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うさぎ仙人

うさぎ仙人

2004年12月08日
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・・・こどものころの夢を思い起こす、あのころの自分が甦る、そんな瞬間は誰でもあることだ。

あの純粋に透明な心で疑いも無く夢を見ていた自分、何も知らずに途方も無い夢だけは大きく膨らんで、一途に夢中になって思い描いていた夢。

できると疑いも無く信じて無我夢中で走り続けていたあの頃の自分は何時からいなくなったのだろうか?

そして何時から疑いを抱くようになったのだろうか?

そんな夢の中では夢と己だけが居て、友達も常識も世の中の状況も一切関係なく、ただ、己の巨大な夢だけがそこに在り夢意外は見えていなかった。

そんな透明な純粋もいつの間にか汚れていることに気付き愕然とする自分もまた、同じ自分なのです。

純粋が汚れることは妥協と常識の成せる業で、この呪縛から抜け出ることはよほどの瞬発力が居るようで、実際に抜け出れた人はホンの一握りの人達なのです。

子供の夢を抱きつつ現実という大きな壁を乗り越えることは難しい、で、夢を夢のままに終わらせることになる。
けれど、時々想いだし胸を焦がすことに成る、寂しいが。

我々は夢に到着する為の、目的と手段とを現実の生活の中で履き違えてしまい夢が薄れてゆくことになる。

我々は一段一段と目的を目指すその過程で現実に取り込まれることになるが、空海はそんな過程を全部すっ飛ばしいきなり頂上から始めてしまった。

空海は『まずその対象に飛び込め』と、いきなり頂上から始めた。普通は何とかしてほとけの世界へ近ずこうと修行をして居たのに対し、空海はいきなりほとけの世界に飛び込んでそれから仏教を始めた?のです。

常識も妥協も無い純粋な心ひとつで、まず対象に飛び込むという破天荒なことを少年のようにやってしまった人が空海なのです。

喩えてみれば、たいていの会社員が社長、重役になろうと日々努力しているところを、はじめから社長・重役になったつもりで遣りたい事をやっているようなものです。

それが空海のやり方であり、生き方だった。

夢という捉えどころの無いものをつかむ為には、空海のようなやり方も知っておくことも大事なようです。山を一歩ずつ登る努力も大切だ、けれどもいきなり山の頂上に立ち下界の美しいさを眺望することも知っておくべきでしょう。

現代の日本の社会は、空海のようなやり方、生き方を強く求めている、そんな時代に突入していることも忘れてはいけないのです。

夢という捉えきれないものを暖めているうちに、いつの間にか目的と手段を履き違え現実という怪物に咥え込まれてしまう我々と、純粋が汚れないうちに夢という対象に飛び込む勇気を見習いたいものです。

空海はスーパーマンであり宗教という枠すら超越し、現代的に言えば創業者であり超優秀なビジネスマン・セールスマンの如くなのです。

たしかに空海は僧侶であって僧衣をまとっているけれど、一面的には捉えられないほどの能力を発揮し、同時に宗教という枠さえも驚くことに超越しているのです。

宗教という枠で括りきれない、そんな空海という超人を生み出した日本、そんな僧衣の奥に隠れている裸の空海を炯眼で透視してみたい、が、あまりにも壁は厚く奥が深いようだ。

大学に入学したが貴族の集まりに馴染めず、大衆管理を学ぶことの違和感が空海を大学を去ることにつながった。あくまで大衆側にいたい空海とは相容れなかった。

彷徨する事十一年、のちに空白の十一年といわれる風来坊として流離った。二十四歳の時に『三教指帰』をモノにし出家して仏教者にならんとする為の、これは宣言書でもあった。

で、三十一歳で海を渡り入唐し密教の師、恵果和尚と劇的な出会いから密教の潅頂を受け、その超人的な能力が発揮され始めることになるのです。

事実、奇跡的な帰国から始まる一連の超人的活躍は比類なきものだった、そしてこれからも比肩する人物は現れないでしょう、きっと・・・。

そんな空海の叫びは『理屈じゃない、まず飛び込め!』だったが、現代の我々は立つ前に座る事から始める、理論武装してからじゃ無ければ行動を起こさない。

せっかくの夢の情熱も熱い時に立ち上がらなければ、醒めてしまい壮大な夢だってつかむことは無理なのです。

空海が嫌い飛び出した貴族の管理社会、それと同様に成ってしまった現代の管理社会に必要なことは空海の至言がお似合いで『まず飛び込め!』という果断さを現代に。

空海が直面した問題と時空を超えて直面する我々現代人は、登場1200年後の今また日本のレオナルド・ダ・ヴィンチこと空海の至言を、浮上させることに成ったようです。

密教の曼荼羅の中に森羅万象を織り込んだ智慧には、コンピューター社会で心が乾ききった我々を癒す秘められたエネルギーが閉じ込められているのです、気という力が。

波乱万丈の空海の生涯はエネルギーに満ち満ちていて、空海の書に集約されて現在その価値は一字一億円?ともいわれているのですから驚愕する。

いったい、どれだけ強力な気が発せられているのだろうか?

先日記述した禅の円相をもとにシリカ・ブラック(神明石)から創作した『幸せの和』というものを手に入れたが、それは凄いものです。

強烈なパワーは即実感でき、水・石・墨・禅書・人の潜在能力が五次元パワー・究極のパワーを引出し時空へのウインドゥーを開け放つように、空海とリンクできる気がするネ。

(書道においては、空海は平安の『三筆』の一人に数えられるが、そんな空海とリンクできるなんて素晴らしい・・・。)

昨日届いたが、パスケースを買いに行った帰りに三枚ほどあげてしまったがまだあるので大丈夫、まず、与えることから始めなければ進まないのですから良かった。

承和二年、六十二歳で永遠の眠りについた空海。
凡夫は永遠に流転輪廻を繰り返す。

しかし、生の始めと死の終わりを見た空海は輪廻転生を超越した。仏陀となった空海は静かに高野山に眠っている。



『秘蔵宝鑰』より。

三界(この世)の狂人は狂わせることを知らず。

四生(生きとし生けるもの)の盲者は盲なることを識らず。

生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、

死に死に死に死んで死の終わりに冥し。


夢をつかむために、まず飛び込む、そこからだネ。





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最終更新日  2004年12月08日 15時46分41秒
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