輝き煌めくカオス

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はるみちゃん


 男は男らしくたくましく、女は女らしくたおやかにと思っていた私にとって、我が店に六本木の”ニューハーフ”の楚々ととした人達が出入りするようになったのは、大事件であった。五体満足の男に生んでもらっているのに、胸をふくらませパイプカットまでして、性転換している人がいるのだから驚きである。
だがその中の一人「はるみちゃん」だけは、外の人とちょっと違っていた。男でも大柄な、身長一七六センチ体重九二キロの体に、ワンピースを着たお腹は、臨月の妊婦を思わせ、家の店員さんは、しばらくの間本当に妊娠した人と間違えていたほどである。私は、整形をして胸をふくらませ、女装をして女の人よりもっと女らしい仕草をする彼女?を見て呆気にとられた。たくましい体をしているはるみちゃんが美しい指輪をはめると、うっとりと夢みる瞳をして「やっぱし女ねえー、たまらなくなるの」といって指輪にほれこむ。そして「パパに買ってもらうわ」と、息をはずませて帰って行く。
 はるみちゃんには彼女より若くて長身で、顔だちのりりしい旦那さんがいる。私は会うたびに「もっと若く美しい娘と世帯が持てる人なのに、どうして」と思う。そんな美男の旦那さんだから、はるみちゃんの献身ぶりは涙ぐましいもので、彼の好きな献立を調えるために、寒い日も暑い日も、重い買い物籠を下げて走り回る。歌も踊りも上手なはるみちゃんは、ニューハーフの売れっ子で収入も多く話もうまく客あしらいも抜群である。旦那もそこにひかれているのかもしれない。しかし、私ならいくらかせぎがよく、サービスがよくても彼女と世帯を持とうとは思わない。やはり、どこか誰か狂っているとしか思えない。
 話術のたくみなはるみちゃんはよく話をする。六本木の店がはねて帰宅途中、男らしい長距離運送のトラックの運転手に声をかけられ、意気投合して車に乗せてもらったが、箱根山中で押し倒され男と分かったため、びっくり仰天した運転手に降ろされてしまった。
「お父さん聞いてよ、山の中で降ろされちゃったのよ、髪はバラバラ服はボロボロ、いくら手を上げても全然車が止まってくれないのよ」
「そりゃ真夜中、だれだって気持ちが悪くて止めないよね、それでどうしたの」
「仕方がないからハイヒールをぬいで三時間も跣足で歩いたわよ、どこかの別荘の管理人を起こしてタクシーを呼んでもらって帰ってきたの」
 はるみちゃんは際どい話を、あっけらかんと語り、聞いていた人は全員、涙を流して笑ってしまった。
「もう男はこりごり」
と、はるみちゃんは言った。
 その時、店の前を格好のよい男の子が通った。すかさずはるみちゃんが、
「ヘーイ、彼氏」
と声をかけた。私の店も品が悪くなったものだ。なにしろ彼女は理性では分かっていても体がいうことを聞かないという。
 戦後すぐ、私は信州の小諸の友人の家に行ったことがある。その時、銭湯で不思議な人をみた。我々は軍隊で湯の中に手拭いを入れることを禁止されていたから、習慣で折りたたむと頭にのせ股間をてでおさえて這入った。ところがその人は胸と下腹部に二枚、大きなタオルを当てて這入ってきた。そして洗うときも隅の方でタオルを当てたままであった。私はみないふりをして一生懸命見た。体は筋肉隆々として均整がとれ、顔も整った顔であった。痩せてあばらの出た私の方が胸をかくしたいほどの体である。ただ動きが女性的なのだ。跡で友人に聞いたところ、ふたなりといって性器が両方についているのだそうだ。体つきは男みたいだが、性格は女で、男の人にほれる。戸籍は男だから勿論、徴兵検査もうけたが即日帰されたという、今なら、すぐに手術をうけて立派な女性に生まれ変わっただろうが、敗戦時の混乱の中では只、好奇心の対象でしかなかった。
 神様も罪なことをなさる。満足な体なのに異性が愛せなくて同性に恋する人や、両性をさずかって悩む人がいるということは・・・。私は、はるみちゃんと会うたびにいつも頭が錯乱するのである。   S62・5.1記

次回は「もてなしの心」です。この本は近代文藝社発行でいまは在庫はありません。
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