>鐘楼正面の左側の柱に、この板が吊るしてあります。各所に見られます。

この板、よく見かけますね
たたいた跡がありますが、どういう時にたたくのでしょうか
浄土真宗では、法要が始まる前にたたく鐘を「行事鐘」といいますが、黄檗宗では何と呼ぶのでしょう
魚型の木魚にもたたいた跡がありますね (2026.04.02 08:27:09)

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茲愉有人

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2026.04.02
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カテゴリ: 観照 & 探訪
天王殿側から眺めた南側回廊の 鐘楼 です。
天王殿から南に回廊を進みます。


鐘楼
      二階建ての建物。厨子に入れた小ぶりな観音立像が机上に安置されています。
鐘楼正面の左側の柱に、この巡照版が吊るしてあります。各所に見られます。

朝夕打たれることで、墨書された句が見えづらくなっています。
  謹白大衆 (謹んで大衆に白す)
  生死事大 (生死は事大にして)
  無常迅速 (無常は迅速なり)
  各宜醒覚 (各々宜しく醒覚すべし)
  慎勿放逸 (慎んで放逸する事勿れ)
一山の僧は、いましめの句を声高らかに唱えるそうです。  (2026.4.2 19:00 追記)

鐘楼前から東方向に、法堂に至る南側の廻廊が続いています。
その前に、鐘楼より東方向を探訪しておきましょう。


大王殿前の廻廊を南に進んできた南端を西側から眺めた景色。
廻廊屋根の上に見えているのは、 上掲鐘楼二階の屋根
その方向に向かうのが、南側の廻廊です。





廻廊南端の先に進むと「 聯燈堂 」があります。
西に目を転じますと、 窟門 が見えます。手前の 石柱は、この先に「賣茶堂」があることを示しています
白亜の漆喰塀の背後に見える建物は、
文華殿
          (後で、三門に近いところの窟門から近くまで行きました)
門を通り抜け、左折しますとお堂があります。
 賣茶堂




お堂の前に近づくと、左方向に「 賣茶翁顕彰碑 」が建立されています。 (賣は売の旧字)
売茶翁と称されるのは、 江戸時代の黄檗僧・月海 煎茶中興の祖 です。
還俗後は、 高遊外 とも称した人。肥前蓮池(現在の佐賀市)生まれの人で、 本名は柴山元昭 。多くの文人らと交流を深めたそうです。伊藤若冲とも交流があり、若冲は売茶翁像を描いています。 (参照資料1,2)
「享保20年(1735)61歳の頃、東山にはじめての茶亭・通仙亭を構え、煎茶を売って暮らすようになりました」 (資料3)




売茶堂の北方向、少し離れた通路の角に、「 茶具塚 」が建立されています。

ここから、南側の廻廊に引き返し、東方向に進みます。


鐘楼の近くの廻廊から眺めた 天王堂 。桁行5間、梁間3間。単層。本瓦葺。入母屋造。


       天王堂から北東方向に目を転じますと、「 大雄宝殿 」が見えます。
       お堂の前にある「月台」の形がわかりやすい。


天王堂側から撮った「 伽藍堂


鐘楼の東側 「伽藍堂」の正面 。萬福寺の 伽藍を守護する神を祀るお堂 です。
「伽藍堂」額は木庵筆。


堂内中央に、 華光 (けこう) 菩薩坐像 を安置しています。


        菩薩像の衣をよく見ますと、龍が描かれています。
        龍ー水ー防火というつながりでしょうか。


           向って右側には、厨子に安置された坐像が見えます。
           頭部を見ると、鳥居を載せ宇賀神がその内側に居るように見えます。
多分、弁才天坐像 だろうと推測します。




         向って左側には、 大黒天像 が厨子に安置されています。






    その先の廻廊途中に、吊るされた「 雲版 (うんぱん)


伽藍堂の東側に「 斎堂 」があります。

正面に掲げられた 額には「禅悦堂」と 記されています。その字は 木庵筆 です。
江戸時代に出版された『都名所図会』を読みますと、「食堂 (じきどう) 」の名称で記載されています。




斎堂の東側で、回廊に吊るされているのは、 木魚の原型とされる法具の一つ です。

 廻廊の柱の一つに、この案内が掲示されています。


斎堂の前から、 「大雄宝殿」を眺めた景色
開梆の下をくぐった先で左折して、回廊を北に向かうと大雄宝殿に至ります。


大雄宝殿の大棟には摩加羅 (まから) が置かれています。 棟の先端は鬼瓦の形式 ですが、よく見ますと、鬼ではなく、奇妙な造形です。摩加羅と照応する形で波頭のイメージを造形しているのでしょうか。
鬼板 ととらえるべきかもしれません。不詳です。





隅(降)棟と先側の稚児棟には、鬼瓦 が見えます。
さて、この辺りで、いよいよ大雄宝殿に向います。
境内 部分図
つづく
参照資料
*『京都府の歴史散歩 下』 京都府歴史遺産研究会編  山川出版社
*『都名所図会 下巻』 竹村俊則校注  角川文庫
*『図説 歴史散歩事典』 監修 井上光貞  山川出版社
1) ​ 売茶翁 ​    :ウィキペディア
2) ​ 売茶翁 ​  日本大百科全書(ニッポニカ) :「JapanKnowledge」
3) ​ 売茶翁 ​ レファレンス事例:「レファレンス協同データベース」







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Last updated  2026.05.03 15:40:24
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Re:観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -3 鐘楼、聯燈堂、賣茶堂、伽藍堂、斎堂(04/02)  
Jobim3  さん

Re[1]:観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -3 鐘楼、聯燈堂、賣茶堂、伽藍堂、斎堂(04/02)  
茲愉有人  さん
Jobim3さんへ

名称を思い出せなかったので、板と表記したのですが、過去の記録写真を確認できました。
「巡照版」が正式な名称。
今回、案内掲示を見過ごしていたのかもしれません。
過去探訪に案内掲示の記録写真がありました。

巡照版は、「朝夕これを打って一山の僧のいましめの句を声高らかに唱えます」と説明されています。

巡照版に墨書されているのは、次の句です。

  謹白大衆 (謹んで大衆に白す)
  生死事大 (生死は事大にして)
  無常迅速 (無常は迅速なり)
  各宜醒覚 (各々宜しく醒覚すべし)
  慎勿放逸 (慎んで放逸する事勿れ)

幾つかの鳴物は、目的により使い分けられているようですね。


正式な名称を本文に補足します。
併せて、訂正を加えて置きます。 「鯱」と書きましたが、「摩加羅(まから)」でした。


茲愉有人
(2026.04.02 18:53:44)

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