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30日に行われたびすた~りの桂ピアノ2周年コンサートレポート、お待たせしました。
長町びすた~りのピアノちゃんは本当にいい友達です。長町の住人になってからみんなに出会ってだんだん存在を知られるようになりました。たくさんのピアニストと交流して、ピアノちゃんにも色々な春夏秋冬があったことでしょう。
2周年のお祝いは、杜の星座の2周年とも重なり、2年がかりで取り組んだチャイコフスキー四季とコラボした 「光の輪」全曲の演奏でした
ピアノと朗読とアートが存在感を持って合わさったところに、お客さんとスタッフの人数分の心臓から湧き出る生命力が合わさって、ど迫力の集中が生まれました。もちろん、私は、またまたぼ~~~っとしてしまいました~~~。
すごいよ、これは!!かなり!!
いつも思うことは、 人間の想像力の始まりの始まりはどこから生まれるのだろう??ということ。
ピアノの音や朗読の声やアートの色や、というものは、ずう~っと最後の方で形になったものだ。始まりの中の始まりに、どこかに何かの一点があるはず。その一点さえ、う~んと目をこらすと、またまた始まりの始まりがあるはずで、、、あ~、きりがない。
のですが、なにやら、その、始まりそうな予感、というか、いよいよだ~、という期待中の気持ちでいるとき、 身体のなかで、絶対何かが起こっていると思う。
それは、現実の世界の制約を越えて、どこまでも自由で限りなく、絶対よいものから発生していると感じるんだ~。
光の輪の詩の中には、一曲ずつ何度も聞いてそのつど思った言葉を詩にしたのですが、12か月を丸ごと鑑賞すると、その「始まり」の周囲にある「創造されたもの」にどっぷりとかこまれちゃって、 一層その「始まりの始まり」が意識されていきました。ずんずんと、その中心にひきこまれる~~~
自分の中の始まりをもっと知りたい、とか、触ってみたいとか、感じてみたいとか、さらに、たぶん、そのものになってみたい感じでしょうか。
全ての表現はその想像力の一点から始まっている。
ピアノちゃんも音楽も、全て、形のあるものがそこにあるから、存在を見ることもできるし対話もできるし、自分の位置も確認できます。かたちのないところから生まれたわたしたちが、形を通して形のないものがあることを知り、もういちど形のないものに戻るための切符のようなものだ。
始めと終わりはどっちもかたちないのだけれど、ぜんぜんちがう。 終わりにある形のないものは永遠になくならないもの、になっている。
ピアノちゃんと友達になったおかげで、2年後の私はそんなことを考えていられる。
寒い冬なのに、雪なのに、風邪がなおったばかりなのに、始まりの不思議を考えている。
雪に反射する日差しは少しずつ春めいている。
また光の輪が生まれる。時間が流れる。細胞が変化する。見えなくても刻々と動いている。あ~、生きているって不思議。生きているってすごい。うれしいなあ~、とつくずくと感動した一日でした
ほんと、スンバラシイ 「光の輪」コラボ!!なんとCDになる予定です。 絶対絶対、オススメーーー!!期待して待っていてくださいよ~。
そして、ピアノちゃん、これからも、いい仕事しなさいよ~