荒尾史学会のブログ

荒尾史学会のブログ

PR

×

サイド自由欄

熊本県荒尾市で地元の歴史を勉強するサークルです。
気になる情報が有りましたら、コメント下さい。
タイトルの左端の数字は、YYMMDDです。
本文最初の行の数値は、緯度経度です。Gマップで位置が判ります。

カレンダー

バックナンバー

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

コメント新着

名無し@ Re:200327 マップで発見!海に航空機?がとまってる!(03/27) 例の飛行機は沼島に上陸!?してるみたい…
コンデイ @ Re[1]:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) 本田豊一郎さんへ 本田様、最初に返信が遅…
コンデイ @ Re[1]:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) satakeさんへ 返事が遅れました。 このコ…
本田豊一郎@ Re:180516玉名・岱明・史学会活動・史跡巡り・上の六地蔵(06/28) こんばんは はじめまして 玉名市岱明町大…
satake@ Re:190808熊本・熊本城内・軍旗染血之跡碑(01/03) 荒尾史学会様 初めまして 佐武広(廣)命…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2023.10.25
XML
テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・柳川・久留米

因福寺に来ました。33.1295806,130.4424889




因福寺六地蔵塔

 南筑後平野に分布する丸彫式六地蔵塔の典型的なもので 、安山岩でつくっています。  高さはニメートルニ七センチあり、竿と基礎とを一石造りにしたもので、下張り、上細りの方柱です。基礎部は荒削り とし、竿部は磨き仕上げにしています。竿の上部には、梯形のカンヲ穿ち、中に僧形坐像を浮彫し、カンの廻りに刻銘ががあり下左右の銘がありますます。カン下に蓮台を造り出し、左右に別記の刻銘がありますが、下部は摩損していて、完読は不可能です。

 本塔は、鷹尾城主田尻伯耆守親種の二男田尻大助が、 天正五年(一五七七)に剃髪して、 教円と号し、親種の子鑑種の弟新佐入道大安のためにつくった供養塔と伝えられています。 この寺は、草創当時は禅宗に属し、光明寺と称しましたが、寛永年間(一六二四~四三)、田尻大助が因福寺として中興再建。その後、真宗となりました。













お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023.10.25 00:00:43
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: