漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2016.01.23
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カテゴリ: 手塚治虫 玉地俊雄




集合写真






    手塚治虫 玉地俊雄 ・ まんがマンは第6号で頓挫する






まんがマンは第6号で頓挫するが、
このまんが誌と大坂ときをさんが無かったらこの写真もありません。
同時に、
手塚治虫先生と玉地俊雄のであいもありませんでした。

まんがマン創刊号は、
印刷屋の薄暗い倉庫の片隅で大坂ときをさんが壱萬枚の表紙を張り替えて出版されました。



手塚さんの投稿漫画



それでも反響は大きくて毎日全国から投稿原稿が山と送られてくる。
手塚治虫先生の投稿マンガも送られてくる。

医学生だった手塚さんの投稿マンガは題材が暗いので ボツ となつたのです。

これはダメ。
これは使える。

えもいえぬ快感に酔って大坂ときをさんは、
新人を一流漫画家に育ててまんがマンを大雑誌にするべく全力投球で意気込んでいた。




お題まんが



1.2.3 号と順調に発行をつづけた。
日配へ納品のたびに倉庫を除きにゆくのは委託販売システムだから返品状態が気になる。

あまり返品は帰っていなかった。

壱円伍拾銭の売価で1等賞金が 伍拾円 のお題まんがには全国から応募原稿が送られてくる。
1.2.3 と描かれた 起 承 転 の最後のオチ 結 を募った。



素人の投稿漫画



素人さんたちの頭の中身がよくもわるくもよくわかる。
大坂ときをさんも苦慮したものであろう。

手塚さんだって大坂さんに比べればしろうとさんだった時代なのだから。



第5号



日配の倉庫を除きに行って驚いたのは第5号を納品した時であった。
表紙はやはり酒井七馬さんの手によるものであった。

出せば必ず売れるとフンだ漫画誌にも限度があったのだ。




まんがマン6



日配の倉庫には返品の大山が出来ていた。
全国からの返品はザッと 2.3 萬部はあったのである。

ほとんど売れていなかったという結果であった。
大坂ときをさんは立っていられなくなってその場にへたりこんだと言っていた。
会計に行っても支払いは中止どころか返金まで要求される始末。

第6号は完成間近で大坂ときをさんは最後の力を振り絞って発行に踏み切る。
あんなに熟れに売れたこども向けのチャラチャラしたまんが本。

心血を注いだ本格的 ? おとなのまんが誌。

手塚治虫先生は後年


          こどもに親しまれるまんがは大人にもうけいれられるけど
             大人向けのまんがはこどもさんたちにはわからない

と、
申しておりました。

大坂ときをさんは次の秘策を実行します。
手塚さんの妹さんも執筆しました。


つづく




公益社団法人日本漫画家協会会員

                           玉地 俊雄





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最終更新日  2016.01.23 10:28:11


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