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2009年05月12日
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 信長の生来持っている気質の優れているのは以下のようなところです。
企画力〈D-53〉 ものごとの計画を立てる能力に優れている人です。
営業力〈D-57〉 財産上の利益を目的とした活動、いわゆる商(あきな)いのできる能力。
決断力〈E-58〉 ものごとを種々の考察のうえできっぱりと決めること。
組織力〈E-59〉 繋がりのない個々のものを、まとめ上げる能力。組織をまとめる能力。
機転力〈E-64〉 物事に応じて機敏に、咄嗟(とっさ)に変更できる能力。
向上心〈E-67〉 より優れた状態を目指そうとする心。
気概心〈E-68〉 困難にくじけない強い意気・心持ちです。
念願力〈E-69〉 心に願う事。必ず実現するとの思い。
挑戦心〈E-70〉 チャレンジ精神。
 しかし、心の大きさ(1B)I・D(1)は闘争心強く、自己中心的で人を支配するのは仕方がありません。世間のうわさ通りの『うつけ者』でした。

 信長のI・Dが(3)になる契機は信長19才のとき、
天文22年(1553年)、信長の教育係であった平手政秀[心の大きさ(2A)・ID(3)]が自害したことです。これは、奇行が目立つ信長を諌めるための諫死であったと言われています。信長は嘆き悲しみ、沢彦和尚を開山として政秀寺を建立し、政秀の霊を弔いました。この出来事をきっかけにして信長の向上心にスイッチが入り、「政秀のためにもしっかりせねば」と性根を入れ替えたのだと思います。

 翌20才で信長のI・D(3)となり、
思慮分別心〈C-16〉 (しりょふんべつ)注意深く考え、わきまえること。
責任感〈C-17〉 任務(責任)を重んじてそれを果たそうとする気持のことです。
自 信〈D-30〉 自分の能力や価値を確信して信じて疑わない心です。
適材適所力〈E-65〉 人材を上手に使いこなせるか。などが発現されます。
 そして、何より良いところは理解力〈C-12〉が備わり、人の気持ちや立場がよく分かるようになったことです。その結果、闘争心は抑えられて、自己中心的でなくなり、人を支配するのを止められたことです。精神性・人格が向上します。

 信長26才のとき、永禄3年(1560年)桶狭間へ4,000人の軍勢を整えて出撃し、今川軍の陣中に強襲をかけ、総大将の今川義元を討ち取ったりして自信をつけた信長は30才でI・D(5)と絶頂を迎えます。

 永禄10年(1567年)、斉藤道三の息子、斎藤龍興を伊勢国・長島に敗走させ、美濃国を手に入れました。
 こうして尾張・美濃の2ヶ国を領する大名になったとき、信長は33歳でありました。このとき、井ノ口を岐阜と改称しています。 また、この頃から『天下布武』の朱印を用いるようになり、本格的に天下統一を目指すようになりました。信長が22才のときに権勢欲がでていますが、いよいよ念願の天下統一に向けうごきだします。

 I・D(5)では優れた人格者の様子が見られます。
気遣い心〈C-9〉 あれこれと気を使うこと、心使い、気掛かり、心配なこと。
丁寧心〈C-10〉 注意深く心が行き届くこと。人を手厚く、大切に扱うこと。
気が利く心〈C-11〉 (きがきく)その場に応じた適切な判断が素早く出来ること、心が行き届くことです。
親切心〈X2-18〉 人情に篤く、真心(まごころ)があり、心使いがこまやかで配慮の行き届いていること。

 信長本来の資質に加え、人への心遣いや配慮ができるため人が集まります。
人望が出来てきて、おのずから統率力〈B-30〉 多くの人をまとめて率いることができる能力・リーダーシップ。 が発揮されます。

 戦国時代は自由に主君を選ぶことができるため、将たるためには人望が大切な要素になっています。人格が低ければ、自分が仕える値打ちがない人と見なし、力のある武将などはすぐに離反していきます。
 忠誠心は江戸時代に説かれたのであって、戦国時代は己(おのれ)の力量をためすべく、自分の力を発揮させてくれる人を大将とする風潮・時代です。

 信長がリーダーシップを発揮できたのは、領土を分け与えるなど気前がよかったり、戦が上手だからではなく、また人を使うのがうまかっただけではありません。
 その人の力量を見抜き、力を存分に発揮させる器量がある、優れた人格者だったからです。少なくともある期間だけですが。

 信長は、20才から38才までの18年間I・Dの向上が見られるものの、心の大きさが(1B)のままだから『仮性人格者』でした。 ・・・・続きます。






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最終更新日  2009年05月12日 10時42分35秒
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