Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年09月27日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」聖王以降の王達15(列王記上)北イスラエルとユダの鼎立時代の王達三
 アラムの王ベン・ハダドは全軍を集めて、三十二人の王侯、軍馬と戦車をそろえてサマリアに軍を進め、これを包囲し、攻撃を加えた。彼はこの町にいるイスラエルの王アハブに使者を送り言わせます「ベン・ハダドはこう言う。あなたの銀と金はわたしのもの、あなたの美しい妻子たちもわたしのものである。」イスラエルの王アハブは答えた。「わが主君、王よ、あなたのお言葉どおりです。わたしも、わたしの持ち物もすべてあなたのものです。」使者は再び来て言った。「ベン・ハダドはこう言う。わたしはあなたに使者を送って銀と金、妻子たちを差し出すようにと言った。明日のこの時刻に、わたしは家臣をあなたに遣わす。彼らはあなたの家、あなたの家臣の家の中を探し、あなたの目が喜びとしているものをすべて手に入れ、奪い取る。」イスラエルの王アハブは、国中のすべての長老を召集して言った。「この男が、困ったことを要求しているのをよく知ってもらいたい。彼は使者をよこして、わたしの妻子と、銀と金を求めてきた。わたしはそれを断り切れなかった。」長老と民は皆、王に言います。「求めを聞き入れないでください。承諾しないでください。」こうして、王はベン・ハダドの使者に言った。「わが主君、王にこう伝えよ。使者を送ってあなたが僕になさったさきの要求にはすべて従います。しかし、この度の要求には従えません。」使者は帰ってこの返答を伝えた。ベン・ハダドは使者をアハブに送って、こう言わせた。「もしサマリアに残る塵がわたしと行を共にするすべての民の手のひらを満たすことができるなら、神々が幾重にもわたしを罰してくださるように」と、ところで、この発言は様々な解釈がなされるます。サマリアへの侵略者が手にすることができるものが塵だけでしかない、つまり侵略が失敗したらという理解も可能と、サマリアに残る塵で人々の手を満たすことができない状態がベン・ハダドの目標とする状態、すなわちサマリアには塵すらも残さないほど破壊し滅ぼし去るぐらいの決意で臨む、という意味に捉えられます。此処でイスラエルの王は答えます。「こう伝えよ。武具を帯びようとする者が、武具を解く者と同じように勝ち誇ることはできないと。」 即ち、未だ勝利を手にしないうちには勝ち誇るなと言っています。ベン・ハダドは、ほかの王侯たちと共に仮小屋で酒盛りをしているときにこの言葉を聞いて、家臣たちに、「配置につけ」と命令、彼らは町に向かって戦闘配置についた。そのとき、見よ、一人の預言者がイスラエルの王アハブに近づいてこう言います。主はこう言われる。「この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。」、アハブが「誰を用いてそうなさるのか」と尋ねると、預言者は、「主はこう言われる。諸州の知事に属する若者たちである」と答えます。王が、「誰が戦いを始めるのか」と尋ねると、彼は、「あなたです」と答えた。そこでアハブが、諸州の知事に属する若者たちを召集すると、その数は二百三十二名であった。続いてすべての民すなわちイスラエル人七千人を召集した。彼らが出陣したのは正午であったが、ベン・ハダドと援護に来た三十二人の王侯たちは仮小屋で酒を飲んで酔っていた。諸州の知事に属する若者たちがまず出て行きます。ベン・ハダドは、サマリアから人々が出て来るとの知らせを、遣わした者から受けると、彼らが和平のために出て来たとしても生かしたまま捕虜にし、戦いのために出て来たとしても、生かしたまま捕虜にせよと命じます。諸州の知事に属する若者たち、更に後続部隊が町から出て来、それぞれがその相手を打ち、アラム軍は敗走した。イスラエルの人々は追い打ちをかけたが、アラムの王ベン・ハダドは馬に乗り、騎兵を伴って逃げ去った。イスラエルの王も出陣して、軍馬や戦車を撃ち、アラムに大損害を与えます。かの預言者がイスラエルの王に近づいてこう言い放ちます。「勇気をもって進め。あなたはなすべきことをわきまえ知れ。年が改まるころ、アラムの王はあなたに向かって攻めて来る」と。他方、アラムの王の家臣たちは王に言った。「彼らの神は山の神だから、彼らは我々に対して優勢だったのです。もし平地で戦えば、我々の方が優勢になるはずです。あなたはこうすべきです。王侯たちをそれぞれその地位から退け、その代わりに長官を置き、失った兵員、軍馬、戦車に等しい兵員、軍馬、戦車を補充するのです。我々は平地で戦いましょう。我々の方が優勢になるはずです。」王は彼らの意見を入れてそのとおりにし、年が改まったころ、ベン・ハダドはアラム軍を召集し、イスラエルと戦うためにアフェクに上って来た。イスラエルの人々も召集され、兵糧を支給されて、敵を迎え撃つため進んだ。イスラエルの人々は、敵に向かって二つの小さな山羊の群れのように陣を敷いたが、アラム軍はその地に満ちていた。そのとき、神の人が近づいて、イスラエルの王に言った。「主はこう言われる。アラム人は主が山の神であって平野の神ではないと言っているので、わたしはこの大軍をことごとくあなたの手に渡す。こうしてあなたたちは、わたしこそ主であることを知る。」両軍は、陣を張って七日間対峙した。七日目になって戦いを交え、イスラエル軍は一日でアラムの歩兵十万人を打ち倒した。敗残兵はアフェクの町に逃げ込んだが、その敗残兵二万七千人の上に城壁が崩れ落ちた。ベン・ハダドも逃げてこの町に入り、部屋から部屋へと逃げ回った。
 アラム人の都市ダマスコの王(在位、前850年ころ)は思い上がりが強く、傲慢で、向こう見ず。この時代、ダマスコの力は強大だったが、ベン・ハダドはこの力を背景に軍を率いてイスラエル王国の首都サマリアに遠征し、国王アハブにとんでもない要求を突きつけます。あなたの銀と金はわたしのもの、あなたの美しい妻子たちもわたしのものであると。はなからケンカを売っているようなものだが、アハブは最初はこの要求に従おうとします。だが、長老たちの忠告でそれを拒否し、戦いが始まりましたが、軍備の点からはダマスコ軍が圧倒的に有利のはずだったが、幸運にもイスラエル軍が勝利を収めます。約十分の一程とも言われる軍勢で立ち向かった織田信長が、勝利を確信して出陣前夜に、酒を兵士に振る舞い寝ていたところを襲い、今川義元を討ち取り勝利したという日本の歴史上の有名な戦い桶狭間の合戦を想わせます。

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最終更新日  2012年09月27日 06時43分20秒
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