嗚呼!哀愁の我が音楽人生

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2007.02.19
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カテゴリ: 私の音楽遍歴

西暦2000年。20世紀最後となるこの1年も、私の音楽人生にとって大きな転換期となった年です。2つの大きな出会いがありました。まず1つめから書こう。

私の地元では2年に1回、大きな祇園祭が開かれる。近所の8つ年上の先輩N兄さんはプロレスラーのような巨体をもち、学生時代は(今も?)地元の不良連中のボス的な存在の人だった。大人になっても迫力はそのままで、町内の若衆の牽引役となっている。

私も毎回祭りの準備に関わることで、それなりの役をいただくようになってきたが、N兄さんは大先輩で強面のため、なかなか気軽には話せない存在であった。

ところがある日、とつぜん携帯に電話がかかってきた。N兄さんである。当時のマイバンドTHE BULLSHITSライブ前日のことだ。そのとき私は前日のリハを終えて、メンバー3人で飲もうかと話をしていたところだった。しかし突然のN兄さんからの電話、しかも「飲んでるから来い」とのこと。断れるはずがない。メンバーT、Nに事情を話し、N兄さんのところに駆けつけた。

N兄さんは今は実家の割烹料理店で板前をしているが、その前は東京でファッション関係の仕事に就いていた。靴のデザインなどを手がけ、今でも業界とは広い人脈をもっている。確かに普段の着こなしをみていると、徒者ではない。かっこいい。他の追随を許さない程のものがあった。

「bubbles君!君の格好、頭からつま先まで全然ダメ!どうだい。ついては俺が気合いを入れて指南してやろう。名付けてbubbles改造計画!どうだ、のるか?」

こんなおっかない先輩にサシで言われては断れるはずもない。午前3時頃まで付き合わされ、意識も朦朧としていた。もうどうにでもなれという気分で「のります」と答えた。翌日のライブは声が出ずボロボロだった。

それからというもの頻繁に連絡が来るようになる。週2日は必ず飲み屋に呼び出され、夜半過ぎまでスーツの生地、ディテール、ネクタイの結び方、革靴の種類やメンテナンス、女の転がし方(これはあまり実践できず。笑)、その他諸々の御教示をいただく。家にもやってきて、私のスーツ一式を見たとたん「全部ぶちゃれ!(上州弁で捨てろの意)」。という具合に奇妙なお付き合いが続いた。

東京へ買い出しにも連れて行ってもらった。スーツのオーダーにも付き合っていただいた。贔屓にしている青山のオカマ居酒屋にも連れて行ってくれた(えらい目にあったが)。この人は見た目おっかないが、本当に親身になって私をかわいがってくれた。音楽にも造詣が深く、ロックからジャズの歴史、ギターのことなど、引き出しの多さには感服させられる。

ちょうど私はダイエットに成功したこともあり、見た目はずいぶんと変わった。髪型も兄さんの指南により美容院を紹介され、がらりと変えてみた。一時期は髭も生やした。スーツからカジュアルまで着る物は全て変えた。

実際、当時の管理職はあまりの変貌ぶりに「あいつは大丈夫か?何かあったのか」と心配し、注意して見ていたらしい。

最終的には、なんと女性まで紹介してもらい、その女性は今私の奥さんになっている。

大きな出来事2つめ。2000年連休前後だっただろうか。勤務先の先輩でやはり音楽好きのnさんがいる。ちなみに今までNがつく人は4人いた。消防団副分団長にして同級生でTHE BULLSHITSドラムのN。私のハードロックプロジェクト、ザ・ダイナマイツのベーシストnさん。先ほどの地元の先輩N兄さん。そして今回のnさん。すべて別人だ。

その勤務先の先輩nさんが自宅に泊まりがけで遊びに来いという。別の部署にいる友人Oさんの部下にMというストーンズ狂のおもしろいやつがいて、そいつも誘っているという。酒を飲みながら音楽談義をしようとのこと。

これを聞いて驚いた。Mさんは以前にも書いたが、我が社の同期でアメリカまでストーンズを見に行くと自己PRし、いつかお話したいと思っていた、あのMさんだ。もちろん二つ返事で約束。

当日は自動車で向かったが、私の家とnさん宅は70キロからの距離があり、時間が読めず大幅な遅刻をしてしまった。最寄りの駅で待ち合わせしたが、予想しないことにnさんとMさんの他にもう一人いる。見覚えのある人だった。思い出した。この人はMさんの部署にいる人で、少し前に仕事で会ったことがあった。この人こそ今まで何度もこのblogに登場しているThe AcceleratorSバンマスのKさんだ。ちなみにOさんは遅れて駆けつけるとのこと。

Mさんは初対面になるnさんのところに一人で行くのも気が引けるので、バンマスKさんを誘ったらしい。この人もまたロックミュージックにかけてはクレイジーと言えるほど詳しい。話を聞けば聞くほど、MさんとバンマスKさん2人の造詣の深さに私は感心しっぱなしだった。我々はnさん宅でお酒をいただきながら楽しくロック談義をして時間を過ごした。

この時間はまるで三国志の「桃園の誓い」のようだった。大袈裟か。n先輩、素晴らしい出会いをありがとう。

バンマスKさんとの付き合いは、前にも書いたように、この後一緒にFUJI ROCK FESTIVAL 00に行ってBLANKY JET CITYの解散を見届け、翌年1月にKさんはマイバンドTHE BULLSHITS最後のライブを目撃し、その春には共にバンドを組むという具合に発展していく。

ストーンズクレイジーMさんとは、またおもしろい、驚くべき展開を見せていくことになる。

次回は2001年の出来事、Mさんとのおもしろいお付き合いの話、そしてバンマスKさんとのThe AcceleratorS結成についてまとめようと思う。

                                  私の大転換期、まだまだ続く。






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Last updated  2007.02.19 19:39:41
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