Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年07月13日
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カテゴリ: 夢有無有
「中国故事」井の中の蛙
 井戸の中の蛙は、自分が一番大きな生き物だと思っていたところ、それを海亀が覗き込みます。彼は蛙に「こんな狭いところで何をしているのか?」と訊ねます。蛙はそれが聞き捨てならず、海亀にここの住み心地のよさを教え、彼を誘い込もうとするも、その井戸は海亀には狭すぎてとても入れたものじゃない。海亀は自分がいる海の広大さを蛙に説きます。驚き入る蛙。これは儒者が、荘子の教えを聞いて「儒家」としての自分が世に通用しないのを憂い、才ある友人が窘めたたとえ話です。つまり、「道家」の立場から見て「まだまだ考え方が狭い。だから、もっと広い視野で学問を見よ」と暗示したのである。此れから、見識が狭い、またそのような人を井蛙或いは井蛙の見と呼ぶようになります。また「荘子」の「秋水篇」には、こういう話もあります。北海の海神が言います「井蛙(井の中の蛙)が海を語ることができないのは、自分の住んでいる所にこだわるからだ。夏の虫が、ともに氷のことを語るに足りないのは、夏のことしか考えないからだ。一方のことしか知らない人と、道について語れないのは、自分の習った教えに束縛されるからだ」と。およそ、無為自然「道」をしとする荘子にとっては、仁とか義とか礼とか拘り過ぎる儒教の徒は「井の中の蛙」に見えたのでしょう。
 例えば、前漢を臣下であった王莽が覆し、新たに「新」という国を立てますが、経済政策の失敗から僅か二十年で滅びます。次いで王莽の新が亡び、後漢が興ると馬援・字は文淵が兄の員とともに都にのぼり、官吏になります。ところが隴西(甘粛)の大名隗囂は、援の人物に惚れ込み、連れ帰って将軍にして何事をも相談します。此の頃、公孫述は蜀(四川省)の地で帝と称していましたが、囂は公孫述の人となりを確認すべく援に見に行かせます。援は述とは同郷で仲も良かったよしみで、自分行ったら、飛んで来て手を握り、昔日の如きに俺お前の会話が出来るだろうと楽しみにして出かけます。ところが、公孫述は階段の下へ武装した兵士をならべ援を引見した上、こけおどしの威張り方で、威厳を作ることに精いっぱいです。援は、天下の雌雄は未だ決していないのに、公孫述は礼を厚くして天下の国士賢者を迎えようともせずに、威厳を作ることに精いっぱいだ。まったく井蛙(井の中の蛙)と見切って早々に辞して帰り囂に報告、囂も公孫述と親しくするのをやめます。その後、援は囂の命を受けて後漢の世祖光武帝に会います。援は、世祖が護衛もなく自分と会見したのに感激し、「卿は刺客じゃなくて説客だし、天下の国士だよ。そんなことをしては失礼に当たるからね。」と、流石に公孫述との度量の違いを見せました。また、日本では「井の中の蛙大海を知らず」として此の諺が定着化して今に至ります。

馬援1
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最終更新日  2012年07月13日 07時33分27秒
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