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入院3日目。出血はまだまだ大量。痛みもあるけど、薬が効いてる間は平気。もしかしたらいるかも、と思って入院前に買った産褥ショーツが大活躍です。朝の内診で「経過順調。明日退院」が決まってほっと一息。ダンナの仕事の都合で葬儀は明日になったから、できれば明日退院したかったんだよね。今日は明日の葬儀と退院後のお手伝いに母が来てくれるけど、夕方まで誰もいない。朝ごはんが終わったらテレビ見るか本読むか寝るしかない。痛みが薬で抑えられるととたんに眠い…あ~、体が疲れてるんだなーって実感。今までは痛くて眠れなかっただけだったんだね。時間が空いたときは持ってきた本を読んでることがほとんどだけど、すぐに眠くなってしまう。10時ごろに看護師さんが部屋に来た。今日昼過ぎに赤ちゃんを葬儀社の方に託すので、それまで二人で過ごしてはどうかという提案。実はnyagは、赤ちゃんと過ごす時間をたくさん持つのは嫌だなーと思ってた。せっかく諦めたついたのに、離れがたくなるじゃない。まあでもそんなに長い時間じゃなけりゃいいか、と思ってお願いした。二人で過ごすのは最初で最後なんだしね。綺麗にしてもらって、お花なんか飾ってもらった赤ちゃんはこの前より縮んで見えた…。LDRでは体を横向けることができなかったので、じっくり見れなかったけど、今回はちょっと触ったり色々話しかけることができる。「今回はお互い残念だったね。でも早く戻っておいで。私も体調整えて万全で待ってるから」そういうことを何回も念を押して言っておいた。あと住所もね(笑)結局1時間近く一緒に過ごしたかな。看護師さんが言うには、ちゃんとお別れができると気持ちの整理もつけやすいんだって。精神的に不安定になる人も多いんだろうなぁ。流産きっかけに鬱とかね。「なんで私が、なんでこの子が」という気持ちがないわけじゃない。世間にはもっと若くて、もっと望まない妊娠をした人がいっぱいいるのに。私には次のチャンスなんてないかもしれない。年齢が上がると更にリスクは増えていく。もし次に妊娠できたとして、また同じようになったら今度こそ精神的に叩きのめされる気がして怖い。これがnyagの本音。やっぱり他の妊婦さんが羨ましくて仕方ないのも本音。できるだけ前向きな気持ちで次の妊娠のことを考えるようにしてるけど、年齢だけはどうにもならないから…その焦りが目下の悩みかな。お昼ごはんの後、少しウトウトしていたら葬儀社の方が来た。赤ちゃん用と思われる棺に納めてみても、うちの子はあまりにも小さかった。花に隠れてしまうほど。「また明日ね」と声をかけて葬儀社の方に託した。初めて涙が出そうになった。
2009.09.30
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入院二日目。夜はおなか痛いしトイレ近くてほとんど寝れず。出血も多いし、夜用ナプキンのでかいヤツ持って来てて良かった。。。nyagは入院にあたり個室を選びました。個室以外もあったけど、産婦人科の病棟に入院するので多分妊婦さんと一緒になっちゃうし。しかもここの病院は母子同室。わざわざ幸せそうな新米ママさんやご家族を見たり、赤ちゃんのお世話してるとこに行くのもな~。こっちも気を使うし、向こうも嫌だろう。ってなことで、差額ベッド代は痛いけど自分もゆっくりできるし、付き添ってくれる家族も遠慮しないでいいから個室にしたけど、これで正解でした。一番リーズナブルな個室(それでもかなり高い…)だけどお部屋が広い!そして綺麗!付き添いの人の簡易ベッド置いても全然大丈夫。トイレも窓側にあって明るく広々だしクローゼットや棚も充実。洗面台もオシャレで、部屋の照明は間接照明がメインになってる。なんかホテルみたいでした。夜ももっと赤ちゃんの夜泣きとか聞こえるかなと思ってたけど、全然静か。たまたま妊婦さんが少なかったのかな?日中もあんまり騒がしくなかったし。お昼過ぎにはシャワー解禁。昨日昼から汗だく続きだったのでめっちゃくちゃ気持ちよかった♪でもまだふらつくのでイス有りのシャワー室を使って、ゆっくり入りました。実はこの日の朝、看護師さんから赤ちゃんについての説明をされた。妊娠4ヶ月以後の死産については、役所に届けをして火葬にしないといけないらしい。多分直接火葬場に行って火葬だけをお願いすることもできるんだろうけど、できたらお経の一つもあげてあげたい、ということで葬儀社に簡単なお葬式と火葬の手配を頼むことにした。動けないnyagの代わりに、役所に行くのも葬儀社の打ち合わせも全部ダンナがやってくれた。普段はあまりこういう手続きを積極的にやってくれる方じゃないけど、このときはすごく頑張ってくれた。ありがとう、ダンナ。ここらへんから少しずつお別れを意識しだしたかな?昼間もウトウトするけど、たまに襲ってくる激しい痛みで熟睡できない。夕方血圧と熱を測りにきた看護師さんに「ここ3日ほど痛くてほとんど寝てない」って話をしたら後から鎮痛剤を持って来てくれた。8時くらいに飲んだらすーっと痛みがひいて、今までの睡眠不足もあったせいか10時半あたりから記憶なし。この痛みってどのくらい続くのかなぁ…。
2009.09.29
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今日から入院。けど、病院から処置についていつ何をするかっていうのを聞いてない。自分なりにネットで調べたからラミナリア→陣痛促進剤ってのは分かってるけど…。ちょっと不安な気持ちのまま母親と一緒に病院へ。10時に入院受付して11時前には病室に入ったと思う。荷物を片付けて一息ついてたら、看護師さんが入院中の処置の説明に来てくれた。ざっくり言うと、【予定】本日:ラミナリア1回目→夕方ラミナリア2回目明日:陣痛促進錠剤→誘発分娩(もし規定量で夕方までに陣痛が起こらなかったら次の日に仕切りなおし)以後は経過を見て入院日程や処置を変更とのこと。母親と「今日の処置は昼過ぎくらいかな」なんて言ってると、11:30に看護師さんが呼びにきていきなりラミナリア。心の準備が全く出来てなかったので心臓バクバク。パジャマに着替える間もなく処置室へ。ラミナリアは痛い人とそうでない人がいるようだけど、nyagはかなり痛かったです!自分ではまあまあ痛みに強いと思ってたので、処置室の看護師さんが「ちょっと痛いけど頑張って!」と言っても「大丈夫ですー」って軽く流してた。でも、もう最初に子宮頸管を確保する器具を入れるとこから痛い。生理痛に似てるといえば似てるけど、もっと体の奥を何かでザクザク刺してるような…。見えないから想像でしかないんだけど、最初のラミナリア挿入がびっくりするくらい痛くて思わず「痛い!」といって腰を引いてしまった。すると先生から「動くと危険だから我慢して」と怒られてしまいました。それで恐怖心が沸いてしまったのが良くなかったのかな。脂汗は出るわ、唇噛み締めるわ、処置台握り締めるわで我慢するんだけど、力が入ると余計入りにくいそうで「力抜いて深呼吸してみてー」と言われても、ついつい力んじゃうんだよね。それに右足の甲部分を固定するベルトのマジックテープが外れてたから、足先じゃなく足の付け根に力入れて踏ん張ってたし。しっかり留めておいてよ~~~もっと力抜けば少しは楽だったかもしれない。でも結局30分もかかってしまって、踏ん張ってた足や腕がガタガタ震えてるし、ラミナリアの異物感と痛みでヘロヘロになりながら病室に帰りました。終わった後看護師さんに「ちょっと入りにくかったみたい。でも次は子宮口開いてきてるから少しはマシよ」と言われ、「もう一回あるのか…」と泣きそうになりました。病室に帰ると12時過ぎで、ちょうどお昼ゴハンが来たところ。母親と一緒にテレビ見ながらゴハンを食べた。1時半くらいにはダンナも合流。3人でおやつ食べたりお茶飲んだりしてたけど、だんだん正座しかできないほど痛みだす。断続的に激しい痛みが襲ってきて、しばらくふっと治まる。今から考えるとコレ思いっきり陣痛でした。でもそのときは促進剤入れないと陣痛は来ないって思ってたので、「今からこんなに痛くて、明日陣痛促進剤入れたらどんだけ痛いんやー」とまた泣きそうになってた。処置が明日まで続く予定だったんで、母親にはいったん帰ってもらうことに。5時過ぎに二回目のラミナリア。「またあの痛みか…」と戦々恐々としながら処置室へ。まずはラミナリアを抜いてエコー。子宮口は赤ちゃんの大きさ程度には開いてるらしい。「赤ちゃんがかなり降りてきてる。もう子宮口まで赤ちゃんを包んでる膜が出てきてるよ」とのこと。確かに画面でも、奥にいたはずの赤ちゃんが出口に向かって押し出されてきてる。「破水したら出てきそう」と言われた数十秒後、急におなかにすごいハリを感じ、お腹の中で「ポン」っていう衝撃があり、ザアッと暖かい液体と何かが股間に挟まってる感触。「ちょっといきんでみて」と言われたので3回ほど力を入れると「もういいよ」。これが死産の瞬間、5時20分でした。nyagはとにかく赤ちゃんに会いたかったんだけど、まずは子宮内の処置をしないといけないらしくて、処置室からLDRにストレッチャーで移動。色々準備があるらしくて、30分くらいかかったような気がする。ホントなら明日分娩予定だったもんね。。。やっと先生が来て子宮内の掃除。擦れる感じが痛くてつい「いたたたたた」と言ってしまったけど、ラミナリアの比じゃなかった。点滴をしつつ休んでいると、ダンナが呼ばれて入ってきた。しばらくすると、綺麗にしてもらった赤ちゃんがガーゼに包まれて入ってきた。12週目くらいの大きさで体長は6センチ。足を伸ばしても10センチ程度。なのに体のパーツがほとんど出来てることにものすごく感動した。さすがに鼻はまだだったけど、口・まぶた・目・耳。指はちゃんと手足5本ずつある。男の子なようで、ちゃんと股間に「らしきもの」があった。すご~くアゴが長くてシャクレぎみ。ちょっとダンナに似てるかも(笑)初めて出会った赤ちゃんは、すごく愛おしかったです。ちゃんと産んであげたかったなぁ。。。そのまましばらく親子三人で過ごせました。9時過ぎになってようやく病室に戻ることに。LDRを出てすぐに看護師さんと一緒にトイレへ。ここでぶっ倒れる人が多いらしい。ふらふらだったけどnyagはなんとかOK。点滴を引きずりながらポテポテ歩いて病室へ。部屋に入ると夕食がきてた。食べはじめたけど、段々気分悪くなってきて座っていられなくなってきたので横になって休憩。その間にダンナは帰宅。ほんとはもうしばらく一緒にいて欲しかったけど、おなかすいた帰りたいってうるさかったので帰してしまいました。こういうとこ、もうちょっと気遣いあってもいいのに…。結局ゴハンは半分くらい残してしまいました。その後もニュース見たり本読んだりしつつウトウト。2時間おきくらいにトイレに行きたくなるし、おなか痛いしで結局あんまり寝れなかった。あ~、これで3日連続睡眠不足。。。正直ここでもまだ実感ありません。夕方から色々ありすぎて興奮してるし痛いし。しばらくゆっくり眠れてなかったのも、冷静に色々考えることができなかった要因かな?でもお別れの時間は確実に近づいてきています。
2009.09.28
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いよいよ明日から入院昨日の昼くらいからチクチクとお腹が痛くなってきた~。軽い生理痛みたいな感じ。今までもたまにチクリと痛いことがあったけど、これだけ続くことってなかったなぁ。やっぱ流産の症状がでてきたのかも。おとついまでツワリあったのに「赤ちゃんダメだった」って聞いたら即反応?ピタっと吐き気も止まったし、自分の体ながら単純だなー。結局ひどかったツワリも「妊娠中はツワリがあるはず」っていう自己暗示だったのかなー、なんて今になってみて思うわ。昨晩には、お腹の痛みがちょっと重めの生理痛程度になってきてあんまり眠れんかった。朝8時前には起き出してトイレに行くと出血してる!妊娠中に出血したことなかったので、めっちゃ焦りました。大出血と同時に激痛で流産、ってよく聞くし。緊急入院ってことになるかもしれないので、まずは入院の準備(なんにもしてなかった)。荷造りしながら病院に電話を入れてみるけど、コレがなかなか繋がらない。やっと繋がったのが10時過ぎ。出血のことと腹痛について聞いてみると「出血は問題ないけど痛みが強くなってきたら入院病棟に連絡した上で来てください」とのことでした。コレ聞いてちょっと拍子抜け~。出血=大惨事ってイメージあったからダラダラ続くけど出血の量は多くないし、痛みも我慢できる範囲。そうこうしてるうちに、明日の入院や処置に付き合ってくれる母親到着。予定通り明日の入院でいけそうなので、いくつか足りないものや食べ物を買いに近くのスーパーへ。新しいパジャマと産褥ショーツ、生理用ナプキン(夜用)などを購入。産褥ショーツをマタニティコーナーに買いに行ったとき、当然だけど妊婦さんがたくさんいてすごく複雑な気分になった。素直に羨ましいと思ったし、たとえ赤ちゃん自身の問題だったとしても最後までお腹で育ててあげられなかったって挫折感もあった。すでに高齢だしまた妊娠できるかどうかとか、出来たとしてもまたダメやったらという不安とか。色々な気持ちが自分の中にあったけど、ダンナや母親の前でそれを見せて「可哀想に」って思われたくなかったし、辛いのはみんな同じだもんね。せめて何もかもが終わるまでは気丈にしていたかったので、変にテンション高め。まあお腹の痛みを忘れるためでもあったんだけどね…。結局母親と一緒にかなり夜更かししたけど、横になるとお腹の痛みが激しくなるのでその後もあんまり寝れなかったこの時も、これだけ痛みがあったのにまだ赤ちゃんとさよならする実感がなかったです。痛さや出血に意識が集中してしまったせいもあるのかな?いつ実感するんだろう…。なんだかその時が怖いです。
2009.09.27
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14週の妊婦健診DAY。3週間ぶりだし、そろそろ骨格もしっかりしてきたかなーと期待。総合病院に転院してからずっとだけど、とにかく待ち時間が長い!腰が痛くなっちゃうんだよねぇ。。。。やっと順番が来て内診開始。いつもはサラっと終わる内診だけど、今日は拡大したり角度変えたり。珍しく詳しく見てるわ。しっかし赤ちゃん見えにくいなー、前の個人病院のはハッキリ見えたのに!なんて心の中で文句を言ってると、先生が一言。「心拍が見えないね…」最初たまたま見えてないだけだと思ってた。そんで期待も込めて確認してみたけど、やっぱり心臓が動いてないってことだった。お腹の中で亡くなっちゃってたんです。それも数日前とかじゃなく1~2週間も前に。こんなことあるんだねぇ。もう4ヶ月目だったし安定期も目前だったのに。痛みも出血もお腹のハリさえなかったよ。昨日だってツワリで吐いちゃったのになぁ。入院や処置について説明されても、なんかまったくの他人のことみたいな気分。ぼーっとして実感わかない。その間にも入院のための検査はサクサク進んでいて、血液検査・心電図・レントゲンの合間を縫ってダンナに連絡。今からすぐ来てくれるって。月曜からの入院なので手続きが済んだら帰るだけ。何もやる気にならないので、途中で遅い昼ごはんも済ませて帰りました。ここからのnyagはとにかく眠かった。悲しんだりできないくらい眠くて眠くて仕方ない。良いのか悪いのか、眠たすぎて涙も出てこないよ。これが全部悪い夢で、起きたら赤ちゃんが元気に育ってるとかならいいのに…。
2009.09.25
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その「あること」とはnyagのミスから起こりました。動物病院に行こうとキャリーに入れ、自転車に乗ろうとした時バランスを失って転倒。コケた拍子にキャリーが落下。フタ部分が外れ、たまが逃げ出してしまったのです当時nyagんちの前には大きな24時間稼動の工場がありました。猫の逃げ込めそうな暗がりがいーーっぱい。ただ猫好きな人が多いらしく、たくさんの野良ちゃんが住み着き、夜中にゴハンをもらっているようだったのでその点は安心。すでに夜でしたが、工場の人に頼み込んでたまを探しに入らせてもらいました。2時間おきに探しに行くものの、探す場所が多すぎてヘトヘト。夜中に一度見つけたものの、興奮してnyagのことが分からない様子。助け舟を出してくれた工場の方にもビビって再度逃走少し時間をおいた後、朝まで探すもののたまは見つかりませんでした。次の日は仕事が終わってから少し仮眠を取ってビラ作り。100枚カラーコピーして、工場の人に渡したり近くのコンビニに貼ってもらったり周りの家に配ったり。夜中になるのを待って再度捜索です。夜中1時前、たくさんのコンテナを積み上げてある場所でたまを発見!逃げ出した場所から5メートルも離れてませんでした。昨日よりは興奮が冷めてきてるようで、声をかけると鳴いてくれました。すぐ家に戻って、いい匂いのする猫缶とトイレの砂を持ってきて、たまに声をかけてみました。ごはんの匂いに釣られてくれるかな、と思ったのですが、ゴハンには目もくれず自分でコンテナから出てきて必死にしがみついてきたのですすぐに部屋に戻って、たまの体を拭いてやり怪我がないか確認したのですがほとんど汚れもなく、ただ震えるばかり(このとき1月です)。ゴハンも食べずトイレもせず、暖めてあったコタツに一目散に飛び込んで死んだように眠るたま。たぶん逃げ出してからは一睡もしてなかったんだろうねこの逃走騒ぎの後、たまはベッタベタの甘えん坊になりました。立っているnyagの胸元に飛びついて抱っこを強要するほど、くっつくのが好きになりました。寝るときは布団に入り込んで、腕のつけねに頭をちょこんと乗せて寝るのが日課。 ←こんな感じにペッタリ貼りつくたまちんそんなたまを見るたび、本当に見つかって良かったと思いました。この出来事はたまにもnyagにも辛いものだったけど、結果としてたまとの硬い信頼関係を築くことができたようです。一時は「もう二度と会えないかもしれない」と思いつつ、出来る限りのことをした結果二日目に保護できたのはラッキーでした。ビラを見て「今○○に猫がいっぱいいるから行ってみたら?」とお電話をくれる方もいらっしゃって、本当に嬉しかったですでもそんなたまとの幸せな生活も長くは続きませんでした…。それについてはまた次回。
2009.09.09
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その「あること」とはnyagのミスから起こりました。動物病院に行こうとキャリーに入れ、自転車に乗ろうとした時バランスを失って転倒。コケた拍子にキャリーが落下。フタ部分が外れ、たまが逃げ出してしまったのです当時nyagんちの前には大きな24時間稼動の工場がありました。猫の逃げ込めそうな暗がりがいーーっぱい。ただ猫好きな人が多いらしく、たくさんの野良ちゃんが住み着き、夜中にゴハンをもらっているようだったのでその点は安心。すでに夜でしたが、工場の人に頼み込んでたまを探しに入らせてもらいました。2時間おきに探しに行くものの、探す場所が多すぎてヘトヘト。夜中に一度見つけたものの、興奮してnyagのことが分からない様子。助け舟を出してくれた工場の方にもビビって再度逃走少し時間をおいた後、朝まで探すもののたまは見つかりませんでした。次の日は仕事が終わってから少し仮眠を取ってビラ作り。100枚カラーコピーして、工場の人に渡したり近くのコンビニに貼ってもらったり周りの家に配ったり。夜中になるのを待って再度捜索です。夜中1時前、たくさんのコンテナを積み上げてある場所でたまを発見!逃げ出した場所から5メートルも離れてませんでした。昨日よりは興奮が冷めてきてるようで、声をかけると鳴いてくれました。すぐ家に戻って、いい匂いのする猫缶とトイレの砂を持ってきて、たまに声をかけてみました。ごはんの匂いに釣られてくれるかな、と思ったのですが、ゴハンには目もくれず自分でコンテナから出てきて必死にしがみついてきたのですすぐに部屋に戻って、たまの体を拭いてやり怪我がないか確認したのですがほとんど汚れもなく、ただ震えるばかり(このとき1月です)。ゴハンも食べずトイレもせず、暖めてあったコタツに一目散に飛び込んで死んだように眠るたま。たぶん逃げ出してからは一睡もしてなかったんだろうねこの逃走騒ぎの後、たまはベッタベタの甘えん坊になりました。立っているnyagの胸元に飛びついて抱っこを強要するほど、くっつくのが好きになりました。寝るときは布団に入り込んで、腕のつけねに頭をちょこんと乗せて寝るのが日課。 ←こんな感じにペッタリ貼りつくたまちんそんなたまを見るたび、本当に見つかって良かったと思いました。この出来事はたまにもnyagにも辛いものだったけど、結果としてたまとの硬い信頼関係を築くことができたようです。一時は「もう二度と会えないかもしれない」と思いつつ、出来る限りのことをした結果二日目に保護できたのはラッキーでした。ビラを見て「今○○に猫がいっぱいいるから行ってみたら?」とお電話をくれる方もいらっしゃって、本当に嬉しかったですでもそんなたまとの幸せな生活も長くは続きませんでした…。それについてはまた次回。
2009.09.09
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nyagは今まで太郎、茜、たま、恵、華という猫と一緒に暮らしてきました。今は茜ただ一匹。太郎はこのブログの主人公だったので、いろいろエピソードも書いてきたけど他の子達には全然触れてないんだよね。それぞれに出会いと思い出が一杯なのに。そこで太郎以外の子達のエピソードについても書いていきたいと思います。太郎との暮らしは2001年10月~2009年5月。太郎の次に出会ったのは「たま」でした。出会いは2003年3月。ボランティアさんからお譲りいただいたお嬢さんです。2002年12月ペットOK(頭数制限なし)の部屋に引越した矢先、10年間連れ添ったウサギを亡くしました(またこの子についてもお話できたらいいな、と思います)。日中は一人で留守番の太郎。ウサギとは付かず離れずの関係でしたが、一人になってしまうとちょっと寂しそう。nyagも学生時代からずっと一緒だったのに、何の手当てもしてあげられないまま亡くしたことが悔しくて悲しくて。でも二人でどよーんとしてても仕方ない。せっかくペットOKなんだし、元々もっと猫を飼いたかったから引っ越したんだと思い直し、太郎に友達を作ってあげることにしました。が、エイズキャリアが分かり方向転換。どうせならエイズキャリアの子をお友達にもらおう、と決めました。できれば女の子で、太郎より年若ならいいな~と考えてお願いしたのが兵庫県のボランティアさんが保護されてた「たま」でした。生後半年くらいのキジ猫ちゃん。キリっとした美人です♪避妊済みでしたが、その手術中にフィラリア虫が見つかるという強運の持ち主。その後はフィラリア予防薬を飲んでたけど、キャリアとは思えない元気娘です。太郎と比べて気が強いようで、うちに来たとたん太郎を追いかける始末。1週間程は夜中のケンカ騒ぎで睡眠不足になったけど、そのうちなんとなく仲良しになってたみたいですね~。ある日仕事から帰ってみたらくっついて寝るようになってました。昼間に和解会談でも行われてたんでしょうかね?初めはケージ越しに会わせるとかいう知識もないままで、なんと無謀だったこと!太郎がべったりと甘えてくる反面、たまは結構クールでした。だっこも喜ぶし名前を呼ぶとトコトコ走ってくるけど、寝るときは一人でソファにいたりゴハンの時以外はニャーニャー鳴くこともない。「やっぱ女の子は猫っぽいな~」と思ってたけど、あることがあってからベタベタの甘々さんに変身しました。それはまた次に。
2009.09.03
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