漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2016.01.20
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カテゴリ: 手塚治虫 玉地俊雄



大坂ときをさん







 手塚治虫 玉地俊雄 ・ 新宝島定価弐拾伍円と大坂ときをの弐萬円





1947年当時22才だった江上喜行・大坂ときをさんはマンガ本の自費出版を始めた。
マンガ本の制作と出版と販売を思い立った。
出版業界に入会し印刷用の紙を買い込み全国で販売できる権利を獲得した。

そして自分でマンガを描くというときをさんマル儲けをたくらみそして実行したのであった。
この行為がやがて手塚治虫の新宝島へとつながってゆくのであった。



ナカヨシ漫画



             戦争が終わって空襲の心配は無うなったけど
             物資はあらへん
             喰いもんもロクにあらへんし
             夢も希望も無い時に

             ボクはマンカ本の出版を思いついてん



マンガ狸とABC



             思い立ったら実行や

             印刷に使う紙の配給と
             全国に販売する権利を貰ろて原稿を描いてん

             印刷代はなんぼやったか忘れたけど
             壱万部刷ったけど

             ほとんど当時の全財産やったかな



魚釣り日記



             印刷屋から届いた山のようなマンカ本みてびっくりしたわ

             壱冊が弐拾四頁やさかい弐拾四萬枚の紙の山や
             売れへんかったらどないしょ
             不安がその山の倍ぐらいあったな

             販売を引き受けてくれた
             日配・日本出版統制株式会社が




新宝島



                  戦後初めてのマンガ本や
                  これは売れまっせ

             ちゅうてくれたんやけど
             これがアッというまに弐萬円に化けてな

そして22才の大坂ときをさんを学生服の手塚治虫が尋ねて来たのであった。

新宝島定価弐拾伍円と大坂ときをの弐萬円はケタ違いであった。
大坂ときをさんはマル儲けした数拾萬円を元手にこんどは大人向けの雑誌に手を出してゆく。

酒井七馬と手塚治虫をコラボさせ新宝島を世に出した江上喜行・大坂ときをさんは昨年没した。
合掌。




公益社団法人日本漫画家協会会員

                                玉地 俊雄





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最終更新日  2016.01.20 17:20:36


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