Blog de afutura

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April 7, 2026
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カテゴリ: その他
母親の有料老人ホームから電話があった。
「最近食が細くなっている。声量も小さい。バイタルに異常はないし病気というわけではない。ただ、医者と今後の話し合いをした方がいいと思う」と。延命医療に関する意思表示はすでにしてあったので、月2回の主治医の問診日にアポを取り、電話を切った。

その日の晩、母は亡くなった。
就寝後、施設の方が気づいた時にはすでに息をしていなかったらしい。夜中にその旨 連絡があった。救急車を呼んだものの、年齢や現場の状況、持病を考慮し、病院には運ばなかったようだ。近所に住む弟も駆けつけたが、死に目には誰も会えなかった。
施設に到着した主治医によって死亡確認がなされ、死亡診断書が書かれた。死因は老衰だった。

母はコロナ禍で内臓の手術をして要介護となり、さらに2024年に大腿骨骨折で歩きにくくなって時間が経ったからか、自分でも不思議なくらい衝撃も動揺もなかった。悲しい気持ちも湧いてこなかった。もちろんホッとしたわけでもない。生前⚪︎⚪︎しておけばよかったというような思い残しもない。
"無に近い感じ"だ。

生前は、3月上旬に会ったのが最後だった。せっかく活動範囲が広がったのに、きっと今年の桜も見ずに逝ったのだな。


葬儀会社に移送された母に会う前に、老健の父親に報告に行った。
父は昨年10月に母に会ったのが最後だった。六十有余年の伴侶である。その死を取り乱すかと思ったら、現実を受け止めきれないのか、理解しきれないのか、「(自分の体調を考えれば)葬式には行けない」「俺より若いのに老衰とは」「あとは色々任せる」と、淡々として言葉少なだった。そんな中でも「お金がないから家を貸せ」とか「カバンを無くした」とか言い出すところが、回復基調とはいえ脳機能障害なのだろう。(翌日、老健に確認したら「元気がない」とのこと)


その後、葬儀会社で母と対面した。
エンバーミング(遺体衛生保全)された遺体は初めてではない。そしてエンバーミングは肌に独特の艶があるものだ。ただ、母はもともとシワも少なく若作りだったので、とても87歳には見えない。50代と言ってもわからないだろう。
母は穏やかな顔をしていた。眠りながら逝けたならいいのだが。
髪を撫で、冷たい手を握った。どうもありがとう、お母さん。


コロナ禍以降、冠婚葬祭は本当に多様化した。葬儀会社と打ち合わせをしたが、初めてで分からないことばかりだ。喪主は自分が務めることとした。限られた時間で、色々判断していかねばならない。
ご近所には連絡したが、葬儀の出席者は基本的には親族だけだ。

高齢な両親がいつどうなるかわからないとは考えていたので、事前に葬儀に対する予備知識は入れていた。ただそれでも(場所柄もあって)葬儀会社の選択肢はあるようでない。火葬場はもっとない。
ベースとなる葬儀プランを決め、オプションを追加していくと、家族葬でも本当に二百万円は楽に超えるのだな。最後だからきちんと送ってあげたいという意識も当然あるから、供花の追加とか、遺族ならすると思う。

ちょうど娘の新しい門出である入学式が控えていた。弟とは"日程は生きている人優先で"、で落ち着いた。六曜や火葬場都合もあって、母の死去と葬儀の間に入学式が挟まる、下がったり上がったりの日程となった。

これから葬儀となる。
どうぞ無事に母を送り出せますように。

式が終わってから、役所の手続きも、金融機関対応も、相続も、この後の法事も、とにかく色々ある。墓も買っていない。
一つ一つやっていかなければ。





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Last updated  April 7, 2026 12:00:08 AM
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