海のこちら側 - アメリカ
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日記を書かなくなって1年くらいになる。表向きには一年前とあまり変わりのない生活を続けているがこの一年は私にとってアップダウンの多い年だった。一番の違いは、40代から50代に入ったことである。40代の終わりまで私は病気知らずできた。それが50代に入っていきなりインフルエンザをこじらせて肺炎、同時期に貧血からくる呼吸困難のとなる。生まれて初めてのERと入院。退院後の自宅療養も含めて1ヶ月も仕事を休むことになった。大学卒業以来、いつもひとつきくらいゆっくりしたいと思っていた。でも病気じゃ休んでもゆっくりできない、ぜんぜんだめ。おまけにその間の収入は激減、やっぱり稼ぐに追いつく貧乏はないと納得したり。追い討ちは病院、クリニックなどの費用。2泊3日ステイした病院からの請求書には1万4千ドルとあった。幸いにも保険会社がほどんど払ってくれて、わたしの分担は六百ドルほどでホッ。自宅療養、クリニックなどの請求書はまだ受け取っていないが、安くないことは想像がつく。支払いに苦労することはあったが、私はアメリカの医療システムがずっと好きだった。でもこの先、好きでいられるか自信はない。自分が健康なうちは問題ないが、この先年をとって病気になったりすれば保険の掛け金は確実に上がる。私の場合、一番安くあげる方法は職場を通じてグループ保険に入ることだ。これは政府の老人保健が使えるようになる60代中ごろまで健康保険のある会社で働き続けることを意味する。。。まだまだ先は長い、ひどく重く感じるのは病み上がりのディプレッションだけのため?私は長い間、あとさき考えることなくフワフワ生きてきた。そんなぜいたくができた理由のひとつは私が健康だったからと思う。痛みといえば二日酔いからくる頭痛くらい。医者にかかるのは、年一度の定期健診と、たまたま風邪をこじらせたときに抗生物質の処方箋をだしてもらうときくらい。真剣にのぞめばなんだって手に入ると信じていた。なにがあっても自分ひとり養っていくくらいなんでもないことだと思っていた。どうにもならかくなったらその時は、死んでしまえばいいくらいに思っていた。病気をしてすこし現実が見えてきたのかもしれない。生きていくのって、もっと根性のいることかもしれないって。。。
January 29, 2006
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