梅雨時のような湿気がでてきたが雨だろうね…。
キリスト教思想家・内村鑑三の書いた『代表的日本人』は、新渡戸稲造の『武士道』、岡倉天心の『茶の本』と並び、日本の文化・思想を海外に紹介する為に英語で書かれた著作として知られている。
日本人が成熟した独自の精神世界を持っていることを、五人の日本人の人生を通して伝えようとした。
その巻頭を飾るべく選んだ人物こそ、西郷隆盛だった…。
他の四人は、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人、だった。
内村いわく、聖アクィナスの謙遜をもってしても、このわが西郷の謙遜にはおよばなかったでありましょう、と記した。
また、内村は西郷のことを『最後のサムライ』と呼んでいたのです。
内村が自信を持って紹介した西郷隆盛という人物が、一世紀後の現在に於いても尚、日本と世界への影響力を発揮している事は、映画『ラスト・サムライ』が2003年に上映され西郷をモデルにした「勝元」生き方が世界中に深い感動を与えたことで証明されている。
西郷の人生と思想は突き抜けていて尋常ではない、欧米人・日本人にとっても至高のものでもあり、遠く離れるものでもある。
けれど同時にそれは日本人の精神性を純粋に結晶化したものでもありながら、どの民族にも受け入れられる普遍性をあわせ持っているものだ。
おそらくそれは、人智を超えた何ものか、西郷はそれを「天」と表現する敬虔な気持ちと、人類に対する無差別・無定量な「愛」が存在していたからではないか・・・と。
言行録、「南洲翁遺訓」の中には、
道は天地自然の物にして
人はこれを行うものなれば
天を敬する目的とす。
天は人も我も同一に愛し給うゆえ
我を愛する心を以って人を愛するなり
と、言い切っているネ・・・また。
人を相手にせず
天を相手にすべし
天を相手にして
己を尽くし
人をとがめず
我が誠の足らざる所を尋ぬべし
・・・このような言葉が散りばめられていて、その思想は儒教的な倫理観を越えて、むしろ宗教的でもある。
『敬天愛人』の言説がそれを証明してもいる。
明治維新の当時、幕府側を代表して対峙した勝海舟は、
「あれは政治家やお役人ではなくて1個の高士だ」 と語っている。
高士とは、人格高潔、志高く、節を持すること堅い有徳の士をいうのだが、海舟は言い放ったと言う。
勝海舟をして、その胆力と学識で幕府の最後の切り札とされた人物だが、勝の西郷評はまさしく「英雄は英雄を知る」、それが相応しいだろう・・・。
〈 命もいらず名もいらず 官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり この始末に困る人ならでは艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり 〉
そんなふうに周囲に語った通りの人生を西郷は生きた。
・・・西郷隆盛の無私な精神は、かつて人間の到達した一つの頂点である。
明治天皇からの信頼篤かった西郷、島津藩と薩摩隼人、厳しいシラス台地の風土が強靭な精神力を育んだともいえるだろう。
それは維新期には驚くほどの人材を輩出したことを見れば、維新と同時に日本の奇跡だろうネ・・・。
その器量において巨大すぎるがゆえに、とらえどころがないといわれるのが西郷隆盛。
これからも更にまた、語り継がれることだろう。
・・・平成維新などと嘯いているどこかの政党・・・笑止千万の極みだろう・・・。
比べることすら不敬だろうネ、反省あるのみだ・・・。