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2021年12月26日
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今年はいつもより寒くなるのが早い。
当地の明日の最低気温予想はマイナス8度~10度。
ここ数年の12月では一番の冷え込みではないだろうか?。

昼間が晴天だと夜は放射冷却で特に冷たさが増す。
こんな夜を、当地の言葉で「凍(し)みる」と表現するが、正に「凍」の漢字がぴたりとはまる寒さ。

さて、昨日26日は今年最後の日曜日だった。
昨日も書いたが、「有馬記念」の日。

上位人気の決着で大穴党の私が買った馬券は見事に外れた。
残念ながら、「終わりよければ全て良し」とは行かなかった。
勝ったのは一番人気の「エフフォーリア」。
このレースが引退レースとなった2番人気の「クロノジェネシス」は3着。
2着には5番人気の馬が飛び込んできたが、配当は安く、どちらかと言えば本命党向けの結果だった。

ところで、「有馬記念」と聞くと、競馬を庶民でも楽しめる身近なイベントに変えた功労者で、国民的なアイドルだった「ハイセイコー」が思い出される。



地方競馬の大井競馬場から中央競馬会へ移籍した「ハイセイコー」。
出るレース出るレースを勝ち進み、不敗で「日本ダービー」へ駒を進めたが、以後宿命のライバルとなる「タケホープ」の3着と破れてしまった。

当レースの「ハイセイコー」の単勝支持率はダービー史上最高(総売上約4億7千万円のうち約3億2千万円)で、単勝オッズ(予想配当率)は1.2倍だった。

その後の「ハイセイコー」はビッグレースに出走し続けるも連勝とはいかず、勝ったり負けたり。
そして、2度「有馬記念」に出走するが、3着と2着と言う成績に終わっている。
「ハイセイコー」が引退レースに選んだのは2度目の出走となる「有馬記念」で、そのレースでは「タニノチカラ」と言う馬に逃げ切られて「ハイセイコー」は2着に破れてしまったが、それでもその人気は絶大で、競馬中継のテレビ画面には、勝った「タニノチカラ」よりもはるかに長い時間、2着の「ハイセイコー」が写っていたそうだ。

また、「ハイセイコー」とともにすべてのレースを戦った「増沢騎手」は「さらばハイセイコー」と言うタイトルのレコードを出し、この曲は50万枚の大ヒット曲となった。

「ハイセイコー」は決して「最強馬」では無かったが、判官贔屓の多くの日本人に支持されたアイドルホースで、これほど大衆に愛された競走馬は「ハイセイコー」以外にはいない。

そして、「ハイセイコー」の出現によって、ギャンブラー専用だった競馬が一気に大衆のものとなり、昨今の競馬ブームの礎となっている。
現在大ヒット中の競馬ゲーム「馬娘(うまむすめ)」・・・競馬など全く知らない若者にも大人気で、これも、元をたどれば「ハイセイコー」のおかげと言える。

JRA(日本中央競馬会)にとって、「ハイセイコー」は大功労者だったと言うことだ。

「ハイセイコー」が活躍した時代は1970年代。
その時代にはまだクレジットカードなどのキャッシュレス決済は庶民にはあまり普及していなかった。
1964年の東京オリンピック観戦で外国人観光客が増加する中、海外文化ですでに根付いているクレジットカード払いを日本国内でも浸透させる必要があったのだが、カード所有者は主に外国人観光客で、日本の一般人が持っているケースはあまりなかった。
1980年代には大半のクレジットカード発行会社が国際ブランドとの提携をはじめ、少しづつ身近なものになっていった。

日本のクレジットカードの普及のきっかけは、「ハイセイコー」ではなく一回目の東京オリンピックと言う事になる。





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最終更新日  2021年12月26日 22時10分30秒
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