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知的障害者に進学は必要ない?「お父さんと同じ仕事がしたい」
知的障害者は進学する必要がない──これまで多くの人にそう思われてきた。
知的障害者の大学などへの進学率はたったの0・4%(2014年3月卒)。
大半の知的障害者は高校にあたる特別支援学校の卒業後、
すぐに就職したり作業所などの福祉施設に入所したりする。
進学する選択肢はほぼない。
そういった状況を変えようと、
福岡県の社会福祉法人が知的障害者向けの
4年制の福祉施設「カレッジ福岡」を2012年に設立した。
http://kurate-yutaka-fukushikai.com/college-fukuoka.html
障害に応じた教養の授業などがあり、
知的障害者の新たな進路として注目されている。
今春初めての卒業生3人が巣立ち、それぞれが第一志望の職場で働いている。
“知的障害者も教育を受けることで成長し、社会に十分貢献できる”。
3人から投げかけられるメッセージをひも解きたい。
「障害者はいなくなればいい」障害者施設に押入り、
入所者を殺傷した男はそう話していたと言われているが、
3人のひたむきな姿はその主張がいかに間違っているかを教えてくれる。
カレッジ福岡の1期生、佐藤正啓さんは、
文具などを扱う商社「レイメイ藤井」(本社福岡市)にこの春就職した。
物流センターに所属し、
倉庫から伝票の通りに商品を集めて出荷する「ピッキング」作業を担当している。
平日午前9時から午後5時が基本の勤務時間だが、
残業もあれば、土曜日の出勤もある。
「すごく疲れるときもあるけど、
これをやってと頼まれるとやりがいを感じる。
信頼されていると思うから」
と話す。
給与は健常者の従業員と同じ水準だという。
佐藤さんの上司の赤星広輝さん(55)は
「真面目に取り組んでくれている。
これから徐々にできる仕事を広げていきたい」
と期待する。
なぜこの仕事を選んだのか尋ねると、はにかんで
「お父さんが同じ物流の仕事をしていて、憧れがあった」
と教えてくれた。
佐藤さんは特別支援学校卒業時には就職ができなかった。
「その頃は面接でもうまく話せなくて」
と佐藤さんは振り返る。
進路に迷っていた時に、カレッジ福岡が発足。
福祉施設などに行く道もあったが
「もっと勉強して、もっと上を目指したい。資格も取りたい」
との思いから入学を決めた。
カレッジの一番の思い出は「研究論文」だ。
カレッジでは毎年、1年かけて興味のあるテーマを論文にまとめて、
さらに5分間のプレゼンテーションを行う授業を行っている。
プレゼンを行う研究発表会には予選があり、
優秀なら本選に進め、上位は表彰される。
乗り物が好きな佐藤さんは飛行機や新幹線をテーマに論文を書いた。
プレゼンのため、パワーポイントでスライド資料も自作した。
「本選には行けなかった。難しいんですよ、
どう表現をしたらいいか。
資料を作るのも制限時間内にまとめるのが大変だった。
でも楽しかった」
そのほか、授業でマラソンに挑戦したり、
ワープロ検定など資格取得の勉強にも打ち込んだりした。
「みんなで色々と行事をしたり、
台湾に卒業旅行に行ったりして楽しくフレンドリーに過ごせた」。
カレッジで学んだことについて
「対人関係を学べた。
みんなにあいさつできるようになって、
人とコミュニケーションが取れるようになった。
学べて良かった」
と話す。
ピッキングの仕事も、カレッジの授業で出会い
「自分に向いている」と見つけた道だ。
「もっと集中力を高めて仕事に取り組みたい。
みんなから仕事を任せられる自分になりたい」
力を込めて話す目は光り輝いていた。
佐藤さんと同期の小島翔さんはホンダカーズ福岡の博多バイパス店に勤務し、
洗車などの業務を担っている。
小島さんにはカレッジに入学する前に就労の経験がある。
特別支援学校卒業後、九州の物流関係の企業に就職し働いたが、
トラブルを起こして退職したのだ。
そこからどのようにして再び就職に至ったのか。
退職した職場について、
小島さんは「やりがいを感じていなかった」と打ち明ける。
かといって「勉強したいとも思っていなかった」といい、
深く考えずにカレッジ福岡に入学した。
入学当時からの小島さんを知る、
同法人の小林知佐さんは
「ふてくされた感じで、
全然人と目を合わせて話してくれなかった。
自分が心を開いた人でないと話せない印象があった」
と話す。
小島さんが変わるきっかけになったのはスポーツの授業だった。
「授業で走ったり、サッカーをやったりしたのが楽しかった。
それまで体を動かすのが好きじゃなかったけど、
先生が手の動きや足の動きを詳しく教えてくれて、
走るのが早くなったり、
長い距離を走れるようになったりして、
好きになっていった」。
スポーツで汗を流す楽しさや、
達成感を味わったことで前向きな気持を取り戻したのだ。
小島さんは1年生の時に参加した市民マラソンでは3キロを歩いてゴールしたが、
3年生の時には5キロを志願し、完走するまでになった。
カレッジでは教養の授業の中にマラソンや登山など、
ある程度の期間努力を積み重ねる必要があるスポーツを取り入れている。
「折れない心」を育てるためだ。
就労が可能な知的障害者でも、
壁にあたった時やストレスがかかる場面で、
パニックになってしまったりして職場でトラブルを起こしてしまう場合がある。
カレッジは教養の授業を行うことで、
すぐには投げ出さない粘り強さを身につけさせようとしている。
カレッジに通ったことで折れない心や
社会性を身につけていった小島さんは進路を考えた時に、
周りが勧める道に漠然と進むのではなく、
自分の好きな道に進もうと考えた。
特別支援学校の時に車が好きで、
先生の車をアルバイトで磨いていたことを思い出し、
「車に携わる仕事に就きたい」と思うようになったという。
面接ではアルバイト経験をアピールし、
障害者を受け入れている職場の中でも人気の高いホンダカーズへの就職が決まった。
店長の七条英樹さん(52)は
「仕事ぶりは丁寧。社員には自分から話しかけるように指導している」
と話す。
小島さんも
「同僚の人に車のことを教えてもらったりとか、雑談したりするのが楽しい」
と話し、
良好な人間関係を築いているようだ。
「いつか車の免許を取りたい」
と話す姿は、どこにでもいる車好きの若者と大差なかった。
「自分には何ができるんだろうって。
助手だし、あまり役立ててない気がして」。
沈んだ表情で話すのは福岡県須恵町の水戸病院で
看護助手として働く松本千聖さん(24)だ。
カレッジ福岡の1期生で今春就職した。
今は看護助手として、介護の必要な高齢者が入院するフロアを担当し、
ベッド周辺の掃除をする環境整備や食事の介助などを行っている。
ただ、就職して3ヶ月、仕事の壁を感じているようだ。
その姿は、今年新卒で就職した学生にも重なる。
「患者さんに優しく接したい。でも優しくってどうすればいいのかわからない」。
取材にはそう話していたが、仕事中、
眠っている患者が抱いていたぬいぐるみが落ちそうになっていたのを見つけ、
腕の中に戻してふとんをかけ直す姿が見られた。
ぬいぐるみが収まったのを見てニッコリした松本さんの様子からは、
客観的に見れば仕事はしっかりできていると伝わってくる。
先輩の介護福祉士・稲永光枝さん(57)は
「きちんと仕事をしてくれて助かっている。
スタッフへの声掛けも良い」
と評価する。
元々松本さんは「医師」を志していた。主治医の女性医師に憧れ、
私立大学の医学部のオープンキャンパスに参加するなどしていた。
しかし、松本さんは知的障害者だ。
知的障害者の課題として、
自分が障害者だと認められないことがあるが、
松本さんもまさに実力以上の夢を抱いていた。
そしてその夢が叶えられないことに落胆し、
後ろ向きになってしまっていた。
特別支援学校卒業後はアルバイトをしたり、
福祉作業所に通ったりしていた。
自分が知的障害者だと認めたくない松本さんにとって
カレッジ福岡への入学は苦痛だったが、
カレッジで同世代の友人と過ごすことで少しずつ変化が生まれる。
入学時はだらだらとして時間を守らなかったり、
何をするにも自分で決められなかったりといった部分があったが、
下級生が入ってくると、グループ行動をまとめたり、
時間を守って行動したりできるようになってきた。
さらにカレッジの「ヘルスケア」のプログラムで
自己認知や自己肯定感を学んだことで、
医師になる夢を「医療関係の仕事」に広げることができた。
「カレッジに行って良かったこと……あまりないけど、でも現実が見えた」
と話す。
看護助手を目指して水戸病院で10日間のインターンシップをやり抜き、
見事内定を獲得した松本さん。
仕事に自信が持てないながらも、
今は遅刻や欠勤もなく取り組んでいる。
そして、精神が不安定な時に飲んでいた薬も飲まなくなってきた。
確実に一歩ずつ前進している。
3人が通った「カレッジ福岡」とはどんな施設なのだろうか。
カレッジは障害者総合支援法が定める「自立訓練事業」(約2年)
と「就労移行支援事業」(約2年)を組み合わせた福祉施設。
施設の利用については自治体から訓練等給付金が施設に支給されるため、
授業料は原則無料だ。
それぞれの事業を個別に行う社会福祉法人は全国に多数あるが、
4年制として運用し始めたのはカレッジ福岡が初めてだ。
カレッジ福岡は、
福祉サービスを大学に見立てたもので、本当の大学ではない。
しかしカレッジ福岡では前半2年間の自立訓練事業を「教養課程」、
後半2年の就労移行支援事業を「専門課程」と位置づけ、
訓練の中に障害者の特性に対応した教育プログラムを取り入れている。
研究論文やスポーツ、経済、資格・検定の授業などがあり、
支援員は教員免許を持った人材を中途採用している。
このような施設がなぜ必要なのか、
カレッジ福岡を設置した社会福祉法人「鞍手ゆたか福祉会」(福岡県鞍手町)
の長谷川正人理事長に話を聞いた。
──なぜカレッジ福岡を作ろうと思ったのですか
全国には自立訓練事業や就労移行支援事業を使った学びの場(福祉型専攻科)もあったが、ほとんどが2年制。2年だと、卒業後のことをすぐに考えなければならない。そうではなくて出口のことを考えずに2年間は青春を謳歌し、生きていく上で必要な学び、多方面の経験ができる場を作りたいと思った。それだと2年じゃ足りないので、福祉事業を組み合わせて4年制にしたらいいと思った」
長谷川さんのように、知的障害者の子どもを持つ親からは、
特別支援学校卒業後の進路の選択肢が少なすぎる
ことへの不満が聞かれることは少なくない。
全国障害者問題研究会の茨城支部が2012年に行った調査
(特別支援学校に通う保護者578人にアンケート。
回収率69%)では、
高等部卒業後の進学は必要かとの問いに対して74%が「はい」と回答。
理由は
「子どもの発達がゆっくりであるから学びの期間も延長すべき」(52%)
が最も多かった。
この調査を行った、
全国障害者問題研究会の常任全国委員で元特別支援学校教員の船橋秀彦さん
(61)によると、保護者からは
「卒業後にもう少し教育の機会があれば大きく成長できるのでは」
「健常者なら当たり前のように大学や専門学校に進学する時代に、
障害者が18歳で社会に出るのは早過ぎる」
などの声が聞かれ、
「潜在的に障害者の高等教育へのニーズは高いと感じた」
と話す。
一方で、
「現在の特別支援学校高等部は
ほとんど進路指導で進学の選択肢を提示しておらず、
こういった要望はかき消される現状にある」
と訴える。
カレッジ福岡が2012年に発足して4年。
保護者からのニーズは根強く、同様の施設は少しずつ増えている。
鞍手ゆたか福祉会はカレッジ福岡設立後、
「カレッジながさき」(長崎県大村市)「カレッジ早稲田」(東京都新宿区)
など今では5つのカレッジを展開。
約120人の学生が在籍している。
その他、滋賀県大津市には社会福祉法人共生シンフォニーが
「くれおカレッジ」を設立。
大阪で障害者雇用に力を入れている株式会社
「きると」が大阪市と兵庫県伊丹市に「スクールきると」を開設している。
「知的障害者にいくら教育を与えても上限があるのでは。なぜ、学びが必要なのか」。
思い切って失礼な質問をぶつけてみたが、
長谷川正人理事長は、一つのデータを示してくれた。
専攻科があり20歳まで学べる
特別支援学校の2校(三重県と大阪府)の卒業生について、
1997年から2011年の間に卒業した42人のうち、
就職した23人を追跡調査したところ、
卒業後に就職した先で継続して働いている人は13人で56%の定着率。
残りの10人は離職していたが全員が再就職していたという。
「学ぶ期間が伸びることで再起する力が育っている。
18歳で就職したら働くことの意味すらわからない。
働くためには職業能力とか経験とかも必要だが、
知的障害者で仕事に挫折する人は、
人との関わりや社会性で挫折する人が多い。
カレッジでは一般教養、社会常識を学ぶ機会を大切にしている。
それがすごく必要で、
就職するために就職のことだけを学ぶのではなく、
もっと人として大切なことがベースにないと。
そこがカレッジの意味かな」
子どもから大人へ移行する青年期。高等教育を受けながら、
学生から社会人としての自覚を身に着けていくのは健常者も障害者も変わらない。
それなのに障害者だからその機会を得られないのは平等ではないだろう。
4月に障害者差別解消法が施行された今、
この問題に向き合うべきではないだろうか。
「障害者にも進学の選択肢は必要」。
笑顔で話す長谷川さんからは
1期生3人を確かに社会に送り出したことによる自信が感じられた。
【THE PAGE https://thepage.jp/detail/20160802-00000004-wordleaf?page=1 】
ただでさえ選択肢が少ない中で、
いかに多くの実体験を叶えてあげられるか、
こういう取り組みが全国的に広がっていて、
頼もしいばかりですね。 🌠
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