Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年02月19日
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カテゴリ: 夢有無有
「中論」と「道教」比較(「竜樹」と「老子」)
 中論と道教の「モノ」の捉え方が、中論に在っては此の世の物体を扱うのではなく、人間に在っての「事物」を縁起として捉えるのに対して、道教に於いては存在世界全体其の物を相対有として述べているので、一概には比較出来ませんが共通する命題にあっては、思想に似た部分と相違する部分が容易に捉えられます。
 老子がモノの存在を、一の存在はそれと対立する存在を認めることに依って存在する。対して竜樹は「此れが在れば、依存して(依存・縁起・空性)あれが在り、此れが無ければ、あれも無い。」を、その存在自体がそもそも自性するものではなく「在るも空、無きも空」と斥けます。即ち、老子がモノの存在を有るがまま存在として認めるのに対して、竜樹は有ること自体の自存を認めません。老子は相関としての個別的存在を認め、竜樹も相関は認めるにしても個別存在を否定しています。
 老子の思想で特異なのは「無」の存在を「有」的存在としていることです。常識の世界に於いては無の存在は在り得ない、存在するものは有です。だが老子流に言うならば、有は無なしには存在し得ないし「無名は天地の始めにして、有名は万物の母」と説き、無が無限の力をもって有を生ずると説きます。有と無は実は二のものではなく「一のもの」有も無も一つのものと言います。宇宙誕生も無から発生したと捉えることが可能となります。

老子像1
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最終更新日  2012年02月19日 08時51分54秒
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