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2016.06.25
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カテゴリ: 探訪

IMG_0464 (400x300).JPGIMG_0468 (400x300).JPG

左の写真は、 多聞櫓の出口 を千貫櫓に向かう通路から撮ったもの。
右の写真は、 多聞櫓の城内側の全景 です。大門の向こうが枡形になります。

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この案内図に小さな赤丸を付けたところが、今回の多聞櫓の出口です。そこから、マゼンダ色の円を付した「千貫櫓」に向かいます。

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通路沿いの西外堀に面する漆喰塀には 鉄砲狭間 が穿たれています。
石垣の内側の上端部になる通路は、城内の地面よりかなり高い位置にあります。

IMG_0470 (400x300).JPG   千貫櫓に入ります。

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櫓内は左の写真のように、外周部に廊下があり、内側が大広間です。
IMG_0474 (400x300).JPG   一方に櫓上部への階段が設けられています。

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千貫櫓の南面の武者窓

この武者窓からは、多聞櫓の北・西面と大手門が視野に入ります。大手門に殺到する敵軍を鉄砲で狙い撃ちできる櫓です。大手門の防御拠点と言えます。

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武者窓の下部には、左の写真のような小窓が設けられています。かなりの視野角でここから銃撃できそうな感じです。
またこの小窓のそばの床面には 「石落とし」 が設けられています。上蓋で閉じられる長方形の空間です。南面と西面に各2ヶ所設けられているとのこと。

IMG_0487 (400x300).JPG

西外堀に面する櫓の西面にも勿論要所に武者窓があります。

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デジカメを窓格子から付きだして、撮った写真です。案合図と併せて御覧いただくと、位置関係がご理解いただけるでしょう。左の写真で屋上にヘリポートがある白い建物が大阪府警本部です。

IMG_0483 (400x300).JPG  千貫櫓の内部はこんな感じです。

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千貫櫓を西の丸から眺めた外観 です。ここは現在 「西の丸庭園」 と称され、その 南西隅に位置します 。二階建てで、面積は217平方mだそうです。

”名前の由来は織田信長が石山本願寺を攻めた時、横矢が効果的に飛んでくる隅櫓がこの近辺にあって難儀し「あの櫓を落とした者には千貫文の銭を与えても惜しくない」と話したことにあるというが、豊臣時代にもこのあたりにあった隅櫓も同じ名前で呼ばれていた。” (資料1) といいます。

現在、大阪城に残る建物としては、後にご紹介する「乾櫓」とともに最も古い建造物で、徳川幕府が行った大坂城再建の第一期工事として、元和6年(1620)に小堀遠州の設計・監督の下で築かれたとのことです。
”この櫓は昭和34年(1959)から36年(1961)に行われた解体修理の際、「元和六年九月十三日御はしら立/九月十三日」と墨書銘のある板が土台部分から発見され、上棟式の年月日も明らかになっている。” (資料1) そうです。

千貫櫓を出た後、ぐるりと巡るつもりで、庭園内の道路を東方向に進み、本来のこの「西の丸庭園」入口の建物の近くまで行き、左折して北に方向を転じました。

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そして案内図に黒い丸を付した辺りで、 空堀とその向こうに位置する天守閣 を眺めます。空堀の先は、水を湛えた内堀になっています。
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このあたりからの天守閣の眺めはなかなか美しい。

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反対に、振り返ると西側には、広々とした芝生地になっています。

「西の丸庭園」 という名称を最初に読んだ時は、いわゆる地泉廻遊式庭園でもあるのかと想像していたのですが、完全に想像倒れとなった次第。ここに入るのは有料なのですが、天気が良ければのんびりと寝転ぶことができる空間になっています。シートを敷き、のんびりと過ごす人々をあちらこちらに見かけました。

調べてみると、ここは 大阪を代表する花見のメッカ でもあるようです。昭和40年(1965)に全体の敷地の約半分 3,3000平方mがこの形の芝生公園に整備された そうです。 (資料2)
振り返った辺りは 「大阪城代屋敷跡」 だという説明板が立っています。

「現在の西の丸庭園の南側には江戸時代、幕府重職で大坂城の防衛や維持管理の最高責任者である大坂城代の屋敷(官邸)があった。東向きの玄関は唐破風造りで、公務を行う広間や書院だけでなく、城代の妻子が居住する建物も備えており、本丸御殿に次ぐ規模の御殿であった。明治維新の際の火災で焼失。ここは城代屋敷の表門付近にあたる。」 (説明板を転記)


下段の写真に見える建物は 「大阪迎賓館」 で、1995年のAPEC大阪開催にあたり、メイン会議場としてここに新造されたそうです。近づいてみると今は休憩所として使用されています。子供たちが出入りする姿が見えました。

この写真の近くに、「西の丸」の説明板があります。

「大坂城二の丸の内、本丸の西に広がるこの一帯を特に『西の丸』と呼び、本丸に次ぐ要地であった。豊臣秀吉の弟秀長の屋敷がここに置かれたと推定され、秀吉没後には正室の北政所 (おね) が一時住み、続いて徳川家康が伏見からここに移って本丸の天守に対抗する天守を築いた。大坂の陣後、徳川幕府によって大阪城が再築されると、ここには幕府の蔵が立ち並び、これらの蔵は鍵の数から『いろは四十八蔵』とも呼ばれた。」 (説明板を転記)

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訪れた日には、庭園の一隅で、お猿さんの演技イベントが行われていましたが、仮設舞台傍を通り過ぎたときは、お猿さんの休憩タイムで、スヤスヤと気持ちよさそうでした。

いよいよ、内部公開・最後の「焔硝蔵 (えんしょうぐら) 」です。案内図の大きい赤丸のところ。

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これが 「焔硝蔵」の入口 です。どっしりとした 石造りの平屋の蔵 です。

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中に収納する物が焔硝という爆発物ですので、石壁の厚みも半端ではありません。
その扉も金属板で二重になっています。

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内部は床面も側壁、天井もすべて石。湿気を防ぐために、石積みの石の接触面は厚い漆喰で密封され、水、湿気の侵入を防いでいます。

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内部を拝見しながら通り抜けるだけでしたが、出口側も入口側と同じ扉構造です。この写真は、出口側の角からこの蔵を眺めた景色です。

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側面からながめるとこんな建造物になっています。

「徳川幕府が、鉄砲や大砲に使用する焔硝(火薬)を保管した蔵で、現在の焔硝蔵は貞享2年(1685)に建造されたもの。焔硝蔵はそれ以前にも城内数か所にあったが青屋口にあった土蔵造りの焔硝蔵は万治3年(1660)に落雷を受けて大爆発を起こし、また別の場所にあった半地下式の焔硝蔵も部材の腐食による建て直しがたびたびなされるなど、幕府は焔硝の有効な保管方法に苦慮していた。そうした課題を克服すべく、この焔硝蔵では耐火・耐久・防水に特に工夫がこらされ、床・壁・天井・梁をすべて花崗岩とし、石壁の厚さは約2.4m、屋根の下は土で固められている。面積は約171.9平方m、高さは約5.4mで、こうした石造りの火薬庫はわが国では他に例がない。徳川時代の大坂城には、西日本における幕府の軍事拠点として、焔硝のほかにも大量の兵糧や武器武具が備蓄されていた。」 (説明板を転記)

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焔硝蔵を見た後、空色の丸印を付けた場所にまず行ってみました。西の丸庭園の北東隅です。門がありますが、ここは閉まっています。IMG_0538 (400x300).JPG

その傍に石段がありますので、勿論上ってみました。

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木の間越しに、内堀の景色が一望できます。本丸の石垣の上、目の前に天守閣が聳えています。

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ここからは天守閣屋根の金の鯱がデジカメのズームアップで両方撮ることができました。
この後、未探訪の北西隅から西側を巡り、庭園入口に戻ることにしました。

北西隅には、千貫櫓と同様の古い建造物として「乾櫓 (いぬいやぐら) 」があります。案内図に紫色の丸印を付した所です。
大阪迎賓館の前を通り西に進みます。石垣が折れ込んでいる辺りから眺めると、
IMG_0571 (400x300).JPG 「乾櫓」 はこんな感じです。

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一方、少し移動して外堀を方向を変えて眺めてみました。

IMG_0565 (400x300).JPG

そして 「乾櫓」 に近づきます。西外堀の 北西角にL形に 櫓が建てられています。
ここは外観を眺めるだけですがやはり、石垣の角として押さえ所だなという気がします。

後で調べてみて、こんなことがわかりました。引用します。 (資料3)
”昭和33年(1958)に解体修理を受けているが、その時に「元和六年 甲(申)ノ九月吉日 ふかくさ作十郎」と篦書された輪違瓦が発見されている。”
”大手口から京橋口までを見渡せる戦略上重要な櫓であるとともに、堀の外側は高麗橋から京街道へ至る道筋だったこともあり、江戸期の大坂市民にとっては一番身近でなじみの深い櫓だったという。”
”一、二階の床面積が同じである「総二階造り」という珍しい構造となっている。面積は186平方m、窓は堀に面した北面と西面を中心に26ヶ所、鉄砲狭間は16ヶ所(ただし漆喰が塗り込められていて外からは見えない)。石落としは4ヶ所ある。”

乾櫓から西側の石垣沿いに南方向に進みますと、
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「坤 (ひつじさる) 櫓跡」という説明板 の立つ石垣があります。

「ここには二の丸の隅櫓の一つが建っていて、西の丸の南西(坤)にあたることから坤櫓とよばれた。創建は徳川幕府による大坂城再築工事の初年にあたる元和6年(1620)と推定され、東西8間・南北7間の二層構造、窓は西面・南面を中心に25あった。規模は南に現存する千貫櫓とほぼ同じである。明治維新の大火にも耐えて残ったが、第二次大戦の空襲で焼失した。」 (説明板を転記)

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この櫓跡から南方向に西外堀を眺めた景色です。

IMG_0599 (400x300).JPG 西の丸庭園を眺めた景色

IMG_0600 (400x300).JPG 庭園内に設置された案内図

これで西の丸庭園を一巡りしてきたことになります。

この後、2月に大阪城を探訪した時、未探訪の箇所を少し歩き回ってみました。

つづく

参照資料
1) 千貫櫓  :「大阪城バーチャルツアー」
2) 西の丸庭園  :「大阪城バーチャルツアー」
3) 乾櫓   :「大阪城バーチャルツアー」

補遺
大阪城で重要文化財の特別公開 すべて石造りの火薬庫も   :「THE PAGE」
大阪城 乾櫓   :「城の写真ライブラリー」
施設紹介 西の丸庭園  :「大阪城パークセンター」
大阪城西の丸庭園 大坂迎賓館  ホームページ
  予約制レストランが2016年5月13日にオープンしたそうです。
大阪城西の丸庭園 観桜ナイター   :「OSAKA INFO」

   ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


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スポット探訪 大阪城 櫓・蔵の内部特別公開 -3 石山本願寺推定地・蛸石・金蔵・本丸の石垣からの眺望ほか へ






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Last updated  2016.06.27 08:59:40
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