遊心六中記

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茲愉有人

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2026.04.04
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カテゴリ: 観照 & 探訪


大雄宝殿から、少し引き返し、回廊に戻り、左折して 回廊を東に法堂に 向います。

回廊から少し外れますが、途中に、西面する「 双鶴亭 」があります。

双鶴亭前の通路から、回廊越しに 大雄宝殿の側面 を眺めた景色です。

              大雄宝殿の東面から、正面に「法堂」を眺めた景色
法堂正面の石段の幅に合わせて、石條(参道)の幅が広がっています。


正面をズームアップして見ますと、法堂の扉の上部に 「獅子吼」の額 が掲げてあります。 費隠の筆 です。費隠は中国黄檗山萬福寺の禅僧で、隠元禅師の師にあたる僧です。
獅子吼は、百獣の王である獅子が一度咆哮すれば、百獣すべてが従うことにたとえた言葉です。


回廊から眺めた法堂 (はっとう)
法堂は桁行5間、梁行六間です。こちらも前面一間通り吹放ちです。単層、屋根は入母屋造で桟瓦葺です。
正面は通路になっています。 勾欄には「卍崩し」 と称される独特の木組みが用いられています。後掲の案内文では、中国様式をあらわしているそうです。

回廊に長椅子 が置かれています。


目に留まったのがこの 背板の部分のデザイン です。
中央は三葉葵紋、つまり徳川家の紋で不思議ではないのですが、その左右の意匠は王冠の意匠のように見えます。これは何を意味しているのでしょう・・・・。
北方向に目を転じますと、大雄宝殿と法堂との間は、 砕石を敷き詰めた庭 (空間)で、 熊手で筋目が整然と 描かれています。日常の修行、作務の一環なのでしょう。
北側の廻廊の先に見える屋根 は、案内図によれば「 慈光堂 」です。

その先に、石段があり、その上は、 「東方丈」の入口 です。
通常、閉まっているようです。
左折して、法堂に向います。

       回廊の壁面に 円窓 が設けてあります。
法堂正面



法堂の案内 が掲示されています。
法堂の内部は拝見できません。閉まっています。
説法を行う時以外に、「上堂や住持の晋山式などに使われます」 (資料1)

一間通り吹放ちの通路部分で見上げますと、軒下の垂木が円弧を描いたアーチ形になっています。普通、地垂木は真っすぐです。この特徴的な形は、 蛇腹天井 とも称されています。
石條(参道)の意匠が、龍の背の鱗をモチーフとするのに対して、こちらは 龍の腹を現わしている そうです。「 檐廊 (えんろう) 」と呼ぶとか。 (資料1)


梁の上の木組みの形もおもしろい。

法堂側から 回廊側の眺め
正面が西方丈 の玄関の間です。普段は戸が閉まっています。
回廊の屋根裏は、普通の真っすぐな垂木です。


   法堂の北側の廻廊に繋がる箇所を回廊の石段付近から撮りました。
ここにも、巡照版 が柱に吊るしてあります。毎日打たれているのでしょう。中央部が凹んでいます。
背後の板塀には、 「西方丈」の案内 が掲示されています。

その近くに、今回の案内板(国際交流芸術展)が設置されています。
              (ここで展示内容等には触れません)
その 左側には、「黄檗山威徳殿徳川家歴代尊霊霊牌」一覧表 が掲示されています。
こちらは常設の案内掲示です。
威徳殿は、法堂背後の山の中腹に位置しています。
今回初めて気づいた点があります。
天王殿・大雄宝殿・法堂は東西軸の一直線に伽藍が配置されています。各お堂は西面しています。それにも関わらず、法堂の左右に位置する2つの方丈は、北側が西方丈、南側が東方丈と称されているのです。今まで意識していませんでした。
この呼称はなぜなのでしょう。中国黄檗山萬福寺での名称を踏襲したということでしょうか。私にはちょっと不可思議・・・・。今回、初めて西方丈内を拝見した後で、このブログ記事をまとめていて、意識した次第。

          北側の廻廊から南の眺め
冒頭に載せた「双鶴亭」の屋根が南回廊の向こうに見えます。回廊のこの辺りだけ、回廊に白壁が境界として設けてあります。丁度正面辺りに、上掲した長椅子が置かれています。


ふり返りますと、北方向に通路があり、その先に南側の廻廊から見えた「 慈光堂 」が見えます。
回廊に「納骨堂」の額 が掲げてあります。

以前のブログ記事で記したことを一部再掲します。
慈光堂は「延宝3年(1675)に建立されたお堂で、一般信徒の位牌を納め、永代供養する場所になっています。隠元禅師300年遠諱のときに納骨堂が併設されたそうです。納骨堂の額が掲げてあるのはこれに由来するのでしょう。宗旨を問わず納骨を受け付けている」と言います。 (拙ブログ記事 2022.1.16)

慈光堂の西側には、 宝篋印塔 が建立されています。


石塔前に近づきますと、 塔身の正面に 怨親平等 (おんしんびょうどう) 」と刻されています。
インドのグプタ朝時代に、釈迦の伝記( ブッダチャリタ )が作られ、 『仏所行讚』 として漢訳されたそうです。釈迦の御遺告の中に、この語句が出て来ると言います。「怨敵と親しい者とを平等にみる」という意味だそうです。 (上掲拙ブログ記事より)

北側回廊から、大雄宝殿に立ち寄ってみました。
前面の一間通り吹放ちの空間、つまり通路部分の上をあらためて見上げますと、 法堂と同じ形式の蛇腹天井 が見えます。


大雄宝殿前の月台 にも、法堂前と同様に砕石が敷かれていて、こちらも熊手で 筋目が整然と 描かれています。
南側回廊沿いに、左から斎堂、伽藍堂、鐘楼の伽藍が列をなしている景色が見えます。
大雄宝殿の北西側から眺めた禅堂 です。禅堂に向います。

禅堂も桁行5間・梁行六間、前面一間通り吹き放ちで単層、入母屋造、本瓦葺です。


禅堂に向かう回廊


禅堂の手前の柱に、 「黄檗専門道場」の木札 が掛けてあります。
禅堂についての案内掲示板 の傍にも、 巡照版 が吊り下げてあります。
山内の5ヵ所に、巡照版が設置されているそうです。 (資料1)

        禅堂の入口の扉の左右の柱には、 が掛けてあります。



入口の扉の上には、 「選佛場」の額 が掲げてあります。 隠元禅師の筆 によります。
禅堂の扉は閉められ、 木札「止静」 が吊り下げられています。

修行中のために御静かに! 静謐さを求められる場所です。
この禅堂(坐禅をする所)、斎堂(食堂)、浴場の3箇所は、三黙道場と称されます。
沈黙が必須の場所です。


禅堂の西にある伽藍に進みます。
つづく
参照資料
*『京都府の歴史散歩 下』 京都府歴史遺産研究会編  山川出版社
*『都名所図会 下巻』 竹村俊則校注  角川文庫
1)『最新版フォトガイドマンプクジ 黄檗山萬福寺』 黄檗山萬福寺 発行
補遺
黄檗宗大本山萬福寺 ​  ホームページ
ブツダチャリタ ​   :ウィキペディア
佛所行讃 ​  :「国立国会図書館デジタルコレクション」

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Last updated  2026.05.03 15:48:08
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