した子供達を対象としたものでした。 住むところも失った人がいたにも係わらずサッカーが出来たのは、神戸の人たちが応援してくれたからです。ですから私達はサッカーだけでなく、この町の再建にも責任があるのです。 神戸とのつながりのプロセスはサッカーだけから生まれた関係ではありません。絆なんです。そして何よりも神戸が大好きなんです。」そして サポーターへの思いは?という問いかけに「サポーターというのは、クラブの血です。」と。このバクスターの言葉が チームがJ2になっていた苦境もあり ずっとヴィッセルをKOBEを支える!と決心させた言葉でもあったなと・・・いま思っています。そうそう、今回HPを読んでバクスターがこう続けていたことも知りました<例えばヨーロッパではサッカープレーヤーは高収入な選手が多く、とかくサポーターの重要性を忘れがちになります。以前私がイングランドでお世話になった監督がこんなことを言っていました。「選手の価値は自分が獲得したトロフィーで満足するのではなく、どれだけの人を幸せにしたかで評価されるものだ」と言っていました。その意味では今日のゲームは成功でしたね(笑)。>
2013.08.27
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社会人代表 アミティエCS(関西リーグ1部)が佐川印刷(JFL)を2-1で破って初優勝。前半に1点先制、後半ロスタイムに佐川が同点として延長戦に。延長後半終了間近に2点目。縁があって観戦に行きました(前日、土曜日の神戸VS鳥栖戦には参戦できず・・・)。アミティエの選手はサッカー教室で子供たちを教えながら、決まった練習場はないなかで、トレーニングを続けてきて、つかんだ勝利。応援団はいつも教えているこどもたちと親御さんというわけで、こどもたちがずっと「アミティエがんばれー」「〇〇がんばれー」と。こどもたちにとっては選手は自分がならっている先生なわけで、ピンチでもにっこりと子供たちの声援にこたえ手を振る選手たちの表情が印象的でした。後半ロスタイムで追いつかれ 延長戦にはいるとき、テレビ中継で「追いつかれた側としてはどうなんでしょう」というアナウンサーの問いかけに 解説者が、「いま円陣をくんでいますが、さきほどは応援するこどもたちに笑顔で手を振る姿が見えましたから、精神的にはさほど追い詰められているように見えませんし、むしろ余裕がみえますね」と。応援の力というものを 現場にいて感じた試合でした。9月2日には奈良県代表の奈良クラブと対戦・関西リーグでも戦っている相手ですから、勝利したとしたら 次は9月8日13時からセレッソと金鳥スタジアムで。ヴィッセルも同じとき 姫路で滋賀と兵庫戦の勝者と対戦ですね。
2012.08.27
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サンガサポーターのみなさん。おめでとうございます。省みれば、昨年J1最終戦 サンガがFC東京をくだしてくれたからこそわがヴィッセルは「奇跡の残留」が出来ました。元旦の天皇杯は 奇しくも そのFC東京との 因縁の試合ですね。いま職場が たまたまですが京都ですので、元旦の東西対決が楽しみですしサンガを応援します。では!来年。
2011.12.29
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(先に掲載したのは、意味不明の文面で失礼しました。ブログへのメールと かみさんへの業務連絡メールがごっちゃになった結果です・・。初めて読まれる方は何のことかお分かりにならないでしょうが)横浜を松田選手が去ったのは ヴィッセルの奇跡の残留と 同じ時だったので、テレビや新聞での特集企画を読んでいました。かみさんも 驚いていて。練習中に倒れ 心筋梗塞だった発表されました。松本山雅FCの大月社長は「遺志を継いでJ2昇格を誓う」と。
2011.08.04
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といっても・・・なでしこリーグです。(こういうフレーズ、みなさん 書いてらっしゃいます。なんか複雑な・・。いえいえ、同じKOBEなのですから!)前日のヴィッセル対甲府の因縁試合は、用事で行けず 日曜日ふと新聞のテレビ欄で「なでしこ対決!澤対宮間、きょう神戸で」というのを見て そうか今日か!と急遽ユニバーへ。なでしこリーグ、レオネッサ対岡山。観客は、ユニバーで2万1千人。無料試合ですから、申し訳ないというか…。無料で、これだけのもの 世界一の戦士たちの試合が見れてしまって・・。なお、目当てにしていましたタオマフは売り切れ。メインは満席でバックにと誘導され(中で、移動できましたが)。試合後。<さわさーん。こっちきてえ>という子供の声がバックスタンドから何度も飛んでいました。色々なセレモニーがあって・・その気配なし?かな??『なでしこは サポーター席とかに来ないのかな?そもそも いままで1000人くらいの試合だからメインに挨拶すれば済んだから そういう習慣ないのかな』と思って しかし待っていたら、選手がスタジアム一周。わたしの前の若い方々は、「ほんまか、むっちゃ近い。コーフンや!」と。<かいほりー>と声が飛ぶと にっこりと。あとでスポーツニュース見ると 澤選手は「ありがとうございます」とスタンドに向かって言いながら、回っていたようです。
2011.07.31
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(すいません。2月にカンボジアに行った時のブログに補足でアップしようといままで、試みたのですが 期日が過ぎると?うまく行かないようで躊躇しているうちに・・・ワールドカップの時期なので こういう話題もアリ?かと)上の緑色が いかにも代表のユニっぽいですが、そうではなく下の朱色が そうらしいです マーケットの中の店で 上のユニには 色々な色があってミドリ色以外に、赤、黄、青などなど2枚で30ドル、どんどん持っていけ という感じでしたが 下のユニが 棚から出てきて・・・作りもしっかりしてるので これと一緒だといくら?と聞くと これだけで30ドルという返事どれでも2枚で30ドルでないのか?ときくとちょっと困った顔して、 これ(下のユニ)は20ドルとディスカウントやりとりするうちに、 まあ いいかと言う感じで2枚30ドルにしてくれました 帰ってみてみると 作りは明らかに しっかりして 上のと違うし なんだか 申し訳なかったですきっと「スペシャル」「ナショナルチーム」とか言われたら無理いわなかったのですが
2010.05.16
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うーん。今回は がんばって 国内でのサッカー・シーンにも 勢いをつけてほしかったですが。「やっぱり日本は 野球だ」とか「日本には 野球がある」という たしか ワールドベースボールクラシックのPR文句が 脳裏をよぎります。ヨシトがいたら とかいま思っても なーんにも なりませんが・・・。あとは ヴィッセルの5位達成を!
2008.08.10
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15日 三ツ沢競技場に行ってきました。ヴィッセルの試合に行けないからということでもないのですが、かつてのわが17番アツを応援したくて、ずっと機会を窺っていました。 スポーツ店で昨年仕様の横浜のユニが値引きして出ていて、なんとなく触っていたら・・ショップのお兄ちゃんが 横浜サポの上神戸ファンということで(話しを合わした??)アツの話しで盛り上がり、折角だから「17」をつけてもらうことにしました(結局 値段は高くなりましたが、ま、ええかと)。店員さん『アツ、17にこだわってますもんね』小生おもわず『この17は 1995年1月17日の17なんですよ』なる迷言をつぶやき店員さん いささか当惑。(アツの17は 偶然でしょうけれど) 2か月前くらいに出来あがっていたのですが、なかなか着る機会なく。今回 にわか横浜サポとなって、サポ席に なんとなく気兼ねしつつ座り・・(しかもリストバンドとタオルはヴィッセル臙脂の17ATSUという いささか、ちぐはぐで)。 アツ選手(神戸の時と同じ)17番をつけて 元気でした。ユニフォームの裁断のしかたゆえか(ヴィッセルのユニが体に密着型) なんだか少し太ったか?とも思いましたが。何度もFK、CKあり。やはりアツが蹴れば何かが起こるという期待・・。しかし、決定打とならず。 後半に岐阜がゴール。この失点は痛かった。結局 シュート数は横浜の方が上回っていたはずです。 69分にアツは交替しました。そうそう、その後 岐阜では 藪田選手が交替でin。 横浜ずっと勝ち星なく・・でしたが、アツに藪田と かつてのヴィッセル戦士がピッチで駆ける姿をみて 私自身は満足して家路へ。 しかし、最初にサポーターリーダーがみんなに向かって言ったのですが「J1昇格は このままでは 正直きびしいものがある。しかし、きょうもわれわれサポーターは 勝利を信じて・・」。最後 選手に向かってサポ席から『次は勝て』『ちゃんとやれ』『これで いいのかよ!』という声が・・。ホムスタなら『勉強せい』『おまえら、出直しじゃ』『しっかりせい!』『今度は勝てよー』という声がかかるところだなあと。2年前のJ2時代の苦しい戦いを思い出していました。 ATSU今度は勝てよー!
2008.06.20
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