Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2013年03月25日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「時間」を紐解く(24)仏教哲学-時間観(一)シッダッタの1
古代キリスト教の神学者であり哲学者であるアウグスティヌスは、「告白」の中で「私はそれについて尋ねられない時、時間が何かを知っている。尋ねられる時、知らない」と記している。私は「時間」が何ものであるか端的に説明する事は出来ないが、「時間」が存在する事自体は全く疑っていない。但し、別章では時間の流れは神の側では、実在しないが、人間の心においてだけ、主観的に存在する。見掛けではない真実の姿、心の動きに依存しない独立した「それ自体であるもの」には、時間の流れは存在しないと、「時間の非実在」を説いております。続けてアウグスティヌスは、予てから表明している様に私は、最新の科学を自らの不勉強で知悉していない事は総て釈迦の教えで代用する事をモットーにしているのだが、残念ながら釈迦は時間について多くを語っていないのだ。其の名の挙がった釈迦は紀元前463年? - 紀元前383年?頃に、仏教の始祖であるゴータマ・シッダッタ(Gotama Siddhattha、Gautama Siddhartha)漢訳では瞿曇悉達多(クドン・シッダッタ)のことですが、そもそも、釈迦は、今日の仏教解釈で多く登場する「前世」や「来世」には殆ど言及していない。前世は在るのか、果たして来世はあるのかとの弟子の質問に対して釈迦は「知る能わず(知って如何するのか、知っても如何とも仕方がないので)知る必要が無い」と答えている。釈迦は、過去・現在・未来と云う人間流の時間への認識を、人のカルマ(因業)が見せる一種の幻と説いた。釈迦が悟ったとされる全宇宙の真理の中では、過去・現在・未来の「時間」には「現在」しか無い筈である。

Gautama_Siddhartha1 ブログランキング・にほんブログ村へ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年03月25日 09時57分08秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: