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今日は朝から、公文教室の個人面談があったので行って来た。今後、どのような教材を使っていくのかとか、現在のあやかのレベルなど、色々と話してくれた。グラフの線を見ると、レベル的には中の上といったところかな?まあ、始めて1ヶ月もたってないわけだし、それでこのレベルなら良い方かな?と思う。今日、保育園から帰ってきたら、うんと誉めてあげよう。先生の話では、あやか姫は精神的に大人であり、このままの調子でいけば、グンとのびていくだろうとのこと。人前では優等生・・という性格が幸いしてるのかもね。(苦笑)「家じゃあ、ワガママ言ったりすごいんだよ~。」って、同じ保育園の友人ママ達に言っても信じてくれないしなあ・・。公文の先生は、「その方が“世渡り上手”になるからいいんじゃない?」と言ってくれるけどね。まあね~、外でストレス発散して乱暴になられたりするよか、家で発散してもらった方がいいとは思うけど。子どもだってストレスたまるし、どこかで発散させてあげなきゃね。今のところ、本人も喜んで通っている。「今日は火曜日だね。火曜日は何の日?」と聞くと「くもんの日~!」と嬉しそうに言う。保育園に迎えに行くと、天気の良い日は必ず、園門の前にある遊戯道具で少し遊んでから帰るのだが、その日は、まっすぐに帰ろうとする。火・金の週2回で、その日に必ず宿題が出る。でも、私は「宿題やっちゃいなさい」とは決して言わない。「今日も宿題出てるけど、どうする~?」と聞く。すると大概は「今からやる!」と答える。もちろん日によって、途中で飽きちゃう場合もあるけれど、無理に全部やれとも言わない。「じゃあ、ここまでにして残りは明日、保育園から帰ってきたらやろうか。」と言って片づけさせる。で、次の日「昨日さあ、宿題を明日やるって言ってたけど、どうする?」と聞いてみることにしている。これでクリア。最後に「全部できたね~。すごいね!どんどんと、やるのが早くなるね~。」という一言も忘れない。と言うか、自然と、こういった誉め言葉がでちゃうんだよね。親バカかもしれないが、何かね、生まれたての頃を思い出すと、たった4~5年で、ここまで成長したって事に対して素直に感動してしまうからだ。つくづく子どもの成長の速度って、すごいと思う。「宿題やっちゃいなさい」と命令しないのは、親が押しつけてやらせるのではなくて、あくまで本人に自発的にやって欲しいからである。「文字を読んだり、書くことが楽しい」という気持ちを持たせてあげて、それを維持する環境をつくってあげるのが一番・・・なんじゃないかな。
2007.06.29
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以前に1から100までの数字の読み方表という記事で、現在における数字の読み方についての疑問点を書いたのだが、そのまま疑問で終わらせるのも何なので、これについてネットを通じて知り合った小学校の先生に質問をさせて頂いた。まず、なぜゆえ、二通りの読み方があるのか?これは、中国語の読みを元にしており、よくカタカナで読みを書かれるのが音読み、日本語独自の読み方を漢字に当てはめたものが訓読みであるのだという。 一二三四は中国では「イー アル サン スー」なので、四を「シ」と読むのは音読み。「よっつ」とか「よん」とか読むのが訓読み。こんな風にして、とりあえずは中国語読みと日本語読みから、さらに色々な読み方が生まれていったのだと言うこと。また、現代における数字の一般的な読みは「よん・なな・きゅう」の方であり、49…「よんじゅうきゅう」74…「ななじゅうよん」94…「きゅうじゅうよん」と読む子が殆どだそうだ。それで、古典的な「し・しち・く」などの読みは消えてしまったのかというと、それは、かけ算九九の中で生きている。45は、普通に読ませると「よんじゅうご」だけれど、九九の暗誦の場合は今でも 5×9=45 は「ごっくしじゅうご」と読ませている。これは、昔の読み方の方が「響きが良い」とか、「リズムがよい」などの理由で、現在にも残されているよい例だと思うとのこと。なので、幼児の段階では「よん・なな・きゅう」の読み方を優先に教え、成長と共に「し・しち・く」の読み方を教えていった方が良いのかもしれないと私は感じた。続いて、子どもがカタカナの「ツ」と「シ」をよく読み間違える話をしたら、文字の生まれについて興味深い話もしてくれた。きれいな字を書こう/ひらがなカタカナ一覧表のサイトさんによると、カタカナは漢字の一部をそのまま抜き出した形なので、「シ」のもとは「之」、「ツ」のもとは「川」である。書き方を教えるときには裏技があり、「シ」は「し」のように、「ツ」は「つ」のように書く。不思議と筆の運びはほとんど同じ。なぜかってそれは、ひらがなの「し」のもとも「之」ひらがなの「つ」のもとも「川」だからなのだと言う。これが「あ」と「ア」では全然違うのは、「あ」→「安」「ア」→「阿」と、もとにする漢字が、まったく違うからなのだそうだ。なるほど~、文字ひとつにしても、キチンとした由来があるという事なんだ~と感心した。幼児って大人が「こういうものだ」と思っている常識の根本を聞いてくるので、なかなか質問に答えられない。当たり前のことを説明するというのは、ホント一番難しいことだと痛感している。正直、あまりに質問攻めにあうと、「かんべんしてくれ~」と逃げ出したくなる時もある。でも、おかげで私も勉強になることも多いわけだし、あやか姫の「何でどうして?攻撃」には、とことん付き合ってやろうとは思っている。分からないときは、正直に「ママも分からないから、今度、勉強しておくね」と言うようにしている。子育てをしていると、時として、自分が子ども時代をやり直しているような気分にさえなる。「共に学ぶ」この姿勢が大切なんだと思う。
2007.06.12
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週明けに私が体調をくずし具合が悪かったので、寝る前に「今日はあやちゃんがママに、ご本読んでくれる?」と聞いたら、「いいよ」と言って読んでくれた。その次の日からも「今日もあやちゃんが読むね」と言うようになり、今晩も読んでくれた。絵本の内容を覚えているせいもあってか、かなりスラスラと読めるようになった。読み終わって電気を消した後、私の腕枕の中で、ふと、あやか姫が問いかけた。「もし、あやちゃんがいなくなっちゃったらどうする?」即座に私は答えた。「ママは死んじゃうよ。だって、ママはあやちゃんがいなくちゃ生きていけないもん。あやちゃんはママの宝物だもの。」すると、ぎゅっと私に抱きついてひとこと。「あやちゃんが赤ちゃんの時ね。ママのお腹の中、気持ちよかったよ。ふわふわしてた。ママ、産んでくれて、ありがとう。」・・・涙が出そうになった。今週は具合が悪かったり、ちょっとしたアクシデントがあったりして、気持ちがブルーだったのだけれど、この一言でそんな気持ちはふっとんだ。何があってもこの子は私が守る。父親がいない分も十分カバー出来るように努力して頑張るからね。こちらこそ、産まれてきてくれて、本当にありがとう!
2007.06.06
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5月の終わりに開催された、公文教室の無料体験受講に参加させてみた。保育園が終わって4時頃に行ったのだが、すでに15人ほど来ていた。殆どが小学生低学年・・といったところか。初めてなので、とりあえず30分ぐらい。私はいったん家に戻り一人で受講させてみた。実は3月に一度、友人ママと一緒に見学に行った事がある。その時は午後2時の時間帯だったので、生徒は誰もいなくて、あやかとR君二人で線を引く練習用紙などの教材を、いくつかやらせてもらい、私と友人ママは詳しい話を聞いていた。その後、あやかは「また公文に行きたい」と言っていたのだが、私が仕事等で忙しく、なかなか都合がつかなかった。5月に入り、やっと余裕の時間も出てきたし18日~月末までの火・金は無料で受講できるというので連れて行ってみたという訳だ。あやか姫の場合、ひらがなは完璧に読めるものの書く方はまだまだ。書くことに興味はあるのだが、私やおばあちゃんが教えて2~3度「書き順が違う」「鉛筆の持ち方が違う」などと指摘すると「いいの!これで!」と開き直ったり、「もうやらない!」と怒ったりする。自分は即座に何でもできる!と思いこんでいるので、家族に色々言われると、めっちゃ悔しいらしい。しかし、これが他人に言われると、素直に言うことを聞くのである。彼女は「誉められること」によって抜群にのびる。また自分が興味を持った事に関しては、こちらが驚くほど集中して行うのである。反対に興味を持たないものに対しては、どんなに教えようとしても覚えようとする気配すらない。とどのつまり「興味を持った時が覚えどき」というわけで、他人の手で基本を学び、それを家庭で復習し、その日出来たことを家族でほめる事によって、のびていくタイプなのだ。30分後、お迎えに行ったら、案の定、先生に「すごいね~!」「飲み込みが早いねえ」と大きなハナマルをもらい、すっかりご満悦。「次は~?」とか言って、まだ続けてやる気でいるし・・。あやかがやった教材を見てみると、家で色々文字を書かせてみた時よりも、はるかに上手に書けている。・・・こりゃ、本格的に通うことになりそうだな。でも、入会金も教材費もいらなくて、月に8回ぐらいで6300円なら英語教室よりは安いと思う。私自身も、今後の知育あそび素材を作っていく上で、参考になることも多いかもしれないし。とにかく通わせてみましょうかね。
2007.06.04
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「子どもは親を選べない」という説と「子どもは親を選んで産まれてくる」という説の2種類を聞いたことがある。私としては後者を信じたい。でも、仮にそうであったのなら、虐待されて命を失ってしまう子どもは、何故にその親を選んでしまったのか・・・。そう考えると何だか切ないし、やりきれない思いを感じてしまう。今日、車の中で何気なく、あやかに問いかけてみた。「あやちゃんはさ、ママを選んで産まれてきてくれたのかな~?」すると、すかさず「うん、そうだよ。」と快いお返事♪「やっぱり、そうだったのかあ~」と嬉しい思いで胸がいっぱいになった次の瞬間、「ママショップでね。」とひとこと。(* ̄m ̄)ぷっ(思わず吹き出した私。。)「マ、ママショップでねえ~。へえ~、そんなのあるんだねえ。で?どうしてママを選んだわけえ~?他にもママ予備軍は、いたんでしょ?」「う~ん。まあ、コレがいいかなあ~って思ったからね。」・・・。( ̄へ ̄|||) (コレ扱いされ、ちょっと凹んだ私。。)まあ、何だか複雑な気分ではあるけれど、ホント子どもの発想というか、言葉は面白いよな~。とりあえず「子どもは親を選んで産まれてくる」説に、軍配というところかしら?
2007.06.01
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