PR
Keyword Search
Calendar
Category
Comments
Freepage List
1986年。自分が中学3年生のとき、毎週土曜日に欠かさず楽しみに見ていたベストヒットUSA。この番組で当時チャートを賑わしていたのがJOURNEYのアルバムRaised on Radioだ。このアルバムで彼らを初めて知って以来、多感な15歳の少年は本場欧米のロックンロールミュージックに深く深くのめりこんでいった。今の僕をロックの世界に連れて行ってくれたのがJOURNEYだ。
いささか大味だって?やたらにメジャーだよね。あんなのロックじゃないよ?
解っているよ言いたいことは。そんなことはどうでもいいんだ。でも僕は彼らの音楽が大好きで、今だってレコードを聴けば、僕はいつでも中学生のあの時に戻ることができる。
残念ながらスティーヴ・ペリーは一度も見る機会がなかった。だってRaised on Radioを発表して1年後には来日することなく事実上の解散、90年代の再結成だってろくなツアーもせずスティーヴは怪我を理由に脱退してしまった。その後、初のソロ来日公演で狂喜乱舞した僕はチケットを握りしめてベイNKホールのある舞浜(東京ディズニーランドのある駅ね)に降り立ったけど、なんと駅には「急病のため来日中止」なんて張り紙が。
で、ヴォーカルがスティーヴ・オウジェリーに替わって活動再開し、その時の来日公演、東京国際フォーラムで初めてJOURNEYを見ることができた。
そして数年前、フィリピンからアーネル・ピネダというとんでもないヴォーカルを連れてきて来日し、スタンダードナンバーはもちろん、レアな曲までをセットリストにライブを展開し、その完全復活ぶりに衝撃を受けたのですよ僕は。
だから今回の来日も大いに期待を膨らませていた。満員の武道館、オープニングアクトのなんとかショーンとなんとかケインはたぶんニール・ショーンとジョナサン・ケインの子供たちなんだろう。この前座の15分は自分には大きな誤算だった。だってメインの持ち時間が短くなるばかりか、終了後速攻で帰りたい僕には時間の遅れは命取りになる。
7時を10分ほど回って、メインのJOURNEYがスタートした。いきなりSeparate Waysでオーディエンスは湧いたが、自分には予想以上に声の出ないアーネルを見てかなりの違和感を感じてしまったのだ。いったいどうしたんだ…?ちょっと心配になりながらライブの行方を見守った。
でも4曲目のWho's Crying Nowあたりではようやくアーネルの喉も調子を全開に上げてきた。たぶんPAの不調もあったのかもしれない。最初、ドラムを中心に聴き取りにくさを感じたけれど、徐々にチューニングを固めてきたようだ。
ESCAPEアルバムでスティーブの絶頂ハイトーンが見せ場のKeep On Runnnin'は前回の来日と同じくドラムのディーン・カストロノヴォがドラムを叩きながら見事に歌い上げた。こいつ本当にドラマー?周囲の観衆が驚きのあまりどよめくのがわかった。
この日最初の盛り上がりポイントは、9曲目のFaithfully。ジョナサンの”あの”ピアノイントロが奏でられた瞬間、会場から「おお~!!」、アーネルがHighway Run…と歌いだしてまた「うおー!」待ってましたと割れんばかりの拍手。この瞬間が自分の中ではこの日のピークだったかもしれない。
とにかくこの日演奏された曲はすべてが70年代後半から80年代の全盛期の楽曲ばかりで、自分が知らない曲は一つもなかった。逆に、ニューヴォーカルを入れてからもアルバムは何枚も出しているのに、一つも演奏することなくバッサリと切ってしまっている。完全に吹っ切れているんだな。
それだけに、前回のライブのように、「えーこんな曲もやってくれるの?」という驚きが欲しかった。まるでこじんまりとまとまったベスト盤を聴いた気分だよ。アンコールもRaised on Radioからの先行シングル(これはこれでリアルタイムな自分にはうれしい選曲なんだけど)1曲でさらっと終わってしまったしね。
それでもこの日のオーディエンスには十分なアピールだったようで、武道館の外ではDon't Stop! Believin'!と歌いながら帰る集団も。
まあ確かに良かったけど、青春時代からJOURNEYが深く心に染みすぎている自分にとっては不完全燃焼かな~。期待しすぎでしょうかね?
帰りは狙っていた新宿からの特急には間に合わず、仕方なしに上野駅から新幹線で帰りました。
ライブ以外にもこの日は都内でいくつか用を足してきましたが、そのあたりのことはまた後日書くことにします。
癖になるbandHANADA。 2026.03.08
春の陽気、2バンドの門出を目撃。 2026.02.15
2026年バンドスタート、夜は花田さん。 2026.02.01