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2010年09月13日
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カテゴリ: 田舎の暗黒食生活
その昔・・・今からかれこれ40年チョット前かな?、
オレは横浜の高校に通っていた。

親父が事業に失敗、借金を作って家族を残して逃げてしまい、
その逃げた先が横浜だった。
今から考えればひどいもんである。

どうにか横浜での生活の目処がたったらしく、
ふらりと姿を現しておれに横浜へ来いと言う。
ちょうど高校受験の直前で、
藤沢に「日大藤沢高校」と言う日大の付属高校があって、
そこが「特待生」を募集しているので受験せよと言ってきたのだ。

当時は新幹線も無く、
オレは名古屋駅から夜行列車に乗って一人で横浜へ向かった。
親父が到着時間に横浜駅まで迎えに来ていると言うことで、
駅から直接「日大藤沢高校」まで行く予定だった。

早朝の横浜駅へ降り立ったオレは、
「・・・・・?」と戸惑った。
横浜駅には「東口」・「西口」と出口が二箇所あるのだ。
そんなことは一言も聞いていない・・・。
まだ15歳の田舎の素朴な少年がはじめて足跡を印す土地・・・、
オレは不安で泣きそうになった。

それでもどちらかを選らばなければならないので、
覚悟を決めて地上へ出てみたが、
親父どころか早朝の駅には人っ子一人いない。

オレは走って反対側の出口に回った・・・が、やはり・・・いない。
東だ西だとウロウロしているうちに時間はどんどん過ぎて行く。
携帯電話など無い・・・と言うか、
一般電話さえも全ての家庭に入っていない時代だ・・・連絡の取りようが無い。
ついにオレはあきらめて、
住所だけを頼りに親父が借りている家へ向かってしまった。

夜行列車に揺られた疲れでうとうとしていたら1時間ほどして親父が帰ってきた。
しかし、もう試験は始まっている時間、親父は学校へ断りの電話を入れた。

すると・・・これからすぐ来てくれれば別室で特別に試験をしてくれると言う。
結局、オレは校長室で一人で試験を受けることになった。

そして、学校に到着した・・・ウワッ・・・再び驚いた。
広大な丘の上に見たことも無いような瀟洒な建物が建っている。
それが・・・日大藤沢高校だった。

そして、廊下には楽しげな女子高生の話し声・・・。
「そうよね~・・・すてきじゃ無い?」。
今でこそどうってことは無い会話なのだが、
田舎の方言しか知らないオレにはその華やかな都会の言葉がまぶし過ぎた。

「まるで・・・映画の世界だ。」

そう、その頃はテレビが全ての家庭にあった訳ではなく、
親父がいなくなった貧しい俺の家には当然無かった。
そして、庶民の娯楽と言えばまだ映画が中心の時代だったのだ。
生で標準語など聞いたことの無い田舎物には、
そのイントネーションや言い回しが余りにも新鮮だった。

「とんでもないところへ来てしまった。
 でも・・・遅刻もしたし・・・オレが受かるわけ無いし、
 ここへ来ることは無いから・・・」。
オレは自分を安心させようと一生懸命に頭をめぐらせた。

そんなことがあって数日後、田舎の中学の先生がオレの耳元で囁いた。
「合格だったぞ・・・藤沢の高校」。
「・・・・・・」。
オレの頭は真っ白になってしまった。
「あの・・・都会の・・・高校には・・・とても行けない。
 オレみたいな田舎もんが行くところじゃあない」。

その頃オレにはほのかに思いを寄せている同級生がいた。
その女の子と別れるのも辛い。

これじゃあまるで古~い青春ドラマなのだが、
全く事実なのだから仕方が無い。

「日大藤沢高校」の特待生は辞退して地元の高校に入学したのだが、
結局、3ヵ月後には横浜の県立高校に編入してしまった。
彼女にフラれたのだ・・・そう・・・女がオレの人生を狂わせた!。

横浜の高校へ通いだして少しは生活にも慣れ、友人も出来始めた。
そんなある日・・・親父が「アルバイトをしないか?」と言う。
親父の友人がよく行くレストランで、
若いアルバイトを欲しがっていると聞いてきたのだ。

今でこそ「イタリアンレストラン」なんてどこの田舎へ言っても一軒や二軒はあるが、
当時のオレはイタリア料理なんてスパゲッティしか知らない。

当然「スパゲッティ屋」だと思って引き受けたのだが、
なんとそこは・・・、
外国人や芸能人御用達の当時では有名な老舗のイタメシ屋だったのだ。

アルバイトの初日から
「Can I Help You?」
などと英語が飛び交う。

アカンは・・・これは・・・オレは愕然とした。
世の中にはこんな世界もあったのか・・・と?。

実は、ここまでが少々長すぎる枕詞で、これからが本題なのだが・・・。

そのレストランにはバーが付いていて、時々カウンターにお客が座る。
それも・・・庶民では絶対に言葉を交わせないような芸能人が多い。

売れない頃の「藤達也」とか往年の名俳優「三橋達也」とか、
「岩下志麻」も結婚前にダンナと一緒に来ていたな。
「浅丘ルリ子」はフランス人形そのものだったし「由美かおる」は本当に可愛かった。

勿論バーテンダーはいるのだが店が年中無休のため交代で休みがある。
そんな時はオレがカウターに立たされることもある。
そのために先輩のバーテンダーからバーテンの仕事について色々と教わった。
そして、3年ほど続けたので、バーテンの仕事はそこそこ覚えた。

がらりと話は変わって、
当地には「不動温泉佐和屋」と言う高級日本旅館がある。
この旅館の中にはラウンジがあって、宿泊客や地元の宴会参加者が飲みに来る。

今まで社長の娘がここを仕切っていたのだが、最近になって嫁に行ってしまった。
つまり、このラウンジの担当者がいなくなってしまったのだ。

オレは奥方をつれてこのラウンジに時々飲みに行っていて、
バーテンの経験があるなんて話をしていたもんだから、
今までも忙しいときなど時々頼まれて手伝っていた。

専属の担当がいなくなってしまったこのラウンジ・・・、
暇なときは誰かがカバーしているらしいのだが、
宿泊客が多い日などは臨時では手に負えなくなってしまう。
すると社長から電話があって「ちょっと頼むよ」という事になる。

昨夜がその日だった。
ところが・・・昨夜に限って・・・誰もお客が来ない。

9時過ぎになっても誰も来ないので、
「もう帰ろうかな?」と後片付けをしていたら、
浴衣姿の女性が一人でカウンターに座った。

「母と泊まりに来たんですよ。
 でも・・・母はもう疲れて寝ちゃったので・・・、
 一杯だけ飲みたくて!」。

オレは昨今流行の「ハイボール」を作って出す。

この光景・・・ちょっと想像していただきたい。

田舎の隠れ宿のほの暗いラウンジの止まり木に妙齢の女性が一人。
カウンターの中では白髪交じりのバーテンダーがグラスを磨いている。

カッコイイ・・・なかなか絵になる情景・・・なんだよね。

その女性とは妙に話が弾み、彼女は1時間ほど飲んでいた。
「もう一度温泉に入って・・・そろそろ・・・寝ます」。

手早く後片付けを済ませたオレの胸には妙な満足感、
久しぶりに・・・バーテンとしての至福の時間を過ごせたような気がする。

飲んでも酔わずに大人の会話が出来る人が目の前にいると、
バーテンダーもうれしくなるんじゃ無いかな?。

宴会が終わって超盛り上り状態の客ばかり相手にしていたので、
久しぶりに静かな時間が楽しめた。

宴会好きの飲ん兵衛諸兄に告ぐ・・・。
どんちゃん騒ぎでがなりたてるカラオケだけが酒じゃあないんだぜ!。
たまには泊まったホテルや旅館のバーテンさんと静かに飲もう。
それも・・・旅の楽しみだ。

こんな「オレの田舎暮らし」綴ったe-Book

 田舎暮らしは男のロマン?女の不満? →  http://shinsyu-net.com/ebook/

きっと・・・面白いぜ!。





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最終更新日  2010年09月13日 10時59分47秒
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