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諸事情により、昨年末からブログ活動を長らく停止していましたが、
ようやく今日になって、実質的には今年初めてのブログ記事の作成に漕ぎ付けられました…。
さて、その復帰を期して臨んだ今回の記事で、
既に野球ファンの皆さんご存知でしょうが、あんな悲しい出来事を取り上げる羽目になってしまうとは…といった感じです
そうです。かつて 阪神の主戦投手としても活躍
された、
小林繁氏が、昨日、57歳で急逝されたことについてです…。

まず、その小林氏は鳥取県出身で、1972年に読売に入団。
その後1979年2月、例の「空白の一日」の騒動で、
阪神といったん契約した江川卓投手との電撃的な交換トレードにより、
思いがけぬ形で、阪神タイガースの一員になりました。
その年は22勝を挙げて最多勝のタイトルを獲得し、2度目の沢村賞にも輝きました!!
しかも、 古巣となった読売戦で、8勝を挙げる活躍
も見せ、「拒人キラー」の名を欲しい侭にしたのも特筆できます。
1983年に、31歳で現役引退するまで、
374試合に登板し、通算139勝95敗17セーブ、防御率3.18。
近鉄の投手コーチなどを務めた後、昨年日ハムの2軍投手コーチに就任し、今季から1軍投手コーチに昇格する予定でした。
昨日このニュースを、携帯iモードにて確認した時は、
当然ながら私も、信じられませんでしたし、絶句しました…
昨年末は、赤星さんの突如の引退であれだけ悲しんだというのに、
更にそれを上回るほどの衝撃的で、胸がつまるような悲報が飛び込んでこようとは…といった感じでした。
私は若い世代なので、小林氏の阪神での活躍ぶりについては、
学生時代、野球関係の本・雑誌などを読み漁った際に知ることが出来た有様でした。
その時、古巣に対して悔しい気持ちをぶつけた活躍ぶりに対して、
「なぜ自分は、阪神を一生懸命所轄しているのか!?」という”虎党としての原点”を思い起こせたのが大きかったなぁ~と、述懐している感じです。
その関係で、阪神選手が、読売に対して闘志むき出しで向かっていく姿を見ると、
自ずといつも以上に、阪神を応援するパワーが倍増していくのは明白でしょうね。
正直、
小林氏の阪神での活躍を抜きにして、阪神ファンとしての自分を語ることは出来ない!!
と断言できる程ではないかと思いました。
それと、実は私、ちょうど2年前に、別のブログにて、
その小林繁氏のインタビューが記載された雑誌を買って、その内容・感想を丸ごと記載したブログ記事を作成していたのを、思い出しました!!
一つ前の記事にて、それを丸ごと「リメイク」
しましたので、併せてお知らせ致します
この行をクリックすると、その「小林繁氏・雑誌インタビュー」に関するブログ記事が表示されます
その時点でも、私は、小林氏に対する注目の度合いが高かったんですが、
まさかわずか2年後に、こんな悲劇に見舞われてしまうとは…
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個人的に、そんなエピソードがあっただけに、その悲報に対する悲しみも人一倍なのかも知れんな…とすら思えました。
かなり長ったらしくお伝えしましたが、
小林繁氏の阪神移籍後からの功績を心から称え、ご冥福をお祈りすることに致します…。 合掌
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