かつて、かいじゅうたちの本棚があった。

2026年02月18日
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2023年のお正月に救急車で病院に運ばれてから、今年2026年のお正月で、まる3年が経ちました。
脳出血は再発が多いから気を付けてね、と入院中もよく言われましたが、反省して生活習慣を変えたおかげか、今のところは無事です。書いておかなくては、と思ったのは、退院後2年半が過ぎた去年の秋に訪れた
鬱々とした気持ちのことです。脳出血の前にも後にも、あれほど気持ちが落ち込んだことはありませんでした。そもそも、私は楽観的過ぎて、落ち込むことなど、かつてなかったのです。だから、正確には2年半経ったころだけど、キリがいいので3年で記録しておきます。



私は、自分の現状を理解するまでに2年半を要したようです。

今回ブログを休む前に書いた「まわる虫」という10月終わりの日記に「まわるのもやめそうな元気のない虫」に自分を重ねてしまったと書いたのですが、もう、とにかくそんな感じ。
それは、自分をただの地上の生き物の一種類と自覚して、その生命活動を終えることを覚悟したということです。そして、自分のしてきたことが、ただぐるぐるまわる以上の何か価値のあるものだったのか、むしろ子どもたちにとって、害を与える存在だったのではないか、と考えて考えて、もう私はここで布団をかぶって「死んだふり」をしているくらいでいいのではないかと泣きました。何もできないなら暖かくなるまでは静かにしていたほうがいい、と考えたのですね。でもそうやって文字にしておいたおかげで、それが急に寒くなった秋のことだった、とわかります。

そもそもタイミング的に、真ん中のネコスケが4月から博士課程に進もうと、末っ子のクマは教員として働こうと進路を定めた時期でした。そうです、どちらも、世間一般ではクルシイ!ジゴク!と言われる進路ですから、元気なときでも、母親なら心配になるところです。あげく、自分自身の「できない」道程を振り返ったのですから、ひとたまりもありません。脳出血で倒れてから、私は自分の身体の左側が不自由になっただけ、と考えていましたが、このころ、頭の働きにもできないことがいくつもあることに気付きました。それは、脳から血が出て損傷したから、できなくなったのか? いや違う もともとたいがいのことが満足にできていなかったんだ。最近特性を自覚した、と書いたのはその辺。ただし、このあたりのことは、「大丈夫。頭の中を整頓して復活するから」と旦那ちゃんに宣言して、いまはすっかり元気です。

ひとつひとつ、なぜ大丈夫なのか、自分を納得させていきました。私自身が、綱渡りのようになんとかこなしてきた学校生活を今まさに過ごしている彼らが、ある日突然、自分のできないこと、苦手なことに気付いたら
きっと、とても困るし混乱するのでは、と心配しました。子どもたちが、こころをとにかく強く保たなくてはいけないこのタイミングで、そんな思いをさせるなら、母親の私の特性のせいでは?と堂々めぐり。遺伝してるかも、だし。考えなしに無責任に産んでしまったから、わるいのは全部私だ。

うん、そしてその頃、元気に日常生活を送っている人と話したい、と、妹にメールしたり、長男のワンにラインしたり、とにかく前を見て着実に歩みを進めている人たちに頼りました。ユキちゃんには、日に当たりなさい、と。ワンには、たのしそうなゲームをさがしなさい、と言われました。それらのアドバイスはしっかり実行しました。ひとりで黙って我慢しません。施設の職員さんにも相談して、そしたらしばら〜く心配されました。「やせたんじゃない?」「ごはん食べてる?」首の後ろを温めるといいよ、自律神経が整うよ、とか。みんなに相談して、脳外科の主治医の先生にも聞きました。「冬季ウツでは?と思ったんですけども」う〜ん、鬱の薬はめまいがひどくなるので、おすすめしません(片麻痺の人には特に)。「そうですねえ。大丈夫。暖かくなったらよくなると思います」
そして、布団をかぶって暖かくなるまで「死んだふり」をするがいいか?と聞かれて「いいよ〜」と快諾した旦那ちゃん、「こんなに元気な鬱患者はいないと思うよ?」「うん、あたし全然、死にたくないの!」
希死念慮というのがあるというけれども、寝るのも食べるのも何も問題なくできるので。眠れないとか、食べられないとか、まったくありません。やっぱり気の持ちようだよね、と。バカ過ぎた、あたし。
何だろう、たぶん、そういう脳の作りなんじゃないの?鬱になる機能がない、とか。(なんだよ、それ)

あ、そう。心配は、相手を信頼していないから生まれるんです。これは心配される側としての実感。
私は、ネコクマをそんなに信用していないのか?それはない、世の中で最も頼れる人たちだ。
どんなに苦しい道であっても、彼ら自身が選んだ道なら、そこを行くだろう。
だし、苦し過ぎて死にそう!なら、その道を逸れることもしっかり考えるだろう、それも信頼できる。
決めたことを簡単にやめるな、とか旦那ちゃんなら言いそうだけど、そんなのは命を再優先する歴の長い母親の私が全力で止める。だし、彼もいいかげん私の話を参考にするようになってきたし。
実はワンのことも心配して、それ以前に何度か連絡したのだが、うるさがらずに
安心できる返事をくれる。ほんとにいい子に育ったものだ。誰の子かな、あたしだよ!
母親の私がどんなにできなかろうと、彼らは彼らの力でここまで進んできたし、この先も進んでいくだろう。

それで。
これから、元気になるまでの思考の流れをひとつひとつ書いておこうと思うんだけど。(ネタにするのかw)
何かの役に立たないとも言えない。
今回は、長いからもうやめるけど、ひとつ。前のタブレットのネット接続機能が壊れたらしいんです。
それで、旦那ちゃんが、アイちゃんの調子が悪いのは、文章を書けなくなったからでは?と
コナンくんみたいな推理力を発揮して、新しいタブレットを買ってくれました。3代目、これ。
ムダ遣いだしいらないって言ったんだよ?彼にとって、電化製品は別腹らしい(日本語おかしいんだよな)
まあ、それもなくはないと思うけど、新しい機械なんていじる元気、今ははないよ、と寝かせて1か月以上経ち、さすがに脳内が渋滞してきたし回復したので書くことにしました。
ブログの存在を家族みんな知ってることになるけど、子らは忙しいし、旦那ちゃんは、役にも立たない長い文章なんて読むのはごめんですよ、なので(ほんと意味わからんよね)私の身に何かあったときのために残しておきます。
クマに怒られないようなものを書きたいな。長いじゃん。学習しないな。

今朝の「ばけばけ」おもしろかった。
あやしさしかない荒金さん、いい人だったじゃん、そして有能だ。
「まさか儲かるとは」とアンチ司之介の旦那ちゃんもびっくり。
私は、錦織さんの弟さんが、後に工学博士という史実を押さえたおくまちゃんとの会話に感心。
ほんとによくできてるなあ。まあ、そうだな、車夫の永見さんの「不器用ですが」がしつこくない?と
思ったくらいかな。あれは何度も必要なの?何にしても明日が楽しみ。
焼き網、どうしたんだと思う?は何でも予想して見ろ、のうちの習慣。思いつかない。
旦那ちゃんが言うには焼き網がなければ白いごはんが食べられて嬉しい司之介さんのしわざでは?だって。どんだけアンチw つまんないでしょ、そんな展開。
そして、「そりゃ、書けないさ。錦織さんのその後が気になって気になって」は書けないヘブン先生を心配するおトキさん母子を見て私が言ったこと。 おわり。

おまけ:
変換が簡単だから漢字にするけど本文中の
やたら難しい「鬱」子どもたちは中学校で習っていました。
3人とも同じ漢字プリントを延々とやらされていたから、憶えてる。




大きくしてみた。私は書けません。書くならカタカナだな。なんか不穏な日記になったな。
TVerで「ゆとりですがなにか」が観られるので観ています。そのまえに「エルピス」も観た。
ではでは ぼちぼち書くよ〜






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Last updated  2026年02月18日 14時35分28秒
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