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今日、初めての兄弟喧嘩があった。昨日、丸一日いろいろお出かけしたりとお疲れなので 朝から、家で長男君は、部屋一杯にプラレールを広げて大作を創っておりました...。2階層からなる立体的線路が完成し大満足。(ほんとにすごく上手にできてました!)交差する汽車や新幹線、トーマスを眺めてご満悦の様子でした。暫くすると...「たっ、たいへん.......。おかぁさん.......。大変なことが! うわーーーーー!次男君が乱入した模様............。 「こるゅあ~ (`□´)!!」慌てて奥さんと駆けつけるとどん!!やっと寝返りのみでアチコチ移動する腹ばいの次男君がゴロンと突き飛ばされて転がっておりました.....(◎o◎;)。............頑張れ兄弟!
February 27, 2005
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外食ってしにくいですね。 長男くんは小さいころから連れ歩き 結構おとなしくしてくれる子なので....?? まだ、チョコチョコ行ってました。 でも次男くんが産まれてからは、ちょっと気合を入れないと無理!大変! 込み合う時間を避けてランチは、11時には店に入る。 夕食は、5時すぎとかに入るとか工夫しまくりです......。 禁煙席がある店がまだいいけど、子供のそばなのに吸い始める人には止めてもらうけどのもめんどくさいし....。 子連れだとゆっくりできない、落ち着かない。 そういえば、奥さんと二人で外出なんて何年してないだろうなぁ。もっと、奥さんと二人で食事をゆっくりしたいもんです。最近、特に思うのですがもっと大事にしなきゃいけない人、自分のそばにいる人、目の前にいる人に感謝の気持ちを表したいな。
February 24, 2005
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感動した話をご紹介娘さんの結婚式の後のご夫婦の告白です。奥さんの回想から始まります。最後の言葉にしびれます。 私はおばぁちゃんこ。おばぁちゃんが大好きでした。おばぁちゃんも独り孫の私をとても可愛がってくれました。私が26歳を迎えた日、おばぁちゃんが”どうしても見せたい写真”があると、戸棚から古いアルバムを取り出そうとして、椅子に上がろうとしました。母が、”危ないわよ”と声を掛けると同時に、おばぁちゃんが”あっ”と短い声を発し、よろけてそのままちゃぶ台の脇に倒れこみました。おばぁちゃんは”う~ん”と呻き声を上げて動かなくなってしまいました。そばにいた母も私も慌てふためき、驚きましたが、すぐに救急車を呼んで、おばぁちゃんは病院に運ばれました。腰の骨の一部と大腿骨の骨折でした。夕方、父も病院に駆けつけました。幸い命に別状は無かったのですが、 それからしばらく入院生活が続くことになりました。秋の長雨と重なって、おばぁちゃんは肺炎を併発しました。とても辛そうでした。点滴の針も通らず、呼吸をするのも苦しそうでした。或る日、勤め先から帰ってくると、父と母が物悲しそうに話し込んでる姿が目に入りました。「どうしたの?」と訊くと、父は辛そうに、「うん・・・、今日、お医者さんに・・・言われたんだ。その・・・なんだ・・・」と口ごもってしまいました。重い空気が流れます。すると母が、「準備をね・・・しておいてくれって」と、 聞き取れないくらいのかすれた声で言いました。私は次の日、おばぁちゃんの大好きな花を買って、笑顔でお見舞いに行きました。おばぁちゃんは日に日に衰えていってるのがわかります。でも、おばぁちゃんは、お見舞いに行くと一生懸命、私に微笑みかけてくれます。ちょうどその頃、私は仕事が忙しかった事もあり、寝不足が続いていました。おばぁちゃんのベットの脇で、ついウトウトしてしまいました。おばぁちゃんの匂い・・・、安心する匂い。遠くから声がします。私を呼ぶおばぁちゃんの声です。夢の中でおばぁちゃんと話しをしました。しばらくして看護婦さんに起こされ、目を覚ますと、とんでもない時間。おばぁちゃんは横で微笑んでます。慌てて帰り支度をしておばぁちゃんの手を握り、病院を後にしました。帰りの電車の中、”夢の中”で、おばぁちゃんと話した記憶が甦ります。「あの世に行く前に、オマエの花嫁姿が見たい・・・」と。次の日、朝ごはんを食べている時、母に昨日の話しをしました。夢の話をしたら、横で父がむせてます。「そういえば、おばぁちゃん・・・この前もそんなこと言ってたわね。 ねぇおとうさん」と母が父にふると、父も厳しい事をいいます。「って言ったってなぁ・・・、まぁ相手も要ることだし」と目をそらします。会社に向かう途中、あれは夢じゃなかったんだ・・・と思い返しました。本当におばぁちゃんが話しかけてくれてたんだと思い、 明日もう一回お見舞いに行って話しをしようと思いました。翌日、病院でおばぁちゃんに、花嫁姿のことを訊いてみました。するとおばぁちゃんは急に真面目な顔になって、「当たり前だよ」といいます。”そりゃそうだ”と思いながら、沈黙・・・気まずい雰囲気。すると、”あること”がふと疑問に思いました。おばぁちゃんがどうしても見せたかったという写真・・・。「ねぇおばぁちゃん、私に見せたかった写真って何の写真?」と訊いてみました。するとおばぁちゃんは、笑顔に戻って、「わたしの花嫁姿の写真だよ」と優しくいいます。「え~っ!おばぁちゃん見たぁ~い!」とつい大きな声で言いました。あまりに大きな声が出てしまって、同じ病室の人が驚いていました。「実はね、あるんだよ」とゴソゴソやってます。母が、翌日おばぁちゃんに言われて届けたそうです。「ほら、綺麗だろ?」とおばぁちゃんは写真をわたしに手渡してくれました。当時は珍しかったであろう一枚の写真。色褪せてるけど、そこには綺麗なお嫁さんが写ってます。その横に、凛々しい男性、会ったことのないおじぃちゃんも・・・・。「おばぁちゃん、わたしにそっくり・・・・」その写真を眺めながら、「う~ん・・・わかった!見せてあげる!」と、”つい”言ってしまいました。上気したおばぁちゃんの頬に紅がさしました。そうは言ったものの、わたしはうなだれながら家路につきました。父の言うとおりです。相手が必要ですよね、結婚って。まぁ結婚はしなくとも花嫁の横には花婿。その代役すらもいない・・・。当時、わたしにはお付き合いをしている男性も、 好きな人もいませんでした。でも、急がないと・・・。翌日、会社で溜め息ばかりついていました。そんな時、席が横だった同僚の営業の社員が、「どうしたの?朝から溜め息ばかりついて」と話しかけてきました。放っておいて欲しかったのですが、聞いても欲しい。会社の近くの公園で、お昼、お弁当を広げながら事の顛末を話しました。すると、その同僚が、「俺、やってもいいよソレ」といいます。「ソレって?」と訊き返すと、「ハナムコをさ!どうせ予定もないし。しかも面白そうだ」と軽くいいます。お互い?・・・私は、おばぁちゃんに見せるだけと思っていました。気軽にその場でお願いしちゃったんです。写真を撮るだけでもいいかと。ところが・・・。その事を次の日に両親に話したら、何をどう勘違いしたのか、親戚中を集めて、その週末にはその仮の花婿を呼んでいきなりのお披露目会。もう、引っ込みもつかなくなりました。その彼も、「まぁいいじゃないか、こういうのも」と、まるで”ひとごと”です。式も、披露宴も、急ではあったのですがその一週間後!まるでジェットコースターに乗ってるかのようでした。職場ももちろん大騒ぎです。披露宴も、呼べるだけ呼んでそれなりに盛大に執り行われました。でも、わたしにとって、その日の主役はおばぁちゃん。仮の花嫁・・・わたしではありません。でも、おばぁちゃんにとっては、わたしは主役です。車椅子に乗ったおばぁちゃんは本当に幸せそうでした。そんなドタバタの結婚式が終わって三日後・・・、それを待っていたかのように、おばぁちゃんは亡くなりました。人の縁は不思議です。そんなに好きでもなかった人と、”おばぁちゃんのため”に結婚して、こうしてあっというまに27年が経ちました。主人も本当に奇特な人です。娘の披露宴が終わって、ホテルの控え室で主人と二人きり。やれやれとはまさにこのことです。一人娘を嫁に出した主人は目がうつろでした。そんな主人に、「花束贈呈で泣かなかったわね」と冷やかして見ました。お茶をすすりながら、主人は何やら一人、肯いています。突然主人が、「おばぁちゃん・・・オマエのおばぁちゃんに・・・感謝だな」といいます。「何のこと?」と訊きました。主人はお茶をテーブルに置くと、静かに話し始めました。「あれからあっという間の27年間、こうして娘も授かった。27年前・・・憶えてるだろ?おばぁちゃんが俺達を引き合わせてくれたんだ」といいます。わたしは”たまたま隣にいたから・・・”と言いかけてやめました。おばぁちゃんの顔が浮かんだんです。「確かに・・・そうね」とだけ言いました。普段口数が少ない主人なのですが、娘の事もあってか感傷的になってるんでしょうか。主人はそのあとも何か言いたげでした。「いや、あれだ・・・なんだ・・・・その~」と、しどろもどろ。「とにかくだ。おばぁちゃんに感謝だ」といいます。「何が?」と訊くと、「本当は・・・実は・・・、俺はずうっとお前が好きだった。新入社員の頃からずうっと、ずうっと好きで、凄く好きで、大好きで大好きで夜も眠れなかった」といいます。わたしは思わずお茶を零してしまいました。恥ずかしさもあって、「何でそんな事今ごろ言うの?」と訊きました。「いうタイミングがなかった。それに、お前に訊かれなかったから」といいます。たしかに。そんな状況じゃなかった。「あの時、これを言ったら・・・、とても不安で、俺でよかったか訊くと断られてしまいそうで怖かった」と気弱にいいます。すると、花束贈呈では泣かなかった主人が、 ポロポロ大粒の涙を流して泣いています。「嬉しかった・・・、まるで夢のようだった。おばぁちゃんに、神様に心から感謝したよ。毎晩祈ってたんだ。お前と結婚できますようにってね」27年経って、わたしは主人に恋をしました。ありがとう・・・おばぁちゃん。
February 19, 2005
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時々、無性に食べたくなる餃子があります。大阪の実家からよく送ってもらうのですが京都の「泉門天」の餃子 餃子は、今までいろんなとこで食べましたが、今のところここが一番かもしれません。一口餃子でパクパクいけます。ホットプレート一面に敷き詰めて焼く。僕と奥さんと長男くんで100個は確実に食べます。全国発送あり。お勧めです....。
February 17, 2005
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先日、結局行ってきました。「さくらぐみ」やっぱりうまかったなぁ......
February 15, 2005
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今日は、バレンタイン。奥さんは、長男くんが誰にチョコをもらうか詮索していた...。「まだ、無いでしょう。」という僕に「いや、あのいつも 結婚して!結婚して! ていう ○○ちゃんは、絶対持ってくるよっ。」やきもきしてる、奥さんがおかしかった。そういえば、よく「彼女連れてきたら、なんて言おう...。」とかいろいろ今から心配している....。「まだでしょう!」結局、長男くんは先生からもらっただけで誰からも貰ってきませんでした....。それは、それで不満の奥さん.....。「誰か、もらってた子いた?」「ううん。皆先生からもらっただけよ。」「ふーん...。」「まだでしょう!」バレンタインかぁ。僕は、小学校の時が一番ドキドキしたなぁ.....。今年?奥さんとお義母さんから頂きました。ありがとうございます!
February 14, 2005
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ドライブしているとよく子供を抱っこしたまま乗っている助手席のおばぁちゃん...。シートベルトせず、前へ後ろへと自由に行き来している子供たちを良く見かけます。一見、微笑ましいようにも見えますが、僕は、怖くてしょうがありません。自力で支えられる衝撃は、時速7キロが限度(体重の2~3倍)だそうです。つまり、抱っこでは、事故の衝撃から子供を守ることはできません。時速40kmで衝突したとき、乗員に加わる衝撃は、体重の約30倍にもなるという実験の結果があります。体重10kgの子供でも、30倍の300kg....。僕には、持てません....。損保会社の人が言うに、チャイルドシートに乗せていなかったことが原因の悲惨な事故が多いそうです。やっぱり、親の責任です。ついでに、 衝突の瞬間にはブレーキをかけたりして一概には言えません。車も安全度を追求しています。衝突安全基準一般的に 50キロでの衝突は安全を保障(もちろん、シートベルト着用)ほとんどの自動車はこの衝撃に耐えられることは保障されています。車に乗って3階建てのビルから飛び降りても大丈夫?ということみたいです。 これが 60km/h だとビルの高さは14.2m(4階建てくらい?)になります。さらに 80km/h で移動しているとすると ビルの高さは 25.2m(8階くらい?)。 100km/h なら ビルの高さは 39.4m(12階くらい?)。 子供は、せめてチャイルドシートに!
February 11, 2005
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お腹が減ったのでお気に入り店紹介。味にうるさい関西在住イタリア人!に「故郷イタリアの味を再現できる店」に選ばれたすごいお店。忠臣蔵で有名な兵庫県赤穂市にそのお店はある。高速道路を使って通いだし、7年経ちますが、味は常に進化しているような?小麦粉、パスタ、チーズ(イタリアでも入手困難なモッツァレラ・ブッファラ)等はナポリから独自に直輸入。ピッツァの本場ナポリで修行後、ピッツア協会から正式に承認されてたナポリピッツア。 これが美味しい。 ピッツアの皮は薄いけどに口の中で拡がるもちもちとした弾力。自分史上最高ピッツァが味わえます。店内にある石釜で焼くことたった1分!これは、うちの長男くんも大好きです。 トマトソース以外の料理の基本の味は少しきつめの塩味とニンニク、ハーブ、ナポリ産の濃いオリーブ油のシンプルな味付。そこに1/4に切ったレモンを豪快に絞る。それだけ!素材の良い魚や野菜にはこのシンプルな味付けがいい。「新鮮な魚ほど甘い。」ということで、塩が多め味付けなのでしょう。(イタリアでは、もっと塩辛いです)デザートも、最後のエスプレッソまで本当に美味しくってお腹いっぱい。で、1人5000円もいかないでしょう!今週、行けるかな?
February 7, 2005
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沢木耕太郎さん.彼の「深夜特急」を読んで旅に出た人は、何人いるだろう。(僕もその一人です。)一週間ほど前、日経新聞に彼の文章が載っていた。「いのち」の記憶 と題したエッセイ。(読み返したかったが、もう捨てられていた...)子供のために当たり前に喜び愛情をもってする行為。睡眠を削り、食べ物を削る、それは「生命(いのち)」を削ることと等しい。親が子供のために 喜び、愛情をもってするその行為は自分の「いのち」を削って、子に与えることだと捉えていた。なるほどうまい表現だなと思った。彼のエッセイは 実の親達の我が子への虐待について触れている。親から「いのち」を与えられた記憶が自分の子供たちへ「いのち」を与える行為につながっていく。しかし、その連鎖が途切れた事によって虐待が起こると嘆いている内容だったように思う。子育てが「いのち」を削る行為であるから少子化はすすんでいるのだとも取れる。でも、世の中そんな親ばかりじゃない。「新聞の記事ばかり、悪いうわさばかりを聞いてては情報が偏るなぁ。」子育て欄で、楽天日記を始めて感じました。子供を愛する素敵な親御さんなんてたくさんいるんだろうって嬉しかった。そんななか、先日も愛知県のイトーヨーカドーで残忍な事件が起きました。「いのち」を削って育てているわが子を殺される....。どうしようもない気持ちでいっぱいです。
February 6, 2005
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いつも頑張って食事を作るうちの奥さん。子供にはそれが当たり前なのでしょう。先日、おでんをおいしく頂きました。次の日、さらに煮込んでおいしくなったおでんを楽しみにしていたのですが、それを知った長男くん。「え~、またおでんかよ!」「おいおい.....(´Д`;)」なんか痛快で笑えましたが、奥さんはショックだったみたい.....。
February 5, 2005
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今日は、節分。我が家でも豆まきをしました。張り切って、「鬼」になりきる僕の鬼は2歳のときの長男くんを泣き叫び半狂乱にまで追い込み3歳のときの長男くんを泣き泣き「もう父さんに戻って!!!!ヽ(`д´;)/」と懇願させました。(奥さんには、もちろん怒られました)さて今年。「父さん鬼なんか、へっちゃらだ。」と余裕顔でしたが玄関から出て僕は鬼モード全開で入って行くと 引きつった顔の長男くんがいました(゚Д゚)。「やっぱり、かわいいぜ!」ときゅんとなりました....。結局、長男くんのヒーロづくしに父さん鬼は、初めてやられました.....(´Д`;)大きくなったなぁ。来年は、やってくれるかな?このCM最高です。長男くんが言うには、「なかなか強そう。」らしい...。
February 3, 2005
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