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昨日、日曜日(3/30)に、地元の図書館に行った続きに、黄檗山萬福寺の放生池畔に立ち寄ってきました。週末に一気に桜が開花しましたので。また、22日にも萬福寺に来ていて、この時には三門より奥の境内も探訪しています。ここで併せてまとめてご紹介したと思います。まずは、桜を中心に。冒頭の桜景色は、萬福寺総門前の北側にある同寺の駐車場の東辺、萬福寺の塔頭の庭で開花している桜です。 萬福寺総門 総門に向って右側(南)の築地塀越しに見える桜。八分咲き位に見えます。 総門前の道路を挟み、南西側には、普茶料理の老舗「白雲庵」があります。その門前の桜もほぼ満開でした。それでは、総門を潜って、放生池の畔、築地塀近くに行きましょう。総門を入ると、参道の先に桜の木が見えます。総門を入り、すぐ右側の看門寮と総門の間の通路を右に歩むと、放生池があります。まずは、築地塀の内側で池畔にある桜、上掲の桜をすぐ傍から眺めます。築地塀の外側から眺めた桜をすぐ傍から眺めて この2枚は、3月21日に撮ったもの。放生池の東側、三門まえの池畔の桜の木の開花はまだかなり先か・・・という感じでした。総門前から、参道の先に眺めた桜の木の一つ。参道の右(南)側から眺めています。桜の木の傍に、萬福寺全景の案内図が池の前に設置されています。参道を右折して、三門の方に歩みます。脇道に逸れますが、22日に来た時に初めて気づきました。実に、遅ればせながら・・・。 参道の角にさりげなく置かれたこの銭形の手水鉢に。 今まで幾度もそばを通ながら見過ごしていました。 龍安寺の庭に、蹲として設置されているものと同形です。 そう、中央部の口と合わせて、「吾、唯、足、知」の四文字を読み取れます。放生池の南東側、上掲の三門と池を撮った写真でいえば、池の反対側で右上の位置にあたります。この景色の右端に見えるのが看門寮です。さて、桜見物を一旦終えて、日付は22日に遡ります。三門を入り、その先の境内を再訪しましたので、久しぶりにこの先の境内を再度探訪しました。「国際交流芸術展」が3月18~22日に、宇治市障がい者ART協会主催で開催されるというこのPRチラシを事前に入手していたのがその時の来寺理由でした。黄檗宗大本山萬福寺がその開催に協力されたのです。お陰で、展示会場となった境内にある「西方丈」の建物にも入ることができました。(このチラシを持参しますと、入山料無料で境内を訪れることができました。その点もラッキーでした。)では、次回から境内再探訪をまとめていきたいと思います。 2026.3.22 撮影ご覧いただきありがとうございます。補遺黄檗宗大本山萬福寺 ホームページアートと障害のアーカイヴ・京都 ホームページ一般社団法人 障がい者アート協会 ホームページネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -2 三門、菩提樹、八幡宮祠堂、天王殿 へ観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -3 鐘楼、聯燈堂、賣茶堂、伽藍堂、斎堂 へ観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -4 大雄寶殿 へ観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -5 回廊、法堂、慈光堂、宝篋印塔、禅堂 へ観照&探訪 宇治 黄檗宗大本山萬福寺再訪 -6 祖師堂、鐘楼、開山堂ほか へ
2026.03.30
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東大寺二月堂のお水取りの行事が終わりかけた頃から、我が家の庭にも花が咲き始めました。昨日(3/23)撮った写真を、記録を兼ねてまとめてみます。 玄関の手前東側の鉢植えに、沈丁花が咲いています。 玄関口の東側に置いた一鉢には、うつむいたクリスマスローズが咲いています。 指でつまみ、花を持ちあげてみました。 玄関への短いアプローチの通路脇、東側の花壇に、地植えの白い水仙が咲き、 その上に、アーマンディが白い花を開いています。 道路に出る通路の両側、東側の花壇の前に置いたプランターや、西側の駐車スペースとの間に並べた鉢やプランターなど、 あちこちに、ムスカリが点在して咲いています。 リビングの外側、庭に面した所に置かれたプランターに小さな紫の花。これ何の花? と家人に尋ねると、あっさりと、雑草との返事。画像検索する気が失せました。何枚か撮りましたが、うまく撮れなかったのも一因・・・・(笑)西側の敷地境界にも、幅の狭い花壇があります。 西南隅には、ボケ(木瓜)、レンギョウ、水仙が咲いています。南天が赤い実をつけています。 西側の花壇にも、クリスマスローズが俯いて咲き、水仙が適当に離れた位置に咲いています。花々の場所は実に適当な・・・・・。いずれにしても、我が家の庭にも、春が巡ってきました。ご覧いただきありがとうございます。
2026.03.24
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昨日(3/23)、伏見にある檀家寺に行きました。墓参りと彼岸会での供養に出席するためでした。帰路、久しぶりに桓武天皇柏原稜~伏見桃山城~伏見北堀公園の辺りに立ち寄る形で、ウォーキングしつつ帰宅しました。伏見北堀公園で目にした花をいくつか、記録を兼ねて載せます。体育館の傍から、伏見城の北堀の遊歩道沿いに歩き、公園を東方向に通り抜けます。 最初に目に留まったのが、ツルニチニチソウです。花の名前はグーグルの画像検索で見つけました。識別ミスがあるかも知れません。(その節には、ご教示いただけるとうれしいです)この辺りで、昨年はヒガンバナを撮りました。 道路を挟み、反対側には、ツバキの蝦夷錦(エゾニシキ)が咲いています。 そのすぐ近くに、定番のツバキが咲いていて伏見城遺構の北堀が整備され公園になっていますが、北堀の外側から内側の遊歩道に進みます。 北堀の内側の遊歩道に移る手前に、ヤマザクラが咲いていました。遺構としての北堀の一部(西端側)には水を湛えてある箇所があります。北堀を西側から東側に、遊歩道沿いに歩きます。東方向は、空堀で、堀底も歩けます。堀底には小川と遊歩道が整備され休憩所も設けてあります。北堀の上の遊歩道部分は、かつては犬走と称された通路かもしれません。北堀を見下ろしながら進む通路の反対側は石垣で、その上が土塁斜面です。遊歩道沿いには常緑樹が大半です。 画像検索で、ハクモクレンと判断しました。4月になれば、伏見北堀公園に、どのような花が咲くのでしょうか。伏見北堀公園は、「京都一周トレイル」では、伏見稲荷を起点とする東山コースにリンクする「伏見・深草ルート編」での通過地点に組み込まれています。ご覧いただきありがとうございます。補遺【京都一周トレイル®公式】大岩山山頂でほっこり。森の奥にある神聖な鳥居を目指して!(東山コース 伏見・深草ルート編) :「京都観光Naviぷらす」京都一周トレイルとは :「京都観光Navi」ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)
2026.03.23
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先週、3月11日に、大阪・渡辺橋にある中之島香雪美術館に出かけてきました。あっというまに、10日が過ぎ去りました。冒頭の画像は、「名画への旅 虎次郎の夢」展のPRチラシ(A4サイズ) です。大原美術館所蔵作品の美術展。 入場券 当日購入した図録の表紙 (右:表表紙 左:裏表紙)大原美術館には、大昔に一度行ったことがあります。その後機会がなくていけませんでした。この展覧会、3月29日が最終日なのですが、遅ればせながら、先週鑑賞に出かけてきました。記録を兼ねて、まとめてみます。大原美術館は、倉敷紡績の二代目社長、大原孫三郎氏の思いをベースに、1930年に我が国初の西洋美術館として誕生しました。創立100周年を目前にして、大原美術館の改修工事にともなう休館により、所蔵品の館外展示が可能となり、この展覧会が実現したと言います。大原美術館は、100点に満たない西洋の絵画と彫刻の蒐集を基に始まりました。それらは、洋画家の児島虎次郎が、大原孫三郎の資金援助により、ヨーロッパに渡って現地で買い付けた作品群だったそうです。児島虎次郎と大原孫三郎の二人には、「日本の人々に本物を見せたい」という思いが共有されていたのです。展覧会場は、< はじめに > に続き、∞ 形に巡る順路で 6章構成になっています。<Ⅰ 最初の渡欧 > < Ⅱ 帰国 > < Ⅲ 「絵を買ってよし」‐フランス > < Ⅳ スペイン、イタリア、スイス > < Ⅴ エジプト > < Ⅵ フランス、ふたたび > 当日、展覧会場では、特定の作品を除いて、スマホによる撮影はOKでした。スマホで撮影した絵画をここに掲載してご紹介します。会場で出品リストを入手しました。会場での作品紹介文とこのリストを見ますと、大原美術館所蔵作品を主体にしつつ、高梁市成羽美術館所蔵(以下、NM蔵と略記)の作品と個人蔵の作品が併せて展示されていました。児島虎次郎(1881ー1929)という洋画家をほとんど知りませんでした。本展を鑑賞して再認識した次第です。岡山県出身。東京美術学校西洋画科に入学。大原家の奨学金を得ながら、黒田清輝の指導のもとに学んだそうです。二度の飛び級で選科を卒業したそうですから、優秀な画家だったのでしょう。大原孫三郎が本場での研鑽を促し、サポートしたそうです。当日入手した資料によりますと、大原美術館の一環として、2025年4月に、児島虎次郎記念館がグランドオープンしたそうです。「虎次郎の絵画作品と彼が収集したエジプト・西アジアの古美術作品が鑑賞いただけます」(作品リストより)とのこと。< はじめに > には、虎次郎の2作品を展示(NM蔵)。< Ⅰ 最初の渡欧 > 虎次郎は、1908年1月25日、神戸港からフランスに旅立ち、1908年3月11日にマルセイユに到着。1912年10月19日まで滞在します。 この初渡欧では、ベルギーの王立美術学校に入学し、校長ジャン・デルヴァンから有益な指導を得たと言います。ここには、デルヴァンを通じて知り合ったベルギーの画家たちの作品が展示されています。この美術学校を首席で卒業。< Ⅱ 帰国 > 1912年10月帰国。帰国後、結婚。孫三郎の期待にはなかなか応えられない苦境の時期となったようです。己の画風の確立への苦しみなのでしょう。 児島虎次郎作 「春の光」 19161918年3月末から、3ヵ月間、己の根っ子にある東洋精神の血統を見つめなおすために、中国と朝鮮に旅をします。< Ⅲ 「絵を買ってよし」ー フランス > 第一次世界大戦後、1919年5月6日に出航することで、2回目の渡欧をします。 この渡欧において、虎次郎がサロン・ドートンヌに出品した作品<<朝鮮の少女>>がフランス国家に買い上げられたと言います。虎次郎の前進が目に見えてきます。 一方、「日本の若い画徒」のためにヨーロッパで名画を購入するという希望を、孫三郎が承諾したのです。 このセクションには、虎次郎が購入した名画が展示されています。その一部を撮りました。9点中の4点。虎次郎作の1点も展示されています。 ギュスターヴ・クールベ作 「秋の海」 1867 ジャン=フランソワ・ミレー作 「グレヴィルの断崖」 1871 ギュスターヴ・モロー作 「雅歌」 1893 ウジェーヌ・カリエール作 「想い」 1890 - 93頃< Ⅳ スペイン、イタリア、スイス > 1922年5月から1923年5月の1年間、三回目の渡欧を行い、虎次郎は「大々的大蒐集決行」を行うことになります。フランス、ベルギー、スウェーデン、ドイツ、スイスなどを訪れて、名画蒐集に奔走したそうです。 フェルディナン・ホドラー作 「木を伐る人」 1910 エル・グレコ作 「受胎告知」 1590頃-1603冒頭の画像で繰り返し使われている名画です。静かに眺めることができました。パブロ・ピカソの「頭蓋骨のある静物」(1942)が出品されています。撮影禁止でした。 アメデオ・モディリアーニ作 「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」 1919< Ⅴ エジプト > 虎次郎は3回目の渡欧の折、行きと帰りの途次で、念願のエジプト滞在を果たしたそうです。このセクションでは、NM蔵の「児島虎次郎エジプトコレクション」の遺物、虎次郎の様々な素描作品が展示されています。 虎次郎の作品で、珍しいと感じたので掛軸に装丁された作品を撮りました。個人蔵です。左は「金字塔 埃及王朝五千年之遺跡」 1926 水彩画 右は「埃及帝武王朝三千年之遺跡」 1926 水彩画< Ⅵ フランス、ふたたび > 児島虎次郎は、1929年3月、47歳で永眠しました。大原孫三郎は、世界恐慌の真っ只中にもかかわらず、1930年に、虎次郎の業績を記念し、自邸の庭に大原美術館の建設を決断したそうです。 この最後のセクションには、「大原美術館の精華というべき印象派の画家たちの作品を中心に展示」(図録より)されています。 ジャン=フランソワ・ラファエリ作 「アニエールの街路」 制作年不詳 カミーユ・ピサロ作 「ポントワーズのロンデスト家の中庭」 1880 カミーユ・ピサロ作 「りんご採り」 1886 ポール・セザンヌ作 「風景」 1888-90 ポール・ゴーガン作 「かぐわしき大地」 1892 ポール・ゴーガン作 「かぐわしき大地(ポーラ版)」 1893-94 エドヴァルト・ムンク作 「マドンナ」 1895-1902 エドガー・ドガ作 「赤い衣装をつけた3人の踊り子」 1896 クロード・モネ作 「睡蓮」 1906頃この作品も、冒頭のPRチラシや図録で使われています。ハイライト作品の一つです。 ポール・シニャック作 「オーヴェルシーの運河」 1906 ピェール・ボナール作 「欄干の猫」 1909 モーリス・ドニ作 「波」 1916茶室の間に置かれたジャコメッティの「ヴェニスの女Ⅰ」も撮ってみたのですが残念ながらNGでした。出品リストでは66点の展示数です。写真を撮るのはデジカメ中心ですので、あまり使わないスマホのカメラ機能では、この辺りを記録するにとどめました。ご覧いただきありがとうございます。参照資料*「大原美術館所蔵 名画への旅 虎次郎の夢」出品リスト*図録『大原美術館所蔵 名画への旅 虎次郎の夢』補遺大原美術館 ホームページ高梁市成羽美術館 ホームページ中之島香雪美術館 ホームページネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)
2026.03.22
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先月(2月)の26日と28日に、源氏物語ミュージアムでの講座聴講に出かけてきました。 ミュージアム前の庭には、カンツバキが咲いていました。 井筒から水があふれ出るように設えた池から鑓水が流れ出て、エントランスの傍の池に流れ込みます。その一帯のカンツバキが見頃でした。 ミュージアムの南側の庭には入れませんが、 建物の傍に、紅梅と白梅が並んでほぼ満開でした。 垣根の傍から、デジカメのズーム機能で記録写真程度は撮れました。ミュージアムのエントランスの前(東側)には、「さわらびの道」が宇治上神社、宇治神社の方向に続いています。 さわらびの道の傍の木です。 私にとっては、この木、何の木・・・・です。 ネットで画像検索してみますと、クロガネモチのようです。さわらびの道は、静かな散策路です。 (宇治市源氏物語ミュージアム・リーフレットに掲載の案内図を引用)ご覧いただきありがとうございます。補遺カンツバキ :「庭木図鑑 植木ペディア」クロガネモチ 樹木図鑑 :「木のぬくもり・森のぬくもり」クロガネモチ :「岡山理科大学」ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)
2026.03.02
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三連の切妻屋根の黒っぽい建物が「茶づな」です。北方向を眺めています。建物の背後、左側に見える緑の森は、「莵道稚郎皇子御墓」とされている御陵の樹木です。この写真を撮っているエリアが「お茶と宇治のまち歴史公園」の北部分。東(右)方向に向けば、京阪電車宇治線の軌道と宇治駅が見えます。 上掲の案内図を利用します。赤丸が冒頭の撮影場所。黄緑色が「茶づな」で、緑色の大きな丸が上記の御陵エリア。京阪電車宇治駅は青色の丸となります。宇治川(西)と宇治線の軌道、御陵で囲まれた三角形のエリアが「お茶と宇治のまち歴史公園」です。 「夢と情熱を人から人へ」碑がここに建立されています。2019年7月18日、京都アニメーション第1スタジオで発生した事件「亡くなられた36人、一人ひとりの志を36羽の鳥に託し、長く記憶に留めるため、仲間、家族、応援してくださる方々により建立されました。 2024年7月 建立」(一部転記)この碑の近くに 十月桜が咲いていました。 上掲の案内図に黄色の丸を付けた辺りです。中エリアと記されたところ。「密に打たれた杭止め護岸」が復元されています。道沿いに北方向に進みますと、オレンジ色の丸を付けた北エリアに至ります。 宇治川太閤堤の「石積み護岸」が復元されています。 石積み護岸の背後(東側)に見えるのは、大きな緑色の丸を付けた御陵です。 護岸に使われた杭が見えています。案内板の説明には、宇治川太閤堤で使用されている石材は、「堤跡全てを通して頁岩(けつがん)・粘板岩(ねんばんがん)であり、宇治川上流から採集されていたものであると考えられます。工事は区画を区切って行われたようで、およそ5mごとに石の並べ方などに変化が見られます」(一部転記)たぶん、5mごとに区切って、作業者グループを配置し、相互に競わせたのでしょうね。秀吉さん特有の人使いで・・・・。また、「この2m下には、実際の護岸が保存されています」(転記)茶づなの周辺を少し歩いてみました。ご覧いただき、ありがとうございます。補遺京都アニメーション放火殺人事件 :ウィキペディア京都アニメーション放火殺人事件 :「朝日新聞」史跡宇治川太閤堤跡パンフレット PDFファイル :「宇治市」 ダウンロードできます。宇治川太閤堤跡 :「文化遺産オンライン」ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)
2026.03.01
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