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桃を齧って、種を残して、明日へ放り投げる。 波は白く泡立ち、空は赤く燃えて、雲はのんびりと漂う。 夜は迫り、月は隠れ、私は押しつぶされる。 そんなもんでしょうか
2009.06.29
陰鬱なる心の闇に囲まれて、私は底に向かって落ちていた。風は身体に当たらず、音は身体に響かず、熱は身体に届かず、私に残されていた感覚というものは、体のうちにある臓器がふわりと持ち上がる不快なものだけだった。私は何も抵抗はしない。私はひたすら底にある境界に向かって落ちるだけなのだ。これは前進でもなく後退でもない。時間は進まず、戻るものもなにも無い。私は瞬間的なその位置で、ただただ身体を任せる。私には留まることさえ許されなかったのだ。 すっかり陽は落ちてしまった。私は家の近くにある小さな公園のブランコに乗りながらぼんやりと遠くを眺めていた。ジャングルジムや鉄棒や滑り台が長い影を伸ばす中、私の影はブランコの中に溶け込んでいった。唇からペロリと舌を出して風を舐めてみる。何も感じる事は出来ない。しかし、何も感じる事ができない事に私は感じてしまっている。感じる事によって私は私以外の何かを失っていく。もしかしたら当分の間、私には未来が訪れないのかもしれない。いや、そんなことはどうでもいいことだ。人生のあらゆることは自らの背中にぴったりと張り付いている。ねっとりと舐めるような視線で観察を怠らない何かを私たちは背負っている。何も臆する事は無い。全ては前からでもなく後ろからでもなく、始めからそこにあるのだ。私は滑り台の影が闇に侵食されるのを眺めてから、帰路に着いた。 「あなたって不思議な人ね。こんなに柔らかいペニスがちょっとこうするだけで釘を打てるくらい硬くなってしまうっていう事と同じくらい不思議な秘め事をあなたはたくさん持っているような気がするわ。」と、女は言った。女は私の股間にそっと手を置いた。「そうだね。確かにたくさんの秘密を僕は持っているよ。でも、その殆どが、その偶然にさえ出会えれれば誰にでも持ちえる秘密だってことさ。だから僕にはペニスほどの不思議さはひとかけらもないよ。ペニスにさえ劣る男だ。それはそれで不思議なのかもしれないけれど。」と私は言った。ペニスにさえ劣る男。「ほとんど。ほとんどってことは少しは誰にでも持ち得ない秘密があるって言う事かしら。」と女は言った。女は私の中で柔らかな潜入捜査を始める。「そうだね。誰にでも持ち得ない秘密はある。少しばかりは、ね。ただ、その秘密は本質的に秘密なんだ。形式上の秘密でもないし、表面的な秘密でもない。それはあくまでも秘密。どこまで言っても秘密なんだよ。本当の秘密と言うのは、永遠に秘密のままなんだ。だから僕にとってはその秘密については存在しないことと同価値なんだ。たとえ僕がその秘密を話したところで、それは全く値しない。」と私は言った。女は静かに笑みを浮かべた。えくぼが浮かび、とてもかわいらしかった。女は捜査を中止して、顔に垂れた長い髪の毛を耳にかけた。「なにもあなたから秘密を穿り出そうって訳じゃないのよ。ただ、秘密があることを知りたかっただけなの。そうなのね。あなたには本質的な秘密があるのね。私なんてそんな秘密何一つ無いわ。」「そんなことは無いよ。誰にだって秘密はあるさ。」と私は言った。「いいえ、あなたの秘密に比べたらどうでもいいことよ。私はこういう仕事で、いろんな人の秘密を目にしてきたけれど、大体の秘密と言うのはどれもこれも共通しているのよ。その人個人だけの秘密なんて何も無かったわ。よくわからない金をもらったり、知らない男や女と寝てみたり、片方の乳首が黒ずんでいたり、ペニスが曲がっていたり、両親のセックスを盗み見してしまったり、本当に私の28年間の人生の秘密なんて爪に溜まるカスほどにも役に立たない事よ。」 女はそう言うと、蛇のように身体を動かして、するりとベッドから出ていった。冷蔵庫からビールを取り出し、まるでコマーシャルのようにとても美味しそうに飲み干した。私の喉がゴクリと鳴った。唇からこぼれたビールの雫がゆっくりと女の首筋を通り、乳房を通り、胎盤を通り、深い茂みの中へと入っていった。 女はあくまでも女であり、他の何ものでもなかった。妻でもなければ恋人でもない、ましてや友人でさえない。私たちは闇の底へと落ちる過程なのだ。そこには誕生も消滅も無い。我々はひたすらそこでセックスをしてビールを飲み美味しい物を食べて下らない会話を交わし、そして、そして、、そして、、、。 男はこれがけじめです、とだけ言って私に左手の薬指をくれた。ダイヤが埋め込まれた贅沢なつくりの指輪がグリコのおまけのようについていた。男はぼこぼことした頭を丸め、アルマーニのコートを着て私の家に訪れた。そしておもむろに薬指をポケットから取り出し、私に渡したのだ。私は薬指は愛おしいけれど、こんな指輪は要らない、と言って指輪を薬指からはずそうとした。しかしピッタリとくっついているようでまったく取れなかった。指輪の加工部分の素材と指の脂が混ざり合って取れないのだ、と男は言った。私は仕方がないので薬指をポケットにしまってから、本当は君の薬指が欲しくて欲しくて堪らなかったんだ、ああ、残念、と耳元で囁いた。男は眉を潜め、ドアの隙間から逃げるように帰っていった。私はその姿を見ながら、肌が焼けるような夏の日に風に飛ばされた真っ白なTシャツを連想した。そうだな、夏は小指にしよう。男の行方はそれきり途絶えた。 私はその男の全てが欲しかった。全てを手に入れたところで、男の全てが分かるわけではないのだけれど。男の中にある膨大な知識量を手にし、私もその不安定なカオスの世界へと導かれたかったのだ。しかし、いつだって男は突然に現れて、私の中に黒い液体を注ぎ込み、それが体現化され始めた頃にはもういなくなっている。私はどうしたって男には追いつく事が出来ないのだろうか。私にこれほど侵食した男はかつていなかった。だが、永遠に男は通低する事は無いだろう。なによりも、男がそれを許さないのだから。 私は闇へと落ちながら、鳥になって飛んでいく者を数え切れぬほど見てきた。彼らは闇に吸い込まれていることにも気付かず、懸命に羽を動かし、そしていつしか上空に向かって飛んでいった。ある日、私は腕から羽毛が生え始めている女に出会った。若鶏が一番おいしい。「空を飛びたい、自由に。そしたら私は地に這いつくばってる下卑た人間を鎖の無い空から見下せるのよ。本当の自由よ。観て、そのためにこんなに努力をしたのよ。夫だって捨てたし、子供だって捨てたし、胎児だって引きずり出したわ。観て、綺麗でしょこの羽。もう少しよ。そうね、来年くらいには飛んで見せるわ。残念だけどあなたとはもう会えないかもしれないわね。心配しないで、あなたは地面を舐めるのが性に合ってるわよ。あら、あなたアリクイに似てるわね。」 一年が経つと、女は身体を震わせて空へ飛び立っていった。女はいまや空を飛ぶことのみ許された生物になってしまった。果たしてそれは自由なのだろうか。時折私の周りにだけ雨が降る。 落下に変遷は訪れないが、内的な移り変わりは起こる。しかし、それは未来への投企では無く、心の退嬰である。腐心するほど人は愁思するようになり、それに気付いたその瞬間に、人は老いと死を匂いで感じ取る。それからの人は、生きながら死に、鼻をひくつかせながら自然に終焉へと歩を進めていく。体の横を風がよぎるのを感じ、青い黄昏を睨み、夜のとばりに乏しい油で松明を燈し、灯が消える頃には、嘆声を上げること無くひっそりと死んでいく。人の根幹を考えれば考えるほど、私の身体は底へと導かれ、かつては矜持を持した友の身体を時の流れと共に眺める事を繰り返す。味読に足る人の生とは一体なんなのだろうか。 しかし、私にもそろそろ終わりが近づいてきたようだ。真っ白なクロスがかかった長方形のテーブルの前に立ち、椅子が引かれ、私は座った。鉄道員みたいな制服を着た男が私の前に座り、大きく手を広げて口を開けた。彼の胸の名札欄には「遺失物管理官」と書かれていた。遺失物管理官は、いよいよ終わりですよ、終わり、と私に言った。私は無言で頷き、奥にある扉を指差した。もう行かなくては。遺失物管理官は、大丈夫、時間はあります、と言い、私に白い石を渡した。そしてあなたのそのポケットに入ってる黒い石を下さい、それを集めるのが私の役目なんですよ、と言った。私は気付かぬうちにポケットに入っていた黒い石を遺失物管理官に渡した。遺失物管理官はそれを手に取ると、複雑に定規が貼り付けられた計器で石をくまなく調べ、舌で舐め、口の中でコロコロと転がし、再び手に戻した。つまらん人生ですな、と私に言った。私は立ち上がり、扉に向かった。もう行かなくては。遺失物管理官のまとわりつくような視線を背中に感じる。もう行かなくては。私は扉を開き、第一歩を踏み出した。 周りは再び真っ暗だ。認識する事のできない手や足を感覚のみで動かし、私は進んでいく。しかし、歩を進めるごとに、私の脳味噌はとろとろに溶け鼻や耳から流れ出し、眼球が転げ落ちて、歯がボロボロととれ、耳が腐り落ち、神経はブチブチと音を立てて弾け飛び、内臓がボコボコと音を立てて伸縮し、手や足の指が奇妙な方向へ折れ曲がり、朝露が光を浴びて蒸発するように意識も消え去っていった。 つまらん人生ですな。遺失物管理官は私を見届けると立ち上がり、誰にも気付かれないように柔らかく扉を閉め、落下地点を求め去っていった。
2008.02.19
次の日。僕は目覚めるとすぐにトイレに向かい―札が扉にかかっていた―、鏡に向かって念入りに顔を確かめた。特別な変化が無いことを確認し、次に身体の各器官を指でゆっくりと押しながら、それらが全て正常に機能を果たしているのかを調べた。つむじを押した時のわずかな違和感を除けば、それらは正常に動いていた。しかし、その「正常さ」が昨日のビーフシチューを吐き出してしまいたような気持ちの悪さを僕に与えた。蛇口をひねると凍えるような水が勢いよく流れ、その水の冷たさを手で感じた後、いつもどおりに顔を洗った。トイレにはシャワーがついており、ホテルのバスルームのような造りになっていた。僕はトイレを出て部屋を見回した。部屋の中は真っ白な色で統率され、床や壁に嵌め込まれたような家具が静かに佇んでいた。ノンはもういない。彼が言った通りに、大きな暖炉がリビングにあった。黒い汚れが年輪のようにレンガに染み渡っており、それが暖炉の年月を物語っていた。真っ白なキッチンには真っ白な冷蔵庫があり、中には大量の食材が見事に仕分けされて入っていた。僕はそこから野菜を取り出し適当に皿に和え、銘柄が書かれていないパックのオレンジジュースをコップに注いだ。そして朝食にした。 僕はこれから此処で石を積み、穴を掘って暮らしていかなければならない。どうしてノンがこのような事をしているのかは僕にはわからないが、ノンと次に出会うまでは彼の言った通りに事を運んでいなければ、永遠に妻の下へは帰れそうに無い気がした。僕は朝食を食べ終えると、ベッドの脇にある箪笥の引き出しを開け、真っ白な作業服に着替えた。玄関にある大きなロッカーの中には大小様々なスコップが置いてあり、僕は少し大きめのスコップを選んで外へ出た。もちろんスコップも真っ白だった。 空は青く澄み切っており、白く透き通った雲が風に流れていた。ひんやりとした空気が僕を包み、白い息が空気に溶けていった。家の周りにはまったくと言っていいほど何も無かった。辺り一面草原に囲まれ、その中に石が転がっていた。僕の住むことになった家は、NASAの建物のように無機質な長方形で、丸い窓は誰かが気まぐれで開けた穴の様に見えた。禿げかかった山々に囲まれ、どこかで川の流れる音がした。 まずは柔らかく容易に掘れるところから手をつけようと思い、スコップを地面に刺して固さを測ってみた。それと同時に、家のドアが閉まる音がした。音のする方へ振り返ってみると、そこにはノンが立っていた。相変わらずにんまりとした笑みを顔中に浮かばせている。 「や、や、や。おはよう。元気なようだね。」そう言って彼は僕の方へ近づいてきた。彼の額の時計は6時を指している。「昨日はぐっすり眠れたかい。うん。見るからに顔がさっぱりしてるね。こちらの方が君の性に合ってるんじゃない。」「そうかもしれないね。」と僕は言った。「そうだ。そうに決まってる。あちらの世界なんて糞食らえってなもんさ。皆で集まって死骸ばかり食べているんだ。まったく糞な世界さ。ところで、君はもうそんな大きなスコップを使おうと思ってるのか。」と言って彼は僕のスコップを奪い取った。彼は限界までスコップに目を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ、くるりと一回ししてそこら辺に投げ捨てた。僕はスコップを拾って彼の時計がバラバラになる想像をした。「どのスコップでどう穴を掘ればいいんだい。」「そうだね。君はまだまだ未熟だ。恐ろしいくらい未熟だ。穴の掘れないモグラなんだ。だから、まずは一番小さなスコップで穴を掘ればいい。君の役割はそんなに大きいことじゃない。君がやらなくても世界のどこかで君の役割は十分補われているんだ。ほら、これを使いな。」と言って彼は園芸用の小さなスコップを僕に渡した。一体これで何をすればいいのだ。「困惑しているね。困惑したらただひたすらに穴を掘るのが良いに決まってる。決まっているんだ。今日は、そうだな、一つの穴でも掘れれば合格さ。」僕は特に返答をせずに、土を掘ることにした。土には既に霜が張っており、スコップを刺すとサクサクとした音が聞こえた。ノンは僕を見下ろしながら時計の音を降り注いでいる。とりあえず、僕はノンの口が閉じなくなるような穴を掘ることに決めた。彼の時計が六時を指していたということは、とりあえず朝の六時なのだろう。これから陽が落ちるまで10時間以上はあるはずだ。僕は彼と口をきくことも無く、黙々と作業を続けた。 しばらくしてノンが口を開いた。「君の部屋に素敵な女の子がいたろう。とびっきり可愛い女を用意してやったんだぞ。どうんだった。良かったか。」女。「女なんて僕が起きた時には何処にもいなかったけど。」と僕は言った。「そんなはずはあるか。照れちゃあいけないぞ。」とノンは弓の様な細い目を大きく見開かせて僕に言った。「さっきテーブルを見たらサラダの食べた跡があった。どうみたってあれは彼女の和え方によってできる痕跡だった。」僕にとってはどうでもいいことだった。その「女」がサラダをどう和えようが僕には全く関係ないことであったし、僕が自らサラダを和えた事は僕にとっては明確な事実なのだ。
2007.11.22
次の日。僕は目覚めるとすぐにトイレに向かい―札が扉にかかっていた―、鏡に向かって念入りに顔を確かめた。特別な変化が無いことを確認し、次に身体の各器官を指でゆっくりと押しながら、それらが全て正常に機能を果たしているのかを調べた。つむじを押した時のわずかな違和感を除けば、それらは正常に動いていた。しかし、その「正常さ」が昨日のビーフシチューを吐き出してしまいたような気持ちの悪さを僕に与えた。蛇口をひねると凍えるような水が勢いよく流れ、その水の冷たさを手で感じた後、いつもどおりに顔を洗った。トイレにはシャワーがついており、ホテルのバスルームのような造りになっていた。僕はトイレを出て部屋を見回した。部屋の中は真っ白な色で統率され、床や壁に嵌め込まれたような家具が静かに佇んでいた。ノンはもういない。彼が言った通りに、大きな暖炉がリビングにあった。黒い汚れが年輪のようにレンガに染み渡っており、それが暖炉の年月を物語っていた。真っ白なキッチンには真っ白な冷蔵庫があり、中には大量の食材が見事に仕分けされて入っていた。僕はそこから野菜を取り出し適当に皿に和え、銘柄が書かれていないパックのオレンジジュースをコップに注いだ。そして朝食にした。 僕はこれから此処で石を積み、穴を掘って暮らしていかなければならない。どうしてノンがこのような事をしているのかは僕にはわからないが、ノンと次に出会うまでは彼の言った通りに事を運んでいなければ、永遠に妻の下へは帰れそうに無い気がした。僕は朝食を食べ終えると、ベッドの脇にある箪笥の引き出しを開け、真っ白な作業服に着替えた。玄関にある大きなロッカーの中には大小様々なスコップが置いてあり、僕は少し大きめのスコップを選んで外へ出た。もちろんスコップも真っ白だった。 空は青く澄み切っており、白く透き通った雲が風に流れていた。ひんやりとした空気が僕を包み、白い息が空気に溶けていった。家の周りにはまったくと言っていいほど何も無かった。辺り一面草原に囲まれ、その中に石が転がっていた。僕の住むことになった家は、NASAの建物のように無機質な長方形で、丸い窓は誰かが気まぐれで開けた穴の様に見えた。禿げかかった山々に囲まれ、どこかで川の流れる音がした。 まずは柔らかく容易に掘れるところから手をつけようと思い、スコップを地面に刺して固さを測ってみた。それと同時に、家のドアが閉まる音がした。音のする方へ振り返ってみると、そこにはノンが立っていた。相変わらずにんまりとした笑みを顔中に浮かばせている。 「や、や、や。おはよう。元気なようだね。」
2007.11.21
次の日。僕は目覚めるとすぐにトイレに向かい―「トイレ」と丸い文字で書かれた札が扉に貼ってあった―、鏡に向かって念入りに顔を確かめた。特別な変化が無いことを確認し、次に身体の各器官を指でゆっくりと押しながら、それらが全て正常に機能を果たしているのかを調べた。つむじを押した時のわずかな違和感を除けば、それらは正常に動いていた。しかし、その「正常さ」が昨日のビーフシチューを吐き出してしまいたような気持ちの悪さを僕に与えた。蛇口をひねると凍えるような水が勢いよく流れ、その水の冷たさを手で感じた後、いつもどおりに顔を洗った。トイレにはシャワーがついており、ホテルのバスルームのような造りになっていた。僕はトイレを出て部屋を見回した。部屋の中は真っ白な色で統率され、床や壁に嵌め込まれたような家具が静かに佇んでいた。ノンはもういない。彼が言った通りに、大きな暖炉がリビングにあった。黒い汚れが年輪のようにレンガに染み渡っており、それが暖炉の年月を物語っていた。 僕はこれから此処で石を積み、穴を掘って暮らしていかなければならない。ノンがあちらの世界の住人にせよ、僕はどうにかしてもといた僕の世界へ戻らなければならない。僕は何か食べなければならない。テーブルに載せられたパン
2007.11.19
僕は壁を眺めている。どこからどこまでも真っ白な壁を。右の腕で頬杖をつき、左手にはペンを持ち、僕はただひたすらに壁を眺めている。暫く眺めた後、僕はペンをくるりと一回転させ、何かを収めるかのようにゆっくりと机に置き、小さな手鏡で髪型を確認し、直るわけのないシャツの皺を軽く手で払った。準備は念入りに整えなければならない。これから僕は推敲の世界に旅立たなければならないからだ。電話の向こうで待ち構える編集者の鞭を避けるために、純粋なる概念や思想の住人達と会話をしなくてはならないのだ。彼らは恐ろしく繊細で敏感で、脆弱性の塊のような生物である。彼らから話を聞きだすのには時間の概念を越えた、「流れ」に乗らなくてはならない。しかし、それ以上に難しいことは、彼らの儚い矜持を失わせずに、ねっとりとした質問を浴びせる事だ。猜疑心の強い彼らに問いかける事は、ある部分の何かを引き合いに出さなければいけないこともある。時にはそれが命であったり、マッチであったり、恋人であったりする。そして、上手く彼らの言葉を掬い上げることが出来た時のみ、僕はこちらの世界へ戻り、それを文章として具体化することが出来るのだ。 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は残っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。ある晴れた日の午後のひと時。 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。「夕飯は要らない。」 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。しかし、そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が部屋に入るなり、彼は僕に向かってそう叫んだ―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると贅沢に回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に吸い込まれていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。「やあ、おっさん。」とノンは言った。「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。「何か用が無ければこちらに来てはいけないのかい。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらのもともとの基盤なんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。」 そう言ってノンはしばらく黙った。何を言っても徒労に終わりそうだったので、僕もしばらく黙っていた。その間、彼の額の時計の針の進む音が雨露が垂れるかのようにこの空間に落とされていた。僕は電話の線を外し、携帯は電源を切ってポケットに入れた。窓の外はすっかり闇に沈み、風が森に当たって呻き、その向こうで星か無垢な姿を装って輝いていた。「君の世界に行こう。これ以上二人で黙っていたってどうしようもない。何も進みはしない。」と僕は言った。「君は、」「君は君の望むものを全て手に入れたと思うのかい。君の小説を見てみるがいい。君は我々の言葉を理解もせずにただ受け取り、理解をしたという掲示を表しているに過ぎない。まるで明滅する電球のようだ。一体君はどちらに属しているんだい。君は自らの力で物を書いたことなんて一度だって無いはずだ。いや、無いんだ。君のしている事は誤解の山を自慰を繰り返すかのように積み重ねているだけに過ぎない。君は何も解っちゃいない。」とノンは言った。「解らない。とても、解らないんだ。しかし、曲解とは極めて言えば、本当の理解でもあると僕は思う。ただ、それをさらに語るのならここじゃできない。」と僕は言った。 彼は再びキョロキョロと辺りを見回した。そして、ついてくるがいい良い、とだけ言って窓の外へ歩いていった。僕は窓を開けて外に降りた。闇の中で、彼は道を照らす灯火のようにゆらゆらと輝いていた。僕は遅れないように彼のすぐ後ろを歩いた。空には先ほどは見えなかった大きな満月が深い面持ちで浮かんでいた。 僕達は月明かりに照らされた草原をひたすらに歩いた。彼の小さな足はしっかりと機能し、何かを確かめるように地面を踏みしめていた。後ろを振り返るたびに、僕の家の光は次第に小さくなり、ついには闇に溶け込んでいった。僕は道中に彼に幾度か何処へ向かっているのかを尋ねたが、もはや彼は何も語ってはくれなかった。 しばらく歩くと、薄手のカーディガンでは肌寒くなってきた。季節は既に十月の下旬を迎え、妻は外出する時厚手のコートを羽織っていた。ノンは相変わらずカチカチと音を散らばせて、暗闇の中を進んでいく。妻は今頃何をしているのだろう。食器を洗い、風呂を沸かし、ソファーに座って、コーヒーを片手に坂本龍一の久々のラジオ放送を聴いているのかもしれない。ラジオ放送が始まったのは確か1925年で、白黒テレビが1953年、カラーが1960年だった気がする。その頃といえば、畏れ多くもすばらしい作家が多かった。標本のように貼り付けられた無機質な辞書の言葉を、どのようにしたらあのような煌びやかな文章に飾り付けることが出来るのだろうか。何故、僕にはそれができないのだろう。いや、今の僕は昔の僕とも全く違う物体になってしまった。昔は書きたいことが無くても、頭の井戸の底から噴出すように文字が出てきて、とりとめも無く文章が書くことが出来たのだ。時間も何かもを置き去りにし、彼らとも今よりは饒舌に話すことも出来た。今では彼らから一つの単語を聞きだすことさえも難しい。 「着いたよ」とノンは言った。ノンはより深みを帯びた野原の前に立っていた。僕は辺りを見回したが、すっかり見たこともない風景に変わっていた。周りの山々は闇に呑み込まれ、巨大な建造物のように見えた。木枯らしがひゅうひゅうと僕の身体を通って、草原にさざ波を立てていった。「一体ここで何をするんだい?」と僕は訊いた。「特別にする事は無いさ。ただ、石を積み穴を掘るだけさ。」とノンは答えた。 辺りをよく見ると、大小さまざまな石がそこら中に散らばっていた。それらの石は星の光を反射し、白く美しい身体を輝かせていた。どうして僕は今までこの石に気付けなかったのだろうか。石は何かを自らの小さな身体の中に滞在させているようにも思えたが、彼らは懸命に光を吸い尽くしているだけだった。「小屋もあるし、小屋の中にはスコップも在る。君は石を積み、穴を掘るんだ。」「いやいや、ちょっと待ってくれよ。話が唐突過ぎるじゃないか。石を積むのだって穴を掘るのだっていっこうに構いやしないけど、僕がどこにいたってちゃんと現実の時間は流れてしまっているんだよ。僕が朝まで帰らないと妻は、いや、妻はまったく気にしてはくれないかもしれないけど、明日には編集者が必ず電話をかけてくる。それに出なければ僕はそこで終わりなんだよ。」ノンは深い皺を顔に刻んでにんまりと笑った。「そんなことはどうだっていいよ。小さなことさ。ありんこの糞のような事なんて誰も気にしちゃいないだろう。君が生まれたって生まれ無くったって地球はぐるぐる回ってるんだ。明日君が突然消えたって特に地球には重要なことじゃない。それよりもなによりも今君に最も重要なのは、ここで石を積んで穴を掘ることだ。ただ、それさえすればいいのさ。小屋の中には暖炉もしっかりついてるし、一人若い女の子も置いといた。朝起きれば彼女が栄養たっぷりの朝食を用意してくれる。彼女に言えばお昼にはサンドイッチもこしらえてくれる。最高だろう。君は自由に扱える家と、好き放題できる女の子と、おいしい食事を手に入れることができたんだぜ。仕事も恐ろしく簡単だ。まあ、雪が降ってくりゃ少しはきついだろうけど、その時はその時だ。」とノンは言った。 どれだけ言ったところで彼を動かせるものは無いような気がした。第一ここまで僕を連れてきたのは彼なのだ。彼の目には映るであろう草原の道標も僕には全く見えない。いっそのこと彼の首を絞めて帰り道を聞く事だって出来そうだが、彼は恐らく黄色く変色した歯をにんまりと横に並べて何も語らずにくたりと死んでいくだろう。「ま、とりあえず今日は小屋にあるふかふかのベッドでゆっくりやすみなよ。明日になればまた気は変わるさ。今日の君は今日死ぬのさ。明日の事は明日の君に任せればいい。明日目覚めた時に、もしかしたら石を積んで穴を掘ることが君自身になる可能性だって無くはない。ほら、小屋の灯りも着いた事だ。ふむふむ。この匂いはビーフシチューかな。おいしそうだなあ。俺もお腹空いてきちゃった。」と言ってノンは小屋に向かって歩いていった。 小屋にはいつしかぼんやりとした灯りがつき、煙突から上っていく煙が夜空に吸い込まれていく。一体何がどうなっているのかわからない。今まで一度だって彼がこちらに来たことは無い。こちらから向こうへ行ったときだって出会うことはほとんど無い。彼の突然の訪問が何を意味するのかも分からない。ただ、恐らく僕は長い時間を懸けてここで同じ作業を繰り返すことになるのだろう。ソファに座って坂本龍一のラジオを聞いている妻が僕の心に浮かんだ。僕は小屋に向かって歩いていった。 次の日。僕は目覚めるとトイレに向かい、鏡に向かって念入りに顔を確かめた。それから身体の各器官を指でゆっくりと押しながら、それらが全て正常に機能を果たしているのかを調べた。つむじを押した時のわずかな違和感を除けば、それらは正常に動いていた。
2007.11.15
僕は壁を眺めている。どこからどこまでも真っ白な壁を。右の腕で頬杖をつき、左手にはペンを持ち、僕はただひたすらに壁を眺めている。暫く眺めた後、僕はペンをくるりと一回転させ、何かを収めるかのようにゆっくりと机に置き、小さな手鏡で髪型を確認し、直るわけのないシャツの皺を軽く手で払い、念入りに準備を整えた。これから僕は推敲の世界に旅立たなければならない。電話の向こうで待ち構える編集者に鞭を打たれるのを避けるために、純粋なる概念や思想の住人達と会話をしなくてはならないのだ。彼らは恐ろしく繊細で敏感で、脆弱性の塊のような生物である。彼らから話を聞きだすのには時間の概念を越えた、「流れ」に乗らなくてはならない。しかし、それ以上に難しいことは、彼らの儚い矜持を失わせずに、ねっとりとした質問を浴びせる事だ。猜疑心の強い彼らに問いかける事は、ある部分の何かを引き合いに出さなければいけないこともある。時にはそれが命であったり、マッチであったり、恋人であったりする。そして、上手く彼らの言葉を掬い上げることが出来た時のみ、僕はこちらの世界へ戻り、それを文章として具体化することが出来るのだ。 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は余っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。そんな午後。 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。「夕飯は要らない。」 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が彼を見た瞬間に彼は僕に名前を教えてくれた―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると何回転も回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に入っていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。「やあ、おっさん。」とノンは言った。「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。「何か用が無ければこちらに来てはいけないのか。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらのもともとの基盤なんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。」そう言ってノンはしばらく黙った。彼には何を言っても徒労に終わりそうだったので、僕もしばらく黙っていた。その間、彼の額の時計の針の進む音が雨露が垂れるかのようにこの空間に落とされていた。僕は電話の線を外し、携帯は電源を切ってポケットに入れた。窓の外はすっかり闇に沈み、森が風に当たって呻き、その向こうで星か無邪気にきらきらと輝いていた。「君の世界に行こう。これ以上ここで二人で黙っていたってどうしようもない。何も進みはしない。」と僕は言った。「君は、」「君は君の望むものを全て手に入れたと思うのかい。君の小説を見てみるがいい。君は我々の言葉を理解もせずにただ受け取り、理解をしたという掲示を表しているに過ぎない。まるで明滅する電球のようだ。一体君はどちらに属しているんだい。君は自らの力で物を書いたことなんて一度だって無いはずだ。いや、無いんだ。君のしている事は誤解の山を自慰を繰り返すかのように積み重ねているだけに過ぎない。君は何も解っちゃいない。」とノンは言った。「解らない。とても、解らないんだ。しかし、曲解とは極めて言えば、本当の理解でもあると僕は思う。」と僕は言った。 彼は再びキョロキョロと辺りを見回した。そして、ついてくるがいい良い、とだけ言って窓の外へ歩いていった。僕は窓を開けて外に降りた。闇の中で、彼は道を照らす灯火のようにゆらゆらと輝いていた。僕は遅れないように彼のすぐ後ろを歩いた。空には先ほどは見えなかった大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。 僕達は月明かりに照らされた草原をひたすらに歩いた。彼の小さな足はしっかりと機能し、何かを確かめるように地面を踏みしめていた。僕の家の光は次第に小さくなり、ついには闇に溶け込んでいった。僕は道中に彼に幾度か何処へ向かっているのかを尋ねたが、もはや彼は何も語ってはくれなかった。 しばらく歩くと、薄手のカーディガンでは肌寒くなってきた。季節は既に十月の下旬を迎え、妻は外出する時厚手のコートを羽織っていた。ノンは相変わらずカチカチと音を散らばせて、暗闇の中を進んでいく。妻は今頃何をしているのだろう。食器を洗い、風呂を沸かし、ソファーに座って、コーヒーを片手に坂本龍一の久々のラジオ放送を聴いているのかもしれない。ラジオ放送が始まったのは確か1925年で、白黒テレビが1953年、カラーが1960年だった気がする。その頃といえば、畏れ多くもすばらしい作家が多かった。標本のように貼り付けられた無機質な辞書の言葉を、どのようにしたらあのような煌びやかな文章に飾り付けることが出来るのだろうか。何故、僕にはそれができないのだろう。いや、今の僕は昔の僕とも全く違う物体になってしまった。昔は書きたいことが無くても、頭の井戸の底から噴出すように文字が出てきて、とりとめも無く文章が書くことが出来たのだ。時間も何かもを置き去りにし、彼らとも今よりは饒舌に話すことも出来た。今では彼らから一つの単語を聞きだすことさえも難しい。 「着いたよ」とノンは言った。ノンはより深みを帯びた野原の前に立っていた。僕は辺りを見回したが、すっかり見たこともない風景に変わっていた。周りの山々は闇に呑み込まれ、巨大な建造物のように見えた。木枯らしがひゅうひゅうと僕の身体を通って、草原にさざ波を立てていった。「一体ここで何をするんだい?」と僕は訊いた。「特別にする事は無いさ。ただ、石を積み穴を掘るだけさ。」とノンは答えた。 辺りをよく見ると、大小さまざまな石がそこら中に散らばっていた。それらの石は星の光を反射し、白く美しい身体を輝かせていた。どうして僕は今までこの石に気付けなかったのだろうか。石は何かを自らの小さな身体の中に滞在させているようにも思えたが、彼らは懸命に光を吸い尽くしているだけだった。「小屋もあるし、小屋の中にはスコップも在る。君は石を積み、穴を掘るんだ。」「ちょっと待ってくれよ。一体それはいつまですればいいんだよ。石を積むのだって穴を掘るのだっていっこうに構いやしないけど、僕がどこにいたってちゃんと現実の時間は流れてしまっているんだよ。僕が朝まで帰らないと妻は、いや、妻はまったく気にしないかもしれないけれど、明日には編集者が必ず電話をかけてくる。それに出なければ僕はそこで終わりなんだよ。」「そんなことはどうだっていい。小さなことさ。ありんこの糞のような事なんて誰も気にしちゃいないだろう。君が生まれたって生まれ無くったって地球はぐるぐる回ってるんだ。明日君が突然消えたって特に地球には重要なことじゃない。それよりもなによりも今君に最も重要なのは、ここで石を積んで穴を掘ることだ。ただ、それさえすればいいのさ。小屋の中には暖炉もしっかりついてるし、一人若い女の子も置いといた。朝起きれば彼女が栄養たっぷりの朝食を用意してくれる。彼女に言えばお昼にはサンドイッチもこしらえてくれる。最高だろう。君は自由に扱える家と、好き放題できる女の子と、おいしい食事を手に入れることができたんだぜ。仕事も恐ろしく簡単だ。まあ、雪が降ってくりゃ少しはきついだろうけど、その時はその時だ。」とノンは言った。 どれだけ言ったところで彼を動かせるものは無いような気がした。第一ここまで僕を連れてきたのは彼なのだ。彼の目には映るであろう草原の道標も僕には全く見えない。いっそのこと彼の首を絞めて帰り道を聞く事だって出来そうだが、彼は恐らく黄色く変色した歯をにんまりと横に並べて何も語らずにくたりと死んでいくだろう。いや、彼らは形而上学的存在なのだ。おそらく死ぬという概念さえないはずだ。どうしようもない。 「ま、とりあえず今日は小屋にあるふかふかのベッドでぐっすりおやすみしなよ。明日になればまた気は変わるさ。今日の君は今日死ぬのさ。」
2007.11.14
僕は壁を眺めている。どこからどこまでも真っ白な壁を。右の腕で頬杖をつき、左手にはペンを持ち、僕はただひたすらに壁を眺めている。暫く眺めた後、僕はペンをくるりと一回転させ、何かを収めるかのようにゆっくりと机に置き、小さな手鏡で髪型を確認し、直るわけのないシャツの皺を軽く手で払い、念入りに準備を整えた。これから僕は推敲の世界に旅立たなければならない。電話の向こうで待ち構える編集者に鞭を打たれるのを避けるために、純粋なる概念や思想の住人達と会話をしなくてはならないのだ。彼らは恐ろしく繊細で敏感で、脆弱性の塊のような生物である。彼らから話を聞きだすのには時間の概念を越えた、「流れ」に乗らなくてはならない。しかし、それ以上に難しいことは、彼らの儚い矜持を失わせずに、ねっとりとした質問を浴びせる事だ。猜疑心の強い彼らに問いかける事は、ある部分の何かを引き合いに出さなければいけないこともある。時にはそれが命であったり、マッチであったり、恋人であったりする。そして、上手く彼らの言葉を掬い上げることが出来た時のみ、僕はこちらの世界へ戻り、それを文章として具体化することが出来るのだ。 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は余っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。そんな午後。 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。「夕飯は要らない。」 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が彼を見た瞬間に彼は僕に名前を教えてくれた―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると何回転も回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に入っていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。「やあ、おっさん。」とノンは言った。「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。「何か用が無ければこちらに来てはいけないのか。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらのもともとの基盤なんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。」そう言ってノンはしばらく黙った。彼には何を言っても徒労に終わりそうだったので、僕もしばらく黙っていた。その間、彼の額の時計の針の進む音が雨露が垂れるかのようにこの空間に落とされていた。僕は電話の線を外し、携帯は電源を切ってポケットに入れた。窓の外はすっかり闇に沈み、森が風に当たって呻き、その向こうで星か無邪気にきらきらと輝いていた。「君の世界に行こう。これ以上ここで二人で黙っていたってどうしようもない。何も進みはしない。」と僕は言った。「君は、」「君は君の望むものを全て手に入れたと思うのかい。君の小説を見てみるがいい。君は我々の言葉を理解もせずにただ受け取り、理解をしたという掲示を表しているに過ぎない。まるで明滅する電球のようだ。一体君はどちらに属しているんだい。君は自らの力で物を書いたことなんて一度だって無いはずだ。いや、無いんだ。君のしている事は誤解の山を自慰を繰り返すかのように積み重ねているだけに過ぎない。君は何も解っちゃいない。」とノンは言った。「解らない。とても、解らないんだ。しかし、曲解とは極めて言えば、本当の理解でもあると僕は思う。」と僕は言った。 彼は再びキョロキョロと辺りを見回した。そして、ついてくるがいい良い、とだけ言って窓の外へ歩いていった。僕は窓を開けて外に降りた。闇の中で、彼は道を照らす灯火のようにゆらゆらと輝いていた。僕は遅れないように彼のすぐ後ろを歩いた。空には先ほどは見えなかった大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。 僕達は月明かりに照らされた草原をひたすらに歩いた。彼の小さな足はしっかりと機能し、何かを確かめるように地面を踏みしめていた。僕の家の光は次第に小さくなり、ついには闇に溶け込んでいった。僕は道中に彼に幾度か何処へ向かっているのかを尋ねたが、もはや彼は何も語ってはくれなかった。 しばらく歩くと、薄手のカーディガンでは肌寒くなってきた。季節は既に十月の下旬を迎え、妻は外出する時厚手のコートを羽織っていた。ノンは相変わらずカチカチと音を散らばせて、暗闇の中を進んでいく。妻は今頃何をしているのだろう。食器を洗い、風呂を沸かし、ソファーに座って、コーヒーを片手に坂本龍一の久々のラジオ放送を聴いているのかもしれない。ラジオ放送が始まったのは確か1925年で、白黒テレビが1953年、カラーが1960年だった気がする。その頃といえば、畏れ多くもすばらしい作家が多かった。標本のように貼り付けられた無機質な辞書の言葉を、どのようにしたらあのような煌びやかな文章に飾り付けることが出来るのだろうか。何故、僕にはそれができないのだろう。いや、今の僕は昔の僕とも全く違う物体になってしまった。昔は書きたいことが無くても、頭の井戸の底から噴出すように文字が出てきて、とりとめも無く文章が書くことが出来たのだ。時間も何かもを置き去りにし、彼らとも今よりは饒舌に話すことも出来た。今では彼らから一つの単語を聞きだすことさえも難しい。 「着いたよ」とノンは言った。ノンはより深みを帯びた野原の前に立っていた。僕は辺りを見回したが、すっかり見たこともない風景に変わっていた。周りの山々は闇に呑み込まれ、巨大な建造物のように見えた。木枯らしがひゅうひゅうと僕の身体を通って、草原にさざ波を立てていった。「一体ここで何をするんだい?」と僕は訊いた。「特別にする事は無いさ。ただ、石を積み穴を掘るだけさ。」とノンは答えた。 辺りをよく見ると、大小さまざまな石がそこら中に散らばっていた。それらの石は星の光を反射し、白く美しい身体を輝かせていた。どうして僕は今までこの石に気付けなかったのだろうか。石は何かを自らの小さな身体の中に滞在させているようにも思えたが、彼らはひたすらに光を吸い尽くしているだけだった。「小屋もあるし、小屋の中にはスコップも在る。君は石を積み、穴を掘るんだ。」
2007.11.14
僕は壁を眺めている。どこからどこまでも真っ白な壁を。右の腕で頬杖をつき、左手にはペンを持ち、僕はただひたすらに壁を眺めている。暫く眺めた後、僕はペンをくるりと一回転させ、何かを収めるかのようにゆっくりと机に置き、小さな手鏡で髪型を確認し、直るわけのないシャツの皺を軽く手で払い、念入りに準備を整えた。これから僕は推敲の世界に旅立たなければならない。電話の向こうで待ち構える編集者に鞭を打たれるのを避けるために、純粋なる概念や思想の住人達と会話をしなくてはならないのだ。彼らは恐ろしく繊細で敏感で、脆弱性の塊のような生物である。彼らから話を聞きだすのには時間の概念を越えた、「流れ」に乗らなくてはならない。しかし、それ以上に難しいことは、彼らの儚い矜持を失わせずに、ねっとりとした質問を浴びせる事だ。猜疑心の強い彼らに問いかける事は、ある部分の何かを引き合いに出さなければいけないこともある。時にはそれが命であったり、マッチであったり、恋人であったりする。そして、上手く彼らの言葉を掬い上げることが出来た時のみ、僕はこちらの世界へ戻り、それを文章として具体化することが出来るのだ。 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は余っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。そんな午後。 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。「夕飯は要らない。」 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が彼を見た瞬間に彼は僕に名前を教えてくれた―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると何回転も回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に入っていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。「やあ、おっさん。」とノンは言った。「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。「何か用が無ければこちらに来てはいけないのか。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらのもともとの基盤なんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。」そう言ってノンはしばらく黙った。彼には何を言っても徒労に終わりそうだったので、僕もしばらく黙っていた。その間、彼の額の時計の針の進む音が雨露が垂れるかのようにこの空間に落とされていた。僕は電話の線を外し、携帯は電源を切ってポケットに入れた。窓の外はすっかり闇に沈み、森が風に当たって呻き、その向こうで星か無邪気にきらきらと輝いていた。「君の世界に行こう。これ以上ここで二人で黙っていたってどうしようもない。何も進みはしない。」と僕は言った。「君は、」「君は君の望むものを全て手に入れたと思うのかい。君の小説を見てみるがいい。君は我々の言葉を理解もせずにただ受け取り、理解をしたという掲示を表しているに過ぎない。まるで明滅する電球のようだ。一体君はどちらに属しているんだい。君は自らの力で物を書いたことなんて一度だって無いはずだ。いや、無いんだ。君のしている事は誤解の山を自慰を繰り返すかのように積み重ねているだけに過ぎない。君は何も解っちゃいない。」とノンは言った。「解らない。とても、解らないんだ。しかし、曲解とは極めて言えば、本当の理解でもあると僕は思う。」と僕は言った。 彼は再びキョロキョロと辺りを見回した。そして、ついてくるがいい良い、とだけ言って窓の外へ歩いていった。僕は窓を開けて外に降りた。闇の中で、彼は道を照らす灯火のようにゆらゆらと輝いていた。僕は遅れないように彼のすぐ後ろを歩いた。空には先ほどは見えなかった大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。 僕達は月明かりに照らされた草原をひたすらに歩いた。彼の小さな足はしっかりと機能し、何かを確かめるように地面を踏みしめていた。僕の家の光は次第に小さくなり、ついには闇に溶け込んでいった。僕は道中に彼に幾度か何処へ向かっているのかを尋ねたが、もはや彼は何も語ってはくれなかった。 しばらく歩くと、薄手のカーディガンでは肌寒くなってきた。季節は既に十月の下旬を迎え、妻は外出する時厚手のコートを羽織っていた。ノンは相変わらずカチカチと音を散らばせて、暗闇の中を進んでいった。妻は今頃何をしているのだろう。食器を洗い、風呂を沸かし、ソファーに座って、コーヒーを片手に坂本龍一の久々のラジオ放送を聴いているのかもしれない。ラジオ放送が始まったのは確か1925年で、白黒テレビが1953年、カラーが1960年だった気がする。その頃といえば、畏れ多くもすばらしい作家が多かった。標本のように貼り付けられた無機質な辞書の言葉を、どのようにしたらあのような煌びやかな文章に飾り付けることが出来るのだろうか。
2007.11.11
僕は壁を眺めている。どこからどこまでも真っ白な壁を。右の腕で頬杖をつき、左手にはペンを持ち、僕はただひたすらに壁を眺めている。暫く眺めた後、僕はペンをくるりと一回転させ、何かを収めるかのようにゆっくりと机に置き、小さな手鏡で髪型を確認し、直るわけのないシャツの皺を軽く手で払い、念入りに準備を整えた。これから僕は推敲の世界に旅立たなければならない。電話の向こうで待ち構える編集者に鞭を打たれるのを避けるために、純粋なる概念や思想の住人達と会話をしなくてはならないのだ。彼らは恐ろしく繊細で敏感で、脆弱性の塊のような生物である。彼らから話を聞きだすのには時間の概念を越えた、「流れ」に乗らなくてはならない。しかし、それ以上に難しいことは、彼らの儚い矜持を失わせずに、ねっとりとした質問を浴びせる事だ。猜疑心の強い彼らに問いかける事は、ある部分の何かを引き合いに出さなければいけないこともある。時にはそれが命であったり、マッチであったり、恋人であったりする。そして、上手く彼らの言葉を掬い上げることが出来た時のみ、僕はこちらの世界へ戻り、それを文章として具体化することが出来るのだ。 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は余っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。そんな午後。 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。「夕飯は要らない。」 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が彼を見た瞬間に彼は僕に名前を教えてくれた―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると何回転も回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に入っていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。「やあ、おっさん。」とノンは言った。「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。「何か用が無ければこちらに来てはいけないのか。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいんだけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらの基盤であるんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。」
2007.11.09
「此処は名も無き村である。も無く、も無い村である。村には数人のおとなが住んでいるだけで、残りは全てこどもでもあり、何者でもない人間である。ここでは、属するものは、生命といえど、物質といえど、あり得はしない。そしてこれから最も重要な事は、全ての内在する価値を見抜くことが出来なければ、ここでは生きていくことは出来ないという一点である。それは、さらさらとしたスープをゆっくりと飲み干すような事でもあり、ミチミチと音を発するような大きな肉塊をむいしゃむしゃと食べるような事でもある。そこには必ず何かが存在し、同時に消滅をも含んでいる。君はそこに何かを見出さなければならない。そして同時に属してはならないのだ。わかったかね。」 そう言って、彼は僕の身長ほどもある大きなコップを手にとり、乾いた口を潤すように何かを飲み干した。そして、彼の隣に立っている女をちらりと一目見て、合図を送った。女は彼に対して一礼すると、ドアを開けて外に出て行った。 「さて、そろそろ夕食の時刻である。君は君が思う最高の服装、ヘアースタイル、雰囲気、性格等等に着替えて出席してくれたまえ。あくまでも最高のもので頼む。今宵は七首峠の大屋敷で集合することになっておる。わかったかね。」
2007.09.20
僕は古ぼけた駅をぼんやりと眺めている。僕は僕のいる駅から僕のいない駅を眺めている。大きな入道雲が浮かぶ夏の空の下、にじみ出るような汗が、額から滑り落ちては雫となって地面に印を作る。僕は雨によって長い時間をかけて錆びていったのだろうベンチに座っている。麦藁帽子を被り、無地の透き通るような白いTシャツ着て、ボロボロのジーンズパンツを穿いて、ヒグラシの鳴き声に耳を済ませている。時折心地の良い風が体を撫でていく。駅を囲むようにして育った大木たちも大量の葉を擦らせ、囁くような音を立てる。僕は立ち上がり、どこまでも真っ青な空をじっくりと観察してみた。空の中央に焦点を合わせるにつれて、だんだんと空は深みを帯び、不快な闇を生み出していく。僕が見ているのは、空なのだろうか、それとも果ての無い宇宙なのだろうか。 どこからともなく汽笛が聞こえる。遥か遠くのようにも、間近のようにも感じる。駅の窓から周りを眺めてみると、駅を囲む大木のさらにその周りには、地平の彼方まで緑いっぱいの草原が広がっていた。とても穏やかに、まるで血を知らないみたいに。風によってところどころで波が生まれ消えていく。この駅からそれを眺めていると、まるで地球全体が草原のようにも思えてくる。僕は地球の中心に誰にも知られる事も無く、ぽつんと存在しているのだ。 黒い鉄の塊である汽車は太陽の光を真っ向から浴びて、音も無くゆっくりと僕の前で止まった。豪華な装飾を施した客車のドアがゆっくりと開き、見えない車掌が僕に手招きをする。僕は疑う事なくそれに従い、汽車へと乗り込む。車掌は見えない手で僕を撫で回し、見えない目で僕を舐めるように観察し、見えない口で僕にとろけるような声で囁いた。「後10分ばかしで着きます。座席にお座りになってお待ちください。」 僕は扉を開けて車内に入った。車内は見るからに混雑していて、まるで皮を剥がれた牛肉がぶら下がっているような光景だった。僕が押し入って中に入ると、ぎゅうぎゅうと押される波に体を操られ、気がつくと席に座っていた。周りの大きな大人たちは僕が車内に入ったことさえ気づいていないみたいに、互いの新聞を読み漁っている。席は向かい合った四人掛けだった。隣にはとても長い白髭を生やしたヤギの様な少年が窓の向こうを眺め、正面には恰幅の良い豚の様な親子がどっぷりとソファーに沈み込んでいる。二人の至福の笑顔は広い広い顔から零れ落ち、馬鹿みたいに舌を出した人間の様な犬がそれを啜っている。僕は、やれやれ、と誰にも聞こえないような小さな声で囁き、ゆっくりと眼を閉じた。カタンカタン。 陽が昇っては沈み、僕の瞼をオレンジ色に染める。10分なんて当に越えているはずだが、未だに一分さえ経っていないような気もする。僕がゆっくりと瞼を開くと、向かい側に居たはずの豚親子が消えていて、代わりに人間の様な犬が一匹ちょこんと席に座って新聞を読んでいた。隣のヤギ少年は手帳に何かを書き込んでいる。僕がそれを覗き込んでいると、突然彼は僕の方に振り返り、口を開けた。なんだか腐った魚の匂いがした。「なんだか匂いますね」とヤギ少年は言った。「なんだか匂いますね」と僕は応えた。「そうなんだかねー」とヤギ少年は言った。 そこで話は途切れたのだが、しばらくするとヤギ少年の鼻は次第にひくひくと動き始め、終いには壊れた洗濯機が断末魔をあげるかのような轟音を周囲に轟かせた。これはたまったものではない。僕はさらに大きくなるヤギ少年に向かってやめるように叫んだ。しかし、僕の口から発せられた言葉達はあっという間に彼の鼻音に吹き飛ばされ、塵一つないくらいに吹き飛んでしまった。負けじと僕は顔の半分を占めるくらいにぱかっと口を大きく開けて、高校時代に鍛えた合唱部の力を振り絞って頑張った。だが、私の三年間の合唱部での苦労よりも、既に十年は鼻と共に生きているだろう彼に敵うはずもなかった。荒れ狂う轟音はさらに力を増し、呼吸にあわせて窓にぴしぴしとひびが入っていく。 このようなことになるのだったら始めから「腐った魚の匂い」を彼に教えてあげればよかった。それで彼が如何に傷つこうとも私には毛ほどの影響もないわけだし、逆を言えば私が忠告をすることによって、彼だけではなく彼と今後付き合ってさらには結婚するであろうはずのガールフレンドをも救ったことになる。未来のヤギガールフレンドからお茶とお菓子でももらいたいくらいのもである。―あなたが主人の「腐った魚の匂い」から口腔を救っていただいたお陰で取引先とも上手くいってたくさんのボーナスがもらえたんですのよ―。まあ、そんな妄想はどうでもいい、問題は現時点のこの轟音である。僕が妄想をしている間に既に窓ガラスは木っ端微塵に崩れ去ったようだが、依然彼は元気だ。これではもう最終手段を使うことでしかこの問題は解決しないように思われたので、僕は早速実行に移した。僕はおもむろに手を彼の鼻まで持っていき、彼の脅えた目をぎゅっと睨みつけてから、鼻を渾身の力でひねり潰した。その瞬間、蛇口の栓を閉めたときのようにぴたりと音が止んだ。その瞬間初めて周りの容無き乗客達は何事が怒ったのかと天井や窓を見回したりしていた。どうやら轟音の時の方がいつもの彼であるらしい。
2007.04.13
ポツリポツリと雫のように陽は落ちていく。伸びきった誰かの影は誰かの影と溶け合っていく。木枯らしは逃げるように吹き荒み、子供の声は軽やかに空に舞い上がる。口では言えないような秘め事を井戸の底へ隠したあの日を思い出す。そして静かに、頷く様に立ち上がり、私は井戸に再び蓋をした。今日はとても晴れだった。とてもとても晴れだった。けれど、とても切なかった。新しい芽吹きを終えた木々はその間からちらちらと光を漏らす。太陽の光を浴びるほどに私の心は空っぽになり、真っ白になった。私は散歩をしていた。ただ宛てもなく歩いていた。迷路のような路地裏をぐるぐる回ったり、大通りに出ては流れに身を任せて到底知りもしない場所へ流れ着いたりもした。バックからデジタルカメラを取り出してパシャパシャと適当に撮った。公園の水を飲んだ。ケバブサンドを食べた。ココナッツカレーを食べた(ナン付き)。アシカのショーを観た。小田急線に乗った。町は通り過ぎては消えていく。波を見た。雲を見た。風を感じた。空も見た。誰かは語りかけてきたし、誰かに語りかけたりもした。陽は刻々と海に沈んでいく。私は誰かとホテルのラウンジに入って海を一望しながら適当にカクテルを飲んだ。結局誰かとは寝たのかもしれないし、寝ないまま別れたのかもしれない。とてもとても晴れた日の午後はとてもとても爽やかに過ぎていき、私には何も残してはくれなかった。一連の行動の中に生まれた小さな秘密を私は砂の中に埋めた。ふと私は思った。誰にも知られない秘密は秘密に値するのだろうか。秘密は秘密である事を公開しない限り秘密ではないのかもしれない。おそらく包装されている包みまでは誰かに見せる必要があったのだとも思う。いや、そうしなければいけなかったのだ。しかし、私は秘密が完璧な秘密になる前に砂の中に埋めてしまった。私はたった今埋められた秘密の痕跡をしばらく睨み、思い出したように終電に飛び乗った。心の中には石だけが残り、この一日は永遠にどこかにしまわれたのだ。街には街灯がともりはじめた。恋人達の幸せそうな声があたりを柔らかく包んでいく。木々は風に揺られながら葉を擦らせ音をたてる。駅からは山手線の甲高い汽笛が聞こえる。暗闇の中、私はその様子を隠れるように窓から見下ろしている。何も無い闇を見つめるとそこには何かを感じる。秘密は今でも井戸の底。誰にも知られる事も無く、今でも海を眺めているのだろう。
2007.02.16
僕はパスタを茹でる。そのため、ぐつぐつと泡を噴く鍋の中へスパゲッティを束のまま放り込む。冷蔵庫からサラダになるべく生まれてきた野菜を取り出し、適当な大きさに千切って皿にのせる。上からチーズを振りかけ、最後にクルトンも加える。クルトンは欠かせない。キッチンにトマトの匂いが漂い始める頃、僕はスパゲッティを引き上げて皿にのせる。もちろん、その上にトマトソ-スを丁寧に注いでいく。二つの皿を右手に持ち、左手には缶のコーラを2本持ってリビングへ向かう。フォークとナイフを引き出しから取り出し、テーブルに並べる。時計を見る。そろそろ約束の時間だ。彼女と約束してから随分と長い時間を独りで過ごした気がする。昨日会った時には既に彼女は存在していたのだろうか。いや、僕さえも存在していたのかさえわからない。ただ、「約束」はあったのだ。窪みの中でそれは確かに交わされた。それを汲んでいくのが僕らなのかもしれない。僕は蛇の様に舌なめずりをして時計を睨む。
2006.10.12
秋の夕暮れ。空に漂うあかね雲。夏の匂いがほのかに残る9月の初旬。僕はある山のふもとで暮らしていた。小さな丘が至るところに突出している。その中の、ある丘の上に小さな家が建っていた。僕が帰るころには既にあたりは闇に染まっている。その中でポツンと浮かぶ灯の光。その灯を見ると僕は立ち止まってしまう。しばらく何も考えずにぼんやりとその灯を観続ける。その間に、僕を囲む芝生は草と草が擦れる僅かな音をのせてさざ波をたて、上空の星々は静かに光を降り注いぐ。ある日、いつものように僕がその丘の前を通りかかったとき、灯は消えていた。出掛けているのか、と思い特に気にはしなかったが、頭にはなにか妙なひっかかりが残った。それから数日経っても灯は燈らなかった。僕は日が経つにすれ何故か焦りを憶え、家に帰ってもその状態から抜け出す事が出来なかった。真夜中に何度も目を覚まし、その度に異常なほどの渇きを覚えた。冷蔵庫から水を取り出し一気に飲み干す。窓から見える空には、不気味なほど明るい光を放っている月がポッカリと浮かんでいた。死んだ魚が虚ろな目で僕を見る。一週間が経ったが、灯は燈らなかった。僕は一度その家の近くまで行ってみる事にした。仕事は相変わらず日常の延長線上にあったがその日は休む事にした。会社は何も言わなかった。電話を置くと、早速トートバッグに簡単な軽食を入れ、ポロシャツに着替えて、ボロボロのジーパンを穿いた。靴箱からコンバースのシンプルなデザインの靴を選び、汚れ防止のスプレーをかけた。鏡を見つめて最終チェックを繰り返す。外に出ると陽は既に高く上り、大きな入道雲を傘下におさめていた。僕は歩き始めた。いつもの灯を眺める場所に着いた。時計を見ると既に一時をまわっていた。すぐ近くにあった大きな平たい石に腰をかけて昼食をとった。陽の光を体で受けているために、石は暖かかった。朝早く起きて握ったおにぎりをむしゃむしゃと食べながら、こんなにのんびりするのはいつ以来だろうと考えた。毎日の決まりきった生活は僕から考える力や独創性を奪っていく。そしてそれを奪われていると感じる心さえもいつの間にか掠れていく。蚊が血を吸うように。色をつけすぎて真っ黒になってしまったキャンパスのようだ。しかし、だからと言って新しいキャンパスに絵を描くわけにはいかない。人間は一生のうちに一枚の絵しかを描ききる事は出来ないのだ。中には描ききれないまま死んでいくものも居るだろう。充分なほどの画材を持ち合わせるには血肉を争うほどの努力が要る。しかし結果、それが自らのキャンパスを描き切るための充分なほどの画材になるとは限らない。色を数千色持っていたところで使い方を間違えれば、何にも染まぬ黒になる。一色だけでも人生は描ける。いずれにせよ、キャンパスに色はつくのだ。一色だろうが千色だろうが真っ白なままのキャンパスでは生きてはいけない。僕は色をどのようにつけてきたのだろう。間違えずに筆をふるうことをができたのだろうか。いや、どのようにふるっても結果は同じなのだ。今の僕にはあの灯があるだけでいい。極めてどうでもいい話しだ。既に歩き始めて2時間は経過した。足の疲労もピークに達している。足が棒になるとはこのようなことだったのか、と思うと同時に勉強だけを重ねた学生時代を思い出す。勉強とは自らが結論を持っていく学問ではない。既に在る事を暗記するだけの記憶力検査である。やればできるのは当たり前だろう。既に中学の時に僕はそれをわかっていた。だから勉強をして大企業に入った。しかし、その時既に僕は真っ黒だった。目前に迫るナニモノカさえ感じる事はできない体になっていた。今でさえ僕は足の感覚がなくなることを察知できなかった。自分の体さえ把握できない。何故歩くのかさえわからない。灯を見たいがために歩いているのか。それは目標なのだろうか。目標とは?中間?終り?あるいは始まり?わからない。わからない事が多すぎる。僕に分かる事といえば、あの灯を僕が見たいという気持ちだけだ。夕陽がオレンジ色に僕のキャンパスを染める。 僕は小さな家の前に立っていた。北欧の農村にあるような蔦が絡まったレンガ造りで、周りには様々な種類の花が植えてあったが暗いためぼんやりとしている。僕はガラス細工が嵌め込まれた木の扉をノックした。不思議と迷いはなかった。扉はとても美しかった。よく観ると、ガラス細工は魚を形作っていた。目のところには大きな赤いサファイヤが埋め込まれ、月の光を反射させている。その向こうでランプの光がちらちらと揺れた。僕は体勢を立て直すと、夜空の星を見上げた。扉は古い木々が擦れる甲高い音を立て、開いた。真っ赤なワンピースに灰色の毛糸のセーターを羽織ったショートカットの少女が立っていた。「何か御用ですか。」と彼女は言った。僕はなんて話せばいいか分からず、ポケットの煙草を取り出して火をつけてあたりを眺めるふりをした。ここに来るまでに何を話せばいいのかなんて全く考えていなかったのだ。「いいや、特に用は無いんだが。それにしても不思議な家に住んでいるね。ひとりで住んでるの。」「用は無いんですか。」と少女は僕の質問を無視してもう一度尋ねた。「いや、実はここのところこの家の灯がついてなかったからどうしたのか聞きたくなったんだ。」と、僕は答えた。少女は一瞬僅かに顔を変えたが、すぐに無表情な顔に戻った。「入って。」彼女は両手を両肩に乗せたまま僕を中に入れた。家の中は外観からは予想もつかないほど広かった。「そこに座ってて。」と少女はソファーを顎で指した。僕はソファーに座った。少女は木々を暖炉に押し入れ、飴細工のように丁寧にマッチで火をつけた。こぼれるような吐息で火を吹き消すと、廊下の奥の部屋に消えた。僕はぼんやりと部屋を眺めた。暖炉の上には大きな鹿の頭部の剥製が飾られ、壁には数枚写真が掛かっていた。その下にはチェストが並び、引き出しが所々開けっ放しになっていた。僕の前には平たいガラステーブルが置かれ、それを囲むようにソファーが位置していた。ソファーの間にはCDラックが置かれていた。僕の中には先ほどから既視感が駆け回っていた。暖炉からはパチパチと音が弾ける。少女はコーヒーカップを二つ持って、一つを僕の前に置き、自分は持ったままふらふらと周りを歩いた。コーヒーは、まさにコーヒーだった。僕にとって、体が棺にぴったりと嵌るようにまさにこれはコーヒーだった。 「何故火を燈さなくなったんだ。」と僕は言った。「そんな気分なの。頃合だと思ったの。」と少女は言った。少女は一口コーヒーを飲むと暖炉の上に置いた。「随分と久し振り。この家に人が来るなんて。」「あの長い道のりをわざわざ歩いてくる人間なんてそうはいないと思うよ。草木が生い茂ってるから車もバイクも通れないしね。」と僕は言った。少女は部屋の角に焦点を合わせたまま、コーヒーを再び口にして僅かに笑った。僕ら二人はしばらく何も話さないまま木の焼ける音を聴いた。「外を見て。」「外。」僕は視線を少女から窓に移した。窓の向こうには闇しか見えない。「外に何かあるのか。」「よく見て。窓の近くで。」僕は仕方なくソファーから立ち上がり、窓の向こうを覗いた。そこにはもうあのなだらかな丘は無かった。アスファルトで固められたような灰色の地面が地平線まで続いていた。空の闇にはとてつもない大きさの太陽が数個浮かんでいる。虚構世界の虚無が辺りにひしめき合うように漂っている。「なんだこれは。」と僕は言った。「あなたよ。ここは。そしてこの家があなたの形而的空間なの。」と少女は言った。「そして、私はあなたの中にいるあなた。あなたは私の中にいる私。概観なんてどうだっていいの。観念的な世界はもうあなたには必要ないんじゃないかしら。」恐らく言葉を口から出したところでこの状況が変わるわけではない。僕は素直にこの空間を受け入れる事にした。「君がもし、僕の中に居る形而的存在なら、一体僕らは今どこにいるんだ。」「私の中のあなたの中の私の中のあなたの中の・・・。永遠に続くわ。内側も外側も表も裏も存在し得るし、存在し得ないのよ。あなたはどこにも存在するし、どこにも存在しない。」彼女はコーヒーを口にした。「やれやれ。」僕は窓から離れ、ソファーに座った。窓の淵には僅かに闇が蠢いている。「この家はどこにでも存在するんだね。世界中に。いや、宇宙にもか。」「そうよ。」と少女は言った。「世界中に丘はあるの。もちろん渋谷にだってニューヨークにだってパリにだってボストンにだって至るところに。でもね、家に来る人はいないわ。みんな既存の量のお金を回すので手一杯みたい。」「じゃないと生きていけない。」と僕は言った。「観念的な世界で絶対的な力を持つのは下らない偽善より資本や戦争なんだ。空間には何が起こるかわからないからみんな怖いんだ。だから判断基準を一定に保つために、既存の資本をぐるぐると回している。金が増えることなんてないのに。でもそれをしなければなにも出来ないんだ。」「そうかしら。あなたはこうして形而的な自分に出会えたのよ。私をよく見て。あなたは私さえ理解できてない。」と少女は言った。「あなたが形而的な存在になれば、あなたの中にある全てのものも形而的な存在になるの。」「ここは、くぼみなのか。」「くぼみはどこにでも存在するの。あなたには視えていないだけ。灯が見えなくなったのはあなたの中の灯が消えてしまったからよ。だから私は灯を消したの。」と少女は言った。少女はワンピースを脱ぐと裸になった。まさに形而的な裸体だった。全ての曲線が何かを意味していたし、意味の無いものでもあった。少女は僕の前に立つと、包み込むように僕を抱いた。「帰りなさい。あなたはまだここに来なくてもいいの。観念的世界を楽しまなきゃ。やりたい事だけを必死にやり続ければいいの。命を燃やし尽くすの。自分の観念を忘れなければいいのよ。」と少女は言った。「ここには二度と戻って来れないような気がする。君はもうじき僕の中から消えてしまうんだ。」と僕は言った。「消える事は存在するの。だから私は消えないわ。」僕の体が彼女の中に入っていく。まるでゼリー状の液体の中にずぶずぶと埋め込まれていくようだ。「あなたの中に居る私の中にあなたが入っていく。」「何をすればいい。僕には淡々とただ日々を生活していく能力しかない。パスタを茹でて風呂を洗うくらいしか出来ないんだ。」「あなたの中で答えは分かっているはずよ。私はあなただもの。」次第に意識は薄れていく。頭の中が霧でいっぱいになる。真っ白だ。僕は丘の上の家に住んでいる。毎日、雨が降らない限り窓の向こうの観念的な夕陽をぼんやりと眺めている。ある日突然、扉はノックされる。扉は僕が特注した自慢の扉なのだ。わざわざガラス細工で魚を彫ってもらった。眼にはアメリカの友人から貰った大きな赤いサファイヤも埋めた。扉は再びノックされる。僕はランプに火をつけて扉に向かう。そういえばコーヒーが作りかけだったな。扉の前には赤いワンピースの少女が立っていた。「どうして灯を燈さないの。」
2006.08.17
夕焼け小焼け 道草踏んで帰りましょう 外套着込んで歩きましょう 見えない存在と踊りましょう 影引く電柱と手をつなごう テレビと共に流れよう 魚のように交わろう 明日に今日を持っていこう
2006.04.08
売れない頃に目をつけた人が売れ出すのは嬉しいんだけれど、売れ出した後、どんどんつまらない人になっていくのがやるせない
2006.04.07
立体的な顔をした女はマスクを被り、サングラスをつけていて、外から見て分かる顔の部位は目だけだった。だからその目を覗き込んだら、そこにあったのは二次元の目。ほんと驚いた。立体ではないのだ。のっぺらした平面に貼り付けられたシールのような目。現実にそんなものが存在するなんて思ってもみなかっただから昨日は本当に驚いた。
2006.04.07
ナニモノカはそこに一人佇んでいた。霧がかった海のように、それは静寂だった。ナニモノカはナイフを机の上に並べた。そしてゆっくりと、舐めるようにそれを点検した。恐ろしく優しい手つきで、ナイフに催眠でもかけるかのように。眼球の寸前にまでそれを近づけ、うっとりとした目つきでそれを見つめた。彼の男根は鉄のように硬くなり、膨張を始めていた。ナニモノカの部屋には奇妙な形をした椅子がある。少なくとも一般の店では売られていないし、作られもしないだろう。肘掛の部分には人間の腕が埋め込まれ、背もたれの部分には脊髄が埋め込まれている。丁度頭にくる部分には帽子のようなものが掛かっていて、座ったものの頭部をすっぽりと覆う。ナニモノカは一通り点検を終ると、それらを椅子のポケットに入れた。金属が擦れる音が部屋に木霊する。ナニモノカは隣の部屋に身体を移した。暗闇の中に寸文の狂いも無く並べられたライトが下からぽつぽつと光っている。そのライトが照らしているものは脊髄がくっつけられたままの脳である。天井からぶら下がり、ライトはそれを途絶えることなく照らす。脳からはいろいろなコードが延びていて、目の前の無数のテレビのどれか一つに繋がっている。全てのテレビの色は黒で、画面はいろいろな映像を垂れ流している。茅ヶ崎の海を映しているテレビもあれば、札幌の雪と共に時計台を映しているテレビもある。魚のように女と抱き合っている映像もあれば、失くしたものを探すかのように戦場を歩く映像もある。ナニモノカは羅列している脳をナイフと同じように一つ一つ丁寧に点検する。時折大脳に指を入れて刺激をしてみる。すると、刺激を受けた脳のコードが繋がるテレビは一瞬走査線を走らす。そして次のシーンでは、既に違う場面になっている。ナニモノカは点検を繰り返した。反応を示さない脳は持っている金槌で叩き潰した。その度に一瞬部屋のライトは全て消され、再び点灯する。その時には新しい脳が天井からぶら下がっていた。ナニモノカは白衣を脱いで隣の部屋へ身体を移した。隣の部屋ではダレカが手紙を書いていた。「哀しさと悲しさを手紙に詰め込んでいるんだよ。」とダレカは言った。「愛おしさなんてどうやって手紙に込めるのだろう。」溶けるような甘い言葉を手紙に詰めた。でも、その時僕は泣いていたんだ。ナニモノカは煙草を吹かして宇宙に輝く星を眺めた。「六十五億のテレビは何処まで増えるのだろう。始めは二人だけだった。そこにアナタがやって来て、僕をワタシにしたんだ。」煙草の灰は地面に落ちて、風によって飛ばされていく。「テレビを消しても新しいテレビが出てくる。彼らの世界をつくっているサーバーはもう少しで落ちるだろうな。ヒューズが飛ぶ。僕らに出来ることは管理だけだ。僕らだって管理されているのだから、管理を止めれば僕らも止められる。」とワタシは言った。僕と非僕は同時に存在しているのだけれど、交わることは永遠に無い。「昔の中国の拷問の一種に達磨(ダルマ)って言うのがあるんだ。」とキミは僕に言った。キミは本を読んでいた。本を読みながら僕と話しているのだ。「首以外、要するに手足を全部切ってしまう。そして蟲がざわめいている穴倉の中に落として殺す。」「僕達も達磨と変わらないじゃないか。」そしてキミは本を閉じた。その夜、ナニモノカは全ての脳を叩き潰した。テレビもライトも余すことなく全てを叩き割った。ライトは血に塗れたナニモノカを克明に、鮮やかに映し出す。ナニモノカは息を切らし、何かから逃げるように一晩中それを繰り返した。しかし、その行為に終わりは来ない。明日になれば今日と同じようにナニモノカはナイフの点検を始めるだろう。脳の点検を始めるだろう。ダレカは宛てのない手紙を書き続け、キミは空白のページを捲る。今日と同じ明日は来ない。しかし、明日が来ない今日ならば、一体今日というのはなんなのだろう。
2006.04.05
「何故人を殺してはいけないのか」投票箱設置!良かったら投票してやってください。
2006.04.04
ステータス★HN supica room 又は ひたすら本を読む少年★年齢 17歳★職業 高校生★病気 無い★装備 コンタクト★特技 言いたくない。★口癖 死ねば?★靴のサイズ 28か29 人差し指が長い★両親はまだ結婚してる? まだ嘘をつき付けている★兄弟 姉。★ペット みんな死にました 笑好きなもの★色 オレンジ。黒。★番号 4.★動物 犬。★飲み物 コーラ。餓鬼か。★ソーダ 質問の意味が分からない。★本 村上春樹。etc...書くのめんどい。★花 知らない。質問★髪染めてる? 黒が好きなんだってば。★髪の毛巻いてる? 自然にね。★タトゥーしてる? 白粉彫りやりてー。★ピアス開けてる? いたいいたい。★カンニングしたことある? 憶えてない。★お酒飲む?タバコ吸う? どっちも下らない。★ジェットコースター好き? 家の庭にあったら乗ってる。★どこかに引越しできたらな~と思う? 思う。★もっとピアス開けたい? だからいたいって。★掃除好き? 必然条件。★丸字?どんな筆記? 知るか!★ウェブカメラ持ってる? なにそれ?★運転の仕方知ってる? 知ってたらなんだ!★携帯何? AU.★コンピューターから離れられる? 飯が食えない。★殴り合いの喧嘩したことある? したかったなぁ。★犯罪犯したことある? 犯罪を犯すって同じ事2回言ってるよね。無いよ。★お水/ホストに見間違えられたことある? 第一誰に間違えられるんだろう。★ウソついたことある? ない(ウソ)★誰かを愛したことある? あんま人間好きじゃないです。★友達とキスしたことある? お前には教えない。★誰かの心をもてあそんだことある? 女子がそいつのことリンチしてた。★人を利用したことある? あったりまえじゃん。★使われたことは? ない。★浮気されたことある? べつにしてもいい。★何かを盗んだことある? ない。★拳銃を手にしたことある? 日本日本。今現在★今着てる服 黒のセーターになんかズボン。★今のムード 23時13分の匂いが漂ってる。★今のテイスト 日本語に訳せ。★今のにおい なんの!?★今の髪型 風呂上りだから。★今やりたいこと 寝たい。★今聞いてるCD 風味堂。★一番最近読んだ本 冬見景のイエスタディをうたって。この人絵が上手い。★一番最近見た映画 ロードオブザキング。王が帰ってくるよ。★一番最後に食べたもの 口臭を消すガム。★一番最後に電話でしゃべった人 パパ。★ドラッグ使ったのは? え?マウス?★地球のほかの惑星にも人類がいると思う? 人類がいたら凄いと思う。★初恋覚えてる? 知るか!★まだ好き? しつこい。★新聞読む? 気が向いたら。★ゲイやレズの友達はいる? ほしい。★奇跡を信じる? 桃鉄やってると奇跡が起こります。★成績いい? 悪くない。★帽子かぶる? 欲しい。★自己嫌悪する? する。★何かに依存してる? 絵。★なんか集めてる? ポケモン。★親友いる? 君がくれるの?★身近に感じれる友達いる? 君がくれるの?★自分の字好き? うん。★見た目気にする? うん。★初恋 2回目!★ファーストキス ババア。★一目ぼれって信じる? 自分にはない。★ビビビ!を信じる? 信じてやるよ。★思わせぶりははげしい方? どんな奴だ。★シャイすぎて一歩を踏み出せない? 踏み出しすぎたから今は自重してる。自分のこと★よく物思いにふける? 後悔しか思い浮かばない。★自分は性格悪いと思う? 客観的に評価できません。★いやみっぽい? あんま。★天使? なんだそりゃ。★悪魔? になりてー。と時々思う。★シャイ 恥ずかしくていえません。★よくしゃべる? しゃべるからしゃべらないようにしてる。★疲れた? じゃあやらせるな!なんだこのオチは!誰かこれみて得する奴いるのか? 終わり!
2006.04.01
木漏れ日が囁く春の日の午後、僕は家の近くにある公園をのんびりと歩いていた。しばらく園内の様子を眺めながら春の訪れを感じた。公園にある小さな丘に上ると、気持ちのいい春風が僕の体を吹き抜けていった。春風はやがて薫風へと変わるだろう。薫風はやがて秋風へと変わるだろう。秋風はやがて木枯らしになり、一年を通して地球を駆け巡るのだ。僕らの人生は風車のようだ。クルクルと廻る。クルクルと巡る。僕らはそうして出会ったのだ。摂理に順ずるように、運命と言うレールの上を慎重に渡り歩くように。小さな丘の上にある大きな木の下で、彼女は髪を靡かせていた。凛とした雰囲気を漂わせたその空間は、まるで抽象的な別世界にいるような感覚だった。白いワンピースから伸びるすらりとした細い腕。その腕はゆっくりと静かに、そして滑らかに動き、僕の位置を捉えた。僕らは惹かれ合った。そしてその空間的状況を理解する。ナニモノカの謀略か策略か。どうでもいい。ナニモノカは砂時計を逆さにして、砂を底へ落としだしたのだ。それはもう始まったことなのだ。頭上に大きな雲が訪れると、僕らは太陽から隠れるようにキスを繰り返した。いろいろな過程を越え、いろいろな結果を受け止めた。草木が生い茂り、柔らかな風に触れる頃、僕らは出会ったのだ。彼女はベッドの中で丸くなり、僕の心臓の音を聴いた。「まるで海の深い深い底にいるみたい。」と彼女は言った。彼女の艶やかな髪の毛はベッドの上に散っている。「不思議な人。」それから僕らはどうでもいいことをとりとめもなく話した。金魚を掬うように丁寧に、それは続けられた。誰にでも持ちえる内容でもあったし、誰にでも持ち得ない内容でもあった。そして、夜は僕らを優しく迎えてくれた。朝が来ると、トースターがパチンと弾けた音を立てて僕を起こした。部屋の中には、こんがりと焼けたトーストの匂いと、コーヒーの苦味を含んだ香りが漂っていた。「あなたはジャムよりピーナッツバタークリームが好きなんでしょう。」と彼女は言った。僕はピーナッツバタークリームがたっぷりと染み込んだトーストを四枚ほど食べた。彼女は僕がトーストを薦めても、コーヒーを一杯飲んだだけだった。それから僕らは映画を観に行った。内容は恐ろしく酷いもので、僕は途中から観るのを止めた。彼女にも、僕は外で待ってるから、と言ったのだけれど、お金を払った以上外に出るのはもったいないと言われたため、席に座っていなければならなかった。僕はスクリーンの一点をじっと睨み、どうでもいい考えをめぐらせた。映画が終ると、僕らは近くのシェーキーズに入り、大量のピザとパスタをたいらげた。こんなに食べているのによく胃に入るな、と僕は思った。彼女もあんな酷い映画を観たことは初めてだったし、これからの人生でもありえないだろう、という見解を述べた。僕らは車の中に戻って重なり合うように眠った。僕は夢を見た。夢の中で僕の体はどろどろと溶け出し、彼女と融合をしてしまった。始めは皮膚が溶け、次に筋繊維が溶け、骨が溶けた。ついには細胞レベルでの融合も果たし、僕らは塩基配列を同じものに組み替えた。やがて細胞は恐ろしいほどの振幅で振動を始め、摩擦によって僕らは燃え出した。月が綺麗だ。吸い込まれるように僕らの灰は天へと上っていった。しかし、やがて天へと上ると吹き荒れる風によって地球を駆け巡った。何度も何度も廻った。そして、僕らの灰は、ある国の、ある町にある、ある公園の小さな丘の大きな木に降り注がれた。その下には僕らがいた。目が覚めると、オレンジ色の太陽が沈んでいた。辺りは長い影をひれ伏せ、太陽を拝んでいるようだった。彼女は寝息をたて、腕を枕にして横たわっていた。続かない。
2006.04.01
今日はとてもがっかりだ。どうして男子って女子といると性格変わるのか。いつもとは違う別の一面を見せる。それが僕にとってとてもガッカリしたことだった。どうしようもない。男子だろうが女子だろうが体の構造が違うだけで何をそんなに焦っているの。男子も女子も、どうでもいいことでどうしようもないことを何故するんだろう。本当に今日はがっかりした。
2006.03.31
「初めまして。」「初めまして。」そう、僕は彼と初めて会ったその時から、僕と彼はこの先何らかの関係性を持つであろうことを確信していた。現にそれは出会った翌日から始まる。「先日はどうも。今日は散歩ですか。いい天気ですね。」と彼は僕に馴れ馴れしく話しかけて来た。「お隣、いいですか。」「どうぞ。」と僕は言った。何の特別な日でもない、通常の月曜日。二十五を過ぎた大人二人が月曜日に小さな町のはずれにある小さな公園の小さなベンチに腰掛けていれば、子供を連れて幼稚園に行く女性の視線がチクチク刺さる。「今日は休みですか。」「僕らの仕事に休みも仕事もありません。どちらとも平行に並行していますから。」と僕は言った。「日本語って難しい。」と彼は言った。そしてぱんぱんに膨れたジャケットのポケットから煙草を取り出して、僕に勧めることなく吸い始めた。しばらく僕ら二人は、ぼんやりと公園にあるアスレチックを眺めていた。アスレチックとはなんてややこしいものなんだろう、と僕は思った。作る時も作った後も、ややこしいものであることに変わりは無い。市が管轄している公園に置くアスレチックなんだから安全性もとても高いはずだ。しかし、アスレチックにしてみれば、アスレチックはアスレチックなりの自己主張をして子供達を楽しませている。なのに大人から見られてややこしいもの、と位置づけされるのはなんて不憫なことだろう。哀れとも言うべきか。と、だらだら脳味噌を耳から垂れ流していると突然彼は話し出した。「私の出身は東大なんです。東京大学。」一瞬間が空いた。「ふうん。」と僕は言った。どうでもいいことだ。「そりゃあ、東大入るんだからもの凄く勉強しましたよ。勉強して勉強して。彼女も作らなかったし、高校の学際だって参加しませんでした。」彼は吸っていたタバコを地面に落とし、足でねじ消した。「私の行っていた高校は進学校だったんで、まわりからは特におかしいとも思われませんでした。そして三年間勉強を続けた結果、僕は東大に受かったんです。親はそれはもう喜びましたよ。家が八百屋なんでね。こんな家からも東大には入れるんだと。努力を続ければいつか報われるのだと。」彼は静かに瞼を閉じた。「でもね。文一にめでたく合格できたからって好きなことは出来ないんです。周りからはちやほやされるんですが、自分の本当にしたいことは何も出来なかったんです。東大に入ると東大の壁があると私は思いました。だって文一に受かったとしても、有利になるのは法律関係の仕事しかありませんから。」「贅沢だな。」と僕は言った。「確かにそうです。贅沢なんです私は。しかし、こうも感じたんです。勉強によって私の人生が滅茶苦茶にされた、とね。勉強をすればするほど私の頭は悪くなっていったんです。考える喜びも、力も失い、与えられた仕事を完璧にこなすしか能力の無い人間になってしまったんです。」彼は深いため息をついた。「本当はね、そんなことに気がづかなければ、今頃涼しいクーラーの効いた役所でのんびりと事務作業をしていますよ。そして定年になれば天下って安らかに死んでいけたんです。しかし・・・。」「それはとてもつまらない人生だ。」と僕は言った。「そう、そのとおり。まったくそのとおり。面白くないんです。興味も何も沸かない。むしろ人一倍努力して東大に受かったってのに、アスファルトで固められた人生なんてまっぴらごめん。上司にゴマすって不味い酒飲んで、同僚とは愚痴を言い合って、家に帰れば私を必要としない生活が待っていて、そんな人生の何処が面白いんでしょうか。スタート地点が先にある私がそんな人生になるのか。私は自分に激しく憤りを感じました。だからね、私はこの職業を選んだんです。能力のある人間が能力を必要とする職業を選んだんです。こんどこそ間違っていない選択になるでしょう。」僕は彼を蔑んだ目でとらえていた。「作家と言うのは、まわりからみれば変な人たちです。この職業は所詮、変な人がどれほど変な事を言えるかって言うのの競争なんです。僕が見てきた限り、変な人って言うのは普通の人と無理して暮らしているといつかあなたのようになって、変な人を求めるんです。渇きを潤すようにね。だから自分が変な人とわかったら、変な人や変な子供達と暮らしていくしかないんですよ。」と僕は言った。彼は僕の言葉を訊いて何かに気付いたような顔を一瞬覗かせた。さすが東大、処理能力は早いじゃないか。他人の人生と比べて面白い面白くない人生と言っている時点で、君は普通の人なのだ。「私はどうしたら良いのでしょうか。」と彼はすぐに困った顔をして僕を見上げた。「普通の生活に戻ればいいのに。」と僕は言った。あれから何年経ったのだろう。彼はその後無事に役所に入り、神宮前にある東郷台に長年平和に暮らし、にこやかな笑顔を残して天下っていった。彼にしてみればなかなかの人生じゃないか。今でも彼から年賀状が送られてくる。その度に、あの時の言葉を感謝している、と添え書きがされている。やれやれ。未だに彼は気付いていないのだろう。あの時、僕は彼を困らせるために変な事を言ったに過ぎない。それでも信じてくれる人は信じてくれるのだ。小説とはそんなものなのだ、と僕は今でも思う。
2006.03.29
どんよりと曇り。僕は寝巻きからスーツに着替えながら、窓の外を見てそう思った。地平線が終るところにまでびっしりと雲は敷き詰められている。しかし雨は落ちてきそうに無い。時折ものすごい音を轟かせて雲の中を飛行機が飛んでいく。振動する物質が多いと、やはり音も大きくなるのだろうか。僕はテレビを点けた。天気予報ではこのまま曇りが続き、雨は明日の昼くらいにならないと降らない、と言っていた。雨といえば、世界のどこかで赤い雨が降っていた。日本の原爆のあとも黒い雨が降った。羅生門の映画を撮る時、クロサワは黒い雨を降らせた。どうでもいい。僕はテレビに観点を戻すと、一人の男と目が合った。天気予報は、ビルの中庭のようなところで行なわれ、キャスターの後ろには一般人が群がっていた。その中にその男は立っていた。そして、その視線は、僕を完璧に見据えていた。もちろん、彼のいる場所と僕のいる場所には何十キロと言う隔たりがある。しかし、彼は僕を見ていたのだ。体から滲み出てくるような深い憎しみを込めて僕を見ていたのだ。僕はその男を見返した。知っている顔でもない。記憶にさえ存在しない顔だ。おそらく彼は「憎しみの象徴」なのだろう。しばしば僕は彼のような人物を見てきた。彼らは全国各地に点在し、人々を悩ませるのだ。彼ら自身も彼ら自身によって悩んでいる。どうしようもない。僕はネクタイをきつく締めて、玄関の扉を開けた。僕はテレビを消さなかった。
2006.03.22
遥か彼方の宇宙から、宇宙人がやってきた。「こんにちわ」「こんにちわ」僕はコーヒーカップをテーブルにおいて、深々とお辞儀をした。宇宙人は礼儀に対してはとてもとても厳しいのだ。「遺失物はありますか。何でもおっしゃってくださいな。私達そう言う仲でしょう。」宇宙人はパンパンに膨れた大きなお腹から、小さなメモ帳を取り出した。宇宙人は肩にかけている鞄から、いかにも高級そうな万年筆を取り出した。僕は不思議と悲しくなってきた。「ごめん。少し泣いていいかい。」と僕は言った。「どうぞどうぞ。人生が詰まっている人ほど、私の前ではよく泣くんです。好きなだけ泣いてください。」と宇宙人は言った。僕は宇宙人の前でしばらく好きなだけ泣いた。
2006.03.21
ある晴れた日の午後と言うものは僕にとって恐ろしく退屈なものだった。それがさらに休暇と言う連続性を持つ現実の中で繰り返し行なわれることだとしたら、もはや生きている感覚は消えうせてしまう。何も持たず、「眠れる森の美女」に出てくるような深い森に迷い込んだ哀れな人間。先日、僕は茨城にある「ひまわりパーク」というところにいた。「ひまわりパーク」と言うだけあって、辺り一面に向日葵が埋め尽くされていた。爽やかな風が僕を柔らかく撫でていく。木の葉の影は僕の身体を這っていく。向日葵がさざ波を打つ。どこかで蜩が鳴く。僕の影が千切れるくらい引き伸ばされる。そして、季節遅れの向日葵は、沈む夕陽に溶けていった。縁側に座って僕はお茶を飲んだ。空も雲もオレンジ色に染まっていく。もう少しすれば僕だってオレンジ色に染まる。無機質な空間はもう散々だ。明日なんて来なければいい。明後日なんてもっと来なければいい。時間を進めることは正しいことだろうか。時間を進めたことで何か変わったことはあったのだろうか。ああ、恐ろしい。時計は五時を告げる。僕がいなくなっても、世界は歌い続ける。僕がいなくなっても、空は青いまま。僕がいなくなっても、同じように太陽はオレンジ色に世界を染め。僕がいなくなっても、縁側にはお茶が出される。電柱の灯りがポツポツと点き始めた。灯りは闇を排除して道を照らす。その下にはいつも女が立っていて、子供を生んでいく。子供はみるみる間に育っていき、いつかは光から離れていく。そこに居続けたとしても、体がいつかその空間からはみ出す。大人だって本当は知っている。彼らだって子供だったんだから。美しい少女は僕らを飽きさせない。美しい少女は僕らを優しく包んでいく。美しい少女は僕らから旅立つ。美しい少女はやがて僕らを裏切っていく。そんな彼女達に僕らが出来ることといえば、儚くとも、儚くとも、一輪の向日葵を渡すだけではないか。空よ、歌おう。雲よ、笑おう。風よ、踊ろう。月よ、照らそう。木よ、囁こう。陽よ、世界を染めよう。
2006.03.20
気付いた時、僕は月に座っていた。僕は目を開いたまま寝ていて、目を開いたまま起きたのだ。何処を見ても輝く星々しか見えない。僕が座っているのはゴツゴツとした岩肌のような月のクレーターの淵。鉱石が、光をいくつもの方向に反射させ、幻想的な空間をさらに色づける。時折凄まじい破壊音を轟かせて彗星が頭上を去っていく。彗星には青白い光の尻尾があり、残り火のように静かに消えていくのだ。月の輪を形作るいくつもの岩石は、互いに自己を主張し合い、粉々になってやみに吸い込まれていった。僕が出している酸素もあっという間に闇に溶ける。僕は静かに笑った。僕は今まで何をしていたのだろう。毎日のように学校に通い、毎日のように会社に通った。僕には何も残らないじゃないか。何故なら、僕は今まで何も考えたことは無いのだから。僕とい人間は、答え―あるいは応え―の在る問題をただひたすらこなしてきただけなのだ。来る仕事を消化していけば全て上手くいったのだ。必要なものを買って必要なものを売れば会社の経営と言うものは簡単に済んでしまうものだったのだ。ある意味勉強が出来るやつと言うのは平凡な人間ではないだろうか。彼らは口から新しい言葉さえ出す方法さえ分からないのだから。僕は暫く笑った後、漂っている星の欠片をひとつつまんだ。しかし、その星の欠片は僕に触れるとまるで蛍が死んでいくように儚く消えてしまった。なにもそんなすぐに消えなくたっていいじゃないか。僕は今はここにいるかもしれないけれど、いつかは完全にいなくなってしまうのだ。その間だけは存在に触れさせてほしい、と思う僕は異常だろうか。月の土は乾いている。いくら手ですくっても、全て指の間からこぼれていってしまうのだ。まるで人間だな、と僕は思った。取り敢えず僕は立ち上がって大きな声で叫んでみた。もちろん声は出ない。媒介が無いんだから、どうしようもないじゃないか。「ただいま。帰って来たよ。」僕は彼らに呟いた。しかし、星たちは自らの光を増すばかりで何も応えてはくれない。やれやれ、と僕は思った。君達が望んできたことを全て叶えてやったら、最後には捨てられてしまったんだよ。僕は振り返って、遥か彼方に浮かんでいる地球と言う星を見た。青い綺麗な星だ。でも、もう僕は要らないな。僕は再び振り返って、今度は太陽を睨んだ。そして二つの眼球を焼いた。凄まじい苦痛だったが、僕は全てを受け入れるよ。地球の周りを回り続ける月。僕らはゆっくりと彼らから離れていく。ゆっくりと、生クリームが溶けるように。「おかえり。」と僕は言った。
2006.03.19
夢をかなえるためには夢から覚めなくてはならない 誰かの言葉
2006.03.18
隣のベランダに靴が干してある。降り注ぐ太陽の光を体いっぱいに浴びてとても気持ちが良さそうだ、とは思えない。その靴はぐっしょりと濡れていた。靴の外だけではなく内側までも、とにかくぐっしょりと濡れていたのだ。時折、思い出したようにポタポタと雫が垂れる。おそらく昨日の大雨で濡れてしまったのだろう。隣の少年はよく、いかにもサッカー的な服装をしてどこかへ出掛ける。昨日も雨の降りしきる中、サッカーをやり続け、この有り様になってしまったのだ。僕はその靴をじっと見つめて、儚い推測を続けた。しばらくして、僕は起き上がってリビングに行くと、熊のぬいぐるみが床に転がっていた。昨日彼女が置いていったものだ。茶色の生地の真っ黒な目を持つ熊のぬいぐるみ。何も見ないし何も見れない目。どうしようもない哀れみを感じた僕はそれをゴミ箱に投げ捨てた。そして、洗面所に行き、顔を洗った。リビングに再び戻ると、ピーターラビットがそこにいた。「やあ。」とピーターラビットは言った。「やあ。」と僕は言った。「今日はいい天気だ。トンボの羽が千切れるくらい本当にいい天気だ。」「そうだね。トンボの羽が千切れるくらい本当にいい天気だ。」確かに、そんな天気だった。青い空は、はちきれるくらい膨らみ、無様な格好で浮かんでいた。雲は原型を忘却の彼方に捨て、融合と決裂を繰り返していた。「この目がね、いかすだろう。」とピーターラビットは言った。黒くてまん丸い大きな目。僕は何も言わなかった。「にんじんでも食べるかい。」と僕は言った。「けっこう。もう拝借した。」冷蔵庫を見ると、中身が散乱していた。人間が腹に銃弾を食らったように、内臓が飛び出してしまったように。僕は一人椅子に座り、コーヒーを飲んだ。彼はそんな僕をしばらく眺めて、オレンジジュースをコップに注いだ。彼はサイズの大きな白のワイシャツを着ていた。しわ加工とまで疑われるほどのしわを持ったワイシャツ。「血ってさ、あまり美味しくない。」と彼は言った。「ふうん。」と僕は言った。
2006.03.17
あー今日の雨すごかった。やばいよあれは。フットサルをしていたら不意打ち的な雨に襲われる高校2年生5名。でもそんなのおかまいなし雨の中ずっとフットサルってました。久し振りにストレス解消できました。でも予想以上に寒かった。ホント寒い。そりゃ濡れたところに風が吹けば寒いか。多分明日も5時からフットサルけど誰も風邪ひかないでほしい。やっぱ受験まで後一年しかないから今月でフットサルも終わりだと思うと少し悲しいなぁ・・・。やる度に思うよ。僕について。S63 誕生H15年度 原宿外苑中学校卒業H18年度 正則高校在籍。そして卒業の年。フットサルは、代々木公園管轄の明治公園でほとんど休みの日は毎日やっています。火曜日と木曜日は神宮前小学校の校庭を借りています。高校一年の時に中学の友達に誘われて始まりました。楽しいです。ほんと、フットサルがある日は毎日楽しい。逆に高校はつまらない。いつもなら、つまらないと思っているからつまらないのであって楽しいと思う精神が云々・・・。と続きますが、やっぱりつまらないです。つまらないというか、笑うツボが違うのって困ります。村上春樹の小説は衝撃的でした。ほんと、その頃どうしようもないことが多すぎて、どうしようもない僕はどうしようもなく毎日を過ごしていました。そんなとき、たまたま「ノルウェーの森」を読んだんです。最初は単純な官能小説かと思っていました。こんな展開になるわけ無いだろ、主人公モテ過ぎだろ、とかね。でもよく読んでみると、SEXなどがある一つの手段で、それが目的でないことに気付きました。それから村上春樹の小説を読み始めました。未だに理解できない話や、表現が多々ありますが、それは将来理解できればいい。今は理解できる範疇で理解する。それでも村上春樹の本はどうしようもなく面白かった。僕の人生で数少ない感動した出来事でした。サザンオールスターズ。彼らはヤバかッた。中学生の頃ハマり、一年かかって全ての曲を聴きまくりました。大体の曲は歌詞まで覚えてます。最初はまったのはやはり「海のyeah!!」というアルバム。真夏の果実とかヤバカッタ。やばすぎて、あと書くことが多すぎてもうこれ以上書くのは面倒くさいです。ライブも何回か行きましたが、やはり前の席で全員で合唱するのが最高。あれ知ればライブにはまりますよ。これも僕の人生で数少ない感動した出来事だった。ちなみに幼稚園や小学校の時の記憶がまったくありません。何をしてどう遊んでいたか憶えてないんですよ。友達の顔はわかるんだけど、お前と遊んだことあったっけ?的なレベルです。あんた誰?は2,3回ありました。記憶力やべー。基本的に虐められていた記憶しか残ってないのもショックだよなー。そのあと、すべて仕返ししたけど・・・。小説について。句読点が難しい。カギ括弧のときに句読点をつけるのかいつも迷う。あと、?や!など表現を表す言葉。一応記号は使わないようにはしているけれど、ほんと迷います。みなさんどうですか?いつも思いません?改行とか接続語とかどのくらいの頻度で比喩を入れるのかなど、いろいろいろいろ考えるんですけど、結局普通の小説になっちまいます。個性的な小説書きたい。自分の文法、形式を見つけるのも難しいし、確立するのもまた難しい。すげえよあいつらは。ってな処です。主に僕と言う人物がどういうものか、それを列挙しました。ふつうにこんな人いそうですね。じゃあ最後に言いたいこと言って終ります。フットサルの試合がしたい奴かかってこい!連絡くだされば試合します。終わり
2006.03.16
今日、父は帰って来たときひどく怒っていた。「あのやろう、大事な客の注文を勝手に取りやがって。」僕はそれをソファー越しに聞いていた。テレビを見て気にしないふりをしていたが、耳をびんびんにたてていた。父はひどく憤慨し、2リットルのペットボトルをがぶ飲みしていた。「あいつのせいで50人分の弁当が消えたんだ。得意先を一つ潰しやがった。」確かに僕もそう思う。始めから仕事が出来なければ仕事なんてしなければいいのだ。無理にしたって逆に会社の損失でしかないじゃないか。偽善的に僕らが雇ってあげても悲しいだけだ。あーあ、何で親父ったら雇う前にそんなこと気付かないんだろう。ポテトチップスをパリパリ食べて、テレビを見直した。そして、僕と精神障害者ではどのくらい僕が勝っているか、あるいは優れているか要点をまとめて考えていた。父は後ろから僕をじーっと見ている。「お前もテレビばかり見てないで勉強しろ。勉強しないで店をやるとこんなことになっちまうぞ。」矛先を僕に修正していたようだ。怒りを撒き散らす父を蔑んで僕は部屋に退散した。僕には母親がいない。僕が生まれた頃には死んでいたのだ。だから僕は父に嫌われていた。お前のせいで死んだんだ。って顔に書いてある。だから僕はなるべく父の顔を見ないようにした。夜中、父は電話の向こうと大声で交信していた。「なんだと。いつどこでだ?」僕は重たい瞼を必死にこらえて、父の話を聞いた。何故ならただ事ではない様子だからだ。「わかった。こちらから向かう。病院はどこだ。」父は思い切り電話を叩きつけると、スーツに着替え僕の部屋にやってきた。「よしくんが事故ったらしい。お前も病院に行くぞ。」顔面蒼白の父の顔を一分眺めたら眠気は吹き飛んだ。だって事故じゃないんだから。大急ぎでタクシーに乗り込み木下病院に直行した。父は受付で病室を聞くと、未だに治療中だと言われた。赤いランプが漂うベンチに僕と父は腰をかけた。すると、パッと光は消え、中から台に乗ったよしくんが運ばれてきた。医者は父に骨とか内臓とかの話をしていた。正直内容が僕には分からない。でも一つだけわかったことがある。よしくんは自殺だったんだ。ビルから飛び降りたんだって。まあ何考えてるか分からない奴だもの。飛び降りたって不思議じゃない。むしろこんな夜中に呼び出されて僕としては迷惑だ。いや、でもこれは明日の学校で話のねたが出来たぞ。と、僕は得意そうな自分を想像していた。その後ICUでチューブを身体に通し、仰向けに寝ているよしくんを見た。あーあ、これからお見舞いとか大変だろうなぁ。面倒くさいこともいろいろやんないといけないし、大変だね親父。と僕は勝手に父に同情していた。そして翌日、僕はよしくんの話をみんなの前で自慢して聞かせた一年後。よしくんは僕の店で働いていた。怪我も治り、父は(何故か)彼をまた雇ったのだ。そのうえ、父は昔の態度を一変し、よしくんを可愛がっていたその頃の僕といったらひどかった。塾に通ってもテストで良い点が取れず、むしゃくしゃしていろいろなものを壊していた。ポストに油にひたした布を入れて燃やしたり、明らかに反抗してこない奴を見つけて徹底的に虐めたりしていた。僕はもちろん同学年のやつらなんかより全然頭が良いと思っていたし、自分がもっとも尊い存在だと頭の中で確信していた。悪い点数を取ったときはそれをビリビリに破き、ゴミ箱の底に捨てた。何もかも悪い方向に進んでいた。歯車は止まらないのだ。ある日、よしくんが僕の家に食事をしにきた。何故か風船を僕に渡した。プレゼントだったらしい。うすら笑いをして、えへえへと僕に笑いかけていた。こんな奴になれたら幸せだろうな、と思って僕はよしくんを見ていた。帰りは車で自宅まで送ってあげることになった。確かに、こんな時間、彼では家に辿り着けないだろう。僕は助手席に乗って、よしくんは後部座席に座った。夜の静かな町を車は突き進んだ。僕は風船を抱えて街を眺めていた。バックミラーを覗くと、よしくんは未だにえへえへと笑っていた。僕はため息をついた。暑いな。窓を開けよう。スウィッチを押し、窓が開く。その瞬間、突風が吹き、僕が抱えて持っていた風船はあっという間に吹き飛んでいった。僕は父に怒鳴られるのかと思い、即座に父の顔色を伺った。しかし、父は運転に集中しているせいか、まったくそのことには気付いていなかった。僕は安堵のため息をゆっくりとし、胸を撫で下ろした。その時、僕の目の中にバックミラーが入り込んできた。車内の暗闇の中、よしくんはそこに溶け込んでいた。僕と目があったことに気づく。僕は何故か焦った。どうしようもない切迫感と焦燥感に襲われたのだ。僕は目を背けることが出来なかった。えへえへ、とよしくんは笑っていた。そしてこう言った。「ばか」
2006.03.12
「あなたの電話鳴ってるわよ。」と彼女は言った。「鳴らしたいだけ鳴らせておけばいい。」と僕は言った。彼女は僕を飽きれた目で蔑むと、電話を僕に取って渡した。「出なさいよ。どうせ何か問題でも起きたんでしょ。」僕はあからさまに嫌な顔を彼女にぶつけ、空気をこちらに引っ張った。窓のカーテンは静かに舞っている。彼女と話すくらいならこのカーテンと踊っている方がまだマシだ。僕はそれきり彼女と口をきかなかった。「もう、勝手にしなさいよ。」彼女はあっという間に衣類を身に着けると、ドアノブが壊れるくらい思い切りドアを開いて飛んでいってしまった。僕は大きなあくびをした。窓を眺めると、彼女が地面を踏みしめて帰るのが見えた。「君のような女には会いたくなかったよ。」と僕は独り言を言った。男を振り回す女は現実に存在する。女に悪気はなくても、その女が生きているだけで男は踊ってしまうのだ。なんて厄介な生き物だろう。罵ることも叱ることも出来ない。その女が通った後の道には何も残らない。全てを破壊しつくし去っていくのだ。僕は十八になるまでそんな女が現実に存在するとは思ってもみなかった。しかし、それは確かに在るものなのだ。現実の中に在るものなのだ。そんな女が僕から去っていくと、身体の隅々に憎しみが沁み込んでいった。「帰れ、二度と来るな。」と壁に向かって言ってみたが、もちろんさらに憎しみは増した。自分のこれまでの時間、金、労力がすべてこのような女に使われていたのかと思うと、死んでしまいたい気持ちになってくる。なにせ女には悪気は無いのだ。やるせない。どうしようもない。箪笥の引き出しの中から写真を全て出して、一枚一枚引きちぎった。僕の人生の中にあのような女は一瞬たりとも入り込んできてはいけないのだ。僕はある種の世界では完璧なのだ。その中に不条理な生物が入り込んでくる。そして汚していく。自らでなく周りだけをほどけないくらいからませて、最後はどこかに消えてしまう。なら始めから僕の前に現れないでくれよ。君のせいでなにもかも完結してしまった。僕は眼下を歩いている彼女に向かって、ちぎった写真をばら撒いた。全ての断片が秋の夕陽に溶けていく。彼女はこちらを見た。そして、口元を手で隠し、大きな涙を流しながら走っていった。「ざまあみやがれ。」と僕は独り言を言った。その瞬間、僕は何かを捨てた気がする。何もかも変わってしまったのだ。あの女は今は悲しんでいるが、明日には仲間に励まれていることだろう。明後日には彼氏を作ってどこかでベッドを揺らしているのだろう。僕はヒール。女はベビーフェイス。とんだベビーフェイスがいたもんだ。
2006.03.10
電話が鳴った。僕はおもむろに受話器を取り、「もしもし」と呟いた。「今日の牡蠣鍋。材料は一通り買ったから夕方には着くわ。」と彼女は言った。そういえば、今日は彼女と牡蠣鍋を食べる日だった。牡蠣鍋など、ここ最近まったく食べてない。べつに食べたからどうなるという話ではない、けれど彼女が牡蠣鍋をしたいのならそれでいい。「わかった。」と僕は言った。今は四時。二十五にもなって、この時間帯が暇だということはどれだけ情けないことなのだろう、と僕は思った。よれよれの無地のTシャツと、ボロボロのズボン。髭は一週間ほど剃ってないし、髪の毛もぐしゃぐしゃ。鏡に映る自分を「こいつは一体誰なんだ」と思いながら、僕は煙草を吸った。自分の顔を見ながら煙草を吸ったって、新しい発見は自分の嫌なところでしかない。学生の頃はよく屋上で吸ったっけ。屋上に上ったって、周りは高層ビル群に囲まれていたから景色なんて何も見えなかった。そういえば、僕が位置する場所の丁度反対側にも僕と同じように煙草を吸ってる奴がいた。奴は女の子だった。髪を金色に染めて、手にも顔にもアクセサリーをいっぱい刺して、「思春期の反発」という作品にさえ見えた女の子。どうでもいい。僕はそう思っていた。そんな女の子だって気付いた時にはよぼよぼの婆さんになる。若いのだって老けてるのだって、時間が違うだけで全ては同じことなのだ。三本目の煙草を吸ったところで僕は顔を洗った。外に出ると、眩しいくらいの太陽の光が落ちていた。僕はそれを拾い上げ、口の中に入れた。虚構の世界。葉はバラバラの方向を向き、虫達は地中に埋められる。木は全て同じ色をし、並列に並べられている。人々の笑い声は僕の頭を裂いていく。内臓はでろでろに溶かされ、ある意味気持ちがいい。「すいませーん、ご質問よろしいでしょうか。」とアンケートボードを抱えた中年の女が僕に話しかけてきた。「よろしくない。」と僕は言ってさっさとそこをあとにした。高速道路のせいで空が見えない。飛行機のせいで空が見えない。僕はこの路地を初めて通る。ありふれた路地だ。どこにでもある。人は道を、猫は塀を歩く、そんな路地。一五,六の眼鏡をかけた女の子が本を読みながら歩いてる。なのに何故か僕と目が合った。女の子はその場に立ち止まり、こう言った。「人殺し。」「そうさ、僕は人殺しだ。現実と想像に何の違いがある。他人がやったことと自分がやったことになんの違いがある。」と僕は言った。「パーティーは始まるの。」と彼女は言った。「知ってるよ。今夜は牡蠣鍋だもの。」僕がそう言うと、彼女は微笑んだ。そして自らの家に僕を誘うと―それはとても小さな家だった―、小さな箱を渡してくれた。「今度はあなたの番。誰かにそれを渡せばあなたはあなたでなくていいのよ。」僕は家に戻った。時計は六時八分。もう少しでダイアナクラークの演奏が始まる。「もう少しで着くわ。ビールでも先に飲んでて。」僕はビールを飲んだ。何をすればいいのだろう。何もしたくない時にも何かをしなければならない。生きている間の選択は自由なのだ。死んだら生きている間の選択が出来なくなる。それだけだ。暗闇にいると、小さな光が大きく見える。僕の身体は暗闇。血が流れるように、闇が僕の身体を流れている。隅々まで、僕の身体を浸すように。しかし僕だって小さい頃はもっと光を持っていた。逆に光を持ちすぎていたことで、実は何も持っていないことに気付かなかったのだ。闇に気付けば、気付いた分だけそれは増える。どうしたってそれを拭い取ることはできない。どうしたって。偽善的な活動をして、自己満足を感じたっていい。でも、一瞬でも存在したことは無くならない。弁護士の資格を持ってる。職に就こうと思えば、どこかの事務所には入れる。しかし、僕は何をすればいいのだろう。そんな迷いも気付かなければよかった。未だに彼女は帰ってこない。小さな箱はテーブルの真ん中で孤独を演じている。目を細めればそれは全く違う物にも見える。見ようと思えば何にだって見えるのだ。彼女はもう帰ってこないのかもしれない。正しい選択だと僕も思う。「そうだよ。」と口に出して呟いてみる。そうすると太陽の光が口から静かに出てきた。そしてゆっくりと、名残惜しそうに消えていった。「おやすみ。」
2006.03.09
腹は満たされていた。パスタもステーキも寿司もフライもスープもサラダもコロッケも漬物も味噌汁もクッパもビビンバもラーメンも蕎麦も鍋も餃子もフランスパンもバターも生クリームもケーキも・・・、玩具の箱のように腹は満たされている。ソファーの上で自分の膨れた腹を眺める。丸い。なにもこんなに食べなくてもよかった。人間とは、ある種の飢餓が限界に達すると、その後のことは何も考えることが出来ないのだ。別に夏でも冬でもない、ありふれた日常の一つの出来事。しかし、僕の腹は膨れていた。そういえば飲み物も何も飲まず、食べ続けたのか。大儀そうに立ち上がる僕。冷蔵庫を開ければビールはある。必要なものは必要な時に存在する。プルトップを思い切り弾き、喉の鼓動を聞く。あれから三時間も経っていたのか。僕は12時きっかりに食べ物を胃の中に流しこむことを始めた。その間、テレビは言葉を僕に投げ続けていた。しかし、何故これほどの食糧が僕の家にあったのだろう。いや、僕だってこれくらいの料理は簡単に作ることが出来る。サラダなんて冷蔵庫の野菜を簡単にちぎってドレッシングをかければ、サラダそのものだ。もし作れない料理が出てきたのだとしたら、コールガールを選ぶように電話で注文するだけだ。何も問題は無い。それにしてもよく食べたものだ。僕は自分の腹を舐めるように撫でた。「何回もあなたに電話したのよ。」と彼女は言った。「ごめん、家に居なかったんだ。」「何処にいたのよ」「神宮球場。いい試合だった。ペタジーニの逆転ホームランで入来は目を丸くして口を開けてたよ。それはすごいホームランだったんだ。打った瞬間僕は感じた。これはヤバイってね。そして結果どおりさ。」と僕は言った。ビールはこれで10本目だ。「嘘つかないで。それはこの前あなたがどこの誰だか分からない女の子と観にいった試合でしょ。」「今日も行ったんだよ。その女の子と。」「ふうん。」と彼女は言った。テレビからはヤクルト戦雨天中止の言葉が交叉していた。「今は暇でしょ。」彼女はトースターにパンを入れながらそう言った。「ビールを飲んでる奴で忙しい奴はいないよ。」10本目のビールも底が見えてきた。「外を見てみなさい。あなたは何も感じないと思うけど。」僕は窓を覗き込んだ。いつもの光景だった。丸くなった死体がそこらへんにゴロゴロ転がっていた。あるゆる木々は同じ方向になぎ倒され、地面には何も生えていなかった。10分くらい眺めていれば、ふらふらと人間が歩いてきて、空中に縄を引っ掛け首を吊る。禿山になった山々は、夜になると暗い影を垂れ流す。どこからかタタタタタ、と銃の音が聞こえる。音が聞こえると隣の家からは無邪気な笑い声がする。「ブレーメンの音楽隊が来たんだ!」と誰かが叫ぶ。「これがどうかしたのかい。」11本目。「何も感じないの。」と彼女は僕に訊いた。「何も感じないわけじゃない。けれど、これは同じ世界のことじゃないか。世界のどこかに毎日行なわれてることだ。いまさらどうしようもない。」沈黙が部屋に満たされる。僕はそれによって押し潰される。「私は最近感じてきたの。あなたとの平和な共同生活はとても幸せだった。でも、私は知ってしまった。知ってしまった以上、私はもう一度生まれ変わらなければならない気がするの。それを知らないとは言えないのよ。」彼女は綺麗だった。不完全だった。背筋をスッと伸ばしていた。黒い髪は腰まで伸びていたそして、そのまま子供を連れて出て行った。二度と戻ることは無かった。僕は毎日を同じように繰り返していた。テレビのキャスターからはマンガのような白いフキダシが口から垂れていた。今日も新しい公害病が見つかったらしい。明日も明後日も見つかるらしい。それを伝えることに意味はあるのか。知れば知るほど責任は山のように積み重なる。一体どれから片付ければいいんだ。ある日、窓の外を見ると彼女が子供を焼いていた。子供の身体から吹き出る炎は、美しかった。星空に吸い込まれるように火の粉は上っていく。彼女から伸びる黒い髪と黒い影。68本目。必要なものは必要な時に存在する。だからその時代に生まれたことを恨んじゃいけない。どうしようもないことだって確かにあるんだ。そんな僕の家にも爆弾が落ちてきた。焼夷弾が7,8発。油を撒き散らし、火が点けられた。あっという間に火は僕の生活を飲み込んだ。僕はビールを放り投げて外に飛び出した。僕だってそんな時に呑気にビールは飲めない。外に出ると、大きな鼻と大きな身体と金色の髪を持つ鬼が、僕を待っていた。鬼が僕の身体を触ると、触った部分がケロイド状になった。「ありがとう。これで僕も君を憎めるよ。」僕の口からもマンガのような白いフキダシが垂れた。そして静かに地面に流れた。やれやれ。僕は彼女を見つけた。子供達を焼いたその場でずっと立っていた。僕の家から出て行くときと同じ姿勢で。「丸くなりましょう。」「丸くなろう。」僕らは地球の上で丸くなった。
2006.03.08
明日から5日間更新をストップします。だって学習旅行なんだもの。暗くなって帰ってきます。
2006.03.03
空は快晴。そして少し空を消しゴムで消したかのような真っ白な雲。薫風に靡く草原。さざ波をたてる黄金の稲穂。木々の葉には雨の雫が水あめのように垂れている。その下に立てば、木下闇が広がる。葉の隙間からは光が漏れ出していた。蝉の音は聞こえない。葉の擦れる音だけが、この空間に満たされている。
2006.03.03
昼は太陽の世界夜は月の世界
2006.03.02
「今から傘を買いに行くんだ」と彼は言った。当然返ってくる返事は無い。なにせ今は雨が降ってる。「雨が降っているんだ。だから傘を買いに行くんだ。」と彼は言った。雨音だけが静かに窓から滑り込む。「わかったよ。そこまで言うんだったら一人で行ってくるよ。」彼はドアを思い切り開けて傘を買いに行った―――――。「というわけで、僕らはこれから彼を探さないといけない。」佐藤君は皆を集めた。「彼は傘を買いに行ったために、傘を持っては行かなかったようだ。」「今頃ずぶ濡れと言うわけか。」と加藤君は言った。「早く探さないと。明日大学の試験なのよ彼。」と伊藤さんは言った。隣で阿藤さんも頷いた。「おそらく表参道の少し路地に入った無印にいるはずだ。」「彼お金無いもんね。」三藤君が言った。「だったらコンビニのビニール傘を買いに行くんじゃない?」と武藤さんが言った。「無理無理。彼ビニール恐怖症だもの。観るのだけでも嫌なんですって。」と古藤さんが言った。「大変ねぇ。」と工藤さんが言った。そして、それぞれ自分のお気に入りの傘を持って、ヒマつぶしに出かけた。
2006.03.02
お腹減ると・・・だめだぁ…‥・
2006.03.02
彼はいつも恐ろしく笑う。全てを飲み込むように、とても恐ろしく。さっき腕時計の短針が何の前触れも無く取れた。これじゃあ何時かわからないじゃないか。そう言ったら彼は笑った。ティッシュが箱の中から消えたんだ。と、彼はそう言っていつものように笑った。君が今使い切ったから無くなったんだ。と僕は言った。使い切ってから無くなろうが、突然無くなってしまおうが、どこにも違いは無い。そう言っていつものようにまた笑った。CDに傷がついて、ある部分までいくと、そこで止まるようになってしまった。その時も彼は笑った。何故笑う。と、お気に入りのCDの不調を嘆いていた僕は言った。君は想像力が足りないね。この後の音楽なんて自分で作っちまえばいいじゃないか。現実の範疇なんてとうてい想像世界には敵わないんだ。と彼は言って笑った。僕は絶対音感がある。だからわかる。彼はいつも同じ音でしか笑わない。同じ音程。同じリズム。同じ強弱。最後にはリタルダンドになる。そして僕はいつもこう尋ねる。君は何故笑うんだい?そしたら彼はこう答えるのさ。君達の世界がとても滑稽に見えて―――――――。いつまでも終らない戦争。いつまでも終らない抗争、紛争。いつまでも終らない人間の欲。いつまでも終らない人間の性。いつまでも終らない涙。いつまでも終らない叫び。いつまでも終らない死。いつまでも終らない生。これほど笑えるものなんて、僕の世界には無かったんだよ。
2006.03.01
もし時間が止まったら――――。その止まっている間、止まっているだけの時間が流れる。宇宙の枠と同じように時間もいくつもの層がある。僕らが生活してる時間の外で存在するものがあるのだろう。さらにその外にも。さらにその外にも。それは永久に終らない。僕らの時間軸が全ての原点にあるのかはわからないけれど、そこに時間が存在した瞬間、一瞬にして「永久時間軸」は作られた。一瞬と言うより同時にだ。それは今でも続いてる。僕達もその流れの一つ。流れを構成する一部分。逆に考えれば、彼らも僕を構成する一部分。タイムスリップ。時間の中で流れていることはタイムスリップ。過去から未来へと、この宇宙に乗って流れてる。時間船宇宙号。なんて素敵な船だろう。でも、できればここの部屋だけは止まって欲しい。外の時間は受け付けたくない。年齢も、名前も、地域も、国籍も、言葉も、全て。「意識」それだけで話し合いたい。自分を丸裸にして。なにも身に着けないで。時間を身に着けないって言うことはとても難しいことだと思うけど、それでも身に着けないようにしたい。ここは現実か?ここは夢か?ここは想像か?その違いに何の意味がある。どれも同じだ。
2006.03.01
くだらない論議くだらない時間くだらない涙くだらない笑いくだらないクラスくだらない学年くだらない友達くだらない先生くだらない学校くだらない日本くだらない自分坩堝の渦に僕は巻き込まれているのだろうかどこまでいっても、なにをしても、空間は広がっていく。果てしない闇が自分の中に在る。人間なんて頭の中でなに考えてるかわからない。僕はよく頭の中で人を殺す。僕はどこか狂っているのだろうか。2ヶ月に一回くらいスパークはやってくる。スパークが来ると僕は混乱する。考えが止まらなくなる。この前はコーヒーカップだった。コーヒーカップの存在。コーヒーカップの形。コーヒーカップの容量と質量。コーヒーカップの世界。どうでもいいことばかりが僕を悩ませる。そのせいで中学の友達は一人もいなくなってしまった。僕はおそらくその場にいなければ友達になれないタイプの人間なのだろう。確かに、僕も自分を見たらそう思う。でも僕が自分の狂ってる部分を見つけるまで、自分が普通に生活していたことが不安でたまらない。過去を不安がるなんておかしいのかもしれないけれど、不安って言うものは過去にも繋がる。彼女がいたこともあるけれど、僕にとって彼女はこれまでの人生の中で一番恐ろしいものだった。恐怖と言っていい。彼女の心。彼女の身体。僕と何をしても良いと言ってくれた女の子がとても怖かった。僕はそれまで人を信用したことがほとんど無かった。僕をそこまで信用してくれている彼女の存在は、知らずのうちに僕を別次元にまで連れて行ってしまった。会話することもヤる事だって出来る。でも人に好かれることはどうしても嫌なものでしかない。僕の人生において、それが僕を混乱させてきた。一番ショックだったのは僕が彼女を殺してしまったことだ。だから別れた。たった一日しかその関係に耐えることが出来なかった僕は、とても弱い。僕はどこか狂ってる。
2006.02.28
何も無ければ何も無かったのに。存在したくなかった。存在しないままでいたかった。生きているだけで痛みは感じる。生きているだけで快楽は感じる。どうしようもない。そして、どうでもいいこと。見上げれば星空が、空が、大きな雲が。大きな窓は開かないと。でも開けない。開けれない。鍵はもうどこかへ捨ててしまった。だからこの部屋で生きるしかないね。続けるしかないね。溺れるしかないね。仮想空間の部屋。「supica's room」へようこそ
2006.02.27
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