あぁ人生って

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2005年01月22日
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先月色々あった。その中でも、考えてもしょうがないのは判っているのに、今でもふとした拍子に考えてしまうRちゃんのこと。先月、もらった年賀状で住所を確認しながら少しずつ毎晩クリスマスカードを書いていた。Rちゃんへカードを書いて郵便箱に入れようとしたら、旦那が昨日郵便渡すのを忘れた、と私に渡す。(郵便箱のある玄関を使うのは旦那、私はいつもガレージから出入りするから。)見てみると日本から喪中のお知らせ。Rちゃんは去年亡くなった、という旦那さんからの葉書。急いで郵便箱から能天気に笑っている子供の写真を入れたクリスマスカードを抜き戻し、どうしよう、どうして、と悲しむ。
Rちゃんは大学の最初のクラスの友人で、20人しかいない級友の出席番号順に4人いつも固まっていた落ち零れ組みの一人。私は最初の学課に馴染めず、というかこのままじゃ絶対に4年で卒業できない、こんな学校に5年も居たくない、とさっさとみぎりを付け、2年生から転学部転学課した。その年は転学課流行で同じ仲間のSちゃんも転学課した。学部も変わった私はRちゃんと同じ授業を取ることは無くなったけど、元々女子寮で一緒だったし、一番気安い仲間だったので機会あることに4人組は集まった。そうこうしている内両親が転勤してくることになり私も寮を出て自宅遠距離通学組みになった。学校には定期代が無駄になるくらい通わず、バイトバイトに明け暮れていた3年生の夏休み、Rちゃんは寮で手首を切って自殺未遂を起こした。分裂症を発症したのは多分これが最初。彼女は1年休学して入院治療し、2年後彼女が就職したのは私の就職先と同じグループ会社だった。私は電機メーカーのSE会社で彼女は総研。当時私が扱っていたのは汎用機だったので、用がある度に暗~いラボへ行って仕事し、時間があると同じ建物に入っていたRちゃんを訪ねてお茶だのランチだのしていたものだ。仕事は難しいけど遣り甲斐はある、と彼女は自分に無理させていたみたいで、結局2年ぐらいで実家に帰ることになったと思う。それ以降、地元で公務員になり、結婚のお知らせと年賀状で子供の写真を交換するぐらいしか交流が無くなってしまった。15年くらい直接会話することなく来てしまい、彼女は居なくなってしまった。このあいだ、クリスマスカードを送った先の、やはり10年ぐらい会話していなかった大学の寮で同室だった友人から電話が突然あり、Rちゃんは想像したとおり自殺らしい、という。少し変わり者だったけど気が弱くて真面目で心の優しいRちゃんは仕事と家事と育児と両立させ、仕事で○○大臣賞をもらって家族や友人同僚達とお祝いした6日後に命を絶ったという。分裂症は治癒する病気じゃない、と聞く。病気だったからしょうがない、と判っているけど、幼い子供を置いて逝ってしまったRちゃんが惜しまれてしょうがない。15年も直接連絡していなかった自分が悔やまれる。おしゃべりしていたら事態が変わっていたなんてコトは絶対無いだろうけど。もうすぐ命日、友人達と時間と都合が合えばお墓参りに行こう、と誓い合ったけどいつになることだろう。





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最終更新日  2005年01月23日 02時03分32秒


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