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2006年01月17日
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カテゴリ: 出来事
今日は、1995年に起きた「阪神淡路大震災」から11年目。
その日神戸にいたわけではないが、6000人以上の犠牲者を出した近年最大の災害を決して忘れることができない。

その後、ぼくは5~6度神戸に行っている。
最初は震災1~2ヶ月後で、まだ大阪から西宮あたりまでしかJRは運行しておらず、その先に行くまで、リュックを背負って延々と家屋が崩壊し瓦礫に埋もれた道々を歩いて、神戸の中心地まで行った記憶がある。
その間にもう1回行っているのだが、そのときは新長田の駅前の焼け野原のような跡地を目の当たりに見て、ショックを受けたのを憶えている。
そう、 「男はつらいよ」シリーズ48作目 の最後のシーンに出てくるあの場所である(観てない人はわからないかも知れないが・・・)。

その後も何度か仕事で神戸に行き、日に日に街は復興していくのを感じてきた。
確かに神戸の中心地である三宮、元町あたりは賑やかさが戻り、12月のルミナリエのような華やかな催しもされるようになって、震災は過去のものになりつつある。
しかし、本当に過去のものになったのだろうかと改めて問うてみたくなる。

昨年のちょうど今ごろ、僕は神戸の地にいた。
10年前のあのときの衝撃を拭おうとして・・・。
場所は新長田駅前の例の跡地。
すでに10年経ったこともあって、街は整備され静閑な住宅街へと変貌を遂げていた。
しかし、街にはなぜか活気がない。
土曜日なのに人影もほとんどなく、住宅街とはいえ当時の爪痕のように更地が点々と残っている。
震災前は商店街が立ち並び、生き生きとしていた街の姿は今はどこにもないのである。
その後駅前の喫茶店に入ったが、お客はほとんどが高齢者の方ばかり。
駅前の広場を行きかう人たちもまばらでどこか寂しげな感じが漂う。

その夜、神戸の知り合いと三宮で飲んだとき、彼はこう言った。
「あの街(新長田)にはもう足を踏み入れたくない。
 今でも震災の後遺症なのか足に震えがくるんです。」

未だに震災の傷跡を残している人々がいて、街が、暮らしがある。
震災の教訓は何だったのかを汲み取り、大災害に備えることは当然のことであるが、もっとも大切なのは、ひとりひとりの命の大切さと被害を受けた人々の「こころ」を感じとることではないだろうか。

また寒さが戻りつつあるこの時期に、そんなことをふと考えた。





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最終更新日  2006年01月17日 21時27分12秒
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