Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年03月31日
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カテゴリ: 夢有無有
「時間の実在・非実在」を実験3蒸気機関車D51
 龍樹は、現在今まさに去りつつある「去る作用」による働きによる動きはと云うと、「今去りつつあるもの」が「去る」と云うのを、「今去りつつあるもの」が如何にしてまた「去る作用」を必要とするのか、二重の去る働き必要とする去りつつあるものなどは成立し得ないと矛盾を説いていますが、それ程「今去りつつあるもの」が「去る」と言うことは非常識で成り立たないものでしょうか。此処で有名な蒸気機関車D51を例にとり観察を試みます。過去時のD51は去る作用により既に去って今は存在しないものだから過去のその場を去りようがない。未来時のD51は未だ来ないがこれから近づいて行く作用によって来るものだから未だ来ないものがその場に存在しようがない。では「今去りつつあるD51」が「去る」と云えば、二重の去る働き重の去る働きを必要とする去りつつあるものなどは成立し得ないと言えないのかと云えば、観察者が「去りつつあるD51」を現在見ているのだから、その見ている「去りつつあるD51」がまさに「今去りつつある」のを目撃しているのは事実ですし、何らの不都合も無い筈です。実は今回観察している者は走行しているD51なる蒸気機関車を想像して、「去りつつあるD51」の去りつつあるものに過去の動きの状態を当て嵌め、「去りつつあるD51」が「去る」には未来の予測を感じて「現在」のD51の動きに過去・現在・未来の幅を与えています。幅のある現在とは、「今そのものの現在」とは呼べはしません。「過去・現在・未来」を考察するのに「現在」だけで足りるとしているのでは、観察方法に誤謬が伴います。先ずもって中論の「時の考察」の現在は、等質的な持続であり静止することは無い持続であるとして考察している点、それ故に「去りつつある現在」と呼称されますが、蒸気機関車D51は静止可能であり、D51は静止可能な為故に「去りつつある」+「目前の蒸気機関車D51」+「去る」ことを可能にしているのです。「現在」は静止も儘ならず、去りゆくことも儘ならないと云う訳です。

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最終更新日  2013年03月31日 06時16分21秒
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