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源氏はそもそも、自分の虚栄心と色好みな本性から、高貴な皇女である女三宮を妻として迎えました。しかし、あまりもの幼さに失望して、いろいろと後見人として世話はするものの、紫の上に対するのと同じような愛情は抱いていませんでした。そこで、女三宮は柏木にレープ同然に犯されるわけですが、女三宮に落ち度があったとは思えません。もし、女三宮に落ち度があると言うなら、源氏に犯された藤壺にも落ち度があったと言えるのではないか。しかし、藤壺は源氏にとって永遠の女性となっている。なのに、ここでは源氏は女三宮を一方的に咎める。女三宮はただでさえ柏木に犯されたことを深く悲しみ、柏木から手紙が来てもいやでいやでしょうがなかったのに、源氏はその傷ついた気持ちにまったく理解を示そうとしない。女三宮はただただ泣くばかり。ここの部分を読んでいると、年老いた源氏が『人形の家』の家出をする女主人公ノーラの夫と同じタイプの男なんだなと思いました。わたしは、源氏はここでむしろちゃんと女三宮を守ることができなかったことに対して心から謝り、今まで女三宮に対する自分の態度を深く反省すべきだと思います。源氏の偽善に目を覚ました女三宮が出家を決心したのが正しかったと思います。自分の体裁しか考えていないような男に未練を感じる必要はまったくないからです。そんな女三宮はまさに古代のノーラだったのです。「一寸の虫にも五分の魂。」幼いからと言ってけっして侮ってはいけない。源氏は最後にそれを悟ることができたでしょうか。
2007/06/15
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源氏物語の中で一番かわいそうな女性は六条御息所でもなく、女三宮でもなく、鬚黒大将の北の方(正妻)だと思います。兵部卿宮の娘で、紫の上の異母姉に当たる方ですが、もともと美しく、たいへん大事に育てられた娘だったのに、結婚してから、なぜか物の怪に取り憑かれて、時々ヒステリーを起こしていたので、夫の鬚黒から疎まれるようになっていました。それでも、鬚黒が六上院の花形源氏の養女に当たる玉蔓と出会うまでは正妻のままでいられましたが、玉蔓にほれ込んだ鬚黒は玉蔓を自邸に迎えようと決めた時点で、正妻の地位が脅かされ、まもなく完全にその座を追われることになります。正妻でなくなっても、鬚黒はまじめで律義な人間ですから、生活の面倒は見てもらえるので、面子のことなど考えなければ、特に困ることもないですが、彼女にとって、最大の悲劇は、やはり物の怪に取り憑かれた事です。そのため、病弱になって、痩せ細り、美しかった髪の毛もどんどん抜け落ちて、ろくに櫛を通されることもなく、涙で縺れたりしています。とても見るに耐えない様子となってしまっていたのです。そして、さらには玉蔓のところに出かけようとする鬚黒のために香を焚き染めさせている最中に、突然発病して、香炉の灰を夫の背中にいきなりかけてしまったため、その日の夜は、物の怪を鎮めるための加持祈祷が行われるのですが、それはかなりの荒業で、彼女は一晩打たれたり引きずりまわされたりしました。当然、彼女は泣き喚くのですが、その声を聞いた鬚黒はまたさらにいやな気持ちになってしまって、とうとう北の方は実家に引き取られることとなったのです。たとえ、子どものころ母親と一緒になって異母妹の紫の上を他人扱いしていたとしても、それは若かったときのことですから、その報いとしては、残酷すぎると思います。また彼女たちのせいで、紫の上がたいへん苦労したということはなかったようですから。人間にとって自分の意思を自分でコントロールできないことほど悲しいことはないと思います。作者は、北の方が物の怪に取り憑かれたのを、二人の出会い以前からにしているのは鬚黒をも玉蔓をも悪者にすることを避けるためだったと考えられますが、ますます救いようがありません。
2007/06/25
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柏木は、源氏の若きころの親友頭中将(とうのちゅうじょう)の息子です。たいへん魅力的な貴公子です。その柏木に、源氏は自分の妻女三宮を寝取られてしまったのです。決して愛してはいなかった妻ですし、たったの一夜だけだったのですが、源氏は許しません。女三宮の傷ついた心をまったく顧みようともせず一方的に咎めた後、朱雀院の50歳の誕生日パーティーのリハーサルの席上で、源氏は名指しで柏木に皮肉を言うのです。「年取った私のこの姿を、そこの柏木君に笑われているのが、とても恥ずかしい。だけど、いましばらくのことだ。逆さまに流れないのが年月というもの。誰だって老いは逃れられない」と言って、柏木をちらっと見る。柏木はそのひと睨みで、すっかり沈み込み、気分が悪くなり、頭まで痛くなる。源氏はそうした柏木の変化を全部手に取るように分かる。しかし、源氏はそれだけでは終わらない。柏木はあまりの気分の悪さに、回ってきた盃を飲んだふりをして回そうとすると、源氏はちゃんとそれを見ていて、「おい、柏木君、なんで飲まないんだ。飲めよ」と無理強いする。とうとう宴が終わらないうちに柏木は退場せざるを得なかった。家に帰った柏木はそのまま倒れこんで、病がいよいよ重くなり、情けなく死んでしまう。源氏に怯えて死んだと言ってもよい。私は、源氏の柏木に対するこの態度をたいへん見苦しく感じます。自分が若いころに自分の父親や兄の妻まで寝取っても何の反省もしていないのに、柏木と女三宮に対しては、自分を裏切ったといって徹底的に痛めつける。しかもそのような陰湿なやり方で。源氏は「この世にない美しさ」を持った男だとされている。女性たちはその魅力に惑わされて次々と身を許してしまう。しかし、ここへ来て若き柏木の魅力が目立つようになり、源氏は柏木に脅威を感じたのだろうか。柏木を見えない刃物で殺してしまう。しかし、そこから源氏の悲劇が始まる。このあと、女三宮は柏木との子薫(かおる)を出産する。まったく自分に似ていない薫を抱いて源氏ははじめて、これも藤壺との間に不義の子を設けた自分の宿命だと悟るが、もう遅い。女三宮は出家を決意。弱い者のせめてもの反抗だといっていいでしょう。そして、源氏にとって一番心が休まる方である紫の上をも心労から来る病で亡くす。源氏にとって残る道はとうとう出家だけとなってしまいました。次回は、「朱雀院の最後の報復」。乞うご期待(?)!
2007/06/18
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さくらさんが来てくれるというから、論文の作業が一気に加速し始め、たったいま完成して提出しました。先生の統計データに基づいた研究方法から見ると、わたしのは物足りないかもしれませんが、私にはわたしのやり方があるので、なんとかそれで通させていただきたいなと思います。さて、昨晩は新城の親切なHIご夫妻のご招待で、日航ホテルで、美味しいディナーバイキングをご馳走になりました。席上で、論語の話になり、「女子と小人は養いがたし」という言葉を思い出しました。この言葉は、孔子が女性を蔑視している証拠だとよく言われてきましたが、それは、たぶん、その次の言葉があまり知られていないからだと思います。その次に、何を言ったかというと、「近づければ不遜、遠ざければすなわち恨む」、つまり、近づきすぎると、なれなれしいと思われ、嫌がられますが、距離を保ちすぎていると、冷たいと思われ、恨まれてしまう、と言ったのです。その通りだと思いませんか。もちろん、女性と子供だけではないと思うのですけれどもね。家のミーミーもそうですし。先生と学生の関係も、もしかしたら同じではないかなと急に思いました。ところで、男性は違うのでしょうか。
2008/01/13
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論文に悪戦苦闘している最中に、主人の兄がすでに逝ってしまったという知らせを受けました。若いから進行も速かったらしいです。すでに精神的な準備ができていたからか、真っ先に頭に浮かんだのは、悲しみより「感謝しなくては」という気持ちでした。50代前半というのは、確かに若すぎるとも言えますが、もっと早く逝ってしまう人もいます。そして、痛みもなく、苦しまずに逝けたのも本人にとっては、よかったと思います。だから、神様に感謝したいと思いました。そして、生きている間も、去る時も、ほとんど周りや家族に迷惑を掛けなかった義兄にも感謝したいと思いました。私たちが日本から帰国してから、6年間、毎年地元の特産物を食べきれないほど送ってくれました。そんな心の優しい義兄だから、きっと天国でも温かく受け入れてもらえると思います。心から手を合わせたいと思います。良妻賢母の義兄嫁にも、会えたらやはり感謝の気持ちを伝えたいものです。悲しみを乗り越えて、いつかは再び幸せを手に入れてほしいなと思います。息子さんのことが心配のようですが、五体満足ですし、がんばれば何でもできると思います。お父さんがいなくなったことで、自立心が芽生えるはずです。がんばってほしいです。それから、励ましの言葉やお見舞いの言葉をいただいた方にも、コメントしてくれなくても心の中で励ましていただいた皆さんにも、心から感謝したいです。これからも、皆さんと共に、励ましあいながら、一日一日を大事に生きていきたいと思います。そして、知っている方にも、知らない方にも、できるだけ優しくしていきたいと思います。
2008/01/11
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源氏物語ばかりを読んでいると、出家のことばかり考えてしまうので、しばらく、論語を読むことによって、視野を広めようと思いますさて、政治はどうあるべきかと聞いたら、みなさんは、どう答えるでしょうか。論語では、こう書かれています。「子曰わく、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰の其の所に居て衆星のこれに共(むか)うがごとし。」 つまり、孔子がこう言ったのです。「徳を以って政治をおこなっていけば、ちょうど北極星が自分の場所にいて、多くの星がその方向に向かって挨拶しているようになるものだ」と。また、孔子はこのようにも言いました。「子曰わく、これを道びくに政を以てし、これを斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥ずることなし。これを道びくに徳を以てし、こてを斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且つ格(ただ)し。 つまり、「[法制禁令など小手先の]政治で導き、刑罰で統制していくなら、人民は法の網をすりぬけて恥ずかしいとも思わないが、道徳で導き、礼で統制していくなら、道徳的な羞恥心を持つので自然に正しくなる」ということです。孔子が政治を行う上での道徳の重要さを強調しています。法律よりも大事だと言っていますね。つまり、道徳意識を浸透させていけば、人々は恥を知るようになり、自制が利くようになって、自ずとみんな正しく行動するようになるということですね。法律に頼ろうとすると、人々は逆に、如何にして、その法律の網をすり抜けることができるかを考えてしまいますし、そしてすり抜けて恥ずかしいとも思わないどころか、きっと自分の頭のよさを誇ったりするでしょうね。昨今の世の中の一連の不祥事を見てみると、孔子の言葉をなるほどと思いませんか。しかし、道徳意識を国民に浸透させるには、政治家自身がまず人徳者であり、道徳の実践者でなければならないでしょうね。そういう観点から見た場合、国を特定しませんが、すぐれた政治家はどのぐらいいるのでしょうね。政治家だけではなく、上に立つ人間全般について、たとえば企業のトップにしても、あるいは、世界のリーダー格の国にしても、同じことが言えるでしょうね。次回は、上に立つ人間がどうあるべきかについて、さらに論語の教えを紹介していきますね。
2007/11/10
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さくらさんとの約束の再会が、いよいよ明日実現です。東京で別れたその日から、楽しみにしてきた日です。互いに刺激しあってきた二人が、どんな報告をし合えるか楽しみです。また声が枯れるほどおしゃべりしてしまいそうです。そして、小旅行もしてくるつもりです。また、前回のような失敗もするかもしれませんが、さくらさんとする失敗も、また楽しみの一つです。天気予報もチェックしてみましたが、さくらさんが滞在する4日間は、ずっと晴れマークで、よかったです。
2007/11/11
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