『永訣の朝』のこの表現についての解釈は様々だが、ここではそれを音韻論と意味論の両方の視点から考えてみよう。
これが「わたしはわたしでひとりでいくもの」という意味の岩手方言であることは疑いなく、問題はそれをなぜローマ字で書いたのかだ。
方言、特に東北方言は、母音の発音、特にイ音、ウ音、エ音の発音が不明瞭で、混じりやすいことはよく知られている。「 Shitori 」は「しとり」とも「すとり」とも聞こえるし、「 egumo 」は「エグモ」とも「イグモ」とも聞こえる。この母音の不明瞭さは、もし仮名書きをすると、表現の契機を失うことになるだろう。賢治の時代であっても、あるいは岩手という必ずしも教育の普及が十分とは言えない地方であっても、仮名文字識字率はそう低くはなかった。しかし、ローマ字となるとほとんどの人びとは読めなかっただろうし、読めても「たどたどしく」だったろう。妹の発した言葉の特徴としてのこの「たどたどしさ」と「母音の不明瞭さ」を、ローマ字で書くことによって表したかったのではないか。
ただし、同じ妹の発話でも「(あめゆじゆとてちてけんじや)」や「(うまれでくるたて……)」は平仮名で書かれている。また、妹の発話の中で、「( Ora Orade ……)」のみが「段落ち」していない。この二つの疑問は、意味論的視点から考えてみた時に一つの解釈にたどりつく。
まず、 「( Ora Orade Shitoriegumo )」は「もうけふおまへはわかれてしまう」「ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ」という二行に挟まれていることから、多くの論者はこれを妹が死の間際に発した言葉だと解釈しているが、私はそうではないと考える。確かに「( Ora Orade Shitoriegumo )」という言葉を賢治は死にゆく妹の言葉としてとらえているのだが、実際に死んでいく人が「私は私で一人で行くんだもの」などと言うだろうか。「一人で行く」ということを、なぜ遺される兄に殊更、言わなければならないのだろう。そこにリアリティを感じることはできない。
この言葉を、賢治の記憶の中にある、まだ病気でなかった時に発せられた妹の言葉ととらえることはできないだろうか。それは、思春期の自立の決意の言葉だったかもしれないし、幼いときに喧嘩した妹が、泣きそうになりながら発した言葉だったかもしれない。もしローマ字が「たどたどしさ」を表現しているならば、後者の解釈が妥当かもしれない。いずれにしても、賢治はこの言葉を妹の「声」として記憶していて、それを「ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ」という最期の姿に重ね合わせたのではないだろうか。だからこそ、「段落ち」せず、前後の行にこの言葉は「並ぶ」のだ。
さらに言えば、ローマ字書きと妹がキリスト教の影響を受けていたことも考え合わせたい。聖歌集の中には、現在でもラテン語をローマ字で記述しているものがある。キリスト教信者にとっては、ローマ字は「聖なる言葉」であるラテン語を想起させるものだ。そのことと、詩全体のモチーフである「あめゆじゅ」を「天上のアイスクリーム」へと浄化することによって、妹の死を(あるいは短い人生を)、清らかなものにしようとしたこととは、必然的に関連する。ここで発せられた妹の「( Ora Orade Shitoriegumo )」は、賢治にとって天使の声のように澄明なものだったし、またそのようなものとして書き表したかった。
最後の「あめゆじゅ」が「天上のアイスクリーム」へと聖変化することを祈る気持ちに沿う表現としてローマ字書きが選ばれたのである。
もちろん、詩の解釈は、まったく個人の自由に属する事柄であり、他の解釈があやまりということはまったくない。そして、この詩全体を「私」という個人がどう受け取るかは、言うまでもなく「私」の全人格的問題である。