・・・新年の走り出しは明るく穏やかな事になった・・・予報では冬の嵐だと言われていたがうまく回避したのだろうね、良かった。
・・・昨年来の混濁から体中に得体のしれない毒が廻っているようで、今年は解毒からはじめなければ体がもたない?と言いつつお酒に体と心を揺らせている・毒はいけないネ。
つまり「むさぼる」「怒る、憎む」「愚かな」ことであり、ニンゲンにとって明白なる三つの大毒であると。
今も昔も、世の中の乱れや人の騒々しさはすべてここから発しているようです。この三つの毒さえ取り除くことが出来れば、大海の水も澄むだろうし世も太平に静まるのだろうが、千年万年も昔から今日に至るまで、貪欲な心は燃え盛り、怒りと憎しみの心は燃え立ち、愚かな心はヨドミ停滞して手のつけようもないありさまになっている。
けれど、ここで古い仏教の「三毒の説」をくり返して、貪るなかれ、怒るなかれ、愚かなることなかれ、なんて言って念仏のように唱えた所で、一瞬に己の心の曇りが取れるわけでもない、哀しいけれど・・・。
出来ないけれども知っておくこと、世の騒乱の本となって蔓延っている「三毒」の実体を少しでも捕らえることで、軋轢を減らすことができる?のかも知れない。
ところが、実際には今も昔も同じ、昔も今も同じなのです。ニンゲンが何代かでソウソウ変るものでもないし、いまは昔とくらべものにならない、というのは今の人の自惚れで、昔より今という人は昔を好む人の思い込みなのですし。
昔の人だってそんなに愚かだったわけじゃないし、現代人が昔には無かった問題だと思っていることも、実は何百年も前から問題になっていないとも限らない。
また、いまだって必ずしも昔に劣っているわけでもないし、昔はコンナ優れたモノがあったけれど、今はコレに到底及ばない?という言い方もできないのです。
で、仏教の「三毒」を克服するのは、ニンゲンが賢くなるしかない永遠のテーマなのですから、今昔、新旧の問題じゃなさそうですし、仏典を読んだり、お坊さんに訊いたり、各自修行して身につければよいことなのでしょう、タクサンのツールもマニュアルも出ているのですから。
逆に今、現在の「三毒」とはどんなものなのか?を、酒を呑みつつ、アッチこっちの本をメクッテは、ア~でもないコ~でもないと愉しみつつ考えてみた。
そして暫くいろんな人に話を振って見つつ、好い加減なところで容ができたようです、が、いい加減なヒトがヨッパラって適当な思いつきで肴にしちゃったんですから、まぁ、しょうがないですがこの三つがでたのです。
『老毒』『壮毒』『自覚毒』の三つが現代の「三毒」だとの一致をみたようです。
1、『老毒』は、人生に必要な冒険心を忘れる。
2、『壮毒』は、若さゆえ力瘤を入れすぎて自滅する。
3、『自覚毒』は、何もわかってないのに悟ったような錯覚を起す。
と、老いも若きも、現在のこの「三毒」は今昔、関係なく仏教の三毒と同じに昔からあったのじゃないかとの話も出たが、そうだろうとも思う。
昔もコレラの毒に侵された者は、ゴキブリとかボウフラのように多かったに違いないし、次々と増殖したことでしょう「三毒」を栄養に。
それとも、『時世時勢で髷の結い振り』という句のように、時流とともに世の姿が移り変わり、現代だけがコンナ毒におかされた者が多いように見えるだけなのか、ドウダロウカ?
あらゆるヒトを困った人に変えてしまう、コンナ『三つの病』に侵されないように、と、思うだけなら誰でも出来るし・・・・・・・ネ、どうしましょう。
「謙譲」「捨棄」「聡明」で中和できる・・・・・カナ?。
・・・三毒・撒毒・惨毒、迷惑な毒が多すぎる今日この頃です・・・。
・・・酔っているネ・・・、酒か、女か、夢か、アトモスフェール・・・。